感じる坊さん。感じる坊さん。

第12回

なにも起こらなくてもここで待つ

2018.11.08更新

自然災害が多い中でのお寺の事業

 来年、栄福寺では、「常楽会(じょうらくえ)」という7年に1度まわってくる行事が予定されている。そこで毎回、お寺の檀家さん達に寄進を募って、記念事業をすることが多いのだけど、今回、僕たちは本堂や大師堂の「耐震工事」を考えていて、建物の調査や耐震設計、大工さんとの打ち合わせなどが進んでいる。この事業は、阪神大震災を経験した妻のアイデア、アドバイスもあっての計画。お寺のこういった耐震の事業を社会に「みてもらう」ことで、〈いつか起きるかも知れない災害〉に対して、「知ってもらう。意識を向けてもらう」という意味合いも、あるかもしれないと思ったりしている。

 今年は、日本でも四国でも災害が多かった。栄福寺の近くでも、数十年前に水害があって多くの人が、亡くなった時に供養のために作られたお地蔵さんがあるけれど、そういった災害は、子供の頃からどこか「昔の話」だった。しかし今年は、そういったことが身近にどんどん起こる。

 数年前から考えることがある。自然災害の多い今だからこそ、人々が神仏に祈り、もっと曖昧で普遍的な意味での「祈る」ということに触れることができるような「何か」を始められないかな、ということだ。「自然」に対して手を合わせ、集まったみんなで(数人でもいい)「どうか鎮まりください」「災害が起こったとしても、どうか少しでも被害を少なくしてください」「そのためにも自分達も日々をできる限り誠実に生きます」ということを確認しあうような〈祈る〉集まり、そんなことができればいいなと思う。

 あ、それから考えに考えて、本堂に「エアコン」を付けてみることにした。もちろんないほうが、「綺麗」なんだけど、今年の夏は法事が終わるたびに、たとえば高齢のおばあちゃん達が、暑すぎて「風呂あがり」というか「水行の後」のような雰囲気になっていたり、冬のストーブの火の元の危険を考えて決意しました。「残念ながら・・・」という気持ちもありながら、相当楽しみです。

恒例の新しい「集中法」報告

 僕は、集中力に問題がある。そのことは、この連載でも何度か書いたと思う。だからこそ興味が次々に移り変わり色々な事を思いつき、仕事や寺での動きにつながる面も多いのだけど、現実的にはとても不便だ。たぶんそういう人は読者の方にもわりと多いのだと思う。ということもあり、日々「集中法」を考えているので、今回も新しい方法をご披露したい(会場はまばらな拍手)。

 「まず15分ぐらい強制的に〈やる〉」という方法である。僕は今まで、集中法として、「やるべきこと」に対して、「やる気が起きない」時は、「なにもしない」ことを自分に許してきた。するとですね、僕は惰性に任せて、「本当になにもしない」ことが多かった。微笑ましいといえば、微笑ましい坊主だ。

 この「なにもしない」ということは、生きることにも仏教の深いところにも結びついたコンセプトだと感じていて、じつはある著名な僧侶に「なにもしない」という演題で講演を依頼したこともある。しかし現実に、即物的に「なにもしない時間」が続くと僕も困ってしまう。

 だから掃除でも、文章を書くことでも、勉強でもなんでも良いのですが、「やりたい」時には、携帯電話やアップルウォッチなんて当然手の届かない所に置いておいて、「15分〈とにかく〉止めないで、やってみる」。するとあら不思議、1時間ぐらいできてしまう。その後は、体操したり、お湯を飲んだり、トイレに行って、5分ぐらい休憩。そしてまた60分の「集中コース」にご招待。口で言うほど、簡単ではないのだけど、結構今までよりもいい感じでやっている。

 自己啓発本のようなタイトルで言うと、『僧侶式 15分まずやって、結果的に60分やる集中法』(長いな)ということになるのだろうか。

 そういえばお坊さんの世界には、「まず、つべこべ言わずにやってみろ」という文化がずっとあって、僕はそこに「体育会の部活」のような雰囲気を感じることがあって、ちょっと苦手な時がある(言い方の問題かも)。しかし、あくまで「一面」としては、ああいう「まずやってみろ」文化は自分なりに取り入れたい気持ちにもなっている。よかったら、お試しを。

僕の風邪予防

 そんなことを書いていたら、僕がよくやる「風邪をひきにくいような気がする方法」を思い出した。これは根拠がまったくない。だから希望者以外は真似しないでください。

 僕は、風邪をわりとよくひく。そして「風邪をひいた状態」というのが、嫌いだ。「風邪ひくのなんかみんな嫌だよ」とあなたは言うでしょう。でも、僕はたぶん他の一般的な人よりも風邪をひくのが嫌いだと思う。そこは、ちょっと譲れない。

 この方法は、具体的ではない。ただ「気持ちの操作」をするだけだ。

 ある外国人が書いた本で、病気になったら、その病気を攻撃することを何度も心の中でイメージしてください、という内容を読んだことがあって(すごい本だ)、不思議と心に残っている。

 僕の方法は、その「逆」の方法だ。みなさんも、「あ、今のが風邪をひいたサインかな?」ということがあると思う。寒気がしたり、ちょっと喉が痛かったり、「あー風邪かなぁ」という瀬戸際のあそこです。

 そこで、「あ、嫌だなぁ。風邪をひきたくない!」と強烈に思うのではなく、「あ、風邪ですか。よろしかったら、しばらくお越しください。それもいいかもなぁ」と〈受け入れる気持ち〉でいるという方法だ。すると結果的に朝起きると「風邪をひいていないこと」が多い気がしている。これは根拠もないし、たぶん現実的、統計的には「嘘」の話なのですが、自分自身とても気楽に風邪に向き合えるので気に入っている。

 僕は、お坊さんということもあり、仏教の修行のなかで、「ああいう感覚が欲しいな。わかりたいな。」と思うことは多い。でも、この「風邪の方法」を参考にして、最近は「なにかを得よう、観よう、フィーリングを得ようと」思うのではなく、「なにも来なくても良いです。なにも起こらなくても。ただ私は、ここにいます。静かでどこかでワクワクとする満ち足りた気持ちで。しばらく何日もそれを続けようと思います」という気持ちでいようとすることが多い。

 なにか「良いものが来てください」「悪いものは来ないでください」という思考方法、感じ方は、僕の学んだ仏教の「密教」とも離れた感覚ではないかと思う。

 そして人生の中でも、この「なにも起こらなくても、ここにいる感覚」というのは、大切にしたいと思う。

「見たり、学んだり、考えたりしたどんなことについてでも、賢者は一切の事物に対して敵対することがない。かれは負担をはなれて解放されている。かれははからいをなすことなく、快楽に耽ることなく、求めることもない」(『スッタニパータ』914)

 この言葉は密教ではなく初期の仏教の言葉であるけれど、生活や人生の中で出会う、あらゆる事象に対して、意識的に「敵対することがない」というのは、練習したり、鍛えることのできる感覚ではないかと思う。

 そして僕の考え方では、これはあらゆる「許せないこと」に対して、瞬間的に周到に、「高らかに異を唱える」ことの大切さと矛盾することではないことだと僕は思う。仏教自体が、大いなる現状への「抵抗運動」という側面もあるものね。

 そして「なにもしないで待つ」ということと「一歩一歩やる。とにかくやる」ということも、きっと矛盾しない。

「仮に非相(ひそう)に託(つ)いて非形(ひぎょう)を示現(じげん)す。」(弘法大師空海『三教指帰』)

【現代語訳:仏は本来は無相であり無形であるけれども、仮の姿を十方に示現する】

 「仏」なるものが、形がないものでありながら、世界のあらゆる場所に現れているとしたら、生きていることは、まるで、「宝探しゲーム」みたいだ。

 しんどい時もあるけれど、どこか気楽にやりましょう。

白川 密成

白川 密成
(しらかわ・みっせい)

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。2010年、『ボクは坊さん。』(ミシマ社)を出版。2015年10月映画化。他の著書に『空海さんに聞いてみよう。』(徳間書店)、『坊さん、父になる。』がある。

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