日本習合論

第8回

内田樹×三砂ちづる対談「少数派として生きていく」(1)

2020.12.03更新

 2020年10月14日MSLive!にて内田樹先生と三砂ちづる先生による「『日本習合論』発刊記念対談第2弾 少数派として生きていく」がおこなわれました。
 『日本習合論』が書かれた背景には、「このままだと少数派が自信をなくすばかりで、少数派のない社会になってしまう。それが一番危険なことであり、共同体が修復力をなくす最大の要因となる」という内田先生の危機感がありました。
 「少数派」をそれぞれ自認するお二人が語らった、人はどんなふうに少数派になるのか、「働く」定義を変えて考えること、好きなことをする、場をつくること、等々。分断と対立が続く世の中で、自分たちの足元からできることは何か、ヒントに満ちた時間となりました。
 そんな対談の模様を前編後編の2回にわけてお届けします。

(構成:染谷はるひ)

utidamisago1.png左:三砂ちづる先生、右:内田樹先生

宛先が自分だということは直感的にわかる

三砂 今回のテーマが「少数派として生きていく」ということで、どうすると少数派になるのかから話していきたいと思います。
 『日本習合論』ではマンガ家の安彦良和先生との対談について、「合気道とユダヤ人問題の両方に詳しい人に会いたい」という話があり、それは僕しかいなかったと内田先生は書いています。全然関係ない二つの分野をやっていると結局は少数派になっていくという話が私はとても面白かったです。私自身、今勤めている津田塾大学の応募要項を見たとき、少数派で生きているとこういうことがあるんだと思いました。

内田 どんな応募要項だったんですか?

三砂 それが年齢や専門をはじめ、私を見たかのような応募要項だったんです。自分としてはいつか社会科学と疫学というバックグラウンドを組み合わせて働きたかったけれど、そんな仕事はないと思っていた。それがある時突然、まったく知らない人たちがそんな応募要項を書いてしまった。

内田 不思議ですね。でも、それは実は偶然ではないと思う。表に出ている見える回路と違うところに、「見えない回路」があるんです。そこから情報が伝わってきて、なんだか知らないけど、わかるはずのないことがわかるということがある。

三砂 もしかしたら出来レースの採用かもしれないのに、見たとたんに「これは私のために用意されたものだ」と思った(笑)。だから応募した時点で当時の上司に「私はおそらく4月から津田塾大学に行くと思います」とか言っていて。

内田 そういうのをコーリング(calling、天職)と言うんですよ。不思議なもので、自分が誰かに呼ばれているっていうことはわかるんです。メッセージは「コンテンツ」と「アドレス」という二つから成り立っているんですけれど、この二つは別の層にあるんです。そして、ほんとうに大事なのはメッセージの「中身」じゃなくて、「宛て先」の方なんです。僕らはメッセージの中身が理解できなくても、メッセージの宛先が自分だということは直感的にわかる。
 自分が宛て先だということはわかるんです。それはメッセージの発信者から僕の存在が認知されていて、かつ「あなたが必要です」と言ってもらうことだから。そういうのは、どんなに遠くからの呼びかけでも、わかるんです。呼びかけられるだけで、自分の存在が確証されて、自分がここに存在しているという実感が基礎づけられる。自分の存在に持ち重りがしてくる。だから、コミュニケーションというのはいつも「呼びかけ」と「それへの返答」で始まるわけです。何を言っているかわからなくても、自分に向かって言っているとわかれば、コミュニケーションはそこから始まる。

ふらふらしているときに高いパフォーマンスを発揮する人

内田 世の中にはシステムを完全に制御できると思っている人もいます。でも、人間の活動は意思や知性では制御できないんです。「図らずも」生まれてくるものが、本当に創造的なものであって、計算してできたものは面白くない。
 いま日本学術会議の任命拒否が問題になっていますね。政府が学術共同体を政権の支配機構に組み込んで、功利的に統御しようとしている。それは学術共同体が自律性や独立性をもって活動していることへの「不快」が根本にあると思うんです。
 単一システムの中に複数のファクターが混在してバラバラな動きをしているとたしかに中枢的に制御することはむずかしくなる。そして、今の日本社会は「制御することへの欲望」があきらかに過剰になっていて、システムの内部に、独自の法則性や独自の規範をもって活動している異物が混在することをはげしく憎んでいる。それよりは、均質的なものが中枢的な指示に従って、遅滞なく斉一的な行動をとることを「絶対善」だと信じている。無意識的なところに多様性に対する憎しみがあるのを感じます。

三砂 知的なものへの反発に呼応する人たちも多く感じますよね。研究者は勝手なことばかりやっているのに良い思いばかりして、というような。

内田 でも、学者というのは自由じゃないと活動できない生き物なんです。狭いところに閉じ込められて、やるべきタスクを厳密に規定されて、アウトカムの価値を考量する「ものさし」を決定された状態におかれると、まるでやる気がなくなって、学問的なパフォーマンスも一気に下がる。

三砂 そういうきちっとしたことができないから大学の先生をやっているんです(笑)。

内田 そうなんですよ(笑)。「好きなことをやっていいよ」と言われているときが学者は一番高いパフォーマンスを発揮する。そういう生き物なんだから、そのことをわかってほしいんです。でも「ふらふらしているときに最高能力を発揮する」という人間のありかたが理解できない、気に食わないという人たちがいる。そういう人たちがだいたいこの世の中では上の方にいて、他人の生き方をあれこれ指図してくる。この人たちはふらふらして、いい仕事をして、機嫌のいい人間というのが大嫌いなんです。何を達成したかはどうでもよくて、とにかく「死ぬほど努力して疲れ切っている人間」を見たがる。

堂守と寺男をたくさんつくる

三砂 内田先生は『日本習合論』で「働く」ことの定義は社会ごとに違うとおっしゃっていますよね。私は日本の自営業が減っていったことと引きこもりの人が増えたことは関係があると思っています。昔は仕事のできない人にも自営業のなかに仕事があった。でも、今の日本で「働く」と言うことは会社でサラリーをもらってくることになってしまって、それに適応できない人が増えていると私は思っています。
 内田先生は引きこもりの人がたくさんいるので、その人たちに人があまりいなくなっている所に住んでもらったらいいんじゃないか、という提案をこの本でなさっている。建物は人がいないとどんどん崩れていくので堂守や寺男になってもらおう、と。これがとても良いんですよね。

内田 これにはネタ元が二つあって。一つは「えらてん」さんから伺った話。彼の友人の漫画喫茶の店長さんが、時給1000円くらいの法定の最低賃金で人を集めたら、誰も応募者がなかった。ただレジに座って漫画を読んでいるだけで、他の仕事は何もしなくていいから時給500円という募集を出したら、それには何人かから応募があった。最低賃金ほどの働きはできないし、したくないけれど、もっと要求水準が低い仕事だったらやってもいいという人が潜在的にはたくさんいるということなんです。最低賃金が決まっているせいでむしろ「労働」というものが狭く限定されていて、働く機会を奪われている人たちがいるという話をしてくれた。これは僕には目から鱗でした。たしかに「労働」とはどういうものであるかをそれほどきびしく規定することはないんじゃないか。人からは「そんなのが仕事と言えるかよ」というような楽な仕事を労働に認定すれば、「就労できる」という人は増えるんじゃないか。
 もう一つは鳥取県智頭町のタルマーリーさんで聞いた話。智頭にも過疎化して人が住まなくなった集落があるんです。でも、お盆になると法事に戻ってくるから、家が廃屋になったら困る。だから誰かに住んで欲しい。そしたら、若い女性で無人の集落に住んでも良いという人が出て来た。昼間は町に下りてコンビニで働いていて、夕方になるとその無人の集落に帰ってくる。ずいぶん寂しいと思うんですけれど、世の中には「そういうのは平気」という人がいるんですよね。もしかすると「誰もいないところの方がせいせいする」という人だっているかも知れない。そういう仕事って、これまでには存在しなかった新しい職業だと言っていいと思うんです。過疎化した集落を無人にして放置することは、防災上は絶対避けるべきことなんだと思います。そこに一人でも人が住んでいると、それだけで自然の侵略が防げるから。

三砂 わかります。

内田 自然の持っている生命力はすごいから、人がいなくなって一年も経てば、植物が繁茂して、もうどこに集落があったのかわからなくなってしまう。自然の繁殖力を侮ってはいけません。自然を人間社会にとって有用なものにするための緩衝地帯として里山があると僕は思っています。里山がきちんと管理されていれば、自然の繁殖力は人間にとって有用なものに変換される。でも、そういう緩衝帯がなくなってしまうと、野生の自然と人工的な都市文明が直接敵対的に衝突することになる。それがどういうことか、誰もまじめに考えていないようですけれど、そういう直接的な衝突を起こさないためには、一定の比率で農村人口を担保しておかなければならないと思っています。

後編に続きます)

ミシマガ編集部
(みしまがへんしゅうぶ)

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『日本習合論』新聞各紙に書評が掲載されました!

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内田樹先生の『日本習合論』、全国で話題になり、毎日新聞では橋爪大三郎先生の、北海道新聞では大澤真幸さんの書評が掲載されました。現在も各新聞社のウェブページでご覧いただくことができます。

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橋爪大三郎先生による書評(毎日新聞のニュース・情報サイト)

大澤真幸さんによる書評(北海道新聞電子版)

三砂ちづる先生著『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』熱いご感想を続々いただいています!

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 豊かな経験を持つ三砂先生は、まさに、「人生の先生」。決して他人を否定することなく、自分の考えを押しつけることもなく、柔らかな語り口で読者を包んでくれます。人生の岐路に立ったときに、きっと自分を助けてくれる、そんな1冊です。
 こちらの記事でまえがきを公開中です。このまえがきで心をつかまれた、というご感想も多くいただいております。ぜひお読みください。

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