過去の学生

第9回

皆勤賞

2023.05.23更新

 私は現在、韓国・ソウルの語学堂(朝鮮語を学ぶ語学学校)に留学中なのだが、久しぶりに"曜日"というものを意識して生活を送っている。私は会社に勤めた経験もないし、長く続けている飲食店でのアルバイトは土日に働くことも多いため、毎日が休日のような、毎日が平日のような、そんな気分で大学を卒業してからの8年ほどを過ごしてきた。なので三ヶ月が経とうとしている今も、とても新鮮な気持ちだ。

 まず、びっくりしたのは「月曜日ってこんなにもしんどいのか!」と言うことだ。土日を挟んでの月曜の倦怠感たるや...正直舐めていた。休んだ分の反動というものは想像以上に大きいようだ。これまで、私は休んだり働いたりを自分のペースで調整していたのだと感じる(いや、売れっ子でもないので、休んでいる時間の方が多いのかもしれないが)。コロナ前は週6で飲食店のアルバイトをしながら、モデルの撮影や執筆の仕事をしていたが、ずっと緩やかに働き続けていたので"休日明け"という感覚もなかったし、休みたいという願望もなかった(それに加え、私は働くことがものすごく好きだし向いている)。

 中学の頃、駅伝部に所属していた。そのときの練習の中に、速いペースで15分ほど走り、その後に5分ほどペースダウンして軽めに走ったり歩いたりして、また再び速いペースで15分ほど走る、というのを繰り返すものがあった。ペースダウンしている間、立ち止まろうとする生徒がいると、先生はこう言った。

「止まっちゃダメ。一度止まると、そのほうがキツいから」

 私はよく、この言葉を思い出す。

 人間の心にとっても身体にとっても、休息は本当に大切だ。

 休息がどれくらい必要なのかは、人によってまるで違う。週に3日働くのが精一杯な人もいるし、毎日10時間寝ないとストレスを受ける人もいる。他人からすれば、それって休息なのかしら? と思うくらい働きづめでも平気な人だっている。みんなそれぞれに自分に合った休息が取れる世の中になるといい。

 心や身体のバランスが崩れる前に気がつけたらいいけれど、私のまわりの友人たちをみていると、一度すべてから身を置いて立ち止まらなければ、あるいはどうにもならないところまで来ないと、なかなか休めない、気付けない人は案外多い。

 立ち止まる時間でしか見ることができない景色が必ずある。そこでしか得ることのできない体験が、必ずある。しかし、立ち止まってから再び何かをはじめるというのは、私が想像しているよりも難しく大変なことなのだろうなと思う。

 語学堂の生徒は大抵20歳を過ぎており、社会人経験を経た人も多い。働きながら通っている人もいる。何よりも面白いのはいろんな国から生徒がやって来ていることだ。テイクアウトしてきたお洒落な飲み物を授業中に飲んだり、携帯をいじったり、そんな風景も日常茶飯事だし、それが迷惑になることなど無いし、授業そのものには皆真面目に取り組んでいる。

 そして比較的みんな自由に休む。理由として圧倒的に多いのは、体調不良や通院、ビザの取得の手続などだが、好きなアイドルのコンサート、ちょっとした旅行、アルバイトや仕事、疲れていたから眠っていたなど、気楽に気軽に欠席する。私のクラスは11人なのだが、春学期中、1日も休まず通っているのは私だけだ。出席率が80%を超えないと進級できないので、皆それは気にしながらも、出席することが正義だという感覚は、どこにも無いような気がする(出席率が良く、成績も優秀だと奨学金がもらえるので、それを目指す優等生ももちろんいる)。

 私は中学生の頃、三年間皆勤賞だったのだが、今思うと誰のための何だったのかと、少し途方もない気持ちになる。

 学校には、行きたくなければ行かなくていいし、行けないならば行かなくていい。ただ、多くの人は人生のペースをお互いに預け合いながら、作り上げながら、前に進んでいる部分もあるように思う。

 月曜から金曜まで学校へ行くように。制服があるように。校則があるように。訳のわからないルールがあるように。気の合わないクラスメートがいるように。そういったある程度の制限があるなかで見つけることができるものが確かにあったし、全ての時間が他人に決められた時間割の中に押し込められることによって、知ることのできたものもあった。

 あの時間があったことが、今の私を作る上で重要だったなと感じるが、幼いときは、その制限の窮屈さを嫌に思ったり、そもそも制限のある世界しか見えないことが多い。そこで止まってしまい動けなくなってしまう子どもが少なくなるといいなと思う。

 私は、本当に嫌なことからはそそくさと逃げてしまっていいと思うけれど、他人が運んでくれる世界でしか得られないことも、どこかで大切だと思っている。

***

 期末テストが終わった次の日。教室へ行くと、私ともう一人、台湾人の子しか居なかった。みんな、故郷へ帰ったり、旅行へ行ったり、寝坊したり...。聞いたところによると、誰も来ないクラスも過去にはあったと言う。

 台湾人は、身体のいたるところにタトゥーが入っている元看護師。とても優秀でチラッと見えたテストの点数は100点。しかし、彼女とふたりでペアになって会話をしたり、教科書を読み合う時間が私はものすごく苦手なので気まずかった。私が間違えると「違うでしょうよ!」と少し苛立ったような声で指摘されるので、私は毎回「ひい!ごめんなさい!」と、萎縮するのだ。それなのでいつも、彼女と少し離れた席に座っていたのにな...。

前田エマ

前田エマ
(まえだ・えま)

1992年神奈川県生まれ。東京造形大学卒業。モデル、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティ、キュレーションや勉強会の企画など、活動は多岐にわたり、エッセイやコラムの執筆も行っている。『向田邦子を読む』(文春文庫)、ミシマ社が発刊する雑誌『ちゃぶ台』6号にもエッセイを寄稿。連載中のものに、オズマガジン「とりとめのない日々のこと」、クオンの本のたね「韓国文学と、私。」がある。声のブログ〈Voicy〉にて「エマらじお」を配信中。著書に、小説集『動物になる日』(ちいさいミシマ社)がある。

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