第7回
雪の日の書き物
2026.03.16更新
大寒の節分も近い日曜日に、岡山県の北、ほとんど鳥取近くの、蒜山あたりをバスで走った。公演に向かう能楽師たちが乗り合っていた。北へ向かうほどに時節の寒波が心配されたが、幸いに前夜の降雪だけで済み、道や旅程はほぼ紛れなかった。
高速道路の車窓から見える山々は、降り置く白雪のために、際立って美事だった。分厚い雪の重たさより、羽根蒲団を全体に掛けたような風光があり、穏々として、山間を行くマイクロバスの一同の恵みになっていた。
雪の事珍しさをいまさら云々するわけでも、子どもでもない私たちは、しかしトンネルごとの山合いで次々に変わる雪景色を、なぜか、すっかり釘付けになって眺めていた。
読書や手もとの携帯電話からつよく視線を奪うその魅力は何なのか、興味が湧いた。見慣れた雪国の人びとには、一つも寄らない関心かもしれない。
雪は音なく、どこまでも降り積もる。深々と、時として雪後の姿は滑稽なほどである。雪払いのできない木々たち。このじっと雪を背負うかたち、積雪に黙って耐える樹木を見て、人生のなにかを重ねるのだろうかと思いやった。
「そんなこともないよ」。人為が過ぎて、雪の木に笑われた気がした。
樹木は語らない。人間に声高の訴えなど差し向けないし、雪持ちに意味まで乗せるのは人の勝手というものだろう。
堪え忍ぶだけが雪ではない。実際、針葉樹の枝葉に積もった雪は、細い身にぎりぎりまで雪を乗せたかと思うと、安定を崩せばその白を地面に落とした。こういうのを「しずり」(垂り雪)という。風が吹き、通り道に当たれば雪塊はほろりと流れる。鳥が羽をかすめても、やはり緊張は破られ雪の音を鳴らすだろう。万事ただそれだけだ。ゴールもなければ、スタートもない。
雪の樹木も、また夏の樹木も、自然の営みにことさらの変わりはない。
もし夏のドライブでここを通っていたら、車窓をどう眺めていただろうか。夏山には、森、林ということしか思わなかったかもしれない。読書に耽るか、眠りこけていたとも思う。
雪こそ物を思わせる。雨や風にはない美が潜むのか。
降る雪は、立木の一本ずつ、その枝々まで丁寧に白化粧を施し、身の輪郭を再び与えて、枝がそこにあったのだということを顕わにする。この世の一つひとつの小さな存在が、私たちにわかるようになる。そうしないと気のつけない私たちは迂闊であるとして、集合体から個に目を誘うのは、雪の手柄かもしれない。
白い林立を眺め続けていたら、急に、遠里の景色が広がった。
ハイウエーから見下ろすと、谷合いに人家がある。普段はくすんだ土色の集落に思うが、新しい雪を冠しては、ここは白き畑、この立体する白は母屋のそれ、白なきラインと見えるのは、道だったり川だったりするのだろうと認めた。なるほどこの村は、その河川の曲がりに沿って家が立ち、畑が広がるのだとしみじみ思う。雪だからこそわかる人の営み、里村の気色だった。
白く塗りつぶすと、塗りつぶされたものがかえってわかる。もともとそこにあったものが、白いマーカーを帯びて生彩を得る。
雪が降るということは、降り埋めて覆い隠すより、白粉をしてその内面を引き出す感覚が近いかもしれない。
むしろ、化粧でめかすという意味合いがあるか。
雪化粧という言葉に、それはどれくらいの降雪を指すのだろうと気になった。辞書には、「雪が降りやんだあと、あたり一面が真白になり化粧したように景色が一変すること」とある。
「山住みは紅葉で洗ひ雪化粧花の盛りの美女とあふぎて」という狂歌が見えるから、江戸時代中期には雪化粧と言うことがあったらしい。
雪化粧は、ケーキの粉糖と同じパウダースノーを繊細に散らした印象もあったが、やはり雪の化粧はこの時代からすると、白粉をしっかり塗り重ねた濃厚なメイクに当たるようだ。ナチュラルメイクの当世のイメージで意味の座標がいつしか動くところだった。
バスはしばらく走って、高架も下り街に近づいた。除雪の行き届いた道が多くなった。青の信号を見上げると、向こうの北の空も青かった。もはや車道の傍は、点字ブロックもはっきり見えていた。白の道は終わっていた。もうすぐ文化会館の楽屋口に着く。
肩上の笠には、肩上の笠には、無影の月を傾け、
担頭の柴には、不香の花を手折りつつ、
帰る姿や山人の、笠も薪も埋もれて、
雪こそ下れ谷の道を、たどりたどり帰り来て、
柴の庵に着きにけり、柴の庵に着きにけり。
能《葛城》
葛城山を訪れた山伏が、厳しい雪の中、山人の女から宿を受ける。その女は葛城の女神だった。神であるにもかかわらず、人間の山伏に贖いの祈りを乞うたりして、神と人間との距離が近しい、奈良ならではの古代のロマンを感じる曲だ。
葛城の山神は、一言主神が知られる。昔、役行者の命令で葛城山と金峰山の間に岩橋を架けようするが、容貌の醜さを恥じて夜のみ仕事をしたため、完成せず、役行者に戒められたという伝説は有名である。
この能《葛城》の上歌がいい。女と山伏が庵に下る。「無影の月」「不香の花」など、美しい言葉だと思う。雪が積もって、笠は丸くまるで光を発さぬ月影のように、枝には雪が置いて花形をなし、まるで季節はずれの香りの立たぬ花が咲いたようだ。芳芬な詩ではないか。私たちはこういう詩人になれればよいし、こういう詩情を持たなければならない。詩心は人間を人間たらしめるものと信ずる。
シテの笠と、持つ細枝には白綿をたくさん載せて、綿雪の表現とする。学芸会と同じ意匠だが、「のうのう旅人」と呼び掛け登場するシテの謡は、冷気をまとい、降り止まない雪に遮られくぐもっていて、山中の情趣を一気に舞台へ流し込んで能らしい。
神々の、高天の原を移したような葛城山の雪原は、「月白く雪白く」「いづれも白妙の景色」で、これも雪の輝く世界として絶品に美しい。女神が舞うのにふさわしい舞台であろう。清浄な白は神を象徴する。
あまりに白く照るものだから、自らの姿を恥じる神は、岩戸に隠れ消えてゆく。朝も近いのだろう。銀世界に光が差し込み、「面映ゆや、恥づかしや」と我が姿をつつむなど、人間らしく可愛らしい神様に映る。
「あさまになる」(朝間/浅ま)の掛詞で、またもや雪の一態を描きつつ、鮮やかで静かなフィナーレに導いていく筆法は、力のある能作者だと唸らざるを得ない。
豊かな言葉に囲まれる環境に身を置く自分を、つくづく幸せに思う。
舞台が終わり、帰洛の道すがら、暖かい陽気に恵まれて雪景はむしろ坂を下った。夕暮れ、樹木は本来の肌を表に見せはじめ、常緑樹は黒茶の下葉さえ顔を出した。白雪は居場所を失い、地表に寄せて固まっていた。雪が新鮮さと勢いを失っていた。
雨は「ながめ」(長雨/眺め)に見つめても、雪を幾日も愛でることは詠まない。
そうか、行きのあの雪景色は、降りたての、新鮮さ、勢い、若やぎを愛でていたのか。静止の画には上りも下りもないが、その向こうには、たどってきた背景や心の内がある。いつしかそれに触れ、心が浮き立つやら、あるいは沈むやら、物事の上り坂と下り坂に心が動いていたということが頭に浮かんだ。
心地よい疲れの、うたた寝だった。目覚めてバスの外、ふと見上げた夜空には、ぼんやりと霞む、まんまるの月が浮かんでいた。望だろう。白い円に琥珀色の綿をたくさん載せ、茫昧として、おぼろだった。煌々の光は閉ざされていた。明日は雨だろうか、雪だろうか。




