舞台の上でみる夢は

第10回

妄想のスイーツ

2026.06.23更新

 小さなカフェで、イートンメスを食べていたときのことを書こう。
 住まいの手前を喫茶エリアにしたような店で、女性の店主が、同じ年くらいのスタッフ一名とこぢんまり甘いものを提供している。地元の子育て世代にも人気があるのか、公園遊びの帰りに、子連れで来店する親子客が多い。それぞれ手作りクッキーや季節のフルーツケーキを包んでうれしそうに帰途に着いていく。思わずショーケースを背伸びして覗いた。
 抜けるような青空の日だった。さわやかなはずの初夏は、むしろ汗ばんだ。
 窓から青楓が見える。パラソルの下にも席があるらしい。白壁に塗り回した店内は、ちょうど真白のキャンバスのようで、窓枠で切り取られた景色と、ところどころドライフラワーやアクセサリーに飾られて、新緑の楽しいアンサンブルを奏でていた。
 隣のテーブルは、一人客で、たぶん近くのお爺さんだった。珈琲を啜っていた。一瞥したとき、左耳に補聴器が見えた。何となく常連さんだと思った。後ほど会計の読み上げで盗み聞きしてみると、今日はレモンケーキをお楽しみになったらしい。
 自分も歳を取ったら、こんなふうに杖を突いて、近くのカフェへ散歩に繰り出したい。
 向こうの机には、三人組の外国人たちがいる。京都の観光の担い手が外国の人びとになって久しい。去り際に「おいし、かった」と日本語で言い残した。店主たちは喜びの笑みをこぼした。
 老人が精算して帰るころ、店主が「お腹いっぱいになりましたか」と声を掛けた。耳が立った。定食屋ではないのだから、もう少し気の利いた言葉が欲しいと思った。人生の大先輩を前に、いつもの等身大の会話は鳴りを潜めたか。スイーツ好きが昂じて自宅を改装し、いよいよカフェをオープンしたけれども、接客はまだ皮を脱ぎ切れていないのかもしれない。根拠はない。妄想に従っているだけだ。
 タイミングも作用して店主の言葉は老人に届いていなかった。それでいいと思った。耳も悪く、いかんせん御大は足許が悪い。ドアを開けるので忙しかった。
 スタッフにドアノブを補助してもらいながら店外へようやく身を移し、地面へ杖を突こうかというところ、店主が、やはりカウンターの向こうから「ヨウコちゃん、明日はお休みやしな」と声を足した。
 スタッフのヨウコさんは、歩み始めた老人に寄り添い、明日は定休日、明後日またお待ちしています、と優しく見送った。
 老人は毎日の常連に違いない。家路まで、段差や砂利道の少なからんことを、とぼんやり思った。
 メレンゲをフォークで砕いて混ぜ返しているうち、そういえば、店主の言葉はユニークだった。
「ヨウコちゃん、明日はお休みやしな」。
 ヨウコさんは、この不定休のカフェ、明日は店が営業していないことはわかっているだろう。「明日はお休みやしな」「さいですか」とはならない。
「ヨウコちゃん(にお願いがあんねんけど、毎日来てくれはるそのお爺さんに)、明日はお休み(やんか、その事を伝えてくれへんかな、うちって不定休)やしな」という台詞を、手短で確実な表現をもってヨウコさんに投げたのだ。
 作文の練習帳なら、「ヨウコさん、あなたにお願いしたいことがあります」「何でしょうか」「あのお客様に、明日の定休日のことを確認ししてくれませんか」「わかりました」というボリュームだが、まさにドアを出ていく老人の、おぼつかない脚と、補聴器を付けた遠い耳、どうやら今夜から雨になるらしい、明日はどうかご来店いただきませんように、という心ばえからして、あえて室内で声を張るのも興もなし、しかし「休みを言ってあげて」という日本語も大仰、とにかく老人は歩み出して時間がない、その瞬時に、一番要を得た穏当なメッセージとして、「明日はお休みやしな」という言葉が身体を突いて出たのだろう。
 頭の「ヨウコちゃん」というのもなくてはならなかった。これから誰が誰に何をするのか、その場のしっかりとした信号として機能した。
 能舞台の、手際のよい後見の仕事を見るようだった。
 コミュニケーションは、対話相手と、言葉の額面だけの意味をやりとりするわけではない。
 言った言わない、合意文言の有り無しを、仕事や、プライベートにまで是々非々する昨今だが、対面の会話というものには、やりとりされる言葉、文脈、付随する無数の仕草、メタメッセージと、直訳だけではない対話の意味合いが、いずれも含有されていることを本当は私たちは知っている。
 知っているのに、知らないふりをしたり、見ないようにすることが、最近の趨向に感じる。見て見ぬふりならまだいいが、そのうち、真性に理解本体が欠け始めるだろう。対話表現のリテラシーが幼稚に遷るということだ。
 困っている。ことに、文学や芸術、表現者には喉元の問題だからだ。たとえば、見えないことは、存在しないことと同義ではない。また、表現は言葉に書いてあることがすべて、ではない。むしろ、書かれたことと伝えたいことが正反対の場合も多いし、現実の生活だって、そういう心当たりがたくさんあるのではないか。

 ワキ いかに景清に申し候。
 シテ 何事にて候ぞ。
 ワキ 御娘御の御所望の候。屋島にて景清の御高名の様が
    聞こし召されたき由仰せ候。
    そと御物語あって聞かせ申され候へ。
                      能《景清》

 勇猛な侍、悪七兵衛景清は、自らの奉ずる平家が滅亡した後、遠い九州日向国の地で、盲目の乞食となっていた。彼の娘・人丸は、生き別れとなった父を訪ねようと、鎌倉から遠路日向まで渡る。落ちぶれた我が身を恥じて景清は最初名乗らなかった。里人の仲立ちでようやく邂逅し、名高い屋島合戦の武勇を語る場面へと盛り上がっていく。
 荒くれの武将にも、子どもがあり家族があり、戦争は睦まじい仲をいくつも引き裂いて暴進するものだと、こういう曲は教えてくれる。
 ワキの里人は、景清に屋島の物語を求める。「娘御の御所望」と言う。しかしそれは台詞だけで、人丸のそういう場面や所作はない。
 なぜなのか。瑣末をきらう、能らしい段取りの省略だろうか。
 でもここは、里人の優しさ(嘘)と取っていいと思っている。つまり、父との再会に感極まる娘御に、もう少し親子の時間を作ってあげたい、そうだ屋島の錣引きの戦物語をさせよう、という里人の差し金である。作劇上、かの有名な屋島の錣引きを当事者の景清に語らせるという眼目はもちろんだが、しかしそれを超えて、ワキの里人の、栄光の昔語りなんて迷惑かもしれないが娘との思い出を作ってやれよ、お前さんこの子の父親だろ、そうだろう? という人情は、作劇よりもリアルである。
 こういうことは、幾度も謡を稽古していると、あれ、こういうことかもと心にふと浮かぶ。間違った思いつきかもしれない。でも謡にはこういう「何か」がいくつも沈み込んでいる。その中で秀逸なアイディアが、口伝などと珍重され、後代に伝えられていくのだろう。
 実演者による妄想といえば妄想だが、そこには書かれていない、実際に汗をかいた人にしか見えない世界はあって、そうやってその言葉の質量がそこに生まれる。ないといえばないが、あるといえばある。
 だからこそ私たちは舞台を積むし、世の研究者はデータに当たり、ジャーナリストは現場に赴くのだ。
 妄想が膨らんだ。ほうじ茶ラテを啜る。柄の長い木匙も添えられていた。そうそう、ラテはこんもりとした泡立ちが底に沈んでみすみす見捨てなければならない。こういう心遣いがありがたい。
 ところで、美味しいけど、このイートンメスって何かしら。

有松 遼一

有松 遼一
(ありまつ・りょういち)

1982年東京都生まれ。能楽師ワキ方。京都大学大学院文学研究科博士課程(国文学)研究指導認定退学。同志社女子大学と龍谷大学の嘱託講師。京都大学在学中の2007年に能楽師ワキ方・谷田宗二朗師に入門。京都を中心に全国の舞台に出演。アメリカ、フランス、韓国などの海外公演にも参加。新作能の執筆も行っている。大学の講義では能楽や和歌など古典の魅力を伝え、能が現代に生きる芸能・舞台芸術であることを問い続けている。著書に『舞台のかすみが晴れるころ』(ちいさいミシマ社)がある。

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