語尾砂漠

第4回

本当の語尾砂漠

2022.07.18更新

 この連載のタイトルが「語尾砂漠」になったとき、正直、思い付きのタイトルだったのですが、「本当に今は語尾砂漠の時代だなぁ」と改めて思ったりしたものでした。
 日本語における語尾の多彩さはこの言語の特徴の一つだと思うのですが、昨今、その多様性が徐々に失われているように思うのです。
 言語の地域性がなくなりつつある、というのも要因の一つですが、もう一つ見逃せないのが「フラット化」です。

 たとえば男女の性差のフラット化。以前は、女性は語尾に「わ」を付ける話し方をしていましたが、今では語尾に「わ」を付けて話す女性など、小説やマンガの中にしかいない気がします。正直、少し前であっても現実に「わ」をつけて話す女性を見たことがないのですが、都会ではもうそんな文化はとっくにすたれてしまったのでしょうか。語尾砂漠ならぬ東京砂漠。
 その一方で、女性が男性的な語尾を使うことも増えてきています。女性から「・・・だぜ」とか言われると、ちょっとおおっと思いますが、いまやそれほど珍しいことでもなく、かえって萌えたりします。
 まぁそんな変態的なあれは置いておいても、文字にしてしまえばその発言が男性のものか女性のものかがまったくわからないというのが、昨今の語尾事情だと思います。

 同様に、最近では職場でのフラット化が進み、上司から部下への言葉も「です・ます」などの敬語を使うのが一般的になりつつあります。
 呼称も役職など付けず、基本的に「さん」付け。呼称は全然いいのですが、私など男性の後輩にさん付けするのはどうしても躊躇してしまいます。でも、それが当たり前になりつつあります。

 その流れ自体はよいと思うのです。慣れていないことには慣れればいい。その一方でやっぱり気になるのが、語尾の枯渇です。そう、まさに語尾砂漠です。
 思えば昔の上司は、部下に対して思うままに語尾を操っていました。
 ちょっと無頼を気取る上司は「だぜ」なんていう語尾を使い、一方で親しみやすい雰囲気を出したければ「だね」などという語尾を、そしてあえて「です・ます」を使うことで、「公私をきっちり分けるエリートビジネスパーソン」色を出すことができました。
 まぁ、本当に自分が演出したい自分が部下に伝わっていたかははなはだ疑問ですが、少なくともそこには自己表現の自由があったわけです。

 あるいは、関西の人が普段は標準語なのに、部下に指導するときだけなぜか「やろ」なんて語尾を使ってみたりもできました。
「どう責任を取るつもりだね、チミ」なんていう語尾を使うことで、小役人っぽさを出すこともできました。いや、あれは語尾じゃないか。

 つまり、語尾とは上司が部下に対して発揮できるアイデンティティ表出の場であったと思うのです。
 フラット化によって、それができなくなってしまったのです。
 さらにいえば、飲み会なども気軽に開けなくなった今、上司は自分をどこでどうやって表現すればいいのでしょうか。
 昨今、ミドルクライシスという言葉が叫ばれています。ミドル世代が自分のアイデンティティを失っているのは、語尾の消失も影響があるのかもしれません。

 ということで、令和の昨今ではありますが、社内で「です・ます」を使わず、「・・・だぜぇ」みたいな妙な語尾を使っている上司がいても、笑って見逃してやってください。それはひょっとしたら、その人の最大限のアイデンティティ発揮であり、それなくしてはその人はメンタルが崩壊してしまうかもしれないからです。
 間違っても、「いまどき○ギちゃんかよ!」とか言わないでやってください。
 それが、日本の職場を救ったり救わなかったりするかもしれないのですから。

松樟太郎

松樟太郎
(まつ・くすたろう)

1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ビジネス書の編集をする傍ら、新たな文字情報がないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。著書に『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)『究極の文字を求めて』(ミシマ社)がある。

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『声に出して読みづらいロシア人』の著者である松樟太郎さんに、特別寄稿「声に出して読みたいウクライナ語」をご執筆いただきました。ぜひ、本連載と、松さんの著作と、合わせてお読みください。

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