きんじよ

第41回

にがおえいしいしんじの

2018.07.25更新

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 「きんじよ」の連載が黄色い単行本にまとまった。裏表紙用に、ミシマ社の社屋の前庭でひとひとツーショット写真を撮った。カメラマンのかけ声に合わせ、ふたりで、たまさんに教わった「シェー」のポーズをとっている。

 とんかつ清水にもっていったら、店主の清水さんが「よろしいねえ。うちでも売りますよ」と、にやにや眺めながらいった。翌週から、グラスや皿を収めた棚に、本を並べてくれることになった。

 ふつう本は本屋さんで売るが、ミシマ社の「手売りブックス」は、とんかつ屋でも酒屋でも、骨董屋でもペットショップでも、あなたのうちの玄関先でも売れる。個人でもお店でも、販売用に、ミシマ社から5冊以上仕入れるなら、定価1500円のところ900円で買える。手売りの「手」をつなぐなら、一冊あたり600円のお小遣い稼ぎになる。

 問屋を通さない、というだけでなく、自由かつ一冊入魂の出版社、ミシマ社が編み出した、世界はじめてのシステムだ。

 今後、國田屋さん、Hi-fiカフェ、三崎のまるいち魚店、浅草ギャラリーef、うちの実家や弟の家でも扱ってもらう予定。皆さん、ふらりと遊びにいかれた折にはよろしくお願いいたします。

 ある日、いつものようにひとひと連れだってミシマ社を訪ねた。じつは去年の四月からふたりで「オートスポーツ」という雑誌に連載を持っている。モータースポーツに興味のある日本人ならたいてい知っている、隔週刊のメジャー誌。そこの編集者が、ぼくの「ごはん日記」で、うちが親子でF1やラリー好きなのを知り、コラムの連載をご依頼くださった。毎回、その週に行われたレースや、特定のドライバーをテーマに、僕が文章を書きひとひが絵を描く。

 はじめのうち、ひとひの仕事場は家のちゃぶ台だったが、今年にはいってから、ミシマ社2階の大テーブルへ通うようになった。ケント紙と色鉛筆、ダーマト、マーカーなど道具一式をひろげ、雑誌やWEB上の写真を参考に、F1やスーパーGTのマシン、ドライバーの顔などを、真剣な顔つきで描いていく。できあがって、自慢げに見せびらかすと、ミシマ社スタッフの皆さんが、思いっきり本気っぽく褒めてくれるのが、嬉しくてたまらん様子である。

 現在連載は34回。小学校にあがる前から2年の夏まで月2回、それだけ描きつづけていると、当然、誰の目にもうまくなる。デッサンがどうとか構図がこうとか、そんなテクニック的なことじゃない。シンプルにいえば、手が、こう、と思ったとおりに動くようになってきた。キャッチボールや自転車、ぶらんこ乗りといっしょだ。絵はまず、全身を総動員しておこなう運動、筋肉の一連の「流れ」なのだ。

 「こう、と思ったとおり」とは、「そう、見えたとおり」といいかえてもよい。クルマ好きのひとひは、たとえば、遠くから走ってくる京都市バスのフロントグリルだけ見て、

「あ、いすゞやな」

「にっさんディーゼルの、いっこまえのやつか」

「めずらしい! ひのの、あたらしいのんきた!」

 などと、易々みわける。

「どこがちゃうねんな」

 ボケた父がそう訊ねると、なにをいうてんねんな、といいたげな視線をこちらに向け、

「だって、みたら、わかるやん」

 と真剣にいう。

 こういうひとが、雑誌連載のために、2001年にミハエル・シューマッハが駆った、フェラーリ「F1-2000」を描くため、さまざまな写真を見入る。描きたい角度を決め、全体のシルエットを線で引き、ウィング、タイヤ、エアインテークなど、目につくポイントを描いていく。

 そのとき、1年生のころだと、「ここにこれがある」とわかっているのに、からだが、目の内側に浮かぶ像に対応しきれず、紙の上で、小さすぎたり、でかすぎたり、消えてしまったりする。2年生になってからは、「そう、見えたとおり」に描けるようになった。逆に、僕がひとひの絵を見て、「そうか、こんな風に見えてるのか」と、わかるようにもなった。さらに引きのばせば、「ひとひはこの世と、こんな風に対峙しているのか」、さらにいえば「この世に、こんな風に飛びこもうとしているのか」と、絵の奥からにじんでくるように、僕の目には感じられる。それくらい真剣に、小学生は世界を感じ、全身で追いかけ、切実に、つかまえようとする。

 その運動が、紙の上に結晶している。

 この夏、「きんじよ」発刊にあたり、京都じゅうの書店でイベントをひらくことになった。題して「いしいしんじ 夏の「きんじよ」祭 」。

 トークショーから、小説の講座、スイカ割りに、ごきんじょガイドツアー、おおきに屋さんの料理提供、ドキュメンタリー映画「いしいしんじ 十一のはなし」の上映など、ほんまに、そこらじゅうの「きんじよ」の書店が、いしいしんじだらけになる。

 その1回目、ゼスト御池の「ふたば書房」で「きんじよの描き方 京都編」と題して、漫画家のスケラッコさんと「似顔絵対決」をおこなった。スケラッコさんは「盆の国」「大きい犬」など、繊細な線で巨大なスケールの物語をつむぐ方。ふたりで一冊ずつスケッチブックを持って、互いの似顔絵を描き合う。スケラッコさんはマーカー、僕はクレヨンの破片。

 僕たちの絵ができあがるまで、お客さんが手持ちぶさたになっては申し訳ないので、画用紙やペンを配り、僕かスケラッコさんの顔をスケッチしてもらうことにした。で、できあがったらその紙の端に、僕とスケラッコさんがなにか絵を添える。

 僕は簡単な線画なので描くのは早い。立ちあがり、客席を見回すと、みんなびっくりするくらい絵がうまい。ミシマ社のしかけたドッキリじゃないかと一瞬疑ったくらいだ。

 似顔絵のイベントにわざわざやってくるひとは、絵に興味がある。それがもしおとななら、子どものころからずっと、なんらかの機会に絵を描くことをやめない。たとえば、台所にそっと残しておくメッセージ。両親しかいない実家へ送る季節の便り。そういったものに必ず、自分の身からにじんでくる絵を添えずにいない。

 そんなひとたちが、いまこの場所に集まってくれた。それがわかるとなんだか胸がいっぱいになった。一日じゅう鉛筆と手を動かしていた高校生の頃の感触がチリチリ指先に蘇った。

 スケラッコさんの絵は、やはり繊細で、楽しそうで、ああ、こんな風に生きてはるんやな、と近しく感じられた。そんな絵のうまいひとたちのあいだを、小2のひとひは飛びまわりながら、ときどき誰かの本や絵に、カバやキリンの絵を描き足していた。

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いしい しんじ

いしい しんじ
(いしい・しんじ)

1966年大阪生まれ。作家。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。2012年『ある一日』で織田作之助賞、2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞を受賞。『ぶらんこ乗り』『麦ふみクーツェ』『ポーの話』『海と山のピアノ』(以上、新潮社)『みずうみ』(河出文庫)など著作多数。

編集部からのお知らせ

いしいしんじ「夏のきんじよ祭」開催します!

 7月14日から8月末にかけて、いしいしんじさんの「きんじよ」の本屋さんを総動員したイベントを開催します。いしいさん親子と一緒に京都の街を遊び尽くしましょう! ぜひご参加ください。

 参加書店は以下のとおり。各書店の店内では、原画展、パネル展などお店ごとに個性的なフェアを開催します。とっておきのお土産もご用意します。また会期中はイベントも盛りだくさん! 随時お知らせしますのでおたのしみに!

丸善京都本店
「京都うちゅうじんトーク」  ゲスト:山下賢二、加地猛、奥村仁
 8月5日(日)14時から・無料・要申込・定員35名
 →詳細はこちら

 展示企画:いしいしんじ全著作展!

京都岡崎 蔦屋書店
「いしいひとひのくねくね書道」
 8月6日(月)13時から・無料
 →詳細はこちら

 『きんじよ』のビジュアル担当・いしいひとひくんが店内を練り歩き、書籍を販売!ご購入の方にはひとひくんによるくねくね書道を一筆プレゼントします。

誠光社
「いしいさんとゆくごきんじよツアー」
 8月11日(土)13時から・料金2000円・要申込・定員10名
 →詳細はこちら

「『きんじよ』を食べる 〜北白川・おおきに屋さんのとっておきの味〜」 ゲスト:望月さん(おおきに屋店主)
 8月30日(木)19時から・料金2000円・要申込・定員30名

「『きんじよ』の映画館 ~ドキュメンタリー映画「いしいしんじ 十一のはなし」」
 8/25(土)〜8/31(金)*1週間限定上映!
  8/25(土)13:40から上映+いしいしんじさんその場小説(15:50終)
  8/26(日)〜8/31(金)14:00から上映(15:45終)
 →詳細はこちら

 いしいさんの「その場小説」の模様がドキュメンタリー映画に! 映画を鑑賞したあとは「その場小説」も開催。「きんじよ」の映画館で映画の世界をリアルに感じてください!

ふたば書房ゼスト御池店
 展示企画:いしいさんの似顔絵展!

ホホホ座浄土寺本店
 展示企画:いしいさんの制作ノート展!

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