キッチン・ストーリー――エストニアで料理を作りながら聞いた話キッチン・ストーリー――エストニアで料理を作りながら聞いた話

第7回

「酸っぱいりんごもルバーブも、おばあちゃんがタラララ〜ンって、パイにしてくれた」――ナタリアの家でルバーブパイを作る

2026.06.24更新

 2023年9月19日、滞在先のナルヴァ・アート・レジデンシ-(以下NART)では、展覧会のオープニングでよくケータリングサービスを利用する。ケータリングはロシアとの国境検問所近くにある「ホワイト・パンプキン」というレストランからだ。

 ここを経営しているナタリヤの家を訪ねることになった。ナタリヤは「レストランで出している料理ではなく、私たちがふだん家で食べてるものを考えるわ。」とメニューを考えてくれた。レシピ交換をしたいというので、おにぎりと手巻き寿司を作ることにした。18時にナタリヤが車で迎えに来て、私たちは炊飯器と米2合、塩昆布、梅干し、海苔を抱えて乗り込んだ。彼女の自宅前には綺麗な芝生が植えられ、窓辺に赤い花の鉢植えが飾られていた。

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[以下発言者]
本原=著者、ナ=ナタリヤ、ユ=ユーゲン(夫)、テ=ティム(息子)、花=花坊

:今日はルバーブでキッセル(ゼリーに似たデザート)を作るよ。片栗粉を使ってね。
本原:(テーブルの下を覗いて)鍋がいっぱいある!
 どうやって始める?
:先にルバーブパイを作って、焼いてる間に他のものを作ろう。
本原:私たち、炊飯器を持ってきたの。ご飯を炊いておにぎり作りたいんだけど。海苔、好き?
:ティムは海苔が大好き!
――息子のティムが、じゃがいもを剥いている。
本原:いつも手伝ってるの?
:娘と一緒にサラダ担当。
:娘は、とっても小さいけどよく手伝ってくれるの。
――ナタリヤが黒いカブの皮を剥く
花坊:令子さん、これ、大根!
本原:わ、ほんとだ。日本の大根と同じ匂い!
花坊:絶対好きだよね。
:私たちはサラダが好きなの。

――ボウルに卵を割り入れ、パイの生地を作る。
本原:そのレシピ、お母さんの?
:おばあちゃん。
本原:(卵を混ぜながら)テーブルが高くて、力が入らない!
――ナタリヤが子ども用の椅子を持ってくる。
:ルバーブにも砂糖をかけるよ。
:小麦粉を足していく。
本原:ちょっと疲れた、交代。
――ナタリヤとユーゲンが棚を探し始める。
:材料が一つ足りない。
本原:え?
:買ってくる。
本原:大丈夫?
:近いから。
本原:(ティムに)じゃがいも剥くの、どんどん早くなるね。

:お茶飲む?
本原:うん。なんのお茶が好き?
:Tea loverだからいろいろあるよ。選んで。
――いろいろ缶の蓋を開けて香りを嗅ぐ。
本原:これにしよう。
 ところで、どうしてお店の名前をホワイト・パンプキンにしたの?
:かぼちゃって、たくさん種が入ってるでしょう。あったかい家みたいな感じがするの。お店がある通りの名前がホワイトだし、エストニアの国旗は白、黒、青でしょう?それもいいなと思って。
――ユーゲンが戻ってくる。
――ベーキングソーダに酢をかける。
本原:化学実験みたい。
――ナタリヤがお湯を注いで紅茶を淹れる。
:私たち、すごくたくさんお茶を飲むの。
本原:そうなの?
:夜は一人半リットルくらい。
本原:そんなに!
:私たちの伝統。
――パイをオーブンに入れる。

――ナタリヤがルバーブ、水、砂糖を鍋へ入れる。
本原:それがキッセル?
――ティムが黒カブをグレーターで刻む。ナタリヤがビーツを切る。ユーゲンがにんにくを微塵切りにする。
:先につぶしてからやればよかった。
:大丈夫。
――ナタリヤが黒カブに塩とサワークリームを混ぜる。
本原:え〜、面白い組み合わせ。帰ったら大根でやってみようかな。
:塩は多すぎず、少なすぎず。
本原:勘だね。

――炊飯器から湯気が上がる。
:ご飯の匂いがする。
本原:炊けた!
――ナタリヤが黒カブの味見をする。
:もう少し塩かな。
本原:味見していい?
――ナタリヤが小さなスプーンを手渡す。
本原:おいしい!
:おいし〜い。
本原:日本の大根はもっと長くて白いんだけど。
:ここにもあると思う。でも香りは弱いかも。
――炊き上がったご飯に塩昆布を混ぜる。
本原:おにぎり作ろう。
――ボウルに水を入れる。
本原:手に塩をつけて。
――三角おにぎりを作り、海苔を巻いてティムに渡す。ティム、一口食べて大きく頷く。
――ナタリヤが醤油を小皿に入れる。ティム、おにぎりを醤油につけて食べる。
:お醤油つけるなら、塩いらないかもね。
――ナタリヤも握り始める。
本原:もう少しご飯あってもいいかも。
:うーん。
本原:そうそう、ちょっと手に水をつけて。
:あー。
本原:上手!ちゃんと三角。
――ナタリヤ、おにぎりを食べる。
:毎晩これでもいい!
一同:(笑)
――ユーゲンも握る。
本原:手が大きいから難しいかも。
:これ何?
本原:(塩昆布を見せながら)昆布に塩がついてるの。
ーティムも自分で握る。
本原:先に手水ね。
――ティムは自分で握ったおにぎりを自慢げに食べる。
――今度は海苔の上にご飯を広げ、ツナマヨと梅干しをのせてみる。
:好きなんだよね。
本原:何が?
:醤油。おにぎりにも寿司にもたっぷり。
花坊:おにぎりに醤油はつけないなぁ。
一同:(笑)
:鶏肉に醤油とはちみつも好き。
:照り焼き?
:そう!照り焼き!
――ナタリヤがビーツに塩とマヨネーズを混ぜる。
:同じ調味料でも使い方が違うね。
本原:おいしい! ガーリックが効いてる。
――庭から摘んだイタリアンパセリとバターを茹でたじゃがいもに加える。ナタリヤは蓋をした鍋を上下に振る。
本原:そうやって混ぜるんだ!賢い。
ナ:簡単でしょう。

――ユーゲンが、ルバーブパイをオーブンから出す。
――フィンランドの祖母の家に滞在している娘から電話がかかってくる。
:妹も今日パイを焼いたって。
本原:ほんと?
:りんごのパイ。私たちはルバーブ。
本原:夕飯にパイを焼くのって普通なの?
:普通。
――ナタリヤが粉砂糖をふりかける。
――テーブルを整える。
:とても嬉しいです。アーメン。
――みんなでテーブルにつき、食事をはじめる。
本原:ナタリヤはここで生まれたの?
:そう。でも私の両親はウクライナ生まれ。
本原:へえ。
:ユーゲンの両親はナルヴァ生まれ。でもロシア人。
本原:どういうこと?
:だから面白いんだよね。この街の歴史は。
本原:じゃあ、ナタリヤはエストニアのパスポート?
:そう。
本原:ユーゲンは?
:ロシア。
本原:ティムは?
:十八歳までは両方持てる。でも十八歳になったらどちらかを選ばないといけない。
本原:日本と同じだ。
:なぜそうなるか説明するのは難しいんだけどね。
――ティムがドローイングのファイルを持ってくる。
:あ、NARUTOだ。
本原:かわいい猫。

――ナタリヤがパイを切り分ける。
本原:このパイ、おばあちゃんのレシピ?
:小さい頃、おばあちゃんとダチャで暮らしてた。酸っぱいりんごもルバーブも、おばあちゃんがタラララ〜ンって、パイにしてくれた。
本原:魔法みたいだね。
:シャルロットケーキっていうの。なんでかわかんないけど!
本原:どんな果物でもいいの?
:果物なら何でも。
:子どもの頃は、庭で採ったルバーブの皮を剥いてお砂糖をつけて食べてた。
本原:本当に?
:もちろん。

本原:キッセルもおいしいね。ゼリーじゃないよね。
:モルス(ジュース)、コンポート、キッセル。キッセルはお砂糖とお水と片栗粉で作るの。
本原:へえ。
:うちの子はキッセル、あんまり好きじゃないのよね。でも、うちの親なんかは子どもによく食べさせた。お腹がいっぱいになるし、冬はあったまるじゃない。

本原:ルバーブって野菜?
:果物?
:ハーブ?
一同:(笑)
――ナタリヤがスマートフォンで検索する。
:えー! 中国から来たんだって!
本原:そうなの?
:中国からインドへ行って、イギリスで食べられるようになって、ロシアに入ったのは十九世紀。
――ナタリヤは残ったパイをタッパーに詰めてくれた。
:アローニャのモルスも持っていく?
本原:え〜、いいの?
:ちょっと薄めて飲んでね。服につくと色が落ちないから。

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 NARTへ戻ると、冷蔵庫にルバーブパイとアローニャのモルスをしまった。

 翌日の午後、レジデンスの玄関ベルが鳴り、ナタリヤとユーゲンがダチャで育てたルバーブとアローニャの実を持ってきてくれた。花坊さんがルバーブを見たことがないと言ったからだろう。ナタリヤの黒い革ジャンの袖口から、真っ赤なマニキュアがのぞいていた。

 日本に帰国してからナタリヤから、おにぎりと手巻き寿司が気に入って、ほぼ週一で作ってるとメッセージがきた。私もビーツのサラダを日本でしょっちゅう作っている。


【写真:花坊】

【レシピ】

●ルバーブのシャルロットケーキ(パイ) *ルバーブ、りんご、ベリーなど、お好みの果物で。
1. ルバーブは1.5〜2cmほどに切り、砂糖をまぶしておく。
2. 卵4個と砂糖1グラス(たぶん200ml)をボウルに入れ、泡立て器でよく混ぜる。
3. 小麦粉(1グラス強)をふるいながら加えて混ぜる。塩(小さじ1/2くらい)も加える。天ぷらの衣くらいのゆるさの生地に仕上げる。
4. スプーンにベーキングソーダ(小さじ1/2弱)を入れ、酢をほんの少しかけて泡立ったら、生地に加える。
5. 耐熱ガラス皿にバターを塗り、底が隠れる程度にセモリナ粉をふる。
6. ルバーブを敷き、その上から生地を流し入れる。
7. 180℃のオーブンで、表面にこんがり焼き色がつくまで焼く。
8. 粗熱が取れたら、粉砂糖を茶こしでふる。

●ルバーブのキッセル
1. 鍋に1.5cmほどに切ったルバーブ、水、砂糖を入れて火にかける。
2. ルバーブがやわらかくなったら、水で溶いた片栗粉を加える。
3. とろみがつくまで混ぜながら火を通す。

●ビーツのサラダ
1.ゆでたビーツを細かく切る。
2.ガーリックを一かけすりおろす。
3.1と2を混ぜて塩をする。
4.マヨネーズで味付けをする。
*このサラダ、無限に食べられます。ナルヴァのスーパーでは茹でたビーツが売られています。最近は日本でも生のビーツを見かけます。皮付きのまま、40分ほど茹でると、皮がつるっと剥けて色も抜けません。

本原令子

本原令子
(もとはら・れいこ)

1963年生まれ。陶芸家・美術家。「土」を使って焼き物に限らず、映像やパフォーマンス、ワークショップなどを行う。2021年からプロジェクト「キッチン・ストーリー」を国内外で行っている。2012〜15年、静岡市の登呂遺跡で稲作から道具作りまで実験的活動をする「アートロ」の企画監修。主な著書に『Kitchen Stories』(港まちづくり協議会)、『登呂で、わたしは考えた。』(静岡新聞社)。

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