過去の学生

第3回

地毛届け

2022.11.23更新

 大嫌いだった高校で、ひとりだけ今でも連絡を取り合う女友達がいる。そもそもあの高校で、"友情"と自信を持って呼べるような感情を抱いた存在は彼女だけだった気がする。

 中高一貫の学校で、彼女は中学からそのまま上がってきた内部生で、私は高校から入ってきた外部生だった。3年間、一度も同じクラスにならなかった彼女とは、1年生のとき体育の授業が一緒だった。グループやペアを作るのが苦手でもたもたしている私と、一匹狼の彼女。ふたりひと組でストレッチをする際、余りものの私たちは偶然一緒になった。背が高く、脚が細く、大きな瞳の彼女の耳には、近くで見るとピアスの穴がたくさん開いていた。

 それからも体育の授業で私たちは度々ペアを組んだ。校内ですれ違うときには控えめに手を振り合ったり、少し話をするようにもなった。彼女はよく、朝、校門の前で掃き掃除をしていた。誰の顔も見ずに地面だけを見つめながら、登校する生徒たちにボソボソと小さな声で「おはようございます」と挨拶もしていた。それはピアスの穴を開けたことへのペナルティだった。私は校則を破ろうと思ったことが一度もなかったので、彼女の行動や思考に興味があった。

「ピアスの穴を開けたからって退学にはならないし、開けちゃったらすぐには元には戻せないし、こっちの勝ち。挨拶と掃除さえすれすればいいんだから」

 そうしていつの間にかピアスの穴はどんどん増え、10個を超えた。

 その高校では月に一度の全校集会の後、頭髪服装検査があった。少し明るい髪色に染めている生徒は、その日のために髪を暗く染めたり、簡易的な黒染めスプレーをしたりして、教師の目をすり抜けようと必死だった。毎朝、つけまつ毛やカラコンの話をしている少し派手な女子生徒たちも、その日はメイクをしないで、スカートは膝丈、シャツのボタンは上まできちんと閉める。6人くらいの教師が頭から爪先まで、太陽の光に照らされた生徒の姿を、ひとりひとり時間をかけてチェックしていく。暑い夏も、寒い冬も、集会は校庭で行われた。

 地味な美術部員の私はいつだって校則通り、スカートは膝丈で(寒いのが苦手だから)、ボタンは上まで閉めていた(そのほうがリボンが可愛く見えると思っていたから)。だからその日も、検査なんてどこ吹く風。私には無関係。ジロジロ見てくる教師たちが作る花道を、スタコラサッサと歩き抜けるものだと信じて疑わなかった。

 しかし私はその日、最後まで校庭に残らされたのだった。

 あるひとりの教師が、私の髪の毛を見て「茶色いし、パーマをかけているように見える。地毛届けを提出しなさい」と言った。"地毛届け"というのは、幼い時の写真などと一緒に提出する書類で「うちの子は昔から、癖毛ですよ〜。髪色が明るいのですよ〜」と証明するために、保護者が書かねばならないものだ。

 先月までは何も言われなかったのに、どうして今月はダメなのか。入学してから半年以上経っているのに今更なぜ届けを出さないといけないのか、理解できなかった。私は急にとても悲しくなり、怒りの感情が心を包んでいることに気が付いた。すると涙がポロポロ出てきて、いつの間にか校庭の真ん中で子供みたいに号泣していた。

 教室に戻っても涙は止まらず、私は持っていたBUMP OF CHICKENのタオルに顔を埋め、帰りのホームルームの最中もずっと泣いた。下校のチャイムが鳴り、クラスメートがぞろぞろ帰り始めても、私はまだ泣いていた。困り顔の担任が目の前にやってきて、私にひと声かけようとしたとき、ずっと背中をさすってそばにいてくれた学級委員の女子生徒が「どうして先生は、エマのことを守ってあげなかったんですか?」と言った。「エマが校則を破るような生徒ではないって、先生もわかっているじゃないですか。髪型だって、いつもと何ひとつ変わらないのに、どうしてあのとき、何も言ってあげなかったんですか?」私は彼女の言葉を聞いて「ああ、私がこんなに悲しいのは、私がひとりの人間として眼差されなかったからだったのだ」と気がついた。

 彼女はこの高校では、少し稀有な経歴の持ち主だった。有名な国立小・中学校へ通い、高校までエスカレーターで行けたはずだが、中途半端なこの学校へ入ってきた。とても優しい素敵なひとだった。もっと上を目指せるだろうに、そういうことにはあまり興味がなさそうで、私から見れば不思議なくらい彼女の実力よりも下の学校(そうは言っても誰もが知っている有名な大学だが)に推薦で入学した。大学を卒業して数年経った頃、私のアルバイト先に家族で食事にやってきて偶然再会し、その夜ふたりでお酒を飲んだ。高校卒業後、彼女と会ったのはその一回きりだが、とても心に残る一夜だった。

 私は結局、地毛届けは提出せず、何か言われるたびに「先生は生徒一人ひとりのことを見ていない。そんな人が教育者だなんて、おかしい」と、幼稚な口答えをして卒業までやり過ごした。

 なぜこんなにも地毛届けを出したくなかったのか。それは「自分の存在を、形式立てて自分で証明する」ことの精神的なストレスが相当なものだったからだ。何ひとつ悪いことをしたわけでもないのに、自分の存在が世間的に間違っているものだと定義されたり、口をつぐむものだと誘導される。それを弁解するために色々なものを準備し主張するのは、本当に悔しいしエネルギーが必要だ。ニュースなどでパワハラやセクハラを受けた方々や、入管施設で不当な扱いをされる方々の記事や声明を見るたび、私はこの時の悔しさや悲しさ、怒りを思い出す。レベルも内容も、重さや切実さも比べられるものではないと重々に理解しているが、あの経験が私の社会問題に対する想像力や好奇心への原点だと思う。

 校則ではパーマは禁止なのに、ストレートパーマをかけている生徒は何も言われていなかった。アメリカ人と日本人との間に生まれた生徒は、ピアスをしていても掃除や挨拶をさせられていなかった。髪を切れと毎日言われていた中性的な可愛らしい男子生徒は、学校を辞めてしまった。はっきりとした理由なんかない理不尽が、社会には数多く存在するらしい。ピアスの穴がたくさん開いた彼女は「教師に歯向かうなんて、意味ないよ」と言い、校門を出た瞬間、スカートのウエストを3回折って短くし、ルーズソックスに履き替えていた。私はそれをちっともかっこいいとは思わなかったけれど、彼女の振る舞いにはいろんなことを考えさせてくれる面白さがあったのだ。

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高校時代の写真、全然無いのでプリクラで。この時代のプリクラって、なんでギャルっぽく写るのだろう?隣に居るのが、ピアスの彼女です。ちなみにAKBが一世を風靡していた頃です。

前田エマ

前田エマ
(まえだ・えま)

1992年神奈川県生まれ。東京造形大学卒業。モデル、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティ、キュレーションや勉強会の企画など、活動は多岐にわたり、エッセイやコラムの執筆も行っている。『向田邦子を読む』(文春文庫)、ミシマ社が発刊する雑誌『ちゃぶ台』6号にもエッセイを寄稿。連載中のものに、オズマガジン「とりとめのない日々のこと」、クオンの本のたね「韓国文学と、私。」がある。声のブログ〈Voicy〉にて「エマらじお」を配信中。著書に、小説集『動物になる日』(ちいさいミシマ社)がある。

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