語尾砂漠

第1回

だョ

2022.04.21更新

「だ・である」口調で話す人はいない

 文章を扱う仕事をしていると、どうしても意識するのが「語尾」です。

 たとえば、ある文章の語尾を「です」とするか、「ですね」とするかで、ニュアンスはかなり変わってきます。

 「ダメです」というと、かなりきっぱりと否定された感じになりますが、「ダメですね」というと、やんわりと否定されている感じになります。どんなニュアンスをつけたいかで、語尾を微調整する必要があります。

 そもそも語尾を「だ・である」にするか、「です・ます」にするかで、印象は全然違ってきます。

 例えばインタビュー記事を作る時、インタビュー相手が「だ・である」口調で話すことなどまずありません。そんな人がいたら結構な変人です。

 でも、大御所系と呼ばれる人のインタビューほどつい、「だ・である」でまとめたくなるのがインタビュアーの性。その結果、本当はとても丁寧に話す方なのに、世間的にこわもてだと思われている方を何人か知っています。語尾は人のイメージを左右するのです。

日本語の魅力は語尾にあり

 それだけでなく、語尾をいじることで意味そのものが変わってくることもあります。

 私が愛読する『斉木楠雄のψ難』というマンガがあるのですが、ここに出てくるちょっと痛い女の子が合コンで、

「彼氏は、いま......せん!」

 みたいな自己紹介をしていてドン引きされるシーンがあります。読んでいるこちらもちょっとイラっとする秀逸なシーンなのですが、これこそまさに、語尾にて意味をがらっと変えられる日本語だからこそできる芸当。

 実生活でも例えば、上司の顔色をうかがいながら、

「では、この企画を採択しま......せん」

 などと、急遽方向転換できるのも語尾の魅力です。

 ちなみに語尾のことを英語では「フレクション」と言います。直訳すると「屈曲」で、英文法ではいわゆる語尾変化(wantがwantedになったりするもの)を指しますが、まさに意味を「屈曲」させることができるのが、語尾の魔力なのです。

 日本語の魅力はまさにこの「語尾」にこそ詰め込まれている。

 半ば本気でそう思っています。

「魔改造系語尾」

 ですが、この連載で追求したいと思っているのは、そういうまじめな語尾ではなく、なんというか「なんでそうなった」系の語尾です。

 たとえば、「ザマス」。スネ夫のお母さんを始め、お金持ちマダムが使いがちなことで知られるこの語尾ですが、残念ながら私はこれまで、一回も実際に聞いたことがありません。

 あるいは、下っ端が親分に対して使いがちな「ヤンス」。これもまた、現実に聞いたことがないというか、実際に親分に対して「ヤンス」などという語尾を使ったら、「バカにしてんのか」と思われるでしょう。

 さらに、日本では動物すら語尾を活用します。

 絵本やマンガの中で、犬は自分のことを「犬だワン」と言い、ネコは「ネコだニャー」と言う。なぜ日本語を流暢に話せているのに、あえて語尾に「ワン」とか「ニャー」をつけるのか。「犬だ」「ネコだ」で十分意味は通じているのに。自分の中の野生がそうさせるのでしょうか。

 犬やネコは鳴き声だからまだいいとして、「象だゾウ」などに至っては、鳴き声ですらありません。人間が「人間だヒト」と言っているようなもので、アイデンティティを主張し過ぎの感が否めません。

 こうした語尾を「魔改造系語尾」と名付けたいと思います。

 なぜ日本人は語尾を魔改造したがるのか。

 そして、それは日本人だけなのか。

 世界の言語では語尾はどうなっているのか。

 誰も特に興味がないと思いますが、この連載では語尾について、ひたすら考察していきたいと思います。

突っ込みたくなる語尾

 と、いうことで、第一回で取り上げたい語尾はこちらです。

「だョ」

 往年の名作お笑い番組『八時だョ!全員集合』で使われたこの語尾ですが、今でもしばしば小ネタとして使われているのを見かけます。

 この語尾が秀逸なのは、「だよ」でも「だょ」でもなく、なぜか最後の文字を小さな「ョ」にしたこと。

 これにより、なんというかそこはかとないユーモアと、人を小バカにした感じが出るから不思議です。

 どんなにシリアスな話も、この語尾に変えるだけでニュアンスがガラッと変わります。

「仕事で大事なのは信頼関係なんだ」

 だと、先輩が力強く後輩を教育している感じになり、

「仕事で大事なのは信頼関係なんだよ」

 だと、失敗した部下を上司が優しく慰めている感じになりますが、

「仕事で大事なのは信頼関係なんだョ」

 となると、「そんなお前が信頼できんわ!」と思わず突っ込みたくなります。

「いつまでも夢ばかり追っているんじゃない。これが現実なんだよ」

 だと、厳しくも暖かいアドバイスに思えますが、

「いつまでも夢ばかり追っているんじゃない。これが現実なんだョ」

 というと、「お前が現実を見ろ!」と言いたくなります。

 そもそもこの「最後だけカタカナにする」という表現方法は、以前はそこそこ使われていたような気がします。たとえば、「・・・だゼ」「・・・だモン」といった表現は、90年代くらいまでは若者向け雑誌等でよく使われていた記憶があります。

 なぜ、最近は見なくなってしまったのかと言えば、おそらくは携帯メールの普及と関係があると思います。

 かつては自分の語尾にちょっとした変化をつけたくても、「漢字」「ひらがな」「カタカナ」の3種類しか使い分けができなかった。だからカタカナをうまく使ってニュアンスを表現していたのだと思います。

 しかし、その後携帯メールの普及により、絵文字など表現方法が増えたことで、カタカナを使わなくてもいくらでも変化をつけることが可能になった。

 そんな中、しぶとく生き残っている語尾「だョ」。ぜひ、使ってみてください。

 そもそも、どうやって発音すればいいのかよくわかりませんが。

松樟太郎

松樟太郎
(まつ・くすたろう)

1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ビジネス書の編集をする傍ら、新たな文字情報がないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。著書に『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)『究極の文字を求めて』(ミシマ社)がある。

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『声に出して読みづらいロシア人』の著者である松樟太郎さんに、特別寄稿「声に出して読みたいウクライナ語」をご執筆いただきました。ぜひ、本連載と、松さんの著作と、合わせてお読みください。

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