金井真紀さんインタビュー いつだって「おもしろい」を手放さない(前編)金井真紀さんインタビュー いつだって「おもしろい」を手放さない(前編)

第6回

金井真紀さんインタビュー いつだって「おもしろい」を手放さない(前編)

2022.03.06更新

『パリのすてきなおじさん』『はたらく動物と』『世界のおすもうさん』『戦争とバスタオル』・・・たくさんの人に会い、はっとする言葉や魅力的な仕草を「拾い集める」取材方法で、じつに多様なテーマの本を書いてこられた金井真紀さん。
 軽快で優しい手触りの絵と言葉に引き込まれて、ぐんぐん読み進めるうちに、だれかの人生の秘密や、世界の奥行きの深さに気づかせてもらう。そんな素敵な作品ばかりです。
 金井さんの表現は、戦争、植民地、差別といった重い問題を見逃さず、しかしそれでも、世界をおもしろがり、風通しのよさを手放さないことに貫かれています。
「多様性をおもしろがる」という「任務」に気づいたきっかけは? ひらかれた表現はどうやって生まれる? 長年読み、書きつづけてきた「人人本ひとひとほん」とは?
 学生時代から金井さんの本を愛読してきた新人スミが、お話を伺いました!

後編はこちら

(取材・構成 角 智春)

kanaimaki.jpg(金井真紀さん)

「にんまりさせてくれる人」を求めるわけ

――私が初めて読んだ金井さんの本は、『はたらく動物と』です。本を開いてすぐ、「はじめに」の言葉に心を掴まれました。金井さんはいろいろな人の「断片を拾い集めるのが好き」で、 しかも「教訓めいた立派なものじゃなく、すこし間が抜けているもの、にんまりできるもの、 癖のあるものにひかれる」と書かれてあって。なぜそうしたものに惹かれるようになったのですか?

金井 私は、幼いころから「風穴を開けてくれる人」をすごく求めていたんです。
 なぜかというと、自分の父がすごく窮屈な人だったから。心配ゆえかもしれませんが、危ないからこれはするなとか、あそこへは行くなとか、いろんなことを制限されていました。
 だから、どうやら外にはもっとのびのびした世界がありそうだなと気づいて、家の外におもしろい大人を求めるようになったんです。地域のおもしろいおじさんとか、親戚のおばさんとか、学校の先生といったところに、「風穴を開けてくれそうな人」や「にんまりさせてくれそうな人」をみつけるアンテナが発達したんだと思います。
 なぜそう思うかというと、私には弟がいるのですが、彼も同じ家に育っただけあって嗅覚が似たように発達してるんですよ。お互いに「あなたが絶対に好きになるような人をまた見つけたよ」とか言って、おもしろい人を融通しあっています(笑)。
 そういうアンテナは長いあいだ、自分だけの宝物のようなものでした。今のように本に書いて人にお伝えするつもりはなく、ひとりで頭の中のコレクションを眺めて、「集まってきたな〜」みたいに楽しんでいたんです(笑)。

hataraku.jpg『はたらく動物と』

――昔から、文章を書いたり、だれかの似顔絵を描いたりするのはお好きでしたか?

金井 こぢんまりと私家版の冊子を作ったりはしていました。祖母の戦争の体験談を聞き書きしたり、旅行記みたいなものを書いたり。
 人の話を聞くのは好きだったと思います。でも、自分がそれを「伝える側の係」なのかどうかはわかってない時代が長くありました。あと、絵はほとんど描いていませんでしたね。本を書く仕事をはじめたのは40歳を過ぎたときですが、だれかに見せるために絵を描きはじめたのもそれからです。

自分の「任務」を思いついたとき

――「伝える側の係」というのは素敵な表現ですね。プロフィールに「任務は、『多様性をおもしろがること』」と書かれていますが、ご自分の「任務」「係」みたいなものに気づくきっかけはありましたか?

金井 私は、以前はテレビ番組の構成作家をしていました。すごく楽しかったのですが、たまたま、関わっていた番組が終わって、収入が無いけど時間はたっぷりあるという状態になりました。
 テレビの仕事ではつねに、ある番組が終わっては、また新しい番組がはじまる、というサイクルがあるわけですが、そのときは私も40歳の節目でキリがよかったし、せっかくだからおもしろいことをして食べていけるか実験してみよう! と思って、本を書く仕事をはじめることにしたんです。
 番組制作のリサーチャーをしていたときも、図書館に通って文献からネタを拾ったり裏付けをとったりする作業よりは、人を取材することのほうが断然好きでした。しかも、有名人にインタビューするのではなくて、ふつうの人の話を聞くのが好きだった。「俺におもしろい話なんかないよ~」とか言っている人から、その人だけのオリジナルの物語をゆっくり掘り起こす、そういうことなら自分でもすこしお役に立てるかなと思っていました。

――そのころから「ふつうの人」の話に耳を傾けることを続けておられたのですね。

金井 はっきりとしたきっかけはないし、任務は変わっていっていいものだと思いますが、「多様性をおもしろがる」という任務はある人と話すなかで思いついたものです。
「こういう世の中になればいいな」というのをなんとなく言葉にしておいて、自分が生きているあいだには実現しないかもしれないけど、それに向かっていく途中でバタッと死ねればいいなぁ、という話をしていたんです。そのときに私がたまたま言葉にしたのが、「多様性をおもしろがる」でした。
 いつもこの言葉に立ち返るようにして、合致していそうなことだったら自分の仕事だというふうに考えています。これじゃなきゃだめ、というやり方はなくて、本を書くのでも、ほかのものを作るのでも、どこかにお勤めするのでもいいと思います。

――「多様性」という言葉を思いついたのはどうしてでしょうか?

金井 ちょっと逆説的な説明ですが、いろんなものがあったほうが絶対におもしろいのに、小さいものが消えていっちゃったり、物事を一色に染めようとしたりすることがいやだなと思って、ひとまず多様性という言葉を選んだという感じでしょうか。
 いい言葉だとは思うけど、いろんな意味がありすぎて、この言葉でいいのかなぁという思いもすこしあります。とりあえず多様性と言っておけばいいだろう、みたいに使いやすい言葉でもありますよね。「おもしろがる」がつくことでギリギリ救われているかな。「多様性を認める」なんて偉そうだし、「多様性を追求する」だと硬いし・・・。「おもしろがる」くらいが、間抜けでにんまりできて、自分に合ってるかなぁと思っています。

好きにならないと書けない

――金井さんは、つねにいろんな人の言葉や身振りを掬って集めることで作品を生み出しておられますよね。取材するなかでは、どう書けばいいのかわからないものや、自分が進みたい方向性とはまったく違うものに出会ってしまうこともあるのではないかと思います。多様性を大事にすることと、自分が伝えたいことを表現することのバランスが難しいときもあるのではないでしょうか。

金井 ・・・すっごくいやなやつに出会ったらどうするかということですか?(笑)

――そういうこともありますね。たとえば『戦争とバスタオル』には、「わたし、ジャーナリストじゃないし。取材した人のこと好きにならないと書けないし」というセリフが出てきますよね。沖縄の辺野古を訪れたあとの金井さんの言葉です。

金井 好きにならないと書けない、というのはそのとおりだと思います。とくに、似顔絵は愛をもって描くものなので、好きな人の絵じゃないと描けないなぁと感じています。
 これまでは、たとえば、取材相手の政治的意見が自分とはまったく違うものだったとしても、おもしろいなぁと思うところがあったらその人について書いてきました。話をするなかで、意見が合わなかったり、それは違うなと思うことがあったりしたらその場で言ってきたと思うし、そうやって関係を作っていくなかで好きになるところはたくさんありますね。
 もちろん、差別主義者の意見を同じ俎上に載せて考えるということはするべきではないし、そういう意味でいやな人は、自分の作品には入れたくないです。
 ただ、これはほんとうに難しいですね。人への興味とか、いろんな人を集めたいという欲求と、意見が合わない人や共感しづらい人をどうするかのバランスについては、考え考え、やっています。

bathosumou.jpg左:『戦争とバスタオル』、右:『世界のおすもうさん』

――『戦争とバスタオル』に登場する「ピンクおばば」を思い出しました。韓国の温泉のなかで、金井さんに、徴用工問題や日韓関係の悪化について「日本人として、どう思うの?」と問いかけてきた方です。名前を訊くと、「日本人には名前を教えたくないの、ごめんね」と。考え方は必ずしも合致しないけれど、短いやりとりのなかで胸に迫るものがあったからこそ、この方について書かれたのだと伝わりました。

金井 そうですね。だから、偶然出会った人に話を聞くのはすごくおもしろくて大切なことで、間口はできるだけ広くしたいと思っています。
 辺野古のおすもうさんを取材したとき(『世界のおすもうさん』)は、多くの人が新基地建設を容認している状況で、その点では彼らと私の考え方が近いわけではありませんでした。でも、現地に行くと一筋縄ではいかない現実もわかります。
 みんな海がこのままきれいであってほしいと思ってはいるけれど、20年以上さんざん反対しても工事は止まらなかったし、住民が分断されることにはうんざりしている、という話を聞くと、本当にそうだなと思う。外から来て反対する人と、この先も何十年、何百年と住まなきゃいけない人とではトーンが違いますよね。
 それも含めて、辺野古のおすもうさんの話は興味深かったし、怖い顔してぶっきらぼうなところもよかった(笑)。考え方は違うけど、人として好きになれたんです。もちろん好きになったらぜんぶチャラになるわけでもないし、ほんとうに難しいところですね。

――だからこそ、「好きにならないと書けない」という言葉は心にずしんときました。

後編につづく


金井真紀(かない・まき)
1974年生まれ。文筆家・イラストレーター。任務は「多様性をおもしろがること」。著書に『世界はフムフムで満ちている』『酒場學校の日々』(皓星社)、『はたらく動物と』(ころから)、『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『虫ぎらいはなおるかな?』(理論社)、『マル農のひと』(左右社)、『世界のおすもうさん』(共著、岩波書店)、『戦争とバスタオル』(共著、亜紀書房)など。

ミシマガ編集部
(みしまがへんしゅうぶ)

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