本のこぼれ話

第5回

作者・デザイナー・編集者による、もっと知りたい人への深掘り絵本トーク

2021.09.05更新

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網代幸介さんによる絵本『てがみがきたな きしししし』の刊行から2カ月が経ちました。全国各地を巡回中の原画展は、京都・仙台・岡山会場での会期を終え、今週末(9/4)より、広島のREADEN DEATにて開催されています。
この本は、怖い本? それともハッピーな本? 読んでくださった人の数だけ、それぞれの解釈があり、何度読んでも新鮮な楽しみ方ができる一冊です。本日のミシマガジンでは、この作品をより深く知ってもらうべく、『てがみがきたな きしししし』が生まれるまでのきっかけや、ブックデザインの制作秘話についてお伝えいたします。
すでに公開している、担当編集の筒井大介さんによる、本作品へのレビューもぜひ合わせてご覧ください。
(本記事は、2021年7月2日に開催した刊行記念オンラインイベント「絵本できたな きしししし」をもとに、作成しています。)

作者|網代幸介(あじろ・こうすけ)
1980年東京都生まれ、東京在住の画家。空想から生まれた物語や実際に見た夢が描かれた世界には、人、動物、架空の生物など愛おしいキャラクターがちりばめられており、観るほどに親しみが増していく。装画や演劇のビジュアルなど様々な仕事を手がけるほか、2018年には小学館より絵本『サーベルふじん』を刊行。作品集に『Огонёк アガニョーク』(SUNNY BOY BOOKS)がある。最新作は『てがみがきたな きしししし』(ミシマ社)。

デザイナー|大島依提亜(おおしま・いであ)
栃木県生まれ。映画のグラフィックを中心に、展覧会や書籍のデザインを手がける。主な仕事に、映画『パターソン』『万引き家族』『ミッドサマー』あのこは貴族』「ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ 2021」、展覧会「谷川俊太郎展」「高畑勲展」「ムーミン展」、書籍『鳥たち』(よしもとばなな)『オレときいろ』(ミロコマチコ)『へいわとせんそう』(谷川俊太郎、Noritake)『小箱』(小川洋子)『今日の人生』(益田ミリ)など多数。

編集者|筒井大介(つつい・だいすけ)
1978年大阪府生まれ。フリーランスの絵本編集者。野分編集室主宰。担当した絵本に『ドクルジン』(ミロコマチコ)、『こどもたちは まっている』(荒井良二)、『ぼくはいしころ』(坂本千明)、『ネコヅメのよる 』(町田尚子)など多数。『ブラッキンダー』(スズキコージ)、『オオカミがとぶひ』(ミロコマチコ)がそれぞれ第14回、第18回日本絵本賞大賞を受賞。『オレときいろ』(ミロコマチコ)が2015年度ブラティスラヴァ世界絵本原画展金のりんご賞受賞。編著に『あの日からの或る日の絵とことば3.11と子どもの本の作家たち』がある。水曜えほん塾、nowaki絵本ワークショップを主宰し、作家の発掘や育成にも力を注いでいる。

はじまりは、5年以上前から

――『てがみがきたな きしししし』はどんなふうに始まったんですか?

筒井 僕が網代さんに「絵本をつくりませんか?」とお声がけをしたのは、2015年頃でした。でも、その頃にやりとりしていたラフと今回の作品は、内容が全然違いますね。

網代 そうですね。その頃は、絵本を意識していたので、もっと物語を盛り込んでいたと思います。

筒井 当時のラフの詳細は忘れてしまったんですが、すごく複雑な話だった気がします。網代さんが描かれる世界には一つひとつ細かな設定がありますが、その設定が絵本のストーリー自体に反映されていて、32ページの絵本として見ると、なかなか読者がついていきづらかったんです。それだったら、これまで網代さんが発表されてきたような、1枚の絵で見せるほうが良さが伝わるなと思っていましたね。

網代 自分でも描いているうちに、話がよくわからなくなってしまっていたんです。

網代さん、思っていたよりやばい人かも

筒井 だから、絵の情報量は多くてもいいので、とにかく構成はシンプルに、という話をしていました。でもなかなか進まなくて、そこから3年ぐらい経って、網代さんのある展覧会を見に行ったときに、この絵を見たんです。それで、「最高」って思って。

20210803-10.jpgマリーさんが羽織っているもの(画像提供:網代幸介)

筒井 もともとは、網代さんがこれまでに発表されていた、夢や想像の世界で見たものを記憶が消えないうちに早いタッチで描かれた作品が好きで、絵本を一緒につくりたいと思っていたんですけど、この「マリーさんが羽織っているもの」を見たときに、この人、思っていたよりもっとやばいな、という感じがしたんです。こんなに引き出しがあるのか、と感動して。絵の情報量はたくさんあるけれど、シンプルな構成にできるんじゃないかと思いついて、網代さんに「この感じで絵本をやりませんか」、とお伝えしたのが『てがみがきたな きしししし』のスタートでしたね。


描いているのは、もう一つの世界にあったもの

大島 そもそも網代さんが、細密画のようなものを描きはじめた理由はどういうところにあるんですか?

網代 僕は、絵画みたいなものも描きますし、絵巻物やタペストリーのようなものを描くこともあるんですが、普段は、もう一つの世界で起きていることを、絵日記みたいな感じで、忘れないうちにつらつらと描いています。もう一つの世界というのは、僕の想像世界で、その世界にも、時代や場所があって、いろんなところに行って印象に残った風景や出来事を描くんです。細密画や肖像画みたいなものは、そこからもっと奥に入り込んで、実際にその世界に飾ってあるものに近寄りたい! みたいな気持ちで描いています。
 もともと僕は子どもの頃から、骨董とか、古いものが好きでした。そういうものを収集するのが好き。でも、お金がなかったので、今から集めてコレクションするよりも、自分でつくっちゃおうと思って、作品をつくりはじめたんです。それまでは本当に落書きの感覚でいたので、作品として残そうという気持ちがあまりなくて。でも、自分でそういうものを手に入れて集めたら、面白そうだなと思って。

大島 あの、唐突に言うんですけど、網代さん長生きしてくださいね。なるべくその世界を残して欲しい・・・。


絵描きというより、フィールドワーカー

網代 ぐふふふふっ(笑)。じつは僕には夢があって、いつか瀬戸内海に小さい島を買いたいんです。その島で、自分の想像の世界を形にしてしまおうと思っています。建物とか、作品をそこに置いて、島に世界をつくりかけて死ぬのが夢です。それで今回の本の最後のシーンのように、島が雑木林になってしまって、それを誰かが発見する、みたいなことを想像するのがすごく好きなんです。
 僕は自分を「絵描き」というふうには捉えていなくて、どちらかというと映画をつくっているような感覚なんですよね。このシーンには、この絵だな、という感じで。

大島 一つの確固たる世界があって、それを研究しているフィールドワーカーのような気もしますね。

筒井 研究したり、発掘したり、発表したりしているということですね。

網代 たしかにそうですね。絵本の話に戻ると、物語をしっかりつくって絵本をつくるのは自分には無理だと思って諦めてしまったんです。それでいつも展示でやっているみたいな感じで、自分が見えているものを残して、絵本にしてしまおうという気持ちでやってみたらすごく楽になって。だから、今回の作品は、物語的な側面はあまりないのかもしれないですが、自分が実際に屋敷に入って、いろんなものと遭遇してきた感覚を絵にしています。そしたらどんどん描けたんです。

文字のひみつ

――今回の本は、装丁や本文の書体など、デザインも好評です。

大島 今回、本文の文字は、ハンコを実際に印字したものを使っています。なぜこうしたかというと、絵本の雰囲気に合わせるというのもあるんですが、「きしししし」に代表されるように、この本は繰り返しの言葉が多くて、だからこそページによって「きしししし」の意味が変化しているんだろうなという感じがすごくしたんです。それを同じフォントでつくってしまうと、この言葉がまったく同じもので再生されてしまう。そのことに対して、これでいいのかな? という感覚がすごくあって、実際にハンコで同じ字をたくさん打ったんです。それで、ページごとに、同じ「し」でも使うものを変えています。
 僕の解釈で、「きしししし」の意味が、ここはちょっと強めだぞとか、ちょっとエモーションになっているぞ、というようなところに関しては、ちょっと印圧を強くしたり、思いを込めて打ってるんですね。
 ほかにも、本の最初に「てがみがきたな」という言葉があり、最後もこの「てがみがきたな」という言葉で締めくくられているんですが、最初はすごくあっけらかんと言っている感じに対して、最後は郵便屋さんが白昼夢に遭ったようにキョトンとしている表情なので、ギュっと押して文字をつくっていて、最初と最後の同じ言葉に違う印象を持たせられるようにしたかったというのがあります。

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印刷物のゆらぎが面白い

大島 この作品は、読者の読み方次第で、本の印象や解釈が変わっていく感じがしたので、見開きの絵に合わせて僕なりの解釈を本文のハンコの印圧を変えることで、音声で話しているように表現したかったというのがありました。

筒井 その効果で、絵本にゆらぎや深みが加わっていますよね。

大島 古い絵本を見ると、写植だったり、もっと古いものは活版印刷だったりして、ページによって文字がつぶれていたりするんです。結果的に言葉のニュアンスが変わるということがあって、昔は読書体験というのは、作者や編集者が意図しないところで起こるエラーのイレギュラーさによって、なんとなく面白さがでるという側面があったんですけど、どんどんデジタル技術が発展していった結果、まったく同じものが再生されるようになっていて、そういう部分は少なくなっています。この状況の中で、特に今回の網代さんの絵本に関しては、同じ言葉が繰り返される以上、フォントが全く同じであるということに対して相当違和感を感じたんです。だから文字はそれぞれ変えたほうがいいなと思って、一つひとつ作っています。

編集部からのお知らせ

アニメーション動画をつくりました

『てがみがきたな きしししし』をもとに、アニメーション動画を作成しました。音楽は作者の網代幸介さんに作っていただいています。ぜひ絵本と合わせて、ご覧ください。

制作:ミシマ社
音楽:網代幸介
協力:阪上彰馬

原画展のお知らせ

『てがみがきたな きしししし』原画展を開催します。各地をまわります!

・6/19(土)~7/5(月)nowaki(京都) 終了しました
・7/10(土)~8/7(土)曲線(仙台) 終了しました
・8/13(金)~8/30(月)スロウな本屋(岡山) 終了しました
・9/4(土)~ 9/26(日) READAN DEAT(広島)
・10/14(木)〜10/25(月)URESICA(東京)
 ※網代さんの個展と同時開催の予定です
・11/5(金)〜11/28(日)「本」のお店 スタントン(大阪)

・・・この後も巡回予定です。随時更新いたします。

メディア掲載情報

各種メディアにて、ご紹介いただいています。

・FUDGE 2021年8月号
・産経新聞 2021年7月18日付朝刊
・しんぶん赤旗 2021年7月24日
・月刊MOE 2021年9月号

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