遊ぶ子ブタの声聞けば

第6回

オスの存在理由、ほか

2021.10.09更新

オスの存在理由

 自分の子どもというのは不思議なもので、「ああもう私にそっくり!」と思って嬉しくなったりガッカリしたりする一方で、全然似ていないところもたくさんあります。そのうえ似ている個所は子どもによって同じではなく、同じ親から生まれた兄弟でも、性格や見かけはそれぞれ違います。自分の子といっても、半分は妻の子で、自分のコピーではないので当然なのですが。

 一方、メスが自分だけで子を残すことができる動物もいて、その中には、親が自分とまったく同じ子を産むものがいます。この生き方は、自分の血を受け継いだ子孫の繁栄、という点から見ると、私たちより効率が良さそうです。なにせ子は丸々自分のコピーですし、子を産まないオスを残す必要がないので、数を増やすには都合が良さそうです。

 コモチカワツボは、そんな無性生殖を行う個体が見られる淡水性の巻貝です。といっても、全員がオス抜きで繁殖するのではなく、私たちと同じようにオスとメスが交尾して子を残す貝も混じっています。人間のオスである私としては、ホッとする思いが抑えられないのですが、それにしても、効率が悪そうなのに、なぜオスメスで繁殖するコモチカワツボがいるのでしょう?

 そこには感染性の病気が関係していると考えられています。米国インディアナ大のケイラ・キングさんたちによると、ニュージーランドの湖では、深いところに無性生殖を行うコモチカワツボが多く、逆に浅いところにはオスメスで繁殖するものが多いのですが、ここには感染するとコモチカワツボの繁殖能力を奪う寄生虫がいます。つまり浅いところでは病気になりやすいのです。この寄生虫、浅瀬でエサを漁る水鳥の体内に移動してから繁殖するので、深いところでは暮らしていくことができません。

 さて、新型コロナウィルスが次々と変異株を生み出しているように、病気を引き起こす生物(ウィルスは厳密にいうと生物ではないのですが)は、新しい性質を短時間で生み出すことに長けているのが普通です。こうして病気を起こす側の性質がどんどん変わる場合、感染する側も新しい状況に応じて変わらないと、病気に負けて絶滅しかねません。ところが無性生殖は、母親のコピーとして子を生み出すので、子どもたちは基本的に皆同じ性質を持つことになります。これでは新しい性質が生まれません。一方、オスメスで子を作ると、父親とも母親とも違った、いろんな性質を持った子が生まれやすくなります。そのため、病気のリスクがある状況ではオスメスで子を残した方が都合が良く、コモチカワツボのケースはまさにその一例だと考えられています。

 この説が正しいとすると、もしこの世に感染性の病気が存在していなければ、人間のオスであるところの私が今かくある姿で存在することもなかったかもしれないのです。それどころか、もしそんな世界に人間がいたとして、みんな金太郎飴のように同じ顔をしていたのかも。病気はイヤなものですが、そう思うと複雑な気持ちになります。

典拠論文
King, K. C., Delph, L. F., Jokela, J., & Lively, C. M. (2009). The geographic mosaic of sex and the Red Queen. Current Biology, 19(17), 1438-1441.


ウシに残る人の刻印

 我が家では、ニャーちゃんの他に、もう1匹ネコを飼っています。名前はチビ。仔猫としてウチに来たとき、もう大人だったニャーちゃんと比べられ、そう呼ばれるようになりましたが、今やすっかり大きなオスになりました。

 ネコでも1匹1匹性格が違うもので、おっとりお嬢さんのニャーちゃんと比べて、チビは暴れん坊。嫌がるニャーちゃんを追っかけ回して家の中を走り回ります。ネズミと勘違いしていないかい? キミ。それどころか、不満があると人に噛み付いてくるので、夏に短パンとか履いてスネを晒していると危険です。昨日の夜も、ニャーちゃんを追っかける勢いが余って、妻の手にガブリ。もうちょっとおとなしくなってほしいなあ。

 ネコに限らず、人は大昔から動物を飼いならしてきました。ウシもその一種で、17世紀までヨーロッパで生き残っていたオーロックスが祖先種です。家畜化される間に、体が小さくなったことが知られていますが、スイスはチューリッヒ大学のアナ・バルカルセルさんたちによると、脳も小さくなっているとのこと。体が小さくなったことを差し引いて考えれば、およそ3/4になっています。

 といってもこれは平均値。ウシといっても、乳用、肉用、闘牛用などいて、半野生状態で自由に暮らしている品種もあれば、人間の手厚い世話を受けている品種もあり、タイプによって脳の小さくなり度合いが違っています。1番小さくなっているのが乳牛で、野生種の70%ほどに減っています。肉牛は75%ほど。半野生品種と闘牛品種は小さくなっていたものの、乳牛・肉牛に比べるとそれほどでもありませんでした。

 この違いを生み出したのは、人がウシに求めるおとなしさの度合いの違いだろうと考えられています。というのも、脳のどこが小さくなっているかというと、恐怖や攻撃性と関係する部分なのです。闘牛品種の脳があまり小さくなっていないのは、気性の荒さが求められるからでしょう。そして乳牛は、ウシの中で人の世話を1番必要とするタイプです。この場合、おとなしい方が飼いやすく、そんなウシは人の手の元でたくさん子を残し、その子も親の気性を引き継いでおとなしいので、これを何世代も繰り返してどんどん脳の攻撃的な部分が小さくなっていったと考えられています。一方の肉牛は、乳牛ほど世話を必要とせず、半野生品種は人とあまり関わらないので、このような力があまり強く働かなかったのでしょう。

 実は家畜化で脳が小さくなるのはウシだけではなく、ブタでもヒツジでもイヌでも見られます。ネコも然り。じゃあチビちゃんもおとなしくなってあれなのか? いや、人がウシとネコを同じように進化させたとは限らないぞ、と、病院で手に包帯をぐるぐる巻かれて帰ってきた妻を眺めて私は思うのでした。

典拠論文
Balcarcel, A. M., Veitschegger, K., Clauss, M., & Sánchez-Villagra, M. R. (2021). Intensive human contact correlates with smaller brains: differential brain size reduction in cattle types. Proceedings of the Royal Society B, 288(1952), 20210813.

中田兼介

中田兼介
(なかた・けんすけ)

1967年大阪生まれ。京都女子大学教授。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。なんでも遺伝子を調べる時代に、目に見える現象を扱うことにこだわるローテク研究者。現在、日本動物行動学会発行の国際学術誌『Journal of Ethology』編集長。著書に『まちぶせるクモ』(共立出版)、『びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑』(ミネルヴァ書房)など。監修に『図解 なんかへんな生きもの』(ぬまがさワタリ著、光文社)。2019年にミシマ社より『クモのイト』発刊。

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