ユザワタヌキ文庫へようこそ

第10回

苦手な人が一番の仲良し

2026.10.05更新

まぜこぜ好きはケンカ好き

 混沌が好きな私は、いきおいそのまま「まぜこぜ好き」でもある。細分化して、整理して、分担して仕事をすることが多い世の中に生きていると、自分の意見も存在も、小さなパーツ以上の何ものでもない、という不安にさいなまれることがある。些細なことや、雑多なことが好きだから、小さなパーツでもいいのだけれど、自分の中にはささやかであってもどこかとつながるフックや糊代があって欲しい。そして、何かと混ざり合える変幻自在の液体のような心を持っていたいと思うのだ。

 そんなわけだから、自分とは全く違う意見を持っている人には興味津々になる。あれは中学校に入学してすぐの頃の出来事だった。二つの小学校から進学してくる学校だったので、初めて会う同級生たちが半分くらいいた。その中に、やたら自分の意見をはっきり言って、しかも大人びた言葉を使うK君がいた。なんだか今まで会ったことが無いタイプ。というわけでK君に興味をもったのだけれど、K君は私の気持ちなどお構いなしに遠慮なく意見を言ってくる。それがなんだか鼻につき、ケンカばかりしていた。ケンカといっても腕力ではなく、言葉で議論するやりとりのこと。だいたい私が負け越してしまうのだった。

 理想ばかりを語る夢見がちな私に対して、K君は超現実派で合理主義的。だから、意見が一致するわけもなく、仲良しの対極にある苦手な人だと思っていた。でも今考えてみると、ケンカになるのはK君の意見がもっともで、図星だったからかもしれない。十代の私は自分の幼さを自覚して悔しかったのだろう。だから、売られたケンカは買い、自分でケンカを売っては打ち負かされるという日々の中で鍛錬し、ケンカ好きになっていった。今では議論をするのが仕事の一部になっているのだから、悔しいけれどいつか感謝を伝えなければと思っている。

狡猾な涙

 たとえば、「世の中はお前が思っているほど甘くない。お人好し過ぎるんだよ」とか、「偽善なんじゃないか、その意見」とか、およそ中学生らしくない口調で私の考えや態度を否定してくるかと思えば、「もっと欠点をさらけ出したほうがラクになるんじゃないか」、「だいたい意地を張り過ぎなんだよ」とか、誰からも言われたことのないアドバイスを大人びた物腰で伝えてくることもあった。

 忘れられないのは、クラスでトラブルがあった時に仲裁に入った私が涙をこぼしたことに対し、「そういう涙で人に何か訴えるの、やめたほうがいいよ。計算して涙流すなよ」と言われた時のことだ。鼻がツンとしてこみ上げてきた涙の奥の方で、私は確かにそう思っていたかもしれない、と気づいてしまった。狡猾な涙を見透かされて恥ずかしく、聡明な意見に打ち負かされたが、不思議と嫌な気はしなかった。そして、もうそんな涙を流すことはすまい、と心に誓ったのだった。

 心が大人になっていく過程で、K君の意見に教えられたことは多かった。腐れ縁とでもいうのだろうか。同じ高校に進学することになり、大学は別々になったけれど、苦手だったはずのK君とは大人になった今でも折にふれて会って話をする。忖度のない率直な意見は大人になるほど貴重だということを、遅ればせながら私は知るようになった。耳の痛いことばかり言ってくる苦手な人は、いつの間にか一番仲の良い友達の一人になった。縁は腐って養分となり、実りある友情を育んだということになる。

「混ぜたままにしても大丈夫」

 K君に限らず、その後も人生のいろいろな場面で、最初は苦手だなと思っていた人が一番の仲良しになるということが多かった。だから私は、意見が違ったり、苦手だと思った人に出会ったりすると、「そこにはきっと希望の芽があるにちがいない」と思うようになった。

 その考え方のまま子育てしていたら、驚かれたことがある。ある日、小学五年生の息子が転校生のクラスメイトとケンカをして(こちらは言葉だけでなく腕力も)怪我をしたという連絡が入った。二人ともクラスでは飛びぬけて身長が高い男子で、隣り合う場面が多かったらしい。事情を聞いてみると、先に手を出して怪我をさせたのは相手だったらしく、着任したばかりの若い担任の先生は電話口で「申し訳ありません。二度とこのようなことが無いように、二人を引き離して近づけないように注意します」と言った。

 それに対して私は「先生、二人を混ぜたままにしても大丈夫だと思いますよ。この出来事が仲良くなるチャンスかもしれませんから」と答えた。先生は絶句してから「えっ、そんな考え方ってあるんですか。お母さんからそんなふうに言われるとは思ってもみませんでした」と言葉を続けた。補足すると、私は息子と相手の子が言葉を交わしている時もあることを知っていたので、思い切ってそのまま様子を見守ることを提案したのだった。先生はリスクのある賭けだと思ったかもしれないが、私にとっては自分自身のK君との思い出が「大丈夫」の根拠だった。

ゆっくりじっくりケンカする

 結局二人はクラスの中でまあまあ仲の良い友達となり、スポーツを続ける目標を共有して、二人揃って学区外の同じ中学に越境入学した。見知らぬ人ばかりの中学校に、ケンカを経て仲良くなった唯一無二の相手がいるというのは、どんなに心強かったことだろうか。彼らは時々下校の帰路を共にしていた。お互いの競技について話したりしていたのかもしれない。ケンカの先に、彼らはどんな景色を見ていたのだろう。大学や講義室、ゼミという学びの場、人と人とが混ざり合う場所に身を置く時、私は彼らが見ていた景色を想像する。

 ユザワタヌキ文庫の混沌とした雰囲気は、異なる意見を交わし合うケンカ(議論)や他流試合にはもってこいだと思っている。私が特定の学生やゼミ生に限らず、講義に参加していた学生や、非常勤先の学生たちにも「ユザワタヌキ文庫を利用していいよ」と伝えているのは、そのためだ。

 異なる意見、考え方は容易にはまとまらない。延々と話しつつ、ずいぶん時間をかけたにもかかわらず結論にたどり着かないこともある。自分の考えの未熟さに気がついて落ち込むことだってあり、分からなさに打ちのめされることもあるかもしれない。それでもゆっくり、じっくり、他者と意見が異なることを恐れずに意見を交換し合いたい。まぜこぜに混ざり合って、つながって、思いがけない景色を見てみたい。ユザワタヌキ文庫がそんな試行錯誤が許される道場、寺子屋みたいな場所であるといいなと思っている。

湯澤 規子

湯澤 規子
(ゆざわ・のりこ)

1974年大阪府生まれ、千葉県育ち。法政大学人間環境学部教授。筑波大学大学院歴史・人類学研究科単位取得満期退学。博士(文学)。専門は歴史地理学。主な著書に『胃袋の近代―食と人びとの日常史』(名古屋大学出版会)同書で、生協総研賞第12回研究賞、第19回人文地理学会賞(学術図書部門)を受賞。『7袋のポテトチップス―食べるを語る、胃袋の戦後史』(晶文社)、『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』(ちくま新書)、『焼き芋とドーナツ―日米シスターフッド交流秘史』(KADOKAWA)、同書で第12回河合隼雄学芸賞を受賞、などがある。

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