感じる坊さん。感じる坊さん。

第20回

ぼやーっと聴く。しゃきっとする

2019.07.08更新

世界中からお坊さんがやって来る四国遍路

 僕の住んでいる四国八十八ヶ所遍路の寺では、最近、ちょっと新しい傾向があって、増加している「歩き遍路さん」(全行程を歩いてお参りしている人たち)と「海外からのお遍路さん」の中でも、様々な国から「仏教の僧侶」の方々が歩いてお参りに来られることだ。

 先日、上座部仏教の法衣と思われる僧服を着られたお坊さんが来られたので話しかけてみると、台湾から来られている僧侶だった。

「若い頃にインドで修行しました。今は台湾で〝南無阿弥陀仏〟の修行を中心にしています。でも今でも年に1回は(インドの仏教聖地である)ブッダガヤにも行っていますよ」

 と日本語で話してくださった。これまでにもタイで修行した高名な日本人僧侶に栄福寺でお会いしたこともあるし、チベット僧にもお会いした。車やバスでお参りされる四国遍路の巡拝者数は、減少傾向にあるのだけど、時々、海外からのお坊さんにお会いできるのを僕は、楽しみにしている。

世俗の中で仏教と関係を持つ

 先日、このエッセイでも書かせて頂いた五体投地の礼拝行を100日間連続で、100回する修行は6月9日にやるのを忘れていて93日目で途絶えてしまった。しかし2日ぐらい休んで、またなんとなくリラックスしてはじめている。

 時々、4歳の娘に僕が、

「本堂で百礼(ひゃくらい)してくるよ」と言うと、

「私も行く」

 とついてくる。

 そして、本堂の座布団に寝っ転がって遊んだり、五体投地の後に僕が祈っていると、鐘をゴーンと鳴らしたりしている。

 時々、「家族もいて、子供と住んでいる現代の日本のお坊さんって、不思議な存在だろうな」と自分でも思う。しかしちょっと自己弁護的な言い方が許されるとしたら、「自分が一般的な生活の中でも<仏教と関係を持とうとする>というトライ自体が、僧侶以外の人々にとってもそのまま<世俗の中での仏教>の提案にもなり得る」ということも言えるな、とも感じる。

ちょっといいと感じた「俗」

 「俗」のことを時々考える。

 娘は最近、寝る前にウォーターサーバーで水を飲むのがお気に入りのようだ。

「今日は、好きなコップで水を飲んでいいかしら?」

 食器棚の前で独り言のように女優風につぶやいていた。

「いいよ。好きなので飲んだら?」

 尋ねられたわけではないけれど、僕はそう返した。

「アハハ!」

 娘はそう笑うと食器棚にあったワイングラスになみなみと水をついで僕に笑いかけた。1年間の禁酒中の僕が以前、使っていた物だ。どうしても使ってみたかったのだろう。僕はふと「そういう物欲って、ちょっといいな」と思った。

 自分の子供を抱っこしていると、時々「動物だったら、ここで甘噛みするだろうな」と思う事がある。いつもは、そんなことをしないけれど、ある日思いついて本当に甘噛みをしてみた(4歳だったら、まだ許される気がした)。ガブリ。すると娘はとても冷静な声で、

「これ、お気に入りの服だからやめてね」と言った。

 僕はその時も、「そういう物欲ってちょっといいな」と思った。そもそも「甘噛み」なんてするべきじゃないのかもしれないけれど。

ふわーっと聴く。力を削ぐ。

 心理学関係の考え方などに触れていると例えば、

「それは、〝いいこと〟をしていると気分がよくなり、回復しますよ」

 と絶対に言わないだろうな、ということに一種の気楽さのようなものを感じることがある。逆に言うと仏教は、様々な深度や種類があるが、相対的にみると、「善なる、いいことをしましょう」という呼びかけをすることがある。それはもちろん「悪いこと」ではないのだけど(当たり前だ)、独特の重苦しさを感じる人も多いみたいだ。

 それと関係するかどうかは、わからないけれど、心理療法家の河合隼雄さんと鷲田清一さんの対談本の中で、河合さんが、カウンセリングで人の話を「聴く」時に、「ぼやーっと聴く」「ふわーっと聴く」ことの大切さを話されていたのは、印象的だった。

「ふわーっと受けてるわけだから、向こうはどこへでも動けるわけだけど。どうしても最初のうちは一生懸命やるから、ことばを掴んでしまうわけです」(『臨床とことば』(河合隼雄・鷲田清一 朝日文庫)

 そして、それに続いて、ふわーっと聴くのは修練がいるけれど、修練すればできることだと話されている。

 僕はこの話を読んだ時、尼僧である僕の妻の最初の師僧になってくださった僧侶の話されていたことを思い出していた。彼は国立大学の西洋哲学の先生から、空海研究の道に進まれ、高野山で僧侶修業をした人物だ。僕の記憶違いもあるだろうけれど、こんな話だ。

「密教の修行を始めた時、最初は何でこんなことをしているんだろう、と思った。でも肉体的に疲れてきて、覇気だとか力、パワー、エネルギーのようなものを削いでいったような静かな意識で瞑想修行に対峙した時に、変わってきた」

 僕はこの僧侶が話していたような、ある種の「こわばりのない姿勢、意識」のようなものと、河合さんが話されている「ふわーっ」「ぼやーっと」聴くということは、どこかで繋がっていて、仏教の大切な部分とも重なって見えるし、そこを離れてもなにか大事な話のように受けとめた。

 細部を見つめ、聴くことも大切だ。しかしそこに加えて、時に静かに心と体をなるべく<ついやさず>ふわーっと聴く。ぼやーっと「いる」。

 それは「<なにもしない><待つ>時間を自分の中に確保する」なんてことも、その練習になりそうだと思っている。そしてそれは、とても難しいことではあるけれど、そこに猛然と向かうというよりも、そこで「くつろぐ」。

不二一体でありながら「悪しき者は去れ」

 空海は、修行の場所として高野山を結界する時、こんな文章を残している。

「所有(あらゆ)る東西南北四維上下七里の中の一切の悪鬼神等は皆我が結界を出で去れ」(弘法大師 空海『続遍照発揮性霊集 巻第九』)

(現代語訳:ここの東西南北四方上下七里のうちのすべての邪悪な鬼神などは、みなわが境域から出でて去れ)

 「悪」に対して空海は毅然と「ここを立ち去れ!ここは私たちの場所である」と宣言する。しかしこの文章の冒頭では、絶対的な平等感もまた告げる。

「夫れ有形有識(うぎょううしき)は必ず仏性を具す。仏性法性法界に遍じて不二(ふに)なり。自身他身一如(いちにょ)と与(とも)んじて平等なり」(弘法大師 空海『続遍照発揮性霊集 巻第九』)

(現代語訳:そもそも形あり識あるものは必ず仏性を持っている。衆生の中にある仏性も、非衆生の中にある法性も、宇宙に普く存在して不二一体である。自分も他者も平等一如である)

 この中で弘法大師は、命あるものだけでなく、命なきものでさえも、仏の命を持ち一体であるとする。

 自分は、悪人どころでなく、あらゆるすべてと同じ命を共有している。

 しかし、この場にいる悪しき者は去れ。

 この言葉を解説できる言葉を僕は持たない。

 しかしこうは言えるだろう。「そういうことってあるな」と僕が感じているということ。

 「あなたとっても、そうであるかもしれない」ということ。

 そこはたぶん多面的で複雑でありながら、とてもシンプルな世界がひろがっている。

 とりえずぼやーっと観ながら、時々、しゃきっと姿勢と態度を引き締めてみたい。

白川 密成

白川 密成
(しらかわ・みっせい)

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。2010年、『ボクは坊さん。』(ミシマ社)を出版。2015年10月映画化。他の著書に『空海さんに聞いてみよう。』(徳間書店)、『坊さん、父になる。』がある。

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