第8回
あんた、このままじゃ、やっていけないよ
2026.08.03更新
講義のバックヤード
スケジュールが空いていれば、依頼された講演会にはできるだけ足を運ぶことにしている。先日は2~3歳くらいの子どもたちが集まるイベントで「ウンコ」の先生として登場し、また、ある時は「戦後80年を食べものがたりで考える」という図書館イベントで、老若男女問わず参加して下さった人たちと胃袋の話をした。時には政府機関の少し硬めのセミナーで外部講師として話すこともある。大学に勤めているので、日常的には大学生たちに向けた講義を担当している。
規模の大小にかかわらず、私が必ずやることは、まずぐるりと会場内を見渡すこと。どんな人がいるか、年齢構成はどうか、窓の外にはどんな景色がみえるのか、などなど。そして、その雰囲気にチューニングしていく気持ちで最初のひと言を準備する。
大勢の聴衆というまとまりに話しかけるのではなく、その中にいる一人ひとりを意識して話す。会場を歩き回ったり、マイクを向けて言葉をもらったりすることもある。大学の教室ではよくある「前方閑散、後方密集」という状況であれば、後ろまで歩いていって、あえて後方で話すこともある。そうすることで、聞いている側もぼんやりしていられない、という気持ちになるらしく、大きな会場でも小さな会場でも、相互応答、音楽ライブでいうところのコール&レスポンスみたいなことができるようになる(ユザワさんの行動が予測不能で怖い、と学生に言われることもあるけれど)。
こんなふうに書くと、講演や講義が好きで、話をするのがやっぱり得意なんでしょう、と思われるかもしれない。学生たちには、なんでそんなに生き生きと話すんですか、ユザワさんでも緊張することってあるんですか、と聞かれることがままある。
でもね、と私は白状したくなる。じつはそんなことはないんですよ、いつも講演や講義の前は緊張しているんですよ、深呼吸してから講義室に入るんですよ、と。でもまてよ、と私は思う。そんなバックヤードみたいな気持ち、台所事情なんて聞きたくないかもしれないな。見せない方がいいのかも。それでもやっぱり、と私は思い直す。生まれて初めての講義をした時の思い出をここに記しておかなくては。一生に一度、あんなに忘れられない出来事はめったにないのだから。そして、あの出来事がなければ、「生き生きと話す」今の私は、ほとんど「無きに等しい」のだから。
初めての講義での「やっていけないよ事件」
生まれて初めての講義というのは生涯でただ一度、唯一無二の経験だ。教職免許を取得するための教育実習で中学校、高校の教壇には立ったことがあるものの、私は大学では講義をしたことがなかった。それを初めて経験したのは、2005年の春に明治大学の専任講師として採用された30歳の時だった。担当した講義科目は地理学と経済地理学。記念すべき最初の講義は経済地理学で、お茶の水キャンパスの緩やかな傾斜が施された大きな階段講義室には、200名ほどの学生が集まっていた。
脚がすくむ思いだったが、事前に準備しておいた資料、講義ノートを手元に置いて、さぁ、がんばるぞ、と話し始めた。緊張しすぎて、何をどんなふうに話したのか記憶にない。ただ、「何とか無事に終わった」と思ったことだけは覚えている。ところが、その時間は実際にはまったく「無事」ではなかったのである。このあと事件が起こった。
階段講義室の一番後ろの席辺りから、男子学生が一人、迷いのない足取りで教壇をめがけてゆっくりと歩いてきた。何事だろうと思って見守っていると、その学生は私に向かってこう言い放ったのである。
「あんた、このままじゃ、やっていけないよ。」
衝撃的なひと言に、私は驚いてしばし呆然となる。えっ? どういうこと? なぜ? 戸惑いつつ、混乱しながらも、私は彼にその訳を聞かなければならない、と思った。学生は言葉を続けた。
「どこ見てしゃべってた? ノート見てたのかもしんないけど、俺たちの方は見てなかったよな。この講義は5限目なんだけど、俺たち学生の一日を想像したことある? 朝から講義に出席して、5限までたどり着くと、結構疲れてんだよ。あんたの研究発表聞きに来たわけじゃないんだし、あんな感じだと、これから治安が悪くなると思うよ。」
さらなる衝撃を受けて、私は打ちひしがれる。今思えば、ここで十分打ちひしがれて良かったのだと思う。「学生の言葉なんて」と相手にしない作戦に出ることもあり得た。でも私は彼の話を聞いているうちに「本当にそうだよな」と思ったのだった。
ちなみに「治安が悪くなる」というのは、「講義室の雰囲気が悪くなる」という意味で、学生たちがしばしば使っている言葉だと私は後で知ることになる。教壇に立っている人への興味、話していることへの興味が持てず、内職をしたり、おしゃべりをしたり、居眠りをしたり、終始ざわついているので、講義を受ける気になって席についている学生の意欲も失われていく。講義室はカオスの渦に沈む。一旦そういう雰囲気になってしまうと、しかもそれが大講義室で起こったとしたら、もはや誰もその雰囲気を好転させることはできなくなるのだという。考えてみると、恐ろしい・・・。その中で講義を続行することになるとは、なんという苦行だろうか・・・。背筋がざわざわした。
そう考えると、私に進言しに来た学生は、これが私の人生最初の講義だと知ってか知らずか、都内のマンモス私立大学でのサバイバル術を授けに来てくれた勇者、ということになるわけで、今となっては感謝しかない。
アマチュア教員の心得書
私は打ちひしがれたまま、その足で研究室がある永福のキャンパスまで戻り、学部の中でも飛びぬけて講義が上手く、学生からの信頼も厚いと評判のK先生の研究室のドアを叩いた。何事かと驚いたK先生は私を研究室に招き入れ、「で、どんな講義ノートで話したんですか?」と、ゆっくりとした口調で話を始めた。恐る恐るノートを手渡す。ぱらぱら、とめくってK先生は「なるほど、ダメですね、これでは。これは単なる研究発表資料です」と一言。学生が言ったことと、ぴたりと一致した。
講義は教員からの一方的な研究発表や情報伝達なのではなく、学生たちとの対話なんだとK先生は教えてくれた。そして、「誰にでも教えるわけではないんですけど」と一言添えて、一冊の本を貸してくれた。それは、海外の大学教員が「講義をするうえで大切にしていること」を集めた講義の工夫事例集だった。こんな本があるなんて、全く知らなかった。大学教員は研究のプロとして養成されるけれど、教育者としては素人のまま教壇に立つ。それを自覚して、いろいろな工夫を共有し合う必要がある、という趣旨で出版された本は、読んでみるととても面白かった。
例えば「講義室は後ろのドアから入るべし」という工夫がある。えっ? そんなささやかなことが大切なのか、と半信半疑で読み進める。講義室には前方と後方、少なくとも二つのドアがあって、教員はたいてい前のドアから入る。そのまま教壇へ向かうと、最短距離ではあるが、学生たちとの距離は遠くなる。逆に後ろのドアから入ると教壇からは遠い代わりに、学生たちが座っている席の間を通って移動することになるため、学生たちとの距離は近くなる。そうすると、学生たちにとっては教壇の上に立つ「誰か」、ではなく、自分たちの横を歩いていく「ユザワさん」と認識するようになるのだという。話しかけてみるとさらに効果があるという。「あなたを見ていますよ」「あなたの行動に関心がありますよ」という何気ない意思表示があるだけで、講義室の雰囲気は劇的に変わる。匿名性が高まりやすい大講義室であるなら、なおさらこうしたラポール(信頼)形成を促すやり取りが重要になる。
私はこの本を「アマチュア教員の心得書」と名づけた。研究も講義も慢心せず、謙虚に、「まだまだアマチュアで、ずっと未完成である」と自覚することは、実はとても大事な構えだ。「やっていけないよ事件」はこんな原点を私に与えてくれたのだった。
講義ノートを捨てたあの日から
生まれて初めて教壇に立った日の講義ノートは捨てた。春学期の14回分のノートを既に作成済みだったが、それも全部捨てた。その代わりに、私は毎回「今日、学生たちに何を伝えたいのか」を自分に問いかけ、新しいノートを作りながら講義をすることにした。知識や情報を伝えることに終始するのではなく、私自身が感じた驚きや面白さから生まれる「伝えたい」という気持ちを講義の駆動力に据えた。自転車操業だったが、なんだか楽しかった。
私に「やっていけないよ」と言い放った学生は、毎回講義が終わると「前回より工夫されていて75点」「なかなか良かったから80点」「今日は残念60点」と評価を伝えに来てくれた。それがまた励みになった。昨今では学生からの「授業評価アンケート」を実施する大学が増えているが、あの学生はその先駆けだったことになる。しかも忖度ナシの本気の評価で私を鍛えてくれたわけなので、ちゃんとお礼を伝えられなかったことが悔やまれる。
という思い出話をすると、教員仲間から驚かれる。そんな珍しい、恵まれた出会いはめったにないといわれ、講義ノートを捨てたあの日の「やっていけないよ事件」を、私は懐かしく思い出すのである。
そんなわけで、今日も私は後ろのドアをガラガラと開けて、講義室に入る。そして、「今日のポッキーはイチゴ味なんだね」とか、「もうすぐ講義を始めるから、チャイムが鳴る前にパンを胃袋にしまいなさい」とか、「講義室の温度はちょうどいいですか?」などと学生たちと雑談をしながら歩き、ゆっくりと教壇に向かう。
「アマチュア教員の心得書」には、「人に伝えたい」という気持ちを失わなければ、講義は回数を重ねれば重ねるほど上達すると書いてあった。私はまだまだその途上。まだまだ未完成のアマチュア教員だ。あの学生は、今日の私の講義を何と評価するだろうか。私はこの場に集まった学生や人たち、子どもたちと対話する準備はできているだろうか。自分に問いかける。だから、毎回緊張している。そして今日も、講義室をぐるりと見まわして、深呼吸をしてからゆっくりと教壇に上がる。もし私が生き生きと話しているように見えるのだとすれば、それは「あんた、このままじゃ、やっていけないよ」と言われたあの日が、私の揺るぎない原点になったからなのだろう。




