第9回
やる気一杯の俺たちは、音響設計の専門家に尋ねた
2026.04.06更新
目を輝かせるエンジニアKというところまで書いたところから、どれくらい月日がたっただろうか。
月末までにミシマ社へ原稿を送らねば、そういう気持ちはご飯茶碗に山盛りあって、毎夜、ブランクのファイルに向かい、「絶対にやるぞ」と気合いを入れていた。しかし、その度に様々な不可抗力によって山盛りのやる気がゴソッと奪われ、回復できないでいた。
ご飯茶碗の喩えを用いたので、それならば電子ジャーなり炊飯器なりをパカッと開けて、しゃもじでご飯(この場合はやる気に該当)をよそったらいいじゃない、と考える読者もいるだろう。しかし、やる気というのは厄介なもので、身の内に存在する出所のよく分からない意欲を、さも自分のものではないかのように他所から盛り付けて回復させるのは不可能だ。外部から呼びかけることができたとしても、それなりに食欲を煽る何かがなければ、いちから飯を炊こうとすら思えない。ところが、納豆とか「ご飯ですよ(海苔の佃煮)」のような飯の共があれば、満腹でもうっかりお代わりをしてしまう。何杯でも飯をよそえる。それが人心、または身体を超える意欲や欲望の不思議なところだ。
やる気を回復させる術が見つからない場合は、自ら修行のように、箸で一粒一粒、お櫃から米を茶碗に運んで行くしかない。そうして私たちは日々、ギリギリのところまですり減ったやる気と格闘し、どうにか翌朝には軽めの一杯くらいまで盛り返して、職場へと足を運んでいる。人生、遊んで暮らせたらどんなに楽か。心をへし折るわけにも、茶碗のやる気を空っぽにするわけにも行かぬ。経済的に困窮してしまう。
自室に足りないのは何らかのゆとりや豊かさで、植物こそが俺の乾いた茶碗に再びピカピカの白米を戻してくれる、そんな気がしてホームセンターの観葉植物売り場に向かった。実を結ぶでもなく、根っこにデンプンを蓄えるわけでもなく、実利の外側で「なんかいい感じだわぁ」としか言いようがない、そういう植物との生活こそが、俺を原稿に向かわせると考えた。
しかし、どうだろう。俺は年がら年中、やれツアーだレコーディングだと言って自宅を空けている。そういう生活のなかで、どこの国から連れてこられたのかも分からない観葉植物----このような寒暖の激しい島国でも楽しく育ってくれるのだから寛容植物と呼び替えてもいい彼らの世話が務まるだろうか。いくら寛容だからと言っても、水や栄養素がなければ生きては行けない。だったら日光を浴びればいいじゃない。マリー・アントワネットばりの恐ろしい言葉だと思う。
鉢売りの植物に囲まれながら、俺はカサカサに干からびたプランターを思い出した。まずは自宅のベランダに手をつけねば、よもや精神の復興はありえない。俺はズンズンと野菜の種コーナーへ向かい、並べられている野菜の種をザッと眺め、観葉植物からは極北に存在すると思しき万能葱の種を買い物かごに入れた。何にでも使える、丸ごと経済みたいな野菜。俺はセルフのレジスターで会計を済ませて自宅へ戻り、えいや!と荒廃し切ったベランダのプランターに万能葱の種を蒔いたのだった。
万能葱はあっとういう間に芽を出した。
恐ろしい生命力だと思った。
なぜか。それはすっかり件のプランターが植物不毛の砂漠と化していたからだった。オクラ3本農法の後、俺はネット上のすべての「ハウツー野菜栽培」のような情報を遮断して、自分らしく何かを育ててみようと考えた。しかし、何の種を蒔いても芽吹きの予感がなかった。これはもうひとりの人間として弥生時代に戻り、稲作からやり直そうと籾殻付きの米を蒔いて毎日水をやったが、何も起こらなかった。それならばと、脱脂綿の上で発芽した唐辛子の種を移植してみたが、あっという間に枯れた。というより朽ち果てるように萎んでしまった。まるで呪いのようだった。
やはり山に帰って狩猟採集と土器か。そうした悩みの尽きぬベランダ砂漠に芽吹いた万能葱。葱は地球を救う。そして俺を救う。そういう可能性を秘めた生命力だと思った。
流石に生えすぎだと思ったので、芽葱のような段階で半分くらいを選別して抜き、年越しそばや雑煮に乗せたり、お節料理に添えたりして食べた。お酒が大いに進んだ。今年の正月は2kgくらい太ったと思う。そのうちに立派な万能葱に育ったので、今度は根本からハサミで切って収穫し、納豆や味噌汁、即席ラーメンなどに使った。
俺は毎週のように葱を収穫し何らかの方法で食した。その度に半分くらいの葱が根本からパツンと切られるわけだが、しばらくすると葱は切られたことを忘れたかのように伸び、また葱らしい姿で茂るのだった。それは無限ではないかと思えるほどで、俺は楽しくなって原稿どころではなくなってしまったのだった。
無限の葱。葱無限と呼んでいい暮らしのなかで、みるみるとやる気が回復していった。仏教では食べてはいけない五つの野菜、五葷のひとつとされていたのが葱であり、淫欲や憤怒の原因と考えられていた。精がつきすぎてしまうということなのだろう。考え方を変えれば、それは活力だとも言える。俺は葱由来の活力によって、ようやく原稿のことを考える気力を取り戻すことに成功したのであった。
うむ。
では、続きを書いていこうと思う。
エンジニアKは、レコーディングスタジオの候補地として案内した大正時代の石の蔵に、大変興奮したのだった。建物はバスケットの試合ができるくらいの面積があり、中学校の体育館くらいの天井高であった。壁面に使われている天然の伊豆石は厚さが40cmほどあり、そのままでも十分と言える防音性能を持っていた。スタジオに改築する建物としては、まさに夢物件と呼んでいいスペックだった。
エンジニアKだけでなく、俺も興奮していた。石の蔵の社長は会いに行く度に一語一句違わぬお茶と石の蔵の歴史を俺たちに熱弁し、毎度90分、最終的に役所の課長とK林に向けた呪詛へと変わる恐ろしいイベントが繰り返されたが、同じ話が何セット続いても大丈夫なくらいに、この物件にのめり込んでいった。K林はもう行きたくないという顔を最初はしていたが、盛り上がる我々に感化されたのか、社長とは別の爺さんに怒鳴られても平気なくらい、丼一杯のやる気を抱えた人間に仕上がっていた。
頼もしいことだと思った。
これは買うしかあるまい。そう気合いを入れて、二棟ある石の蔵を共同で購入し、その一棟で別の事業展開を計画してくれる支援者探しを始めた。また、ドラマーの友人にドラムを叩いてもらって音漏れをチェックしたり、バンド仲間を案内して立地や機能に対する意見を聞いたりした。概ね、案内した友人たちは石の蔵をとても気に入ってくれた。
ついには、音響設計の専門家を連れていった。社長の呪詛タイムも終わり、俺は軽い気持ちで専門家であるSさんに「どのくらいかかりますかね」と尋ねた。そもそも壁が厚いのだから、それほど工費はかからないだろうと高を括っていた。普段からにこやかなSさんは表情を変えることなく、指を一本立て、「このくらいですかね」と答えた。
エホー。
一億円。
K林に伝えると気絶してしまうので、直ぐには伝えられなかった。




