遊ぶ子ブタの声聞けば

第8回

新しもの好きのグッピー、ほか

2021.12.13更新

新しもの好きのグッピー

 昨今の大学では、学生の「誰も経験したことのない問題に取り組んで、これまでにない答えを導き出す」能力を伸ばそうとするのがトレンドです。先生の言うことを唯々諾々と聞くだけではダメ! 既にわかっていることを暗記するだけでは、変化に満ちた経済社会で生き残ることはできない!! 大事なのは革新的な問題解決能力を身に付けさせることだ!!!

 そこで私は困るわけです。お題目はわかるんだけど、どうやって? そんな能力、伸ばそうと思って伸ばせるものか? そもそも当の自分にそんな能力は備わってないのでは?

 困った私にできることは、生き物に学ぶことくらい。調べ物が得意なのは幸いです。検索キーワードは「革新的」「問題解決」「動物」くらいで良いかな。英語にしておく方が良いだろうな。対象は2021年で。よし、じゃあこれでポチッと。

 ふむふむ。イタリア・パドヴァ大学のアルベルト・メアさんたちが、群れから1匹グッピーを連れ出して、水槽の中の小部屋に閉じ込める実験をしています。この小部屋を出て仲間と合流するためには、底にある出口を塞いでいる板を傍にどけなければなりません。なるほど、こんな状況は自然の中にはありません。つまり、グッピーは経験したことのない問題に直面しているわけです。イノベーションが求められます!

 もちろん革新的な問題解決なんて、そうそうすぐにできるものではなく、最初はどのグッピーも脱出できませんでした。ですがこの実験では失敗すると板を少しずらし出口を開け、そこから仲間と合流できるようにしていました。すると、小部屋に閉じ込めることを何度か繰り返すうちに、自分で板をずらして開いた出口から小部屋を出ていくグッピーが現れ、最後の10回目にはほとんどのグッピーが一度は脱出に成功しました。

 ただし、すべてのグッピーが等しく問題解決に長けていたわけではなく、成功率や、最初の成功までにかかった回数は、グッピーによって違っていました。ここで面白いのは、問題解決能力の高いグッピーは、新しい水槽に入れられた時に中を熱心に探検したり、見たことのない物を水槽に入れた時に強い興味を示していたことです。つまり、新しもの好きだったのです。

 なるほど、少なくともグッピーでは、問題解決能力には性格が関係していることがわかりました。しかし、じゃあこの知識を使って教育効果を上げてやろう、、、という考えるなら浅はかでしょう。性格なんてそんなに簡単に外から変えられるものではないですし、もし変えられたとしても、教育の名の下にそんなことをして良いものでしょうか? 私は躊躇います。ということで、やっぱり私は困っているのです。

典拠論文
Mair, A., Lucon-Xiccato, T., & Bisazza, A. (2021). Guppies in the puzzle box: innovative problem-solving by a teleost fish. Behavioral Ecology and Sociobiology, 75(1), 1-11.


キンカチョウの脳と腸

 私は毎日一回ヨーグルトを食べています。子どもの頃、よくお腹の調子が悪くなった私に、腸を整えると良いよ、と母親が勧めてくれたのがきっかけで、それ以来続けている習慣です。大きな容器に入った商品を何日かに分けて食べるのですが、50代のたしなみとして果物とか砂糖とか甘いものは入れません。ですが、ハードなプレーンタイプはちょっと食べにくいのが本音。そこで一工夫。開封前によく振ると、固いはずのヨーグルトが滑らかな液状に変身。舌触りよく、ごちそうさま。これで今日も快調です。

 腸内環境の改善は体の健康だけじゃなく心にも良い影響を与えていると最近言われるようになってきました。微生物が腸の中で出す物質が脳にはたらきかけるのです。特に乳酸菌をとっていると、不安感や気分の落ち込みが減るらしく、そうか私が日々機嫌よく暮らしていられるのは母のおかげなのか、と思うわけです。

 動物の世界でも、お腹の微生物によって脳の働きが違ってくるのでしょうか? 米国フロリダ・アトランティック大学のモーガン・セルビンさんたちは、キンカチョウという鳥の能力をテストし、腸の中にどのような種類の微生物がどのくらい住んでいるかを調べました。テストの一つが、フタを開けないと中に入ったエサを食べられない状況にキンカチョウを置くことでした。こんな経験、キンカチョウはしたことがないはずで、どのくらいの速さでエサにありつけるかで1匹1匹の能力を測ることができます。すると、このテストで成績が同じくらいだったキンカチョウは、腸内の微生物に似ているところがあったのです。その後、青と白のフタ(どちらかだけにエサが入っています)をキンカチョウに与えて学習させるテストでも、同じことが見られました。

 実はこれだけでは、微生物がキンカチョウの能力に影響しているかどうかは確かではありません。能力の高いキンカチョウの腸が、ある種の微生物にとって住みやすい環境なだけかもしれないからです。ですが、少なくとも、動物でも脳と腸には切っても切れない繋がりがあるのだ、とはいえそうです。

 それにしても、こういう話を聞くと、自分というものが本当は一体何なのかはっきりしなくなってきます。例えば、今日は何だか楽しいな、とか、テストで良い点をとったぞ、とか、こういうことは、あたかも自分の枠の中のことのように見えて、実はお腹の微生物に左右されているかもしれないわけです。で、私の場合であれば、何十年も前の母の一言があって、それで今のお腹にいる微生物たちができあがって、今日も機嫌良くいられるのかもしれません。自分って、なんなのでしょうね。

Slevin, M. C., Houtz, J. L., Bradshaw, D. J., & Anderson, R. C. (2020). Evidence supporting the microbiota-gut-brain axis in a songbird. Biology Letters, 16(11), 20200430.

中田兼介

中田兼介
(なかた・けんすけ)

1967年大阪生まれ。京都女子大学教授。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。なんでも遺伝子を調べる時代に、目に見える現象を扱うことにこだわるローテク研究者。現在、日本動物行動学会発行の国際学術誌『Journal of Ethology』編集長。著書に『まちぶせるクモ』(共立出版)、『びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑』(ミネルヴァ書房)など。監修に『図解 なんかへんな生きもの』(ぬまがさワタリ著、光文社)。2019年にミシマ社より『クモのイト』発刊。

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