釈徹宗×細川貂々 ふたりの「人生の名著」(と、おすすめの本)(2)

第2回

釈徹宗×細川貂々 ふたりの「人生の名著」(と、おすすめの本)(2)

2018.08.24更新

 ある日、ミシマ社に「釈徹宗先生の『お世話され上手』(ミシマ社)を読んで、たいへん感銘を受けた!」という大興奮の熱いメールが届きました。送り主は、梅田 蔦屋書店の書店員・三砂さん。

 ほうほう、そうでしょう、あの本はよい本でしょうと思っていると、興奮冷めやらぬ三砂さんから「この本の装画と漫画を描いている細川貂々さんと、釈先生とで本について語ってもらいたい」というご依頼が。

 それはとっても面白そうだなあということで、「人生の名著」というテーマで、お二人に本について語っていただきました。挙がる本、全部読みたくなって、たまりません! めくるめくブックトークの後半をお届けします。

前半はこちら

(構成・写真:新居未希、2018年7月27日梅田 蔦屋書店にて収録)

〈おふたりの「人生の名著」リスト〉

釈徹宗・選

『口笛の上手な白雪姫』小川洋子(幻冬舎)
『マイ仏教』みうらじゅん(新潮新書)
『夕凪の街 桜の国』こうの史代(双葉社)
『汚穢と禁忌』メアリー・ダグラス(ちくま学芸文庫)
『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』マックス・ウエーバー(岩波文庫)
『日本霊性論』内田樹、釈徹宗(NHK出版新書)
『今夜も落語で眠りたい』中野翠(文春新書)
『深い河』遠藤周作(講談社文庫)
『大阪アースダイバー』中沢新一(講談社)
『鉄鼠の檻』京極夏彦(講談社文庫)

細川貂々・選

『おともだち』高野文子(筑摩書房)
『絶対安全剃刀』高野文子(白泉社)
『くさをはむ』おくはらゆめ(講談社)
『仮面の告白』三島由紀夫(新潮文庫)
『ツノ病』クリハラタカシ(青林工藝舎)
『昔話と日本人の心』河合隼雄(岩波現代文庫)
『蓼食う虫』谷崎潤一郎(新潮文庫)
『まくらのせんにん』かがくいひろし(佼成出版社)
『いのちをむすぶ』佐藤初女(集英社)
『落語に花咲く仏教』釈徹宗(朝日新聞出版)

エキサイティングなタブーの謎解き 『汚穢と禁忌』

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『汚穢と禁忌』メアリー・ダグラス(ちくま学芸文庫)

 では、私の次は『汚穢と禁忌』を。名作だと思います。

 禁忌というのは「タブー」のことです。本の中に、タブーについて考察する大変いい図式が出てきます。これを知ると、さまざまな場面で謎が解けたりしますよ。

 大きなテーマとして、「ユダヤ教はどうして豚を食べないという方向へと進んだか」という、人類史上の謎のひとつが出てまいります。ユダヤ教では豚肉だけじゃなくて、蹄が割れていて反芻する動物しか食べてはダメなんですよね。だから、馬とかダメなんです。馬って蹄が割れてないでしょ。豚は蹄は割れているけど、反芻しないのでダメ。両方満たさないとダメなんです。あと、水性の生物はヒレと鱗がないとダメなので、タコやイカは食べない。貝類やウナギも食べないんですよね。

 なぜ、豚を食べないという方向へと進んだ民族がいるのか。これは不思議な話でして。というのは、豚は食物としてはたいへん汎用性が高くて、中国のことわざに「鳴き声以外ぜんぶ食べられる」というものがあるほどです。それほど汎用性が高い食材をわざわざ「食べない」という選択をするのは、人類以外考えられない。

 人間というのは、あらゆる宗教、あらゆる民族の文化圏を見ても、食と性に関するタブーというものを持っています。その謎を解明するために、古代多くの神学者や研究者が取り組んできたんですね。

 よく言われるのは、古代では食材の保存が難しかったので、豚は雑菌が多いので食べなかったんじゃないかということです。でも、それもいまいち他の文化圏と照らし合わせると説得力が足りないというか、きちっといかないんですよね。ほかにもたくさん説はあるんですよ。たとえば、たまたまユダヤ民族の近くにいた民族が豚を祀っていたんじゃないか、つまり異民族の神なので食べないようにしたのでは・・・というものとか。

 著者のメアリ・ダグラスは、聖書の『レビ記』を徹底的に解読してこの謎に挑戦します。『レビ記』は聖書の中でも一番おもしろくないと言われているものです。ドラマ性も低くて、「これしちゃダメ」「あれしちゃダメ」とか、「お祭りするときは、何センチ何センチの祭壇を組んで」とか、細かい話ばかりが出てくる。

 これを解読して、ある種の結論に達するんですけど、それがまぁ大変エキサイティングであり、また、いろんなタブーを考察するときに大きな手がかりとなります。

貂々 はい。

 結論から言うと、「両義的なものを禁止してきた」のです。こちらの分類とこちらの分類に重なる部分。この重なるところが禁止されたという、そういう結論へとだんだん進んでいきます。

 たとえば、人間と動物という分類があるとする。ペットってちょうどこの2つの重なるところなんですよね。動物でもあり、家族でもある。そうすると、この真ん中のところは禁止されちゃうんです。「ペットは食べない」と。

 「私」と「他者」というふうに分類すると、「家族」って重なるところなんですよね。他者でもあり、私でもある。こことも性行為は禁止されるというような図式があります。これは文化人類学で一時期大変よく使われた理論ではあるんですが、『レビ記』をそれで読むというところがとてもおもしろいので、ぜひ、クリスチャンの貂々先生もですね・・・

貂々 うう、ちょっと難しそうなので、いつか・・・はい(笑)。

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夏休みの間中その世界に浸っていた 『仮面の告白』

0823-5.jpg『仮面の告白』三島由紀夫(新潮文庫)

貂々 『仮面の告白』は、これは有名すぎてどうなんでしょう。高校生のときに読みました。読書感想文の課題図書の中に『金閣寺』が入っていて読んだんですが、「三島由紀夫ってすてき!」と思いました。文章がとても美しくて・・・。

 実は僕、ちょっと三島由紀夫、鬱陶しいんですよ。文章が豪奢すぎて。

貂々 (笑)。私は、「こんなに美しい文章を書ける人がいるんだ」と思って『仮面の告白』を読んだら、めちゃめちゃハマりました。それでもう、夏休みの間中その世界に浸っていたという。

 でもツレは太宰派だったんです。「三島なんて、あんな弱々しい文章ダメだ」「太宰のほうがいい」みたいなことを言われて(笑)。「太宰は、なんかねちっこくていやだ」という論争をしたことがありますね。

 この美しい文章は一度は読んでいただきたいという、そういう感じです。

宗教を通して経済を見る 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

0823-2.jpg『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ウエーバー(岩波文庫)

 それでは次は、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』です。この本は学生時代に読んで大きな影響を受けたので、今回のテーマ通りですね。

 「宗教を通して経済を見るとこんなふうに見えてくるんだ」と感じます、おすすめです。

 私の専門は宗教学です。いうてみれば、宗教を通して人間を見たり、宗教を通して社会を見たりするわけですね。そうすると、今まで気づかなかった人間の面が見えてきたり、社会の面が見えてきたりする。ここがなんといっても一番楽しいところでして。

 この本は、宗教を通して経済を見るということを考える際に基本的なロジックを身につけることができるという、社会学では古典的な名作です。もちろん毀誉褒貶ありますし反論もありますが、おもしろいです。

 たとえば、カトリックはもともと「労働は神から与えられた罰だ」と捉えているようなところがあって。イタリアオペラを聞いていると、「こんなにうれしいことがあった日は、仕事を休んでも神様も許してくれるよ!」みたいな歌詞が出てきたりします。労働が罰だからこそバカンスが発達するという面もあるんですが。

 プロテスタントたちは、「仕事は神から与えられた使命だ」と考えて、脇目も振らず、禁欲的に誠実に仕事に従事する。儲けたものは、自分の欲望に使ってしまわずにまた次の仕事へと運用するという、資本をぐるーっと回していくような倫理観を発達させて、ついに近代資本主義が生まれた。

 かつて、資本主義らしきものは古代の中国にもバビロニアにもありました。でも、近代資本主義にはならなかった。「プロテスタントがあったから資本主義が生まれたのだ」というのが、マックス・ウェーバーの説なんですよね。

 そのあたりを読んでいただければと思うんですけれども、「そんなことはない」「同じような現象は他にもある」というようなことを宗教社会学者のロバート・ベラーなどが言っています。それは何かというと「日本の浄土真宗だ」と。浄土真宗は同じようなかたちで、欧米型近代ではなくて日本型近代資本主義みたいなものを生み出していると言うんですね。

 そういう論考もありますので、さらに思索を深めたい方はそちらのほうにもご興味を示していただければと思いますが・・・どうですか? 興味出てきました?

貂々 ・・・はい。

 こんなに一所懸命しゃべってるのに、全然胸に届いてない!(笑)

何気なく聞いていた昔話が! 『昔話と日本人の心』

0823-1.jpg『昔話と日本人の心』河合隼雄(岩波現代文庫)

貂々 では、私は『昔話と日本人の心』を。河合隼雄先生を教えてくれたのもツレです。

 けっこうツレさんに影響受けてますよね。「これを読め」と。

 もう、私の、この頭の中の知識はほぼツレからの伝授なんですけど(笑)。これまでの本と同じように、「君は河合隼雄先生を読むといいんじゃないか」というふうに勧められて読んだんです。ツレは河合隼雄先生の本をたくさん読んでいるので、うちにたくさん読むべき本がありました。それを次々と読んでるうちに、とても感動したというか ・・・文章は難しくて半分もわからなかったんですけど、「この人はきっといい人にちがいない」と感じて、河合隼雄先生のファンになったんです(笑)。

 いろんな本を出されていますが、この『昔話と日本人の心』を読んだとき、なんていうんだろう・・・何気なく聞いていた昔話がこんなに日本人の深層心理みたいなところに関わっているのか! というのがすごく衝撃的で。

 いいですよね、この本。河合隼雄さんはユング派の心理学者ですが、ユングの理論に「元型(アーキタイプ)」というものがあります。無意識の一番底には人類共通の領域みたいなのがある。それはある種「分類できる」と。この「元型」が昔話に投影されてるというようなユングの理論があり、日本の昔話をその論によって解読しているという本ですね。

貂々 はい。すごくおもしろいです。

 私、河合隼雄先生の『影の現象学』という本にはけっこう影響を受けたんです。それはもしかするとこの、人生の影響を受けた本に入るかもしれません。これも大変おもしろいですし、読んでいただきたいなぁ。

 本のことは話し始めると終わりませんね。触れられていない本も多々ありますが、我々のお話はこれくらいで。

貂々 楽しかったです。ありがとうございました。

ミニ自著紹介

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『お世話され上手』釈徹宗(ミシマ社)

 私が住職をしているお寺の裏でやっている「むつみ庵」という認知症高齢者の方のグループホームの話が、この中に出てきます。そこに貂々先生も来ていただいて、本の中でそのときの様子を漫画にしていただいているんですよね。むつみ庵に来ていただいて、いかがでしたか?

貂々 あのときは、たしか伺うのが2回目だったかと思います。なんだかおばあちゃんちに来たみたいな感じがしました。うちは埼玉の行田というところに実家があって、おばあちゃんちはすごく古い日本家屋だったんです。土間があって縁側があってというお家だったので、もう「むつみ庵」そのもので・・・。

 そうですね。もともと、お寺の裏にある、古民家というんですかねぇ。築70年くらいのお家をそのまま使って暮らしていただいています。仏間があって、みなさんのリビングがあって、縁側があり、仏壇がある。それが、うちの辺りの典型的な家の造りなんですね。

貂々 なんかみなさん、幸せそうというか、楽しそうでした。穏やかな感じがしました。私が行ったときは、洗濯物をたたんでいましたね、みんなで。

 できることはできるだけ自分でやってもらいますし、あんまり「してくれ」と言わなくてもするんです。施設だと「サービスを受ける」という感じになるんですが、普通の家なので「暮らさなきゃいけない」という感じになる。だからか、頼んでるわけでもないのに、できることをするという雰囲気はあります。

 あまりプログラムもないんですよ。天気がよかったら「たまには喫茶店にでも行きましょうか」と、大雑把には立てているんですけども、朝から寝るまできっちりプログラムがあって、それをこなすという感じではないです。その辺りは、運営自体もおおらかにというか、フリーハンド的にやってるようなところがひとつ特徴かなと思います。

 居間で座っていると、トントントントントン・・・と包丁の音が聞こえて、お味噌汁の匂いがしてくる。普通の家ですからね。そんな感じで暮らしております。そんな姿や、なぜ「むつみ庵」を運営することになったのかなども、『お世話され上手』のなかでいろいろ書いています。


プロフィール

釈徹宗(しゃく・てっしゅう)
1961年生まれ。宗教学者・浄土真宗本願寺派如来寺住職、相愛大学人文学部教授、特定非営利活動法人リライフ代表。専攻は宗教思想・人間学。大阪府立大学大学院人間文化研究科比較文化専攻博士課程修了。その後、如来寺住職の傍ら、兵庫大学生涯福祉学部教授を経て、現職。著書に『法然親鸞一遍』(新潮選書)、『いきなりはじめる仏教生活』(新潮文庫)、『早わかり世界の六大仏教』(朝日文庫)、『死では終わらない物語について書こうと思う』(文藝春秋)、『現代霊性論』(内田樹との共著、講談社文庫)など多数。

細川貂々(ほそかわ・てんてん)
1969
年生まれ。セツ・モードセミナーを卒業後、漫画家・イラストレーターとして活動。電車好きになった息子の影響で、電車に乗るのが好きになる。2011年より関西在住。著書に『親子テツ』『それでも母が大好きです』(以上、朝日新聞出版)、『40歳から「キレイ」と「オシャレ」始めました。』『タカラヅカが好きすぎて』(以上、幻冬舎)、『わたしの主人公はわたし』(平凡社)、共著に『それでいい。』(水島広子、創元社)など多数。パートナーとの闘病を描いたコミックエッセイ『ツレがうつになりまして。』シリーズ(幻冬舎)はドラマ化、映画化もされた。

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