本のこぼれ話

第10回

絵本編集者、担当作品本気レビュー④「めくるめく"ゆきちゃん" きくちちきの絵本論」

2023.12.22更新

2023年12月7日に、きくちちきさんによる絵本『ゆきのゆきちゃん』を刊行しました。猫の「ゆきちゃん」が、自分の名前の由来をたずねて雪山を駆けめぐる、これからの季節にぴったりの一冊です。そして、冬の絵本の新定番として長く大事に届けていきたい作品です。装丁は、サイトヲヒデユキさんに、編集は、筒井大介さんに手がけていただきました。現在、京都dddギャラリーでは、「はみだす。とびこえる。絵本編集者 筒井大介の仕事」展が開催中(2024年1月7日まで)ですが、『ゆきのゆきちゃん』は、その筒井さんが編集をした絵本の最新作でもあります。筒井さんに「本気レビュー」を執筆いただくのはこれが4回目。どうやら今回はとても難しい、ある事情があったようです。(ミシマ社編集チーム・ノザキ)

「めくるめく"ゆきちゃん" きくちちきの絵本論」筒井大介

 この絵本、我が家の猫「ゆきちゃん」が主人公なんです。そういうと、誰もが「筒井がゴリ押ししたんだろう」と思うかも知れませんが、決してそういうわけではありません。ちきさんの方から「ゆきちゃんが雪の中にいる絵が描きたい」と仰られて実現したのでした。そもそもは全然違う絵本を考えていたのです。ちきさんの愛犬くろちゃんが森に出かけていくお話で、ラフも何度かやりとりし、良い感じにまとまりつつありました。すごく良い絵本になりそうで楽しみにしていたところ、ある日ちきさんが突然「絵本の中のくろちゃんは、実際のうちのくろちゃんと少しキャラクターが違う気がする。なので主人公、犬じゃなくて猫にしませんか?」と言い出したのでした。ちきさんは、デビュー作の『しろねこくろねこ』『やまねこのおはなし』以来、いくつか猫絵本が続き、「猫の人」のイメージすらありましたが、くろちゃんがやってきてからはすっかり犬が登場することが増えました。2019年の『しろとくろ』に猫が登場しますが、いわゆる猫が主人公の絵本となると2015年の『ねこのそら』まで遡ることになります。

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 犬の絵本を作っていたのに突然主人公を猫にしたいと言われて少し驚きましたが、「ちきさんの久しぶりの猫の絵本というのも良いかも知れない」と思っているところに「例えば、ゆきちゃんでどうですか?」と言われて舞い上がってしまいました。ちきさんが自分ちの猫の絵本を作ってくれる。そんなの断れるわけはありません。「ぜひ!」とお返事したものの、主人公を犬から猫に変更するだけでそのまま成立するわけもなく、別のお話を考えることになり、先に書いたように雪の絵本となったわけです。

 さっきから言い訳しかしていない気がするので、ここで少し編集者っぽいことを書いてみようと思います。絵本を作る時に最も大切なのは「アイデア」だと僕は考えています。その絵本を貫き通すたったひとつのアイデア。それがないと、単に絵が並んでいるだけの本になってしまうのですが、逆にいうと、たったひとつのアイデアさえあれば絵本を作ることが出来るのです。アイデアとは、その絵本で表現することの核心であり、ページをめくり進めていくための仕組みを決める手がかりになるものでもあります。絵本はめくることと展開していくことが密接に関係しています。絵とテキストが一体となって構成された場面をめくることによって何かが変化し、展開する。それが絵本の最も基本的な考え方です。そしてめくるにはめくるための仕組みが必要になります。つまり、絵本を作るには「アイデア」を見出さなければなりません。

 つまり何が言いたいかというと「ゆきちゃんが雪景色の中にいる」だけではまだ絵本にはならない、ということです。それはあくまで設定であり、アイデアではありません。絵本を作るには、一冊を貫き通すアイデアを見出す必要があります。勿論、絵本は常にアイデアから作られるわけではありません。キャラクターから入ったり、設定から入ったり、様々な場合があります。あと、画家が絵本を作る時に多いのが絵から入る場合ですね。いずれにせよ、絵本を作るのであれば、そのキャラクターや設定や絵の要素を掘り下げてその中に「アイデア」を見出す必要があるのです。

 「ゆきちゃんが雪の中にいる」という設定にちきさんが見出したアイデアのとっかかりは非常にシンプルなものでした。「ゆきちゃん」と「雪」に共通するもの。つまり名前ですね。しかしまだ「名前が同じ」というだけではアイデアにはなりません。ちきさんはさらに「ゆきちゃんが、なんで自分は雪と同じ名前なんだろう? という素朴な疑問を持って、それを出会う生きものたちにたずねていく」という設定を考えました。主人公があるモチベーションを持ってどんどん進んでいき、そこに出会いが発生し、展開していく。具体的になってきましたね。モチベーションはとても大切です。それに乗って、読者は読み進んでいきます。でも、これでもまだ不十分なのです。出会うだけでは、次への展開は生まれません。その出会いが何を生み出すのかが重要なのです。

 絵本の中で、ゆきちゃんは「ゆきと おなじ なまえなの なんでか しってる?」と出会う生きものたちにたずねます。そこでの答えが、この絵本のアイデアが何かを示しています。「ふわっとしてる」「きれい」......つまり、ゆきちゃんと雪の共通点を見つけて、「わかった」と言っているのです。その上で、答えは出ません。その共通点は、ゆきちゃんだけのものではないからです。リスもふわっとしてるし、フクロウだってきれいだし。だから、他の生きものにたずねるために、先へ進むのです。雪との共通点を示す、でも相手にもその要素があるのでわからない、だから他の誰かにきいてみよう。これがこの絵本のアイデアであり、展開する仕組みだといえます。

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(きくちちき『ゆきのゆきちゃん』p4-5)

 そして、ちきさんが凄いのはこの次なんです。普通は「わからないね、だれかにきいてみよう」みたいな感じで展開すると思うのですが、さらに「その共通点をイメージした雪遊び」という要素を取り入れ、その上で次に進むように作られています。雪との共通点の提示~お互い同じだね、他の誰かに聞いてみよう、だけでもアイデアとして成立していますが、まだ少し物足りない気もします。この絵本は、主人公が様々な出会いを繰り返し、反復しながら積み上げていくという、絵本の構造としては超の付く王道パターンなのです。それを使えば「絵本」としての体裁は整いますが、王道であるがゆえに、既視感が出てしまうおそれもあります。パターン、型は「どう使うか」「それを使って何を表現するか」が重要です。その中に、新鮮な視点、切り口が入ってこないと、どこかで見た絵本、という印象を持たれてしまいます。そういう意味で、雪遊びの場面はとても重要です。では、どう重要なのでしょうか。

 前の場面で提示した雪との共通点、それを踏まえた遊び。「ふわっと してる」であれば「ふわっと ゆきつかみ」、「きれい」であれば「きれいに ゆきおとし」。ラフでこの流れを見た時に、思わず「すごいな」という言葉が漏れました。出会いの次のやりとり、「ゆきちゃんと雪との共通点の提示、でもそれはお互いにあてはまる」で、もう移動するんだろうなと思っていたので、そこからさらにひと伸びあったこと、さらにそのひと伸びの意外性に驚いたのです。これはなかなか出来ることではありません。

 例えばりすは、ゆきちゃんに「ゆきと おなじ なまえなの なんでか しってる?」と聞かれて「ふわっと してる」と、雪の質感に答えを求めます。でもそれはゆきちゃんだけでなく、自分にも当てはまることなんです。そうか、ゆきちゃんも自分も雪と同じで「ふわっと してる」。おそらく、雪は何度も経験しているけれど、自分と雪にそんな共通点があるなんて思わなかった。しかも、それは友達のゆきちゃんも一緒なんだ。それが嬉しいんです。だからふたりは、初めて認識した雪との、そして友達との共通点を感じながら遊ぶのですね。絵本の形になると、さらっと読み進めてしまうかもしれませんが、この絵本の出会いから遊びまでの場面には、そういう心の動きが表現されているのです。ここに、ちきさんならではの視点が反映されているので、王道の、繰り返しのパターンの構造でも既視感はなく、新鮮味があるのだと思います。

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(きくちちき『ゆきのゆきちゃん』p6-7)

 絵本を構成するという観点でいうと、「出会ってたずねる」「わかった~だから」「その共通点をふまえた遊び」、この3場面ずつのブロックを繰り返して展開していきます。絵本は例えばこのように、数場面ずつのブロックを作って構成していくと作りやすいのですが、1つのブロックに3つの場面を費やすというのは、通常であればやや長いともいえます。かなりざっくりいうと、例えば2場面ずつ、時に1場面ずつなどでリズムを変えたりもしつつ、クライマックスの大きな展開で3、あるいは展開によっては4場面、というのがバランス的に良いことが多いです。3場面ずつで進んでいくと、ややゆっくりした印象になり、場合によっては読者が退屈に感じるかも知れません。でもこの絵本は全くそうは感じません。実はこれはとても凄いことなんです。それは3つ目に気持ちの良い飛躍がきちんと用意されているから、もっというと、3つ目にきちんと快感があるから、3場面ずつのゆったりした構成でも間延びせず、退屈もせず、物足りなさも感じず、絵本を読み進めていくことが出来るのだと思います。前の場面で示された「うれしい」という気持ちが、さらに増幅する様子を「共通点をふまえた遊び」という形で実に上手く表現されている。だから、この場面に気持ちの良い飛躍を感じるのです。

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(きくちちき『ゆきのゆきちゃん』p8-9)

 また、きくちちきという作家は言葉の感覚も本当に素晴らしく、平易な単語の組み合わせで、新鮮な言葉を生み出すのが本当に上手いのですが、今回の「ふわっと ゆきつかみ」「きれいに ゆきおとし」などの言葉にも「流石だな」と唸りました。とてもシンプルですが、実はだれも使ったことのない言葉。そういうものを考え出すのはとても難しいですし、ともすれば奇をてらった、わざとらしい印象が出てしまいかねませんが、ちきさんはとても自然に、新鮮味のある言葉をテキストに組み込みます。この言葉のチョイスが、それぞれの遊びの場面で読者が感じる快感に繋がっているのだと思います。さらにいうと、遊びの前の場面でリフレインされる「うれしくなって うれしくなって」というフレーズは、先に書いた「うれしいという気持ちの増幅」をとても自然に、シンプルな形で表現したもので、ここも本当に上手いなと感心します。絵、展開だけでなく、言葉のチョイスも含めて、ちきさんの絵本つくりの巧みさがよく現れた絵本だと思います。

 そして、忘れてはいけないのが印刷です。ここにも、きくちちきという作家の特長が反映されています。絵本を見ていただくとわかりますが、今回は全面的に銀色のインクを使用することで、雪の世界、「銀世界」を表現しています。原画を見るとわかるのですが、ちきさんが銀色で絵を描いたというわけではありません。原画は、墨と、生き物たちの目などに使う最低限の色のみで構成されています。ではどういう経緯で銀色の絵本になったのでしょうか。

 絵本を構想する段階から、ちきさんとの間に漠然と「銀色で刷れたら」というイメージはあったのですが、実際どうやって実現するのかは未知数でした。原画が完成した時点で、今回の絵本のデザイナー、サイトヲヒデユキさんの仕事場で、原画を見つつ打ち合わせが行われました。ちきさん、サイトヲさん、印刷所の担当さん、ミシマ社三島さんが揃い話す中で、「原画をスキャンしたデータを元に、銀で印刷する箇所を版分けする」ということが必要だということになり、その作業をちきさんが自ら行ったのです。つまり、完成した原画を使用するのではなく、さらにデータ調整をして、銀色で印刷するための画像にした、ということです。確かに、どこをどのように、どんな濃度で銀にするのかを判断するのは作者以外では難しいので、ちきさんがそれ担うのは自然ではあるのですが、原画を完成させてからさらにその膨大な作業をするのはかなりの手間でもあります。ちきさんは一冊の絵本を作るのに多いときは1000枚以上の絵を描くといいます。今回はトータルで100枚くらいとのことでしたが、それでもかなりの数ですよね。そのあとに、さらにこういう過程を経て作られているのです。

 ちきさんの絵本を見ると、その伸びやかでおおらかな筆致から、完全にアナログで制作する作家だと思われるかも知れません。確かに、元になる絵は手で、アナログでの制作なのですが、その絵を素材として、データ上での調整を経て完成原稿とする、という場合が多くあります。元々がデザイナーだったということも関係しているかも知れません。絵を描くときも「これは」というものが出来るまで膨大な数を描き続けるちきさんですが、そうやって描いた原画はあくまで絵本を作るための素材であり、加工とその手間を厭わず、印刷物としての理想の仕上がりを追求します。今回も、原画と絵本を比べてみると全然違うものになっています。一見して加工されていると分からないアナログ感、あたたかみがありつつ、その過程で様々な加工、調整が行われているのです。そのことは、完成したものを見てもわからないようになっています。プロの仕事だなと、惚れ惚れしますね。

 などなど、客観的に絵本のことを分解する編集者っぽい文章を長々と書いたのは、実は正気を保つためなんです。自分ちの猫を、ちきさんが描いてくれるなんて。しかもそれがとんでもなく素敵な仕上がりで、少しでも油断すると「かわいいねえ」「おめめ青いねえきれいだねえ」「シルバーに輝いてかっこいいねえ」「こんなに友達つくっちゃってよかったねえ」などの文言が唇から際限なく漏れ出てきそうになり、文章も全編そうなってしまう危険があるので、心頭を滅却し、滝に打たれながら自らを律しつつ、この文章を書いたというわけです。

 最後に。この絵本で良いなと思うところは、結局なんで雪と同じ名前なのか、飼い主はなんでゆきちゃんと名付けたのかはわからないことです。そんなことはどうでもいいんです。特に人間の場合、名前には名付けた人の願いが込められていることが多いと思います。でも、本人はそんな願いなんて気にせず、縛られることなく、ただただ思うように生きればいいんですよね。そのうえで、絵本の中でゆきちゃんが自分なりに、友達との時間を経て感じる名前の理由、それがとても素晴らしいんです。名付けた人の意図はどうあれ、自分はこの大きな自然の一部なんだと実感し、その中でのびのびと躍動し、生きる。ちきさんが絵本で繰り返し表現してきたことが、ここにも現れていると思います。

231222-7.jpg(筒井さんちの「ゆきちゃん」)

231222-4.jpg(左 きくちちきさんとゆきちゃん / 右 ゆきちゃんを食べようとするきくちちきさん)

今回、絵本の刊行に合わせて「クリスマスカード」をつくりました。絵は、きくちちきさんによる描き下ろしです。絵本の詳細や、特典の取り扱い店舗については、下記ページをご覧ください。

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本について詳しく知る


プロフィール
筒井大介(つつい・だいすけ)

1978年大阪府生まれ。絵本編集者。教育画劇、イースト・プレスを経てフリー。野分編集室主宰。担当した絵本に『ドクルジン』(ミロコマチコ)、『ぼくはいしころ』(坂本千明)、『ネコヅメのよる 』(町田尚子)、『バスザウルス』(五十嵐大介)、『てがみがきたな きしししし』(網代幸介)、『ぼく』(谷川俊太郎/作 合田里美/絵)、『よるにおばけと』(みなはむ)、『みんなたいぽ』(マヒトゥ・ザ・ピーポー/文 荒井良二/絵)など多数。『ブラッキンダー』(スズキコージ)、『オオカミがとぶひ』(ミロコマチコ)がそれぞれ第14回、第18回日本絵本賞大賞を、『こどもたちは まっている』(荒井良二)が第26回日本絵本賞を受賞。『オレときいろ』(ミロコマチコ)が2015年度のブラティスラヴァ世界絵本原画展において第2位にあたる「金のりんご賞」を受賞した。編著に『あの日からの或る日の絵とことば 3.11と子どもの本の作家たち』がある。水曜えほん塾、nowaki絵本ワークショップを主宰し、作家の発掘、育成にも力を注いでいる。京都精華大学デザイン学部特任准教授。

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