本のこぼれ話

第4回

絵本編集者、担当作品本気レビュー①「網代幸介は、アジロ王国唯一の研究者」

2021.08.03更新

2021年6月、網代幸介さんによる絵本『てがみがきたな きしししし』を刊行しました。網代さんの絵本作品は『サーベルふじん』(小学館)につづく2作目。一枚一枚、緻密に書き込まれた絵に圧倒されながらも、読み進めるとどこかユーモラスな登場人物たちの動きや表情に、おかしみも込み上げてくる、不思議な魅力がつまった一冊です。この本、実はいつもの「ミシマ社の本づくり」とは、少し異なった作り方をしています。通常のミシマ社の本は、社内の編集チームを中心に、自社で企画を立ち上げ、企画を形にしていく作り方をとっています。ところが今回は、外部の編集者の方に入っていただくことで、この作品が誕生しました。その編集者というのが、京都に拠点をかまえる、絵本編集者の筒井大介さん。これまでに数々の名作をつくってこられた筒井さんと、(徒歩でオフィスを行き来できる距離にもいることだし!)タッグを組んでおもしろい絵本をつくりたい! そんな願いからはじまった絵本企画、『てがみがきたな きしししし』はその第一弾です。本日のミシマガジンでは、筒井さんによる渾身の網代幸介レビューをお届けします。筒井さんからみた、網代さんの魅力と不思議、『てがみがきたな きしししし』とはどんな作品なのか・・・? ぜひお読みください。(ミシマ社野崎)

「網代幸介は、アジロ王国唯一の研究者」筒井大介

 その日、ミシマ社の野崎さんから出来たての『てがみがきたな きしししし』を受け取った僕は「いいですね~最高ですね~」などと言ってへらへら笑いながら、その実、やや呆然としていたのだった。なんかえらいの出来てしまったなと。いま手元にある、この絵本のようなブツは一体なんなのか。

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 20年近く絵本を作り続けているが、ごくごく稀に「一体何を作ってしまったのだろう......?」と考え込んでしまうものが出来上がることがある。いや、勿論まぎれもなく絵本なのだけど、その形を借りた、まだ名付けられていない、何か別のヤバイもの。なぜかそう思えて仕方がない。そんなときはいつも、出来上がった絵本(であるはずのもの)を手にして完成の喜びに浸りつつも、少し呆然としてしまう。

 そもそも、網代幸介という人は何者なのだろうか。本人は絵描きと名乗っている。確かに、絵を生業としているので間違っていない。でも、どこかしっくり来ない。展覧会などで作品を見るたびに、その素晴らしさに痺れつつも、「絵を見ている」とはまた別の体験をしているようにも感じる。画面に広がる幻想的な世界。その隅々に、奇妙な生き物や植物、謎の図形、どこのものか分からない文字などがところ狭しと描かれている。話を聞くと、どうやらそれらは網代さんの夢や妄想の産物であるとのことだが、どこかの遺跡から発掘された、とても古い時代のタペストリーやイコンだと言われたら信じてしまうような「その世界からやってきた感」がある。現代に生きる人が描いていると頭では分かっていても、どこかしっくりこない。この感覚はなんだろうとずっと思っていた。

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Four great sins (画像提供:網代幸介)

 先日、本の発売を記念して、網代さん、デザインを担当された大島依提亜さん、そして筒井の三人でのオンライントークが開催された。そこで語られた内容は、網代幸介という人の計り知れなさの一端を垣間見る、とても興味深いものだった。網代さんが描き出す、奇妙で幻想的な世界。それは、網代さんが子どもの頃から頭の中で創造し、その時々に出会う様々なものを取り込み、拡張させ、創り上げてきたもう一つの世界で、本人だけが行き来することの出来る並行世界であるらしかった。その頭の中の世界を創り上げたのは紛れもなく網代幸介その人であり、そういう意味で「王国」と呼ぶことにするが、どうやら本人も全てを把握している訳ではなさそうだ。網代さんがこちらの世界で見て触れて聞いて読んで食べて、味わい感じる全てが、あちらの世界のディテイルに影響する。それは自分でもコントロール出来ない。網代さんが生きている限り、あちらの世界も変容していく。

 夢や妄想のイメージを描くのではない。それらはあちらの世界に行く手段なのだ。夢を見、妄想することによって、網代さんはこちらとあちらを自在に行き来する。そこで見た風景、営み、流行っていること、その世界における言い伝え、宗教など、その世界を構成するあらゆる要素を記憶し、こちらに帰ってきてから、忘れてしまわないうちに記録する。ある古い肖像画風の作品について「これは僕がその世界から発掘して持ち帰ってきたものです」という言い方をしたのがとても印象的だった。

20210803-10.jpgマリーさんが羽織っているもの(画像提供:網代幸介)

 その活動はもはや、「絵描き」「画家」という言葉では括りきれない。その話をきいた大島さんは「フィールドワーク」という言葉を使ったが、なるほど言い得て妙だと膝を打った。そう考えると、網代幸介という人は、自分の頭の中の王国の、歴史、言語、風俗、宗教、動物、植物、その他あらゆる要素を調査し、その成果をこちらの世界で発表している唯一の研究者で、その手段がたまたま絵だった、とは言えないだろうか。本人に「この絵の中の文字は読めるのですか?」と聞いたところ「こっちでは読めないんです。でも、あっちに行ったら読めるんでしょうね」と答えてくれたのも面白かった。もし、あちらの文字がこちらでも読めたとしたら。網代さんの表現手段は書物だったかも知れない。

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Stratum god(画像提供:網代幸介)

 さて、そろそろ『てがみがきたな きしししし』の話に入りたい。舞台はある旧い洋館。そこに手紙を配達にきた郵便屋さんが訪ねてくる。その館には無数のおばけが棲んでいて、どうやら手紙を待ち焦がれているらしい。「きしししし」「ぐしししし」という謎の音が響き渡る建物の中を、郵便屋さんはひたすら進む。一見すると、とてもシンプルな怪異譚にも思えるが、先の話を聞いてからだと感じ方が変わってこないだろうか。網代さんが描くものは、全てあちらの世界、頭の中の王国のことなのだ。とすれば、これは単なる旧い洋館を舞台にした架空のお話ではない。あの館はアジロ王国のどこかに確かに存在していて、そこに棲む無数のおばけたちは、手紙が届くのを来る日も来る日も待ち焦がれていた。そう考えるのが自然だろう。つまり、これは架空のお話ではなく、あちらの世界で本当に起こった出来事なのだ。

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 そうしてようやく最初の呆然とした気持ちの理由に思い至る。『てがみがきたな きしししし』の正体は、網代幸介という人の頭の中だけに存在する世界「アジロ王国」で起こったある日の出来事を題材にした、つまり、事実を元に描かれた絵本なのだ。断じて架空の話ではない。自分の目で見て、体験してきたことを描いたのだ。じゃないとあんな無数のおばけたちを到底描ききれないし、あの闇の奥行きは表現出来ない。あんな闇はこちらの世界にはもう存在しない。言うなれば、これは並行世界の実話怪談なのだ。そりゃ「このブツは一体なんなのか」という気持ちにもなる。

 とはいっても、絵本に網代さんらしき人は登場しない。網代さんは、本当にこの館でおばけを見たの? と疑問を持つ人もいるだろう。ここで突如「郵便屋さん=網代さん」説が浮上する。そしてこれが、このブツを「絵本」たらしめている大きなポイントでもある、と指摘してこの独断と偏見に満ちた、きしししし論を終えたいと思う。

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 絵と最小限の文章で構成されたページをめくることで何らかが変化し展開する、それが絵本だ。多くの場合、絵本は15場面32ページで出来ているが、それは単純に15枚の絵を並べれば良い、というものではない。ページをめくることにより、場所、時間、姿形、感情など、様々な要素が変化していく。つまり、読者がページをめくりたくなるようなモチベーションを喚起し、持続させる仕掛けを作る必要がある。

 あちらの世界で「手紙を待ち続けるおばけたちが棲まう館」の話を聞いた網代さんは、これは見逃せないと訪ねていったに違いない。そして、無数の、おびただしい数のおばけに遭遇した。折しも、筒井から依頼されている絵本のラフをそろそろ出さなきゃいけない頃だ。まだ何も考えてない。ヤバイ。そうだこれを絵本にしよう。でもどうやって? そこで考え出したのが、自分の役割を、郵便屋さんに託して描くという方法だ。この郵便屋さんはどうやらとても責任感が強いらしく、おばけたちにどんなに行く手を阻まれても、なんとしても手紙を届けるためにひたすら進んでいく。それを見守る読者は「郵便屋さんどうなっちゃうのかな、なんかめっちゃおばけ出てきてるけど大丈夫かな」など、先が気になってついついページをめくってしまう。そうなるように目論んだ。つまり、アジロ王国の研究者たる網代幸介が記録としての絵ではなく、絵本を作るために行ったたったひとつの創作が、主人公を郵便屋さんにする、ということなのだ。

 この絵本を開いたら最後、途中で止めることは出来ない。気を確かに持たないと、あちらの世界に行きっぱなしになってしまって戻って来られなくなるかも知れない。でも、絵本を繰り返し読むうちに、心のどこかでそれを望む自分に気づくだろう。無数のおばけたちの一員になって、あの館で暮らす、それも悪くないかも知れないと。そうなったらあなたも立派なアジロ王国の住人だ。さあ皆さん、準備は良いですか? では、あちらでお会いしましょう。どうぞご無事で。きしししし。

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この本の取り扱い店舗や詳細を知りたい方は、下記ページをご覧ください。書店員さんからのコメントも掲載しています。

本について詳しく知る


プロフィール
筒井大介(つつい・だいすけ)
1978年大阪府生まれ。フリーランスの絵本編集者。野分編集室主宰。担当した絵本に『ドクルジン』(ミロコマチコ)、『こどもたちは まっている』(荒井良二)、『ぼくはいしころ』(坂本千明)、『ネコヅメのよる 』(町田尚子)など多数。『ブラッキンダー』(スズキコージ)、『オオカミがとぶひ』(ミロコマチコ)がそれぞれ第14回、第18回日本絵本賞大賞を受賞。『オレときいろ』(ミロコマチコ)が2015年度ブラティスラヴァ世界絵本原画展金のりんご賞受賞。編著に『あの日からの或る日の絵とことば3.11と子どもの本の作家たち』がある。水曜えほん塾、nowaki絵本ワークショップを主宰し、作家の発掘や育成にも力を注いでいる。

編集部からのお知らせ

アニメーション動画をつくりました

『てがみがきたな きしししし』をもとに、アニメーション動画を作成しました。音楽は作者の網代幸介さんに作っていただいています。ぜひ絵本と合わせて、ご覧ください。

制作:ミシマ社
音楽:網代幸介
協力:阪上彰馬

刊行記念イベントのアーカイブ動画を販売中!

2021年7月2日(金)に開催した、作者の網代幸介さん、デザイナーの大島依提亜さん、編集者の筒井大介さんによる鼎談動画です。冒頭、網代さんによる『てがみがきたな きしししし』の朗読に始まり、アイデアのきっかけになった出来事や、制作段階の話、大島さんによるデザインのこだわりなど、充実の約2時間です。より深く絵本について知りたい方におすすめです。

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詳しくはこちら

原画展のお知らせ

『てがみがきたな きしししし』原画展を開催します。各地をまわります!

・6/19(土)~7/5(月)nowaki(京都) 終了しました
・7/10(土)~8/7(土)曲線(仙台) 終了しました
・8/13(金)~8/30(月)スロウな本屋(岡山) 終了しました
・9/4(土)~ 9/26(日) READAN DEAT(広島)
・10/14(木)〜10/25(月)URESICA(東京)
 ※網代さんの個展と同時開催の予定です
・11/5(金)〜11/28(日)「本」のお店 スタントン(大阪)

・・・この後も巡回予定です。随時更新いたします。

メディア掲載情報

各種メディアにて、ご紹介いただいています。

・FUDGE 2021年8月号
・産経新聞 2021年7月18日付朝刊
・しんぶん赤旗 2021年7月24日
・月刊MOE 2021年9月号

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    作者・デザイナー・編集者による、もっと知りたい人への深掘り絵本トーク

    ミシマガ編集部

    網代幸介さんによる絵本『てがみがきたな きしししし』の刊行から2カ月が経ちました。昨日(9/4)より、広島のREADEN DEATにて原画展を開催中です。本日のミシマガジンでは、この作品をより深く知ってもらうべく、『てがみがきたな きしししし』が生まれるまでのきっかけや、ブックデザインの制作秘話についてお伝えいたします。

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