凍った脳みそ リターンズ

第11回

やめられない工夫と膨らむ達磨

2026.06.10更新

 止まったら死ぬエンジニアKによる突然の告白。

 癌という病名の重さと、こだま号の指定席における居酒屋新幹線という場所の軽さ、そのギャップに引き裂かれて、俺はどんな顔をしていいのか分からなかった。

 柔かに「なんとかんるらー」と生粋の静岡人的な楽観主義を爆発させるのは他人事の様でデリカシーに欠けるし、突如として深刻さを握り潰したような顔を作り、大丈夫か、立てるか、家まで送ろうか、と思いつく限りの心配の言葉を投げかけるのも白々しい。

 とにかく俺は戸惑って、どう返していいか分からず、駅のキオスクで買った一合の小瓶の萩錦を、一緒に販売されている小さなガラスのコップで煽るのが精一杯だった。

 エンジニアKの病気は大腸癌で、精密な検査はこれからであるとのことだった。

 俺を追い立てていた「億千万!」の響きがピタリと止んだ。それどころではない事情を、郷ひろみの歌唱を支えるコーラス隊も汲み取ってくれたのだろう。

 とてつもない金策の必要性と仲間の大病。

 悲しいことだとか、恐ろしいことだとか、散々独りごちながら歩んできたが、こういう場合には何も言葉が出ないのだと痛感した。仕方がないので、全身にあるだけのポジティブな念を込めてエンジニアKの病気の話を聞いた。俺にできるのは、お前の癌は絶対に治るのだと断定しつつ、それを前面に出さずにこれまで通りの態度で接することくらいだった。

 認める認めないの話は奥が深い。というか、なんとも複雑な構造で俺たちの精神や身体や行動に作用する。

 コンサートの本番前、一応行っておくかという感じで小便を済ませる。そうすると数多あるコンサート失敗の可能性から「ステージ上で小便を漏らす」が削除されるので、精神がいくらか安定する。別に毎度、ペットボトル一本分の尿が出るわけでもない。膀胱の機能に対する何らかの名誉毀損にあたるのではないかというレベルの、刺身醤油用の魚型プラスチック容器に入るくらいの尿がちょろちょろと垂れ出る場合がほとんどなのだ。

 全然出ないじゃん、気のせいじゃん。そう言って、この少量の尿と尿意と精神の安定を無視してステージに立つとどうなるか。トイレに行っておけば良かったなという念が、自分の意図とは別に体内で膨らみあがり、コンサートの途中でトイレに行く羽目になるのだから恐ろしい。脳裏に少しでも「小便したいかも」という疑念が立ち上がったら最後、その思いは実際にトイレの小便器に尿をぶち撒けるまで、精神と膀胱を追い詰めるのだ。

 こうして認めてしまった場合の恐ろしさとは別に、認めない恐ろしさもあるのだから恐ろしい。恐ろしすぎて恐ろしい。

 そっちが認めへんのやったら、とことんやってやりますわ。どうして関西弁になったかが分からないが、こうした意固地によってものごとが破滅に向かうことが、世の中には間々ある。認められるまで頑張る、というように奮起につながってより良い結果が得られることも時々あるが(出来ないのに頑張って失敗する例もある)、「俺を認めないと破滅的な結果になりますよ」ということを身を以って証明する方向に力を注いで、自分の重要性を見せつける人がいる。プロジェクトや組織全体が失敗することで、自分の性能の証明を達成しようとする。これは本当に、やった当人も仲間にも、分量に多寡があるにせよ後悔しか残らない。失敗のなかでも最悪の部類だと思う。

 これらの例を病気に適用していいのかについては、とても難しいところだが、風邪のひきはじめくらいだったら気のせいだと断固としてウイルスの侵入を認めず、葛根湯と早めのパブロンでやり過ごせるかもしれない。しかし癌となると、認めなかった場合の恐ろしさは「とことんやってやりますわ」状態の誰かに似ている。病を認めずに放置して大暴れされては困る。罹患した本人は病を認めて、前に進むしかないのだと思う。

 仲間である我々はどうか。

 これはもう認めると認めないの程度をそれぞれの項目で分けるしかない。病気であることは医者と本人がそう言うので認めて闘病を応援するが、その他一切のネガティブな項目は認めず、ただただエンジニアKが健康に病気を克服し、何ごともなかったように音源制作における工夫を積み重ね、これまで通り時折偉いディレクターに「手を止めろ」と怒られる日が続くことを信じる、しかない。

 エンジニアKのその後については、気になるところだろう。

 これを何らかのオブラートに包んで読者を焦らしあげ、ワイドショー的な下卑た興味を煽ってインプレッションや購読部数を稼ごうというのはあまりにさもしいので、単刀直入に彼の現状について、覚悟を持って書こうと思う。

 落ち込んだりもしたけれど、エンジニアKは元気です。


 元気も元気、九州から持って上京し中目黒のあたりで磨き上げた先輩風の風力を上げつつ、大好きな日本酒もしこたま飲み、やめられない工夫と設備投資によって借金の達磨を膨らまし続けながら、今日も音響の鬼として暴れている。

 エンジニアKの「止まったら死ぬ」という巨大回遊魚的な性質は、病との戦いの中でも発揮されたのだった。怒られるまで工夫してしまうという、もしかしたら癌より重いかもしれない彼の病的な性質が、本当の病には大変にポジティブに作用し、Kの工夫と分析への情熱は自分の病の治療に注がれた。大変に辛い副作用もあったと聞いているが、医師と相談しながら自分にあった投薬などを考え、実践し、そして当面、乗り越えたのだ。

 素晴らしいことだと思った。

 その裏で、俺とK林は億千万をどうするのかという戦いに没頭していた。地元の銀行の支店長を巻き込み、石の蔵の購入に向けて、話し合いを積み重ねていた。

後藤 正文

後藤 正文
(ごとう・まさふみ)

1976 年静岡県出身。
日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。
ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。
レーベル「only in dreams」主宰。
2024年5月、静岡県藤枝市にて『NPO法人 アップルビネガー音楽支援機構』を設立。同市に滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」を建設し、2026年3月にグランドオープンを迎えた。
主な著書に『何度でもオールライトと歌え』『凍った脳みそ』『青い星、此処で僕らは何をしようか』(藤原辰史との共著)(以上、ミシマ社)、『朝からロック』(朝日新聞出版)、『YOROZU~妄想の民俗史~』(ロッキング・オン)、『INU COMMUNICATION』(ぴあ)、編著に『銀河鉄道の星』(ミシマ社)。

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