ギター熱ギター熱

第7回

1/fゆらぎ過ぎ

2026.04.03更新

 2120年、ある青年が100年間の眠りから目を覚ました。27才のときに不治の病で余名宣告を受けたため、100年後に優先して先進医療を受けられるという条件のもと、コールドスリープ(冷凍保存)の臨床試験に参加していたのだ。
 彼は小説家だった。学生時代から期待されていたが、作品が売れないまま命の期限を迎えようとしていた。そんなとき彼の本を愛読する一人の女性と出会い、彼女のために治療を受け、小説を書き続けようと誓う。それが実験に参加した理由だった。
 100年後、小説をめぐる状況は一変していた。彼の入眠後まもなく開発された小説生成AIの登場で、世の中の小説はすべてそのAIによって作られるようになっていたのだ。出力モデルが彼の作品だという噂が広がったことから過去の作品にも注目が集まり、彼は21世紀を代表する作家の一人として話題になっていた。AIを使わずに小説を書く人がいなくなった時代に、1世紀の眠りから覚めた「ピュア・ライター」はどんな新作を発表するのか。世間の期待は高まっていた。
 赤井千歳の『100年のたていと』は、そんなショッキングなエピソードから幕を開けるマンガだ。月刊スピリッツに連載されたのは2023年から25年だが、生成AIをめぐるこの1年の急激な変化を考えると、100年といわず、あと10年もしないうちにこんな世界がやってきそうだ。
 私自身、そんな時代の大きな変わり目に立ち会ったかもしれない。

 生涯、1001編以上のショートショートと呼ばれる短編小説を書いた作家の名を冠した、星新一賞という文学賞がある。2013年に創設されたときから応募条件にAI作品の応募も可とあり、当初はAI研究で知られる松原仁・公立はこだて未来大学教授(当時)を中心とする約150人の専門家チームが創作に挑戦、第4回星新一賞では一次審査を通過していた。ただし物語は人間が考え、文章はAIが書く。
「今は、人の力が80%で、人工知能が20%です」。松原教授はNHKの取材にそう答えている。
 理系的発想に基づく想像性豊かな作品を募集する星新一賞らしく、AI研究の進歩を後押しする意味もあったようだ。
 それから13年の時を経た今年、第13回星新一賞の最終選考に携わった私は、選考会の厳しい議論を経て選ばれた受賞作の執筆経緯を聞いて言葉を失った。一般部門のグランプリを含む受賞4作品のうち、3作品がAIを使用、そのうちの2作品は全面的にAIを使用していたのである。
 応募作は一般部門、ジュニア部門総計で2000超あり、そのうちAIを使った作品は23.3%。約4分の1だ。つまりAI作品は、一次、二次、最終と、選考に携わった多くのプロの作家や編集者ら熟練の読み手の目をくぐり抜けてきたわけである。
 一方、ジュニア部門の受賞作はすべてAI非使用で、それを知ったときかなりほっとしている自分がいた。AIの応募があることはわかっていたのに、終わってみてのこの複雑な感情は一体なんなのだ。しばらくモヤモヤしていた。
 こんな気分になるのは、今が過渡期だからなのか。そのうち、おもしろければそれでいいじゃん、何が悪いの、といって『100年の経』に描かれたような、小説はAIが書くもの、という時代が訪れるのだろうか。
 ある出版社の40代の社長が、AIに原稿を読み込ませてタイトル案を出させていると話していたが、社長がそういう考えの持ち主なら、AI使って当たり前、あとは濃淡があるだけ、みたいな時代になっていくのだろうか。
 音楽業界では昨年、AI歌手ザニア・モネがレコード会社と数億円の契約をしたことが話題になった。小説だって遅かれ早かれそうなるかもしれない。逆に、そうならない理由があるとしたら、それは何なのか。

 じつは、『100年の経』には興味深い仕掛けがある。眠りから覚めた青年は戸惑いつつ新作を自らの手で書き上げるが、そこに大きなハードルが設けられていた。すべての小説は評価AIによる審査で、10点満点中9点以上でなければ配信できないというのだ。書いても書いても合格点がとれない。じゃあ、AIにアドバイスしてもらって書き直してみたら、という声も聞こえてくる。そして彼は......。
 この先はぜひ原作を読んでいただきたいが、私がこのマンガから受け取ったのはまさに、読者とは何なのかということだった。AIが書いてAIが評価する。そんな未来を笑えないのは、すでに長い文章が読めないといってAIに要約させたあらすじを読むだけの人が増えているから。小説のAI化、音楽やアート、映像のAI化が進むなら、読者や視聴者、鑑賞者のAI化も加速することになりそうじゃないか。まずはAIに書評させて、いいなと思ったら読む、なんて光景なら現在進行形だろう。
 私はいやだな。でも、なぜいやなんだろう。
 この仕事に就くよりずっと前から、私は読者だった。本を読み、音楽を聴いてきた。読者歴、視聴者歴は作家歴の倍近い。人間のつくった物語、人間の奏でる音楽に魅了され、揺さぶられ、支えられてきた。泣いたり、笑ったり、追いつめられたり、深く納得させられたりと、さまざまな感情を呼び起こされ、世界の見方を一変させられた。
 プロが作品を生み出すまでの苦悩や葛藤を知る今となっては、自分が幼い頃から受け取ってきたのは、作り手の内にあるもの、魂だったのではないかと感じている。作り手がその身を削りながら届けてくれるかけがえのない言葉や音楽に、胸打たれる。文体やメロディに込められた作り手の想いに、わしづかみにされる。
 創作物が、人間かAIか、区別できないレベルに達しつつある今、せめてAIではないものを選択する権利は受け手として全力で守り抜きたいと思う。目下、作り手たちは著作権で闘っているけれど、受け手の姿勢はまだ定まっていない。流されるのだけはごめんだ。
 ねえ、みんなはどう思う?
 
 先日、わがSNSバンドの練習を終えて、カフェで打ち合わせをした。遠隔地のメンバーもいる私たちの演奏には編集作業が必要になる。加工はどの程度やるのか、音量だけに留めるのか、音程やリズムも調整するのか、音色や音質も変えるのか、この先、AIを使用するのか、使うならどこまでやるのか、などを話し合った。私もAI歌手ザニア・モネを生んだ音楽AIのSUNOをダウンロードして、その驚異的な性能を確認していた。
 私たちは完成した動画をSNSや動画サイトに公開するため、先端技術を究めれば実力以上の演奏にもっていくことはできる。メンバーにはプロ級もいれば、私のような素人もいるので、全体のバランスを整えるために、私のへなちょこギターをスタイリッシュなサウンドに格上げするなんてこともあっという間だ。
 でも、それ、やる? 
 日本でもAIを使うプロもいるから、どこまでやるかという話じゃない?
 うーん......。
 このところミキシングのおもしろさに魅了されている、本業が電気技術者のリコーダーの@くらさんも、私たちの本音を聞きたがっていた。
 すると、プロのドラマーとして数千人規模の会場で演奏した経験もある、ドラムの@森ひろきさんがつぶやいた。
「編集でなんとかなると思ったら、向上心がなくなると思うんだよね」
 この一言がみんなの方向性を決めたと思う。そうだ、私たちはプロじゃない。どこを目指しているのかといえば、自分たちが好きな曲を好きな楽器で演奏して楽しい時間を過ごすこと。今からでも上手くなるかもしれないと思って、練習をすること。ちょっとでも上達したらうれしいこと。みんなと合わせてワクワクすること。メンバーの子どもたちにも音楽が好きになってもらうこと。そして近い将来、ささやかなライブを開いて、親しい人たちに聴いてもらうこと......。
 この尊さを上回るものってあるのか。
 私たちはこの日、大きな決断をした。遠いメンバーの演奏はあとで編集するしかないが、スタジオ練習に参加できるメンバーの演奏は現地で一緒に収録する。つまり、加工はしない。AIも当然使わない、と。

 昔、「1/fゆらぎ」という言葉が話題になった。徹頭徹尾、秩序だったものでも、逆にまったく無秩序なものでもない、人間が心地よいと感じる音やリズムを研究する物理学や感性工学の世界で使われ始めた言葉だと記憶している。波の音や小川のせせらぎ、心拍などに「1/fゆらぎ」の法則があるといって環境音楽のCDが発売されたり、そのうち扇風機やエアコン、照明など家電製品の宣伝にまで使われるようになり、流行語としていつのまにか消費されてしまった。
 AI作品には心地よさが感じられないとか、完璧すぎるという声もあるが、もはや「1/fゆらぎ」をみごとに盛り込んで人間の感性に挑む作品だって生まれている。そんな時代だからこそ、私はアコギに夢中なんだし、私たちのような「1/fゆらぎ過ぎバンド」もあっていいと思うのだ。
 いやいや、それってメンバーの総意じゃないよと怒られるかもしれないけれど、そんなふうに思う私を受け入れてくれているバンド仲間には心から感謝している。

最相 葉月

最相 葉月
(さいしょう・はづき)

1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、信仰などをテーマに執筆活動を展開。著書に『絶対音感』(小学館ノンフィクション大賞)、『星新一 一〇〇一話をつくった人』(大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞ほか)、『青いバラ』『セラピスト』『れるられる』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『証し 日本のキリスト者』(キリスト教書店大賞)、『中井久夫 人と仕事』など多数。ミシマ社では『母の最終講義』『なんといふ空』『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』『未来への周遊券』(瀬名秀明との共著)、『胎児のはなし』(増﨑英明との共著)、『口笛のはなし』(武田裕煕との共著)を刊行。

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