利他的であること

第1回

はじめに

2020.09.29更新

利他への関心の高まり

 コロナ危機によって「利他」への関心が高まっています。
 マスクをすること、行動を自粛すること、ステイホームすること――――。これらは自分がコロナウイルスにかからないための防御策である以上に、自分が無症状のまま感染している可能性を踏まえて、他者に感染を広めないための行為でもあります。
 いまの私の体力に自信があり、感染しても「たいしたことはない」と思っても、街角ですれ違う人の中には、疾患を抱えている人が大勢いるでしょう。恐怖心を抱きながらも、電車に乗って病院に検診に通う妊婦もいる。通院が不可欠な高齢者もいます。一人暮らしの高齢者は、自分で買い物にも行かなければならなりません。感染すると命にかかわる人たちとの協同で成り立っている社会の一員として、自分は利己的な振る舞いをしていていいのか。そんなことが一人一人に問われています。
 ロンドン大学教授のグラハム・メドレイ(Graham Medley)は、ヨーロッパでコロナウイルスが猛威を振るった2020年3月に言いました。「あなた自身がすでに感染している前提で振る舞いなさい」―――。
 私たちは「巣ごもり」をしました。大切な人とも会えない。生きがいだった社会的活動も制約される。勉強も仕事も、思うように進まない。そんないらだちの中、「ソーシャルギフトサービス」(e-Gift)の市場が、若者を中心に拡大しました。高価な贈り物ではなく、日常のささやかな感謝を伝えるために、ささやかなギフトを贈る。スマホ経由でコーヒー一杯などのギフト券を贈る「ちょこっと贈与」が話題になりました。
 若者を中心に、利他的な行為への関心が高まっているというのは、世界的に確かな傾向のようです。医療従事者や様々なエッセンシャルワーカーへの感謝の伝達行為も広がりました。様々な寄付やクラウドファンディングなどに参加した人も多いでしょう。これは大変重要な潮流だと思います。

利他の困難

 しかし、一方で、「利他」には独特の「うさんくささ」がつきまとうことも事実です。利他的行動に積極的な人に対して、「意識高い系」という言葉が揶揄を込めて使われたり、「偽善者」というレッテルが貼られたりすることがあります。結局のところ、利他的な振る舞いをすることで「善い人」というセルフイメージを獲得しようとする利己的行為なのではないかという疑念が、そこには沸き起こってしまうのです。
 しかも利他行為の「押しつけがましさ」は、時に暴力的な側面を露わにします。誰かから贈与を受けたとき、私たちは「うれしい」という思いと共に、「お返しをしなければならない」という「負債感」を抱きます。うれしいんだけども、プレッシャーがかかるというのが、贈与の特徴です。もし、返礼をする余裕がない場合、二人の間には、次第に「あげる人」「もらう人」という上下関係が構築されていきます。「私はあの人を援助している」/「あの人からは一方的にもらってばかりだ」という双方の思いが蓄積していくと、ここに支配-被支配の関係が自ずとできあがっていきます。これが利他的な贈与の怖いところです。

利己的な利他?

 コロナ危機の中で、フランスの経済学者ジャック・アタリの「合理的利他主義」という考え方に注目が集まりました。アタリは、利他主義という理想への転換こそが、人類のサバイバルの鍵であると主張します。自らが感染の脅威にさらされないためには、他人の感染を確実に防ぐ必要がある。利他主義であることは、ひいては自分の利益となるというのです。つまり、利他主義は最善の合理的利己主義に他ならないというのがアタリの主張です。
 彼の議論は、利他的行為によって最も恩恵を受けるのは、その行為を行っている自己であるという「間接互恵システム」を説いています。利他行為を「善意」から解放し、利己的なサバイバル術として運用すべきというのですが、どうでしょう? やはり何か引っかかるものが残りませんか? 結局のところ、利己的欲望の実現やサバイバルのために「利他」を利用する構想は、利他が持っている豊かな世界を破壊し、利己的世界観の中に閉じ込めてしまうではないかという思いが、どうしてもよぎります。
 もし利己主義的な利他行為が広がっていくと、本当に利他の循環が起きるのか、私には疑問です。「利己的な利他行為」を受け取る側としては、常に「それって、あなたの利益のためにやっているんだよね?」という思いが沸き起こるため、受け取った利他のバトンを、他者に受け渡そうとする意思が失われるのではないでしょうか。利己的なメッセージ付きの贈り物は、やはり不愉快です。「これがいずれ私に利益をもたらしますように」と暗に記された物・行為を受け取っても、利他の喜びは想起されません。むしろ嫌な気持ちになりますよね。

利他の扉を開く

 利他には様々な困難が伴います。偽善、負債、支配、利己性・・・。利他的になることは、そう簡単ではありません。
 しかし、自己責任論が蔓延し、人間を生産性によって価値づける社会を打破する契機が、「利他」には含まれていることも確かです。コロナ危機の中で私たちの中に沸き起こった「利他」の中にも、新しい時代の予兆があると思います。
 では、どうしたらいいのか?
 私が勤務する東京工業大学では、2020年2月に「未来の人類研究センター」という組織を設立し、「利他プロジェクト」という研究をスタートさせました。私は、大切な仲間と共に、「利他」について日々考えています。そして、その成果を社会的に実践していきたいと願っています。
 私は、多くの人たちに、この仲間に加わって頂けないかと思っています。この連載が、その一環になればと思っています。
 では、「利他」の扉を、開いていくことにしましょう。

中島岳志

中島岳志
(なかじま・たけし)

1975年大阪生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年、『中村屋のボース』で大仏次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に『パール判事』『朝日平吾の憂鬱』『保守のヒント』『秋葉原事件』『「リベラル保守」宣言』『血盟団事件』『岩波茂雄』『アジア主義』『下中彌三郎』『保守と立憲』『親鸞と日本主義』『保守と大東亜戦争』、共著に『現代の超克』(若松英輔、ミシマ社)などがある。

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