感じる坊さん。感じる坊さん。

第6回

ほっとく、減らす、あるといったほうが近い存在

2018.05.08更新

 どういう文脈で、そういう言葉を聞いたかは、忘れてしまったけれど、6歳の長女が、僕が、なにかで「ありがとう」と言うと、「ありがとうって言わなくてもいいよ」と言っていた。その「ありがとうって言わなくてもいいよ」という言葉が、なんとなく耳にうれしい言葉として、しばらく残っている。僕もチャンスがあれば、誰かに心から言ってみたいな。「ありがとうって言わなくてもいいよ」って。

***

 栄福寺は、弘法大師(空海)にまつわる88の聖地を巡る四国八十八ヶ所霊場のひとつで、57番目の札所だ。その四国遍路では、この数年、ずいぶん海外からのお参りが多い。僕は英語がほとんど話せないのだけど、「どこから来たのですか?」と簡単な英語で尋ねた後に、その国の、どの街から来たかを尋ねることが多い。

 イギリスのマン島、カナダのレジャイナ、アメリカのシアトルから来たお遍路さんは、7歳の時にパキスタンからアメリカに移住し、コンピューターエンジニアになったけれど、「人生は短い(本人談)」ので、今は旅をしながら暮らしているんだ、というようなことを言っていた(たぶん。英語の聞き取りが自信がないけれど)。僕は、彼らが帰った後に、iPhoneを取りだして、Googleマップを開き、彼らが住んでいる街の場所を調べるのが、なんとなく好きだ。街には国とは少し違う感触があって、単純に「今まで知らなかった街」のことを想像してみる。

 今日、デンマークから来たおじいさんのお遍路さんは、「デンマークから来ました。でもコペンハーゲンではありません」という意味のことを言っていた。たぶん多くの日本人がコペンハーゲンのことを知っているので、彼は何度も「コペンハーゲン」という単語を、日本人から聞いてきたのだろう。彼の背中を見送ってから、僕も小さな声でひとり、「日本に住んでいます。でも東京ではありません」と口にしてみる。

 昨日来た台湾人の若い夫婦は、リアカーに2歳と4歳の子供達を乗せて、お参りしていた。世界には色々な国があって、様々な人がいる、そんな当たり前のことをこの場所にいると肌身で感じる。そして、ここで人々は祈っている。

***

 最近、頭をよく駆け巡る言葉に、「ここでしばらく、ほっといてください」という言葉がある。おそらくずいぶん前に、料理番組で料理を指導している女性の方が、言っていたような記憶がある。その時は、特に何も感じなかったのだけど、不思議とこの「ここでしばらく、ほっといてください」という言葉をよく思い浮かべるのだ。

 僕たちは、生活や仕事の中で、色々な計画をしたり、進んだり、引き戻したりするわけだけど、「こねくり回しすぎている。さわり過ぎている」ということが、意外と多い。

 「ほっとくべき、もの」は、僕たちの周りにはきっともっと多い。ほっておけば、人生におけるチーズやヨーグルトになり得る大切な存在が、その前に空気に触れてしまったり、雑菌を入れてしまっていることが僕自身は結構ある。

 みなさんも、あえて「ほっとく」ものって、もっとあるかもしれない。

***

 父親が昔、言っていた言葉で、たまに思い出す言葉がある。僕が、「こんな物を食べると身体にいいらしい」というような雑談を父親としていたら、「何を食べるか、ということよりも、何を食べないか、ということのほうが大事な気がする」ということを父親は言っていた。

 7世紀に仏教の戒律を学ぶためにインドに渡った中国人僧侶が、インド僧院での食事作法や衣の付け方、生活の様子を詳細に記述した『南海寄帰内法伝』という書物がある。その中で仏教以外のことも、結構書いてあり、健康についての記載も結構多い。

 その中で、病というのは、当時のインドの考え方から言うと、食べ過ぎと働き過ぎからくるのに、(自分達)中国人は食べ過ぎていて、その後で薬を飲んでいるのはよくない、という意味のことが書いてある。

 「凡(およ)そ(地・水・火・風という)四大の(構成する)身体に病が生ずることが有るというのは、多食から起こるか、或いは労力(からくる疲労)によって発生するかである」(『現代語訳・南海寄帰内法伝--七世紀インド仏教僧伽の日常生活--』義浄撰、宮林昭彦、加藤栄司訳。一部、白川整理)

 とにかく前の食事の消化が終わっていないのに、時間だからといって、食事をとるのはよくないとも書いてある。

 僕は、体調が優れない時に漢方のお世話になることも多く、一概に当時のインドの考え方のほうが正しい、とは思わないけれど、ちょっと参考にしたい考え方であると思う。

 これは、食事に限った話ではなく、「なにをやるか」ということを増やしてゆくことよりも、「なにを減らすか」「なにをやめるか」ということも、もっと様々な場面で、考え実行する機会があってもいいように思う。

 そういえば、この最近、近年では1番、体調がよく、精神的にも充実しているような気がする。自分なりの習慣にしていることが、①早く起きること(僕は5時が目標)。 ②今まで以上に朝夕に、神仏に祈る。瞑想をする。 ③食事を取りすぎない。間食を食べすぎない。 ④できる限り毎日運動をする。 という日課を自分に課している。

 別に体調がよくなるために神仏に祈っているわけではないが(もちろん!)、最近、神仏に祈るということが、自分が「お坊さん」だから祈るというわけではなく、自分にとって、自然なことだから祈るという気分になってきたと感じている。

 そんな時、ある僧侶が言っていたことを、ふと思い出した。

「仏様というのは、〈ある〉とか〈ない〉とかって言う人がいるじゃないですか。でもね、私が勝手に思っていることなんだけど、仏様って〈ある〉と言ったほうが、〈近い〉存在なんじゃないかと思うんです。つまり〈ない〉と言い切ってしまうと、より現実から遠くなってしまう。かといって100パーセント〈ある〉って、実証的な話ではなくて、〈ある〉っていったほうが、近いんです、現実と」

 という話だった。当時は、「なにを訳わからんことを言っているのだろう」と思っていたけれど、「あるといったほうが近い」という感触は、なんだか、今になってよく思い出す言葉になった。その人にとっての「仏様」以外にも、「あるといったほうが近い」存在は、なんだかありそうだ。

***

 「ほっとくという感覚」、「減らすもの」、「あるといったほうが近い存在」。ひどく曖昧な話ではあるけれど、僕は最近の生活のヒントにしている。

白川 密成

白川 密成
(しらかわ・みっせい)

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。2010年、『ボクは坊さん。』(ミシマ社)を出版。2015年10月映画化。他の著書に『空海さんに聞いてみよう。』(徳間書店)、『坊さん、父になる。』がある。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 『小さき者たちの』いよいよ発刊!!

    『小さき者たちの』いよいよ発刊!!

    ミシマガ編集部

    2017年刊の『うしろめたさの人類学』と2021年刊の『くらしのアナキズム』では、エチオピアでの長年のフィールドワークをもとに、私たちが前提としている考え方の枠組みを外して、日常の暮らしを通して社会を変えていく可能性について綴られた、松村圭一郎さん。『小さき者たちの』では、初めて、生まれ育った故郷である熊本をテーマに執筆されました。「はじめに」で、松村さんは本書での試みの意図を、下記のように綴られています。

  • 一冊の本ができるまで~新人全力レポート(1)

    一冊の本ができるまで~新人全力レポート(1)

    ミシマガ編集部

     こんにちは。ミシマ社新人のオオボリです。本日よりなんと月一連載を務めさせていただくことになりました! その名も「一冊の本ができるまで~新人全力レポート」。つたないながらも新人による全力レポート、楽しんでいただけたら嬉しいです! どうぞよろしくお願いします!

  • 『幸せに長生きするための今週のメニュー』刊行記念  ロビン・ロイドさん、中川学さんインタビュー

    『幸せに長生きするための今週のメニュー』刊行記念  ロビン・ロイドさん、中川学さんインタビュー

    ミシマガ編集部

    先日ちいさいミシマ社から発刊した『幸せに長生きするための今週のメニュー』。アメリカ出身の民族楽器奏者、詩人のロビン・ロイドさんと、京都のお寺の住職兼イラストレーターの中川学さんによる日英併記の詩画集です。  自然の移りかわりや、日常のささやかなよろこびを丁寧にすくい上げるロビンさんの詩と、中川さんの温かく想像力がかきたてられる鉛筆画がやさしく心に届き、折に触れて読み返したくなる一冊です。

  • 魚屋の息子

    魚屋の息子

    前田エマ

     家の近所に、同級生の家族が営んでいる魚屋がある。たまに買いに行くと、心地よい明るさのお母さんが「美容室で読んだ雑誌に、エマちゃん載ってたよ〜」と声をかけてくれる。バレーボールとかハンドボールの選手だったのかな、と思うような、快活でショートカットが似合う素敵な女性だ。私は「ありがとうございます。うれしい〜」と言って、刺身の盛り合わせをお願いしたり、南蛮漬けにするアジを捌いてもらったりして、あたたかい気持ちで家に帰る。住宅街に文字通りポツンと現れる個人商店で、駅からも遠いのに週末には長蛇の列ができる。この店の次男と私は、小中学校が同じだった。

この記事のバックナンバー

02月13日
第24回 【特別編】意外と実践的で、言葉にできない生活の本。 ―『坊さん、ぼーっとする。』を書き終えて 白川 密成
10月09日
第23回 折衷案と不二 白川 密成
09月03日
第22回 小さな中間地点と<ごめんなさい>という場所 白川 密成
08月06日
第21回 選ばずに加える 白川 密成
07月08日
第20回 ぼやーっと聴く。しゃきっとする 白川 密成
06月07日
第19回 世界はもっと面白くなれる 白川 密成
05月09日
第18回 他人には見せない言葉 白川 密成
04月11日
第17回 一日より百日のほうが続けやすいのかな 白川 密成
03月08日
第16回 中国・西安の青龍寺と大興禅寺へ 白川 密成
02月06日
第15回 できることをやる。善き人と共に居る。 白川 密成
01月13日
第14回 空海の4つのヒント 処・法・師・資 白川 密成
12月08日
第13回 見たこともない道を通って帰る 白川 密成
11月08日
第12回 なにも起こらなくてもここで待つ 白川 密成
10月13日
第11回 逡巡する〈とまどい〉の仏教 白川 密成
09月13日
第10回 栄福寺Tシャツと〈存在を頼りにする〉ということ 白川 密成
08月06日
第9回 正直に自分を開いてみる 白川 密成
07月05日
第8回 〈なんとなく〉をやる 白川 密成
06月07日
第7回 アンドレ・アガシと河合隼雄とチャーリーブラウンが好きだった 白川 密成
05月08日
第6回 ほっとく、減らす、あるといったほうが近い存在 白川 密成
04月05日
第5回 長女の卒園式に着た服 白川 密成
ページトップへ