釈徹宗×細川貂々 ふたりの「人生の名著」(と、おすすめの本)(1)

第2回

釈徹宗×細川貂々 ふたりの「人生の名著」(と、おすすめの本)(1)

2018.08.23更新

 ある日、ミシマ社に「釈徹宗先生の『お世話され上手』(ミシマ社)を読んで、たいへん感銘を受けた!」という大興奮の熱いメールが届きました。送り主は、梅田 蔦屋書店の書店員・三砂さん。

 ほうほう、そうでしょう、あの本はよい本でしょうと思っていると、興奮冷めやらぬ三砂さんから「この本の装画と漫画を描いている細川貂々さんと、釈先生とで本について語ってもらいたい」というご依頼が。

 それはとっても面白そうだなあということで、「人生の名著」というテーマで、お二人に本について語っていただきました。挙がる本、全部読みたくなって、たまりません! めくるめくブックトークをお届けします。

(構成・写真:新居未希、2018年7月27日梅田 蔦屋書店にて収録)

「人生の名著」がテーマのはずが!?

 今日はふたりで、「人生の名著」というテーマで、いろんな本についてお話しできればと思います。まずこのテーマを与えていただいて、今日はすでに一人10冊選んできているのですよね。

 自分が感銘を受けて、影響を受けた本を挙げるというテーマだったのですが、実は私、ちょっと勘違いしてしまいまして。「いま、ぜひみなさんお読みください」という本を挙げちゃったんですよ。よく考えたら、ほぼ同時期に「オススメの10冊を挙げてください」という、他の雑誌からの依頼があって、それとたぶんごっちゃにしてしまいまして・・・ですから、私のほうは人生で感銘を受けたというわけではないんですけど、ぜひ読んでくださいという本が挙がっております(笑)。貂々さんはどういうふうに選ばれましたか?

貂々 私はちゃんと、人生で影響を受けた本を選びました(笑)。

〈おふたりの「人生の名著」リスト〉

釈徹宗・選

『口笛の上手な白雪姫』小川洋子(幻冬舎)
『マイ仏教』みうらじゅん(新潮新書)
『夕凪の街 桜の国』こうの史代(双葉社)
『汚穢と禁忌』メアリー・ダグラス(ちくま学芸文庫)
『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』マックス・ウエーバー(岩波文庫)
『日本霊性論』内田樹、釈徹宗(NHK出版新書)
『今夜も落語で眠りたい』中野翠(文春新書)
『深い河』遠藤周作(講談社文庫)
『大阪アースダイバー』中沢新一(講談社)
『鉄鼠の檻』京極夏彦(講談社文庫)

細川貂々・選

『おともだち』高野文子(筑摩書房)
『絶対安全剃刀』高野文子(白泉社)
『くさをはむ』おくはらゆめ(講談社)
『仮面の告白』三島由紀夫(新潮文庫)
『ツノ病』クリハラタカシ(青林工藝舎)
『昔話と日本人の心』河合隼雄(岩波現代文庫)
『蓼食う虫』谷崎潤一郎(新潮文庫)
『まくらのせんにん』かがくいひろし(佼成出版社)
『いのちをむすぶ』佐藤初女(集英社)
『落語に花咲く仏教』釈徹宗(朝日新聞出版)


 人生で感銘を受けた本というと、私だともう、ずらっと漫画が並んじゃいます。『あしたのジョー』や『おそ松くん』とか・・・そんなんばっかりになっちゃう気がしますね。

貂々 私も漫画は多いですよ。このなかでも3冊挙げています。

当事者じゃないからこそ書ける物語 『夕凪の街 桜の国』

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『夕凪の街 桜の国』こうの史代(双葉社)

 私も一冊、こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』という漫画を挙げさせていただいています。

 近年はこうのさんの『この世界の片隅に』という作品が映画化されて大きな話題となりましたが、まずは私としては、こちらを読んでいただきたいなと。読まれましたか?

貂々 はい、読みました。自著『ツレがうつになりまして。』が映画化されたときの映画監督さんが、『夕凪の街 桜の国』も手がけられていまして。それがきっかけで読みました。

 こうの史代さんは広島生まれですが、この漫画を描かれるまでは、自分は被爆者でもなければ、被爆二世、三世でもないので語る資格がない、そういう想いでおられたそうです。そしてついに書いたのがこの漫画です。このあと『この世界の片隅に』ができるんですけども。

 「命ってしぶといなぁ」という感じがするんですね。命って本当にしぶとくしぶとく、雑草が根をはるように繋がっていくのだという感覚があって・・・。当事者じゃないからこそ書ける物語があるなぁと、そんな気がしました。

 漫画の中に「見てるんでしょう お母さん」と言うコマがあるんですが、毎回涙で曇ってちゃんと見れないんですよね。何教とか何宗とかじゃなしに、人間の宗教の琴線に触れるような表現なんです。ここに触れれば、普段あまり感じていないような宗教性が立ち上がるというか、振動を始めるというところが人間にはあって。それは我々が「宗教」というとイメージするような、仏教やキリスト教というそういうものじゃなくて、もっとプリミティブであり、「いつの世にも震えるポイント」みたいなものです。それがこのひとコマのような感じがするんですよね。

世界が変わった漫画 『おともだち』『絶対安全剃刀』

0823-12.jpg(左)『おともだち』高野文子(筑摩書房)/(右)『絶対安全剃刀』高野文子(白泉社)

 貂々先生が選ばれた漫画はいかがですか?

貂々 私は漫画では、高野文子さんの『おともだち』と『絶対安全剃刀』、クリハラタカシさんの『ツノ病』を選びました。

 私に漫画を教えてくれたのは、夫のツレなんです。その前から少女漫画は読んでたんですけど、他の漫画を読んだことがなくて。「君はこの漫画を読むと世界が変わるから」と言って、高野文子さんの本を教えてくれました。初めて読んだのが『絶対安全剃刀』で、これを読んだときに本当に世界が変わったんですよ。

 ほぉ、どのように?

貂々 自分は少女漫画家になりたくて、少女漫画を書いてたんですけど、書けなくて。でもこれを読んで、「漫画の表現は無限だ」と思いました。「少女漫画だけにこだわらなくてもいいんだ」と。『おともだち』を読んだとき、「なんか漫画ってすごいなぁ」とすごく感動して。高野さんの表現の仕方が、映画というか、映像的というか・・・すごくすてきだったんです。「こういう描き方するんだ」と衝撃的だった。「やっぱり漫画家になりたいなぁ」と思わせてくれた作品です。

 『絶対安全剃刀』は短編集なのでいろんな漫画が入っていますが、高野さんのすごいところは、ぜんぶ絵柄が違うんですよ。一作一作。

 同じ漫画家として、作品ごとに絵柄を変えるというのはいかがですか? やってみたいという気にもなるんじゃないかと想像しますし、そうは言ってもそう簡単にはいかないでしょうし、変えようとしてもなかなか変わらないということもあると思うんですが。

貂々 そうなんです。そのとき、「作家というのはひとつの絵柄で作品を書いているものだ」と思い込んでいた部分があったので、絵柄を変えていいというのも衝撃的でした。でもどれを見ても「高野文子さんだ」とわかるというのもすごくて。この方にしかできないのかもしれないですけどね。

 ちなみに、『絶対安全剃刀』の一番最初、「たあたあたあと遠くで銃の鳴く声がする」という漫画に出てくるのが貂なんです。

 あっ! もしかして、「貂々」ってそこから来てるんですか?

貂々 そうなんです! そこから貂々というペンネームをつけました。

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仏教をこんなふうにおもしろく語れたらいいな 『マイ仏教』

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『マイ仏教』みうらじゅん(新潮新書)

 私はみうらじゅんさんの『マイ仏教』にいきましょうか。

 みうらじゅんさんに初めて会ったとき、私の本読んでくださっていて、「おもしろいですね」と言うてくれはったんですよ。でも、私としては相当わかりやすく書いてるつもりだけれど、「ちょっと難しいね」と言われたんですよね。その後出た本がこの『マイ仏教』。確かにここまで独創的な感性で語るのは、私にはできそうもないなと思いました。

 たとえば、「自分探し」というようなことを言っている人がいるけれどそうじゃなくて、「自分なくし」が重要だ、などと言うんですよね。自分をなくすという方向ですね。あるいは、自分というものをなくすために「僕滅運動を始めましょう」と。ここの「僕」は「自分」という意味です。

 ほかにも、「過去と他人と親、この3つは決して比較してはいけない」。親と比較したり、過去と比較してはいけないという3つを「比較三原則」といったり。そういうのが次から次へと出てきます。

 はぁ〜。

 みうらさんは「そこがいいんじゃない」という念仏を主張しているんです。たとえば、つまらない映画を観て「つまらないなぁ」「全然ダメだ」と思ったときに、そこでこの念仏を称える。「そこがいいんじゃない」と言ったら、その映画がもう一回輝くと言うんですよ。

 観光地に行っても、「誰が買うんや」というつまらない土産物が売ってるでしょ。「これひどいなぁ」と言ったときに、この念仏、「そこがいいんじゃない」と言って買うらしい。「この念仏を称えたら人生が変わる」と言うんです。

貂々 それはいいんでしょうか・・・(笑)。

 いやぁー(笑)。でも、みうらさんの仏教的な感性は侮れないところがありまして、「仏教をこんなふうにおもしろく語れたらいいな」という想いはあります。

 考えたら、若いときからみうらさんの本を読んでるので、私自身にこんなふうな言語感性はないものの、「ここがおもしろい」というような感性ってもしかしたら影響を受けてるのかなぁと思います。

 たとえばもともとの仏教から言うと、日本仏教って相当変質しているんですよ。伝統的な保守的な世界の仏教の人は「日本仏教はとても仏教とは思えない」と言うんですよね。だいたいお坊さんが結婚していることも「ありえない」と言う。まぁ確かにそうなんです。それは、私も研究者ですから百も承知です。でも、「ね。だから日本仏教はおもしろいでしょ」という気がちょっとあるんですよね。こういう感性は、もしかしたらみうらさんから学んでるのかもしれないなぁと思います。

生きるというのはそういうことなんだな 『くさをはむ』

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『くさをはむ』おくはらゆめ(講談社)

貂々 じゃあ私は、『くさをはむ』を。絵本です。

 『ツレがうつになりまして。』を出したあと、とにかくたくさん「死にたいんです」というお知らせというか、連絡が私のところに来るようになりました。みんな「死にたい」とすごく言っていて。まぁ、ツレも当時はうつだったので、「死にたい」とは言っていたんですけど。

 「なんで、みんなそんなに死にたくなるのかなぁ」と思って。そこから「人ってなんで生きるんだろう」と思うようになっていきました。

 この絵本は、シマウマが生きているということを描いているだけの絵本なんです。食べて、ウンチして、風にそよがれている。「生きるというのはそういうことなんだな」ということがわかった本です。なんていうのかな・・・こうやって「生きてるだけでいいんだよ」というふうに、絵本作品として描けるんだなと感じました。

 なるほど。絵本ならではの力ってやっぱりありますよね。文章にしちゃうとなかなか伝わらないことも、絵本だと伝わることがある。

貂々 すごく説得力がありましたね。

ミニ自著紹介

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『お多福来い来い』細川貂々(小学館)

 この本のおもしろいところは、貂々さんが必ずしも落語を楽しめているわけじゃないところです。「意味わからん」とか、「なんでこんなんでみんな笑ってるんや」とか。そういうのも、そのまま書いてるところがすごくいいと思います。

貂々 落語って、「なんでこんなオチ・・・?」というものもあるじゃないですか。「このオチでどうしてみなさん笑ってるんですか?」と、問いただしたくなるような。

 そうなんですよね。落語を聞き慣れた人は、その矛盾をいつの間にか気にしなくなっちゃうんですよ。でも初めて聴いた人はぜんぜん納得できない。ありますよね。そういうのってね。それはちょっと、聞き慣れることの弊害かもしれないです。

 大学で宗教と芸能の講義やっているんですが、最初の頃は学生が全然反応できないんですよね。落語を聞いても固まったままで、笑いもしない。ところが毎週続けているうちに、うまいこと反応できるようになって、最後は見事に反応できるようになる。落語や伝統的なものというのは、それに反応できるための心と身体、ある種のスキルみたいなのが必要なんです。必要なんですけど、それがあんまり達者になっちゃうと一般の人が引っかかるようなところが引っかからなくなっちゃうんですね。でも、この本では引っかかりまくっている。そこがこの本のいいところなんです(笑)。

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プロフィール

釈徹宗(しゃく・てっしゅう)
1961年生まれ。宗教学者・浄土真宗本願寺派如来寺住職、相愛大学人文学部教授、特定非営利活動法人リライフ代表。専攻は宗教思想・人間学。大阪府立大学大学院人間文化研究科比較文化専攻博士課程修了。その後、如来寺住職の傍ら、兵庫大学生涯福祉学部教授を経て、現職。著書に『法然親鸞一遍』(新潮選書)、『いきなりはじめる仏教生活』(新潮文庫)、『早わかり世界の六大仏教』(朝日文庫)、『死では終わらない物語について書こうと思う』(文藝春秋)、『現代霊性論』(内田樹との共著、講談社文庫)など多数。

細川貂々(ほそかわ・てんてん)
1969
年生まれ。セツ・モードセミナーを卒業後、漫画家・イラストレーターとして活動。電車好きになった息子の影響で、電車に乗るのが好きになる。2011年より関西在住。著書に『親子テツ』『それでも母が大好きです』(以上、朝日新聞出版)、『40歳から「キレイ」と「オシャレ」始めました。』『タカラヅカが好きすぎて』(以上、幻冬舎)、『わたしの主人公はわたし』(平凡社)、共著に『それでいい。』(水島広子、創元社)など多数。パートナーとの闘病を描いたコミックエッセイ『ツレがうつになりまして。』シリーズ(幻冬舎)はドラマ化、映画化もされた。

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