誠光社 堀部篤史さんインタビュー 『90年代のこと』ができるまで(1)

第1回

誠光社 堀部篤史さんインタビュー 『90年代のこと』ができるまで(1)

2018.11.26更新

1126-1.jpg『90年代のこと 僕の修行時代』堀部篤史(夏葉社)

 ミシマ社京都オフィスが引っ越して、ますますご近所になった誠光社。その店主の堀部さんの本が、11月に夏葉社から発刊しました。タイトルは『90年代のこと 僕の修行時代』。本がちょうど誠光社に届いたところに居合わせたタブチ(90年代生まれ)が、さっそくインタビューに伺いました! 1日目は『90年代のこと』ができるまでの話や本屋さんの話、そして2日目は、DJもやられる堀部さんに90年代の音楽について語っていただいています。旧ミシマガでの人気コーナー「本屋さんと私」(気になる人に、読んできた本や通ってきた本屋さんなどをインタビューするコーナー)が復活! その第1回です。

(聞き手・構成:田渕洋二郎)

レコードのリリース年に紐づけられていた

ーー この『90年代のこと』はもともと、夏葉社WEB連載での「サイエンスフィクションみたいな昔話」がもとになっていますが、どういう経緯でこのタイトルになったのですか?

堀部 このWEB連載も、もともとは夏葉社・島田さんが、僕に「90年代のことを書いてほしい」とオファーがあったところから始まったんです。そして「堀部さんの思い出みたいなのを書いてほしい」というリクエストもあって。島田さんは文学畑の人だから、私小説っぽい感じをイメージしていたのだと思います。書籍版のタイトルは島田さんと相談して決めました。

ーー なるほど。

堀部 当時のことを思い出してみると、人とのやりとりや社会に関わった記憶ではなく、消費に紐づいた記憶しかないんですよ。「あぁ、あのアルバムががリリースされた年やな」とか。本の中でも引用していますけど、スチャダラパーの「from喜怒哀楽」って、それこそ当時聴いていた曲に『PEのファーストが出た年ってことは87年からのつきあい』っていうフレーズがあるんです。「PE」っていうのはパブリック・エナミーっていう、政治的なことをラップしたグループのことなんですけど、スチャダラパーのメンバーより一回り下の僕でも「ああわかる」って感覚で。

 僕が90年代を過ごしたのは、13歳から22歳のころ。中学から大学までエスカレーター式の学校だったので、要するにその10年間丸ごとモラトリアム期間だったわけです。その間に何をしていたかっていうと、レコード買ったりだとか、本を読んだりとかして、それを友達と共有するっていうことしかやってない。だからその頃のことは常に買ったもの、読んだもの、観た映画、聴いたレコードをきっかけにしないと思い出すことができない。

ーー おお。

堀部 今思うと、当時と今とではレコードや本へのアクセスのしかたがまるで違う。それは情報の収集の手段が変わったからだと思うんです。この帯にも書いてるけど、googleamazonとスマートフォンが登場する2000年代を境にして、別世界みたいになったんですね。

ーー そうですね。

堀部 僕はいま40代だから、その大きな変化を体感している世代なんです。もう少し上の世代だと、この変化に対応しなくとも、いままでのやり方で人生をやり過ごせるかもしれないし、もう少し下だと、別世界が当たり前で、スマホはもちろん、インターネットもまだ普及していない時代にどうやって情報収集していたかなんて知らないわけです。

 だから、近過去でもある90年代を語ることで、現代との違いを浮き彫りになってくるところもある。それを論じるのではなくて、自分の思い出として語るという、不思議なエッセイ集なんです。

時間をともなうこと

ーー たしかに、僕もインターネットがない時代の情報収集をしたことがない世代です・・・。また、本文のなかでも何度か出てくる「時間をともなうこと」がつくる価値ということも印象的でした。

堀部 2000年代のgoogle、amazon、スマートフォンで何が一番変わったかというと、時間の感覚なんです。一歩も動かなくても、無時間的に知りたい情報にアクセスできるようになった。でもそれは対象とする情報や作品に「アウラ」がなくなったということでもある。

ーー アウラ・・・?

堀部 そもそもはヴァルター・ベンヤミンという人が提唱した概念なんだけど、例えばモナリザの絵なんて、いま検索したらすぐにでてくるけど、昔はオリジナルの絵画作品をわざわざ観に集まったわけ。そのうち写真なんかが生まれて、書籍や雑誌なんかの紙媒体でモナリザの絵を観ることができるようになる。そこで「アウラ」が失われたっていうのが『複製技術次代の芸術』って本の肝なんだけど。よう知らんけど(笑)それだけでなく今度は、その複製品である書籍や雑誌みたいなものに「アウラ」が転化したんだと思う。オリジナルの持つ「アウラ」は少しずつ薄まるんだけど、フェティッシュな感じで、それをコピーした複製物なんかにも半オリジナルの魅力があって、すぐに手に入らないことがその保障になっていた。「そこに行かなければ見れないもの」をみにいくには必然的に時間をともなうし、書籍や資料の中から知りたいこと、知らなかったことを見つけるにも、やっぱり偶然だったり、足で街に出たりが必要だったわけ。でもいまはほとんどゼロ秒で検索結果が表示される。

ーー そうですね。

堀部 今になって思うのは、時間とともに自分の中に入ってくるものは、すごく刷り込みが大きいんです。昔は何にするにも時間をかけないと巡り会えなかったけれど、いま、その時間が必要なくなった。それを「便利になった」と捉えるか、「言語化できないものが失われた」と捉えるかっていうのは全然違うわけなんです。

ーー たしかに、すぐ見ることができても、すぐ忘れてしまいますよね。

堀部 そうそう。当時は、時間だけはあったし。その分深く刷り込まれている気がします。

ーー 世代によっても、情報の受け取り方が変わりますね。

堀部 映画でも、いきなりゴダールだとかトリュフォーみたいなヌーヴェルヴァーグ作品を先に見て、ヒッチコックとか見たことないみたいな。全然順序だった受容をしていない。歴史的な縦のラインに関係なく、過去数十年の作品や情報を同時に消費していたんですね。

 例えばレコードにしても、戦後に誕生して、それまでのSP盤と取って代わられたわけで、そこで一回断絶があるのね。SP盤を聴くっていうのはLPプレイヤーも蓄音機も持つことになるわけだから。一般的な家庭では再生ソフトっていうのは戦後生まれのLPがメインになる。ひとつ上の世代のものって常に古臭く感じるから、LP誕生以降、過去の音楽がひとつのメディア上で見渡せるようになるのって、すくなくとも今みたいなポップミュージックのフィールドで言えば1980年代あたりから。それまでは一般的には、少なくとも普通の消費者にとっては、常に最新のものが一番面白かったはずなんです。

 ところが1990年代には中古レコード屋に行けば1950年代から1980年代まで、LPが誕生してから過去40年のアーカイブが文字通り一望できるになった。サンプリングとかDJみたいな編集の概念が普及した時代だから、もう「古いものこそが新しい」みたいな時代で。R&Bもディスコもジャズ・ファンクも、何を聴いても新鮮なんです。アカデミックな下地がない。だから、ある意味、時間軸がぐちゃぐちゃだから上の世代の人から、批判されるわけ。

ーー なるほど。

堀部 でもそういう系統的な知識ではなく、昔のものも今のものも全部同じフィールドにあげた上で意外なものをつなげるのが面白かったんですね。それが90年代的だったし、だから、広範囲に物事を知っていて、それをつなげて語ることが価値になった。繰り返しますが、まだサーチエンジンがなかったから。

ーー そうですね。

堀部 でもGoogleSNSとかの登場とともに、誰もが情報を引っ張ってこれるようになって、その価値は目減りしてしまった。だからいまは誰でも知っているものを、新しい形で語ることが価値になってきている気がします。

本屋さんのこと

ーー 本の中にも三月書房のことが書かれてましたけど、90年代に通っていたお店ってほかにありましたか?

堀部 朝日会館かなあ。あそこの3階に朝日シネマっていう、いまの「京都シネマ」の前身みたいな映画館があって。その2階にあったコミック専門店は、よう行った気がします。店の端っこの方にオルタナティブのコーナーがあって、そこで『Quick JAPAN』の創刊号に出会ったこととか昨日のことのように覚えてる。

ーー そうなんですね。

堀部 それもいまみたいな芸能誌とは全然違う、めちゃくちゃおもしろいサブカルチャー雑誌で。いま百万年書房っていう一人出版者をされている北尾修一さんがやっていたルポ記事があるんだけど、あらためて今読むと、岸政彦さんがされているような昨今の感覚の社会学みたいな感じなんですよ。

ーー へえ! 読んでみたいです。

堀部 当時はもちろんそんな風には読んでいなかったものが、今になってつながって。たとえば聴覚障害があるBガールを横浜のクラブでずっと追いかけたりとか、西成あたりで地べたで野菜売ってるおばちゃんを追跡したりとか。

ーー うんうん。

堀部 あとはコーネリアスの小山田圭吾に、過去のいじめ体験についてインタビューをしたり。「消えたマンガ家」っていう連載もあって。ものすごい傑作を残しながらも精神疾患で描けなくなった鴨川つばめさんとか、そういう足跡がつかめへんような人とかの漫画を紹介していたり。そういうのがいまだと、全体の文脈を無視して、不道徳だとかいって、規制圧力がかかる。いじめのインタビューだってちゃんと読めばすごくいい記事なんだよ。いじめでも庇護でもない独特のスタンスでつきあっていただけで、その立場ってすごくよくわかる。いまとなっては「あらためてあって話したい」とか言ってたり。そういうグレーな感覚っていうのがどんどん受け入れられなくなってきているような気がする。

 ほんとうに最初に触れるものが王道ではなくことごとく「周縁」という感じで。そういうのを読み漁ったりしてたのね。三月書房さん以外、「この店が」っていうんじゃないんだけど、レコード屋とか本屋とかどこもおもしろかったです。

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(つづく)

ミシマガ編集部
(みしまがへんしゅうぶ)

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