ギター熱ギター熱

第6回

ギタリストの手

2026.03.06更新

 1996年だからもう30年も前になる。建て替えられる前の新宿中村屋ビルの地下に、マ・シェーズという喫茶店があった。地下鉄丸の内線新宿駅の改札を出て階段を上がったところから直接店に入ることができ、店内には天井の低い中2階もある。わかりやすい場所なので、編集者の頃は打ち合わせによく利用していた。
 平日の夕方、私はその中2階の一番左奥の席で、あるミュージシャンを待っていた。のちに書籍化される『絶対音感』の取材だが、ライターとしてはまだ駆け出しで、インタビューできたとしても最終的に本になるかどうかわからない状態だった。そもそも音楽業界には何のつてもないため、書店で買い求めたTOKYO FM編『音楽業界電話帳』を手がかりに事務所に取材依頼の手紙を送り、承諾の返事があった人に直接会ったり、アンケートを送ったりしていた。
 断られることも多かったが、中にはマネジャーよりもミュージシャン本人が、そのテーマなら話したいことがあるといってくださる場合もあり、その日待ち合わせをしていたのもそんな人だった。
 約束の時間に現れたのは、ギタリストの渡辺香津美さんだ。高校2年のときにジャズ・ピアニスト今田勝のバンドに参加していきなりアルバム・デビュー、「天才少年」とか「神童」などと呼ばれ、YMOのワールドツアーにゲスト・ギタリストとして参加するなど国内外で活躍、日本が世界に誇るジャズ・ギタリストだ。
 母がファンだったこともあって神戸の実家にはアルバムが何枚もあり、私は渡辺さんが20代のときに参加した「アランフェス協奏曲」(1978)がとくに好きだった。スペインのホアキン・ロドリーゴがクラシックギターのために書いたギター協奏曲をジャズ・フュージョンで解釈した壮大な曲で、高校時代は帰宅するやスピーカーの前に座り込み、渡辺香津美、大村憲司、リー・リトナーという三大ギタリストが奏でるエレキとアコギのスリリングな旋律とリズムに没入した。
 今、あの渡辺香津美が目の前にいる。私は緊張でしどろもどろになりながら取材主旨を説明し、準備したメモを見ながらゆっくり質問した。絶対音感とは基準音がなくても音の名前を言い当てられる能力をいうが、果たして第一線のギタリストはどう考えるかと。
 渡辺さんが語ったのは70年代、ニューヨークでレコーディングしたときのエピソードだった。お茶を飲んでいるときのこと、ピアニストのジョージ・ケイブルスが突然スプーンを投げて、E♭だ、Aだ、と音名をいい当てた。あとで確かめると違っていることもあったが、その姿を見て、幼少期からクラシックの教育を受けてきたことを誇っているように思えたという。絶対音感は旅先で作曲したりチューニングしたりするときに便利だし、これからの時代にはあったほうがいいかもしれないと不安に感じたことはあると語った。
 年代からみて、初めて海外でレコーディングしたアルバム「LONESOME CAT」のときのエピソードだろう。
 興味深かったのは、絶対音感をもたない渡辺さんが、ギターの音に対してはきわめて特異な感覚をもっているということだ。ギタリストによる音色の違いである。オレンジっぽい音色の人もいれば、青っぽい音色の人もいる。ギタリスト名でいえば、ウェス・モンゴメリーは赤っぽくて湿度が高く、ケニー・バレルは銀に緑が混じったいぶし銀で、もこもことした毛布みたいな音なのだという。
 取材には200人ほどの音楽家や科学者が協力してくださったので、どういう文脈で渡辺さんの発言が登場するかという詳細は拙著を参照していただきたいが、想像をはるかに超える渡辺さんのエピソードにぐいぐい引き込まれたのは確かだ。
 そしてこの日の取材を境に、絶対音感に纏わりつく幻想や、音楽のプロとして立つためにもっと大切なものがあることに目を開かれ、さらなる取材へと大きく歩を進めることができたのである。

 ところでこの日、本筋とは関係なくもう一つ驚いたことがあった。渡辺さんの手だ。アルバムのジャケットや雑誌の写真から想像していたほど大きくなかった。アコギの神様といわれるトミー・エマニュエルの2009年のジャパンツアーで共演したときの映像を見て確認できたのだが、トミー・エマニュエルの手がギターのネックまるごと掌に収まるほど大きく、指も細く長いのに対し、渡辺さんの手は小さく、指も長いとはいえない。男性ギタリストの中でも小さいほうではないか。
 その代わり、手指は指盤に吸いつくようななめらかさで自在に動き回っている。素人の自分がいうのはおこがましいけれど、無駄な動きがまったく感じられない。ジャズ・マニアで知られる落語家の林家こぶ平(当時)との対談で、無理のない姿勢や手の動きを研究していると語っていたが(渡辺香津美著『サウンド・インターバル』より)、ここにくるまでどれほど練習を重ねてこられたのだろうか。
 私たちは簡単に人を天才とか神様と呼ぶけれど、天才も神様も、努力することができる人のことをいうのだと、渡辺さんの、少し肉厚で短めの指を間近で拝見して思ったのだった。

 ギターを本格的に習い始めて約半年が経った。指が痛い。関節も痛い。タコができて、爪も変形し始めた。少しでも弾きやすいようにスチール弦をコーティングされた弦に変えたり、弦の高さを低めに調整したりしてはいるが、なかなかうまくいかない。
 そもそも手が小さいんだもの仕方がない。生物学的限界だ。ギターを買い換えたほうがいいんじゃないの。いやいや、大人サイズのギターを軽やかに弾いている少年少女がいるのだから関係ないでしょ。
 ああだこうだと言い訳を重ね、講師のおおもりごうすけ先生には弱音ばかり吐いている。最近は弾き語りでは使ったことがないグリップ式といって、低音弦を親指で押さえる練習をしているため左の親指の付け根がもげそうに痛い。指が短い人向けの弾き方を教わるが、そもそも手の大きさの問題じゃないことはわかっていた。そして、しわくちゃで小さい自分の手を見ながら思い出したのが、渡辺香津美さんの手だった。そうだ、ギターの上手下手に手の大きさは関係ないのだと。
 だーかーらー、世紀のギタリストと自分を比べるなって!

 2年前、渡辺さんが軽井沢の自宅で倒れて緊急搬送されたという報道に接した。脳幹出血で一時は生命の危機にあったが、妻のピアニスト谷川公子さんのnoteによると、2か月後に目を覚まし、その後は在宅療養されているという。心配だけど、私には祈ることしかできない。
 幸いにも、今はたくさんのアルバムや動画がフリーで、あるいはわずかな手続きをするだけで視聴できる。高校時代に熱中した「アランフェス協奏曲」も、取材させていただいたときにCDで購入した1996年リリースの「esprit」も聴ける。ギターを弾く渡辺さんの動画もたくさん視聴できる。坂本龍一、矢野顕子、村上"ポンタ"秀一らが参加した、今や奇跡ともいえるアルバム「KYLYN」の映像だってある。渡辺さん、20代のときの演奏だ。
 なんて時代だ。スロー再生すれば指使いがわかるじゃないか。どこまで真似できるかわからないけれど、視聴して視聴して視聴しまくるぞ。

最相 葉月

最相 葉月
(さいしょう・はづき)

1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、信仰などをテーマに執筆活動を展開。著書に『絶対音感』(小学館ノンフィクション大賞)、『星新一 一〇〇一話をつくった人』(大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞ほか)、『青いバラ』『セラピスト』『れるられる』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『証し 日本のキリスト者』(キリスト教書店大賞)、『中井久夫 人と仕事』など多数。ミシマ社では『母の最終講義』『なんといふ空』『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』『未来への周遊券』(瀬名秀明との共著)、『胎児のはなし』(増﨑英明との共著)、『口笛のはなし』(武田裕煕との共著)を刊行。

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