第10回
『ビボう六』刊行記念!
佐藤ゆき乃さんってどんな人?(前編)
2023.11.14更新
11月17日(金)、『ビボう六』がリアル書店先行発売を迎えます。
本作は、京都を舞台にした、恋愛ファンタジー小説です。第3回京都文学賞を受賞し、このたび「ちいさいミシマ社レーベル」から書籍として刊行することとなりました。
著者の佐藤ゆき乃さんは、25歳(執筆当時は大学生!)で、本書がデビュー作です。
小日向という若者が苦しみながら生きる現実世界と、土蜘蛛の怪獣ゴンスが棲むファンタジックな「夜の京都」を、どちらも鮮烈に描いた佐藤さん。ほぼ同世代の私は、「こんな小説読んだことない!」と胸を打たれ、日々の辛いことが、この物語のなかですこしずつ溶けていくような感覚になりました。
佐藤さんは、いったいどんな人? 『ビボう六』はどんなふうに生まれた? 2日間にわたってお届けします。
(取材・構成:角智春)
●『ビボう六』あらすじ
肉親からの暴力や容姿のコンプレックス、叶わない恋に苦しみ、生きるのが辛い小日向。彼女は、「夜の京都」に落下し、これまでの記憶を失った。そこで出会ったのは、土蜘蛛の怪獣ゴンス。物忘れが激しいため、「ビボう六」という帳面を持ち歩き、忘れたくないことを書き留めているのだった。ゴンスは、小日向が元の世界に戻れるよう手助けするうち、恋心をどんどん募らせてゆく――。
大学を留年した夏に・・・
――『ビボう六』の制作が終わって、どんな気持ちですか?
佐藤 本を出すことがずっと目標だったので、ここまでたどりつけてうれしいです。制作中ははじめてのことばかりで、すべてが新鮮でした。これで最後にならなければいいなと思いつつ、いい経験として楽しくやらせていただきました。いろんな人が関わってくださって本ができていくことが、とてもありがたかったです。
佐藤ゆき乃さん
――物語を書かれた当時は、大学生だったんですよね。
佐藤 はい。当時は京都の大学に在籍していたのですが、小説や戯曲の制作ばかりやっていて、留年しちゃったんですよ。あと1年大学にいるのかなと思っていたら、半年で卒業できることになって。五年生の夏に、突然時間ができました。就職活動もそんなにしっかりやっていなかったので、夏休みに入った時点でめちゃくちゃフリーになってしまった(笑)。行き場がなくて、「やばい!」と焦りました。
その夏にちょうど、第3回京都文学賞の締切があったので、ひとまず応募してみようと思ったんです。これを最後に、小説の夢にはいったん区切りをつけるつもりでいました。あのときはとにかく宙ぶらりんで、すべてに迷っていた時期でしたね。
――ということは、けっこう短期間で書かれたんですか?
佐藤 文章自体は13日くらいで書きました。準備している時間をあわせると、3週間くらいです。
今この作品を読み返すと、気持ちがほとばしってるなぁと思います。そのときにしか出せない焦燥感があったのがよかったかもしれません。
京都を町ごと借りて、ファンタジーにする
――小説の舞台に京都を選ばれたのはなぜですか?
佐藤 私は高校生のころから小説を書いてきたのですが、大学でもいろんな作品をつくってみた流れで、次に小説を書くとしたら、めちゃくちゃファンタジーにしたいなと思っていたんです。
でも、ファンタジーは、舞台を選定するのが難しい。描く場所がどんな気候か、朝と夜の長さがどうか、通貨はあるのか・・・といったことを考えて、世界をゼロから構築するのが大変で。それなら、京都にすればいいんじゃないかと、ふと思ったんです。京都を町ごとぜんぶ借りてファンタジーの舞台にしてしまえば、ストーリーを転がせる、と。
――『ビボう六』を読みながら、京都にこんな場所があったんだ! と思うことが何度もありました。
佐藤 たとえば、二条公園の「鵺池」という場所が出てきますが、あれは私もたまたま見つけたんです。ふらっと入った公園に、めちゃくちゃすごいものがあった。水面が美しくて、これはぜったいに小説に使いたいと思いました。
京都は長い歴史をもつ都市で、町のそこかしこに物語があります。いろんな人のいろんな物語・記憶が、そこらじゅうにあって、町を歩いているだけでエピソードがどんどん集まりました。作品には北野天満宮、二条城、祇園といった場所が出てきますが、その場所に行って、ただ拾うだけでよかった。自分でつくらなくても、そこにあったという感覚でした。
――作品中に、「京都には、角がたくさんあるので、素敵なことが起こりやすいのです。」という一節がありますね。
佐藤 町が碁盤の目状になっているというのもすごいというか、異常じゃないですか。想像力を刺激されて、ファンタジーの舞台として最高なんです。こんな都市は、ほかにはなかなかないと思います。
――そうですよね。
佐藤 私は、大学時代をかけてファンタジー小説を書けるようになろうという目標をもっていたんです。というのも、高校までは純文学ばかりをやっていて。
――へえ~!
佐藤 生活に根差した、高校生の等身大の心情や風景の描写をとことんやっていました。でも、実際に起きそうなことしか書かないというスタイルを、すこし窮屈に感じてもいて。もっと表現の幅を広げて、あることないことをないまぜにしたファンタジーのほうが、心象世界みたいなものを豊かに描けるんじゃないかなと思いました。
だから、大学時代はいかにしてファンタジーを書くかということを試行錯誤したんです。その意味で『ビボう六』はひとまずの集大成になりました。この作品を思いきりつくれてよかったと思っています。
雨が降ろうと槍が降ろうと日記を書いた
――文章を書くことは、小さい頃からずっとされていたんですか?
佐藤 高校生になる前から、文章を書く習慣はありました。字を書けるようになった頃から中学生になるまで、毎日、日記をつけるのが家のルールだったんです。雨が降ろうと槍が降ろうと(笑)、絶対にその日の出来事を書いていました。
文章を書く力はそれでかなり鍛えられたと思います。母から、「うれしかったです」「楽しかったです」「悲しかったです」を使わずに、それ以外の言葉で気持ちを表現しなさいと言われていました。母は日記についてだけは厳しくて、うまく書けていないとやり直しになって。でも、私もけっこう楽しんで書いていましたね。自分の気質に合ったのだと思います。
――書く楽しさに出会われたんですね。
佐藤 思っていることを話して伝えるのは苦手だったのですが、日記だったらわりと上手に語れることがやりがいだったと思います。自分の気持ちや考えを書いて放出できるという意味でも、いい表現手段をもらいました。
*怪獣ゴンスの誕生秘話、小説で全国1位を獲った高校時代の話、20代前半のあいだに書いておきたかったこと・・・佐藤さんのインタビューはまだまだつづきます!