ギター熱ギター熱

第10回

素人だらけの大会にて

2026.07.03更新

 どこかで見たことがある光景だ。ずいぶん昔、そう、全国で開催されるマイナースポーツの大会に出かけて、その競技を応援する人たちの取材をしていたときだ。
 スポーツ吹き矢、セパタクロー、腕相撲、キンボール、雪合戦、当時まだマイナーだった女子サッカー......。チケットを予約しなくても観戦できることから「当日券あり〼」というタイトルでスポーツ誌に連載し、1年ほど通って得られた法則があった。名付けて、「当日券あり〼」の法則。その第1条がこちら。
「会場は満杯なのに、観客数と選手の人数がほぼ同じ」
 ちょっと想像しにくいかもしれないが、これすなわち、観客イコール選手、選手イコール観客ということ。観客はみんな選手なので、観客席でユニホームに着替え、出番が来たら競技場へ上がっていく。そのため、空席になった一部の観客席は荷物置き場になる。おおむねどこの会場でも観られた光景で、メジャーとマイナーの違いを見分ける自分なりの基準にしていた。
 まさに今、目にしているのがそんな光景だった。東京の錦糸町。国内外のギター製作家が集う日本最大級の手工ギター・ウクレレ展示会「TOKYOハンドクラフトギターフェス2026」で開催された、「素人だらけの300秒ギター大会」という参加型イベントの会場である。
 観客席にいた人が名前を呼ばれると舞台に上がり、持ち時間300秒で演奏し、また観客席に戻る。拍手する観客もエールを送る観客も演奏者だ。
 ギターだけでなく、ウクレレやベース奏者もいる。曲はオリジナルもカバーもあるし、弾き語りの人もいれば、演奏だけの人もいる。初心者も中途挫折者も「神レベル」の奏者も参加OKで、とにかく人前で演奏したい人大歓迎というオープンマイク企画なのだ。
 短い自己紹介に人生がにじみ出る。親の介護中にウクレレに出会って救われた人、更年期障害に苦しんだ人、パフォーマンスのレベルが高すぎて300秒で会場を単独ライブ状態にした人。中島みゆきの「蕎麦屋」をベースで弾き語る髪の長い女性の演奏には脇腹あたりがぞわぞわしたな。フィンガースタイルで喝采を浴びた女子高生にはちょっと嫉妬を覚えたかも。髪を振り乱しながらジャンプする一人メタル・ベーシストの青年、きみの度胸は買った。
 緊張のあまり声がうわずる人もいるし、ミスタッチで演奏が止まってしまう人もいる。きわめつけはエントリーしながらドタキャンした人がいたこと。まあ、気持ちはわかる。
 主催者発表によると、合計26組、男女比はちょうど半々。ミスをしても観客席からガンバレーと声がかかり、終われば拍手を浴びる。申し込みに間に合わなくて参加できなかったけれど、世の中にはこんなにギターを愛する人たちがいるんだと、ただただ励まされた。
 あともう一つ感じたのは、自分はもう超初心者ではないんだな、ということ。傲慢に聞こえるから表現には気をつけないといけないけれど、数十年ぶりにギターを再開して毎日練習して約1年、いまだに超初心者だったら最初に声をかけてくれたSNSの仲間やおおもりごうすけ先生に顔向けができないでしょ。リコーダーの@くらさんは積極的にオープンマイクに参加する人でいつも刺激をもらっているが、やっぱり人に聴いてもらって、自分のレベルを客観的に知っておくのは大事なことだと思うのだ。
 今は先頭を走るプロフェッショナルから素人まで、広く一般に公開する機会を公平に得られる時代だ。音楽や文学に限らない。AIの登場で、専門家といわれる人たちの、場合によってはそれ以上の情報やテクニックを誰もが一瞬にして手にできるようになった。これまで人類が経験したことのない新しい知性の出現を前にしてどうふるまえばいいか、みんな戸惑いながら試行錯誤している。
 たまたまギターを再開して感じるのは、やはり一瞬で答えが得られることで抜け落ちるプロセスや、「一瞬」の真逆にある「ゆっくりコツコツ」を続けることの価値だ。音楽やスポーツやサイエンスの超一流の人たちを取材してきて確信するのは、人間はそう簡単には成長できないものだということ。時間がかかるものだということ。
 公になった彼らの最終形態を見て、私たちは天才とかスターとか「神」などと呼んでいるが、その過程には半端ない練習と意志の力がある。ギターの生演奏をしてみろってんだ、AIめ。フン、そんなもの、フィジカルAIがすぐにやっちゃうよ、てか?

 ハンドクラフトギターフェスは今年で20回を数える。押尾コータローや井草聖二らプロのギタリストが出演するライブのほか、会場にはメーカーやギター工房、個人のギターやウクレレ製作者がオリジナルのギターを携えて参加して、開始早々から大にぎわい。原材料の木材や爪を保護するネイルの展示まで、ギター、ウクレレ好きにはたまらない内容だった。
 弦楽器製作者をルシアーと呼び、多くはないが日本にもギターのすぐれたルシアーがいる。専門学校に通ったり、名人といわれる職人に弟子入りしたりして修行しても、ルシアーとして独立できる人はごくわずか。そんななか、世界からも注文が殺到する日本人ルシアーが何人かいて、お値段も量産品とは桁が違う。
 前から気になっていた大分のルシアーが出展していたので話を聞いてみると、今注文しても受け渡しは2年後だそうだ。少しだけ試奏させてもらったところ、繊細で、洗練されていて、帰り道もしばらくギターを抱えたときの緊張がほどけないほどだった。楽器は演奏者を鼓舞し、鍛える一方、冷たく突き放すこともある。自分がこれを弾く日はきっと来ないんだろうと感じた。
 「ギター熱」というタイトルでこの文章を書いているけれど、ギターに生涯を賭けるプロフェッショナルの熱量に比べたら、私のギター熱なんて氷点下。しょせん趣味でしょ、のレベルだ。がんばってもできないし、努力しても成長できない、の連続だ。
 でも、されど趣味です、といいたい。昨日はできなかったけど、今日弾けたメロディが少しでもあればうれしい。この快感は人間だけが得られるものではないのかな。名前も背景も知らない「素人だらけ」の熱演を前にして、私もせめてこの熱を標準体温ぐらいまでにはもっていきたいと胸を熱くしたのだった。

最相 葉月

最相 葉月
(さいしょう・はづき)

1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、信仰などをテーマに執筆活動を展開。著書に『絶対音感』(小学館ノンフィクション大賞)、『星新一 一〇〇一話をつくった人』(大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞ほか)、『青いバラ』『セラピスト』『れるられる』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『証し 日本のキリスト者』(キリスト教書店大賞)、『中井久夫 人と仕事』など多数。ミシマ社では『母の最終講義』『なんといふ空』『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』『未来への周遊券』(瀬名秀明との共著)、『胎児のはなし』(増﨑英明との共著)、『口笛のはなし』(武田裕煕との共著)を刊行。

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