キッチン・ストーリー――エストニアで料理を作りながら聞いた話キッチン・ストーリー――エストニアで料理を作りながら聞いた話

第8回

「料理すると、自分の家って感じがする」――マリアの家でムサカをつくる

2026.07.30更新

 私が3ヶ月滞在したナルヴァ・アート・レジデンシ-(以下NART)には、クレンホルム・ガーデンというコミュニティー・ガーデンがある。ここで野菜やハーブの世話をしているマリアはグラフィック・デザイナーでもあり、とってもおしゃれ。私の中では「ナルヴァのおしゃれ番長」だ。

 マリアの台所を訪ねたいとお願いすると、「まずは何を作るか決めよう」と、打ち合わせをすることになった。

maria_01.jpg


[以下発言者]
本原=著者、マ=マリア、花坊=著者と共に訪問した写真家の花坊

 9月20日、場所はNARTのリビングルーム。

本原:シベリアから来たって言ってたよね? シベリアってみんな言うけど、どこのこと言ってるの?
:シベリアは広いの。トムスクって街だよ。言ってもわからなそうな人には、シベリアって言う。
本原:トムスク?
:そう、日本とヨーロッパの真ん中。マイナス40℃になるけど、それは短い間だし、冬は湿気が多いナルヴァよりいいなぁ。
 小さい頃は、そこから出られないと思ってた。でも今、ここ(エストニア)にいる。そして、人も組織もあんまりトムスクと変わらない。
本原:ナルヴァに住んで何年?
:5年。18歳でトムスクを出て、モスクワで6年間グラフィックデザインを勉強した。そのあとサンクトペテルブルクで働いて、エストニアへ何度か来ることがあって。
本原:何を一緒に作ろうか?
:前にも言ったけど、うちはイタリアンを食べて、アジアご飯も食べて、シメはシンプルなロシア料理だったりするから。
本原:私も味噌汁を食べて、中華のおかずで、そのあとパスタ食べたりする。
:ベジタリアン・ムサカはどうかな? よく作るんだよ。
本原:ムサカって何?
:マッシュポテトの下に野菜をレイヤーで入れるんだけど、毎回ちょっと違う。その日の気分で発明してる感じ。
本原:(検索して)ギリシャの料理だ。ムサカ! おいしそう。いいね。
:ダンプリングもいいかなって思ったんだけど、うちのお母さんのダンプリングは冬しか作らないの。作る時はたくさん作って、バルコニーに並べて冷凍するんだよ。
本原:えーっ、バルコニーにダンプリングが並んでるの! いいなぁ。
:当日はお昼までエストニア語のクラスがあるから、13時からでいい?
本原:うん。
 ここの畑から何か持ってく?
:いつものメニューで、特別なものじゃないし、安上がりの野菜で作るから大丈夫。
本原:ありがとう。エストニア語を勉強してるんだよね? 試験に受かったら、エストニアのパスポートを取りたいと思ってるの?
:うん。でも少なくとも8年住まないといけないし、働いた経験とか税金を払ったかとか、細かな条件がある。試験はもう受かったんだけどね。
本原:私さ、ここに来る前は日本でもっと戦争のことを見たり聞いたりしてたんだよね。でも、こっちに来てからテレビもないし、ぜんぜん考えなくなってる。どのメディアを見てるかによると思うけど。
:そうだね。ここでは、もっとリアル。
本原:あんまり戦争の話、しないの?
:最初の1年は本当にストレスがあったし、よく話したよ。今は、安定した、いつもどおりの暮らしをしたいと思ってる。戦争のことを話すのに飽きちゃったんだよね。最近、アゼルバイジャンとアルメニアの戦争も始まったし。
本原:じゃ、27日に。
:うん。またね。

 9月27日。
 NARTの畑でミントを摘んでから、ビルの4階に住むマリアの部屋へ向かう。階段を上がると、部屋ごとにドアのデザインが違っていて面白い。
 部屋に入ると、雑誌に出てきそうなインテリアで、窓が大きくて明るいキッチン。

――マリアが大きなナスを二つ、フォークでぶすぶす刺している。
本原:ナス、どうすんの?
:そのままオーブンに突っ込んで、30分放っとけばいい。
本原:ふーん。なんか、すごく使いやすそうなキッチンだね。
:母が手伝ってくれたの。
本原:お母さん、こっちに来たの?
:ううん。プランを送ったら、母が施工方法を考えてくれた。
――マリアがテーブルの上の赤い実を摘んで食べたので、真似して食べる。
本原:これ、何?
:何だっけ? いつもわかんなくなる。(スマホで検索)クランベリー! これは湿原で採って来たベリー。ここで採ったの。(写真を見せる。)
本原:bog(湿原)って言葉、マリアから教わったんだっけ。
:始めよう。いつも冷蔵庫にあるもので作るから、今日のために何にも用意してないよ。
本原:いいね。じゃがいも、皮むくね。
:蒸した方がビタミンCが残るっていうから。
本原:家族はみんなクリエイティブなの?
:母はプロのデザイナー。たぶん、私に美大へ行ってほしかったんじゃないかな。
本原:お母さんは独学で?
:うん。小さい頃、うちはお金がなかったから、母が服を作ってくれてた。ドイツの雑誌を見ながら、おしゃれな服をね。今はもうミシンに触りたくないらしい。
本原:マリアの仕事は紙媒体が多い?
:うん。何人かのグループでやってるからいろいろだけど、本が多いかな。イラストも描くよ。自分の手でドローイングするのが好きだから。
本原:日本へ行ったことあるんだよね?
:2019年。2週間くらい。主に京都。
本原:日本のどこが好き?
:うーん、全部。
本原:笑
:ゴールデンウィークに行っちゃって、新幹線はクレイジーだった。みんな、お土産の箱みたいなの持って歩いてて。
――奥の部屋から、川島小鳥さんの写真集『未来ちゃん』とガイドブックを持ってくる。
:東京で、本が良すぎて何を買うか決められなかった。

maria_04.jpg――オーブンの音がピーっと鳴る。
:さて、ソースを作るよ。
――まな板の上でニンニク3つを包丁でつぶしたあと、みじん切りにする。
 オリーブオイルでニンニクを炒め、トマトの水煮缶を入れる。最後は缶に少し水を入れ、残りもきれいに鍋へ。
本原:料理、好き?
:うん。It makes me home.
本原:料理すると、自分の家って感じがするってこと?
:そう。
 よくベシャメルソースを作るんだけどさ、私、ミルク嫌いなのになんでコレ作ってんの? と思うわけ。
本原:え? 嫌いなの?
:乳製品が嫌なんだよ。
本原:チーズは?
:チーズは友達。
本原・花坊:なにそれ(笑)。
――焼いたナスの皮をむき、細かく刻んでパセリと和える。ケールを入れ、レモンを絞る。
:ちょっとだけお砂糖も。
本原:何してんの?
:何やってんだか、自分でもわかんないわ。
――じゃがいもが蒸し上がる。
本原:私さ、その蒸し器、日本からオランダまで持って行ったよ。
:こんなの、どこでも買えるよ。
――マリアがブレンダーでマッシュポテトを作り始める。
本原:私は手で潰してる。
:私もそうだった。でも仕事のあとは疲れてるし、私も21世紀へ旅立とうと思って買った。
本原:牛乳も入れるの?
:(牛乳の匂いを嗅いでから)今日はあるしね。入れるとふわっとするし。私、測るの嫌いなんだよ。
――二人で人差し指を突っ込んで味見をする。
――耐熱皿にトマトソース、ナス、マッシュポテトを重ねる。トマトピューレの瓶にも水を入れ、残りをきれいに使い切る。
:いつもはベシャメルソースをのせるけど、今日はチーズにしよう。ルール違反かもしれないけど(笑)。
本原:ムサカは毎回違うんだね。
:その日の気分で。
――オーブンへ入れ、具合の悪い猫の様子を見てから、向かいの店へ赤ワインとクワスを買いに行く。
本原:私が覚えたエストニア語が「アイタ(ありがとう)」「ナガミセニ(またね)」なんだけど、ちょっと日本語っぽい。
:わかる! エストニア語の先生が「クシムシ(Küsimusi)」って日本語みたいに話せって言った。何か質問ある? っていう意味。
――マリアが、こけしをテーブルへ置く。
:これ重いし、「本当に持って帰る?」って悩んだけどね。
本原:重っ。これで殴ったら、人殺せるよ。
:ラーメンはちょっと脂っこくて苦手だった。
本原:じゃあ、蕎麦のほうがいいか。

全員:いただきます。
花坊:ベジタリアン・ミート、おいしい。
本原:このキッチン、本当に落ち着くなぁ。また来たい。
:これは、私の夢だった。サンクトペテルブルクでは共同キッチンのアパートに住んでいて、ぜんぜん好きなようにできなかった。たくさんの人がキッチンとトイレを使うのがホント嫌だったわ。
:ワイン残り、持って帰る?
本原:マリア、飲む?
:うん。
本原:じゃ、置いてく。

maria_06.jpg

【写真:花坊】

【レシピ】

●マリアのムサカ
1. なすにフォークで穴をあけ、オーブンで30分焼く。
2. じゃがいもの皮を剥き、蒸す。
3. にんにくのみじん切りをオリーブオイルで炒める。*セロリを入れる時もある。
4. 3にトマトの水煮缶と、トマトピューレを加える。*気分でケールとレモン汁を足す。
5. 4にソイバーグを入れる。
6. 焼きナスの皮を取って、細かく切り、刻んだパセリ、オリーブオイルと黒胡椒で和える。
7. 蒸したじゃがいもをマッシュして、バターを加える。*牛乳を足すとふわっとする。
8. 耐熱皿に、5のトマトソースとソイバーグを入れ、そのうえにナス、トマトソース、マッシュポテトの順に乗せ、さいごにベシャメルソースの代わりにチーズをのせ、オーブンに入れる。

本原令子

本原令子
(もとはら・れいこ)

1963年生まれ。陶芸家・美術家。「土」を使って焼き物に限らず、映像やパフォーマンス、ワークショップなどを行う。2021年からプロジェクト「キッチン・ストーリー」を国内外で行っている。2012〜15年、静岡市の登呂遺跡で稲作から道具作りまで実験的活動をする「アートロ」の企画監修。主な著書に『Kitchen Stories』(港まちづくり協議会)、『登呂で、わたしは考えた。』(静岡新聞社)。

本原令子さんwebsite

本原令子さんnote

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

ページトップへ