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第10回

『ビボう六』刊行記念!
佐藤ゆき乃さんってどんな人?(後編)

2023.11.15更新

 11月17日(金)、『ビボう六』がリアル書店先行発売を迎えます。

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 本作は、京都を舞台にした、恋愛ファンタジー小説です。第3回京都文学賞を受賞し、このたび「ちいさいミシマ社レーベル」から書籍として刊行することとなりました。
 著者の佐藤ゆき乃さんは、25歳(執筆当時は大学生!)で、本書がデビュー作です。
 小日向という若者が苦しみながら生きる現実世界と、土蜘蛛の怪獣ゴンスが棲むファンタジックな「夜の京都」を、どちらも鮮烈に描いた佐藤さん。ほぼ同世代の私は、「こんな小説読んだことない!」と胸を打たれ、日々の辛いことが、この物語のなかですこしずつ溶けていくような感覚になりました。
 佐藤さんは、いったいどんな人? 『ビボう六』はどんなふうに生まれた? 本日は後編をお届けします!

前編はこちら

(取材・構成:角智春)

●『ビボう六』あらすじ
肉親からの暴力や容姿のコンプレックス、叶わない恋に苦しみ、生きるのが辛い小日向。彼女は、「夜の京都」に落下し、これまでの記憶を失った。そこで出会ったのは、土蜘蛛の怪獣ゴンス。物忘れが激しいため、「ビボう六」という帳面を持ち歩き、忘れたくないことを書き留めているのだった。ゴンスは、小日向が元の世界に戻れるよう手助けするうち、恋心をどんどん募らせてゆく――。

「スポ根」のように書いた高校時代

――高校は盛岡第三高校に入学されて、文芸部に入られたんですよね?

佐藤 小学校から中学校まではずっとサッカーをやっていて、高校でもはじめはサッカー部のマネージャーになったんです。でも、ぜんぜん向いていなくて。そのとき、高1の担任の先生から「文芸部に来なさい」と言われました。夏休みの読書感想文を読んでもらったときに、「お前はそれなりに書けるようになりそうだから、文芸部に入ったほうがいい」と。ちょっと不本意だったんですけど(笑)、転部しました。
 最初は、自分が書くことに向いているとは思っていなかったし、高校の部活としてやる意味もあまり感じていなかったんです。でも、やってみたら、めちゃくちゃのめり込みました。幸運にも、はじめて出品した県のコンクールで小説が2位、随筆が1位になったんです。

――おおっ。

佐藤 人生のなかでそれだけ褒められたことはなかったので、驚きました。これ、いけるかも、と思って(笑)。
 高校生の頃は、「スポ根」のような感じでやっていました。自分の世界を表現したいというよりは、コンクールで勝ちたいという気持ちが強かった。ずっとサッカーをしてましたし、負けず嫌いなんです。全国高等学校文芸コンクールの文科大臣賞(全国1位)を目標にして、アスリートみたいなマインドで打ち込んでました。

――それで本当に、高校3年生で文科大臣賞を獲られたんですよね。すごい!!

佐藤 とても運がよかったと思います。
 文芸部に入ったことは大きな転機でした。全国でも強豪で、先輩には作家のくどうれいんさんもいます。今思うと、とても贅沢な環境でしたね。書いたものを部員同士で読んで、感想を書き合って、コンクールをめざす。そのなかで、先輩が書いたものを無意識になぞって、小説ってこんなかんじなのかなと学んでいく場があったのが大きかったです。

――本を読むのは好きでしたか?

佐藤 子どもの頃から読書が大好きでした。近所で「二宮金次郎」っていうあだ名がついていたんですよ(笑)。本から離れられなくて、登下校中も読んでいたし、給食のあいだや掃除中も読んでいて、先生から怒られるほどでした。図書館にあった少女名作シリーズや、外国のファンタジーが好きでした。

satoyukino_mishimasha2.jpg佐藤ゆき乃さん

 とくに好きな作家は、太宰治と村上春樹です。自分は意識したこともないような潜在的な感情を、ありとあらゆる方法で書いていて、強く惹かれます。
 太宰も春樹も、私とは生きてきた時代がちがって、思春期や青年時代に見ているものがちがうのに、おなじような考えや、自意識、悩みをもっているところに、熱くなります。死ぬまでずっと楽しみが残っていてほしいので、このふたりの作品は、すべては読まないようにしているんです。

肉体をなくしたときに心情はどう描ける?

――『ビボう六』をはじめて読んだとき、ゴンスがとにかくステキで、心を鷲掴みにされました。ゴンスという怪獣は、どんなふうに生まれたんですか?

佐藤 これまで、いろんな作品で心情の描写を追求してきたのですが、そのなかで、人間の肉体を持たないものによって心情を描いてみたいなと思ったんです。
 人の身体があると、どうしても描写が定型化してしまうところがあります。

――定型化?

佐藤 たとえば、「焦って冷や汗が出た」とか「拳を握り込んだ」みたいに、肉体を通すと、そこに心情が収斂されてしまうような感覚がありました。だから、体をなくしたときに心はどう描けるんだろうかと。
 それと、『ビボう六』では「初恋」の気持ちを書きたかった。でも、恋に人間の肉体が関わるだけで、アウトプットが不純なものにならざるをえないような気がして。

――おお。

佐藤 たとえば、成人の、大人の身体をもつ人間が恋をしたとしたら、どうしても、どこかで性的な欲求が絡んできたりするじゃないですか。この物語にはそういうものが要らなかったというか。そこで、肉体を与えないというテーマのもとで作ったのが、土蜘蛛の怪獣ゴンスなんです。
 もちろん、ゴンスも肉体を一切なしにはできないので、「節足が震えた」みたいな表現は出てくるんですが、それでも手足と内臓くらいに留めておいて、心だけを出力するための装置として描いてみました。

――ゴンスは千年以上生きているかもしれない長生きの怪獣ですが、すごくピュアですよね。

佐藤 初恋の一番ピュアなところを持った感じにしたいと思いました。でも、アホなわけじゃなくて、いろんなことを自分で考えていて、大切なことを知っている。
 それと、もうひとりの主役である小日向は、美醜に囚われて苦しんでいる女の子です。もし小日向の相手が人間だったら、どうしても、イケメンかそうじゃないかみたいな意識がどこかに出てきてしまうと思うんです。そういうものを無効化できる怪獣が、彼女の対になるのがよかったのかなと感じています。

――土蜘蛛をモチーフにしたのはどうしてですか?

佐藤 モチーフを妖怪から選ぶなら、できれば悲劇的なエピソードがあるものがいいと思いました。現実に絶望する小日向の対になる存在には、ドラマチックで、かつ、悲しい物語を背負っているものがふさわしいなと。そんな思いで、京都の妖怪についての本を読んでいたときに、源頼光に殺されたといわれる土蜘蛛の伝説を知ったんです。その土蜘蛛を祀る「土蜘蛛塚」というものが北野天満宮にあって、当時の私の下宿から近かったので実際に見にいって、直感的に決めました。

視野が狭いときにしか見えない世界がある

――小日向という人物はどうやってできていったんですか?

佐藤 私の見ている世界が偏っている可能性はあるのですが、小日向は自分たちの世代のひとつの表象なんじゃないかと思っています。
 私は平成10年(1998年)生まれで、令和になったとき(2019年)に21歳でした。そのあたりの世代にいる一つの女の子像として、小日向みたいな子のイメージがあります。SNSにふりまわされ、ルッキズムにふりまわされて、苦しみ病んでいる人のことは書く意義があるかなと思いました。

――小日向の苦しみの描写は、読んでいて緊張しました。

佐藤 自分自身は小日向みたいなタイプじゃないけれど、言っていることはわかる部分があります。そういう子は、なんというか、書きごたえがあるというか、なぜそこまで追い詰められてしまったのだろうかというところに、書いていくうちに共鳴できそうな感じがして。
 自分が30代、40代になったとしたら、これほど若者に肉薄して書くのは難しいだろうなと思います。私が大人になりきってしまう前に書いておくべきものとして書きました。この小説を書いてから2年ほど経ちましたが、今、小日向みたいな人を書けるかというと、たぶんすこし薄くなってしまうような気がしますね。
 これは、私が23歳だったときに見えていた世界で、小日向は22歳。その年齢なりの、視野の狭さが出ていると思います。でも、視野が狭いときにしか見えない世界がある。それがこの小説のひとつの肝かなと。

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――ゴンスと小日向は、生きている世界も、語り口も、まるでちがいますよね。このふたつの世界がひとつの本のなかに並列しているところが、本当にすごいと思いました。

佐藤 私は年齢が小日向に近いからか、受賞当時、私自身と彼女を重ねて読んでもらうことがとても多かったです。「整形とか関心あるんですか?」みたいなことを聞かれたりもして・・・(笑)。彼女は、私とはまったくの別人で、あくまで同世代のひとつの表象だと思っています。作品として、フィクションとして読んでいただきたいですね。
 書きたかったのは圧倒的にゴンスのほうで、この物語の主人公は、どちらかといえばゴンスのつもりです。ただ、ゴンスは童話のような語り口ですし、恋の心情描写が多いので、その世界がずっと続くと、ちょっと甘すぎるかもしれないとも思って。現実に根差したファンタジーをやりたかったというか、現実世界をいかにファンタジーにしていくかというところに挑戦したくて、小日向という人に登場してもらうことにしました。

――ふたりの世界がちょっとずつ重なり、パズルのようにつながっていくのがすごくおもしろかったです。

佐藤 はじめから筋をすべて決めていたわけじゃなくて、物語を半分くらい書いてみたら、もう私が考えなくても話が転がっていった、という感覚でした。いつもすごく不思議なのですが、小説の世界がある程度独立すると、あとはもう、その世界のなかでうまいこといくんです。
『ビボう六』はとくにそうでした。なにかこう、登場人物のあいだで勝手に言葉が交わされていって、それをただ描写するような感じで生まれた作品でした。

最も美味しい感情

――この作品は、恋が大事なテーマになっていますね。

佐藤 「初恋」というテーマは、なるべく自分の年齢が幼いうちにやっておかないと、やがては当時の感覚や気持ちが失われていってしまうかなと感じています。これから大人になっていって、今まで見えなかったものが見えるようになってしまうと、恋だけを純粋に書くことができなくなっていっちゃうのかなと。

――たしかに、初恋ってもう忘れかけているような・・・。

佐藤 そうなんですよ。年齢を重ねると、デートがどうとか、お金のこととか(笑)、結婚するならいくつまでにみたいなことが気になって、「恋」の指すものがどんどん変わっていってしまう気がしています。あるいは、愛のような、もっと深いものになっていくかもしれない。
「この人素敵だな。一緒にいたいな」と思うだけの、原点の気持ちみたいなものを思いきり描きたかったんです。そのときってめちゃくちゃ楽しいじゃないですか。こんなにいい感情があるのかという感覚にすらなって、世界がキラキラする。人が経験できる感情のなかで、最も美味しい感情かもしれません。だから、ひとつのテーマになるのかなと思いますね。

――そうですね。
 佐藤さんがこれから、歳を重ねるなかでどんな作品を書かれるのかも、本当に楽しみにしています。今日はありがとうございました。

佐藤 これからもがんばって、小説をたくさん書きつづけたいと思っています。ありがとうございました。

(終)

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