語尾砂漠

第2回

ゴワス

2022.05.18更新

最強の語尾

 私が好きな、というか、「最強の語尾」だと思っているものがあります。
 それが「ゴワス」。
 言わずと知れた(?)西郷隆盛の語尾。というより、当時の鹿児島弁の語尾です。
 「ございます」くらいの意味のちょっと丁寧な言葉で、今の鹿児島人はもう使わないと聞いています。

 語尾にはいろいろな役割がありますが、その一つが「その人の属性を表す」ということ。役割語とも言います。
 たとえば、語尾に「わ」をつければ、女性のイメージになります。
 語尾に「アル」をつければ、中国人のイメージになります。
 実際には語尾に「わ」をつける女性は今ではほとんど見かけませんし、語尾に「アル」をつける中国人はゼンジー北京かラーメンマンくらいだと思うのですが、特に創作物の中では便利な記号として、こうした表記が残っています。

 そんな役割語の中でも最強なのが「ゴワス」だと思うのです。
 普通は「女性」「○○人」などの大きなくくりを表すのに対し、ゴワスと言えば西郷さん一択です。
 いや、もちろん当時の鹿児島人は西郷さん以外もゴワスを使っていたはずですが、そのイメージはまったくありません。
 ここまで「一個人」と結びついた語尾が他にあるでしょうか?

 そして、言葉として強い。語尾はそもそもあまり強く発音されず、人によっては消え入るように話す人もいますが、それでも「・・・でゴワス・・・」と言ったら、明らかにぎょっとされるでしょう。

 ゴワスとは「ござりもうす」という言葉の転訛だそうです。よく、京都から離れた地域ほど古い言葉が残っているといいますが、この「ござりもうす」というのも、いかにも古風な言葉のイメージがあります。

絶対に断れない語尾

 そしてこの「ゴワス」は、西郷さんのイメージと結びつき、新たな意味を獲得しています。それは、梃子でも動かせないという強い意志」。

 たとえば、
「飲み会、今から向かいます」
と言うと、「行けたら行く」という大学生的な適当感が出るのに対し、
「飲み会、今から行くでゴワス」
と言うと、「這ってでも行く」という強い意思を感じませんか。その人が来るまでみな、背筋を正して待っている印象です。

 あるいは、
「今日は有休を取るでゴワス」
と部下から言われたら、絶対に断れません。
 そもそも有給休暇は労働基準法で規定された社員の権利なので上司は断れないのですが、そんな理屈をつらつら並べるより、「有休を取るでゴワス」とひと言、言えばいい。
 現在は使われていないのがもったいないくらい、実は便利な言葉なのです。

語尾だけでわかる著名人

 ところで、幕末には多彩な人物が活躍しましたが、中でも二大巨頭はやはり、西郷隆盛と坂本龍馬でしょう。木戸孝允や勝海舟、土方歳三なども人気がありますが、この二人に比べるとちょっと弱い。

 実はその理由は「語尾の有無」ではないでしょうか。

 そう、ご存じの通り、坂本龍馬には「ぜよ」という語尾があります。太平洋の荒波をバックに「日本を何とかせんといかんぜよ」と竜馬が本当に言ったわけではないと思いますが、なぜか坂本龍馬というとそんな壮大なイメージが浮かびます。
 そのため、
「持ち帰りは一人一個まででお願いします」
というみみっちいお願いも、
「持ち帰りは一人一個までにしてほしいぜよ」
というと、「SDGs実現のため、持続可能な世界を実現するため、節約を促しているに違いない」という感じがするから不思議です。龍馬の時代にSDGs なんてありゃしませんが。

 もっとも「ぜよ」はスケバン刑事の「お前ら、許さんぜよ」のように龍馬以外も使っているイメージがあります。そう考えたとき、やはり「ゴワス」がどれほど唯一無二なのかがわかるというものです。

 今後、こうした「語尾だけでわかる」という著名人は現れるのでしょうか。語尾好きとしてはぜひ、そんな人物に出てきてもらいたいと思っています。

松樟太郎

松樟太郎
(まつ・くすたろう)

1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ビジネス書の編集をする傍ら、新たな文字情報がないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。著書に『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)『究極の文字を求めて』(ミシマ社)がある。

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『声に出して読みづらいロシア人』の著者である松樟太郎さんに、特別寄稿「声に出して読みたいウクライナ語」をご執筆いただきました。ぜひ、本連載と、松さんの著作と、合わせてお読みください。

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