相変わらず ほんのちょっと当事者

第8回

健康的ってむずかしい(前編)

2022.10.13更新

【お知らせ】この連載から本が生まれました

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『元気じゃないけど、悪くない』
青山ゆみこ(著)

本連載を再構成し、大幅に加筆を加えた一冊です。
「わたしの心と身体」の変化をめぐる、
物語のようなノンフィクションであり、ケアの実践書。
お手にとっていただけたら嬉しいです。(2024年3月20日刊行)

 わたし史上、最も「絞った」時期がある。
 ちょうど2年前、2020年秋。新型コロナウイルスが世に蔓延して、半年ほど経った頃だった。
皆さんと同様に初めて体験した「自粛」によるストレス。現在も進行形とはいえ、あの頃の心もとなさって、世界が急にグレーに塗り替えられたようなしんどさで、うまく言えないけどほんとキツかったっすよね・・・。
 今振り返っても、自分がコロナ蔓延以降の「制限された世界」から受けた影響の大きさを、まだわかっていないんじゃないか、とも思う。
 今回の話も、そんな一つかもしれない。

 我が家でも夫のリモートによる食及び生活全般の変化など、いろんなことがうわーっと押し寄せて、その余波が自分のあちこちに噴出した。
 顕著なのは、数値化するまでもなく「目に見える」体型の変化だった。
 パンツのボタンがとめにくくなり、いい感じのジャストサイズで着ていたはずのTシャツが拘束着のようにぎちぎちになった。あきらかに肥大している。
 全身だぼっと大きめの服ばかり着るようになった自分の姿が、時折鏡越しに目に入る。若い子のボーイズライクなかわいいオーバーサイズではない、楽だからと選んだゆるゆるした衣類を身にまとう自分の、なんだろう、この情けないような気分は。
 すかっとしない。しゃきっともしない。
 見た目がどうとかいう前に、首ののびたTシャツそのものがわたしの「気分」なのだった。

 当時、わたしは50を目前にしていた。
 健康診断では、血液中の脂質異常(多すぎる)、血圧の問題(高すぎる)が淡々と指摘されていて、欄外の注意事項は要約すると「診察受けて、生活見直せ」のひと言だろうか。
 巣ごもり生活の中で、「食べることくらいは楽しみを〜」と、大好物なこってり脂っこく濃い味の料理を好きに食べ、ワインやビール、焼酎と、お酒をがぶがぶ飲んで暮らしていたら、自粛生活で見た目も内臓もぼってりが加速してしまったというわけだ。
 コロナのイレギュラーな状況なんだから、まあ、ねえ。ごまかしたい気持ちもあった。ただ、数か月後の誕生日で迎える人生の節目のような年齢を前に、ふと我に返った。わたしはこの先の10年、20年をこの身体で気持ちよく、なにより元気に生きていけるのか。
 ノー!!(たぶん)

 やるべきことは明白だ。食生活の改善。もすこし運動。はい。
 わかっていてもできる自信は100億パーセントない。
 すぐに破れる金魚すくいの紙のように意志の弱いわたしは、誰かに頼ることにした。
 自分ひとりでなんとかしない。困ったり弱っているときほど人に頼るのが有効なサバイバルの手段だと、これはコロナ渦で学んだ良きことかもしれない。

 では、内外がデンジャラスゾーンに突入した身体問題を解決する仲間になってくれるのは誰だろう。
 ちょこちょこっとSNSで相談投稿すると、似たような悩みを抱えている同年代の仲間がわらわらと集まって「わたしは〜」と打ち明け話をしてくれた。
 それを聞くだけで気持ちがゆるっとしたが、身体は引き締めていかねばならない。切実感は強くなった。
 複数の友人の声で知ったのが、一人ひとりにあったトレーニングや食生活指導などの提案をしてくれる「パーソナルトレーナー」なる存在である。

 コロナの影響で、わたしと同様にもろもろゆるみ切った人が我に返り始めた時期だったようで、当時、街のあちこちにジムが増え、「パーソナルトレーニング」はいわばトレンドともなっていた。
 なにより、実際にわたしの友人たちがせっせとジムに通い、定期的に運動を取り入れ、食生活を見直していることを今さらのように知って焦った。
 みんな、意識高いやんか!!!

 完全に出遅れている背中をバシコーンッと押されもしたが、同時にわたしは躊躇もしていた。
 実はわたしは、休会してしばらく経つけれど、尊敬する師匠に合気道を師事している。
 武道である合気道は、西洋のスポーツとは根本的に考え方が違い、スポーツのような特定の筋肉にアプローチしたトレーニングをしない。
 部位を特定して「鍛える」のではなく、全身を無駄なくしなやかに使うことで、本来持っている力を引き出す。身体は鍛えるものではなく、さまざまな鍛錬を積んで心身ともに結果的として整うものなのだ。
 そんなふうに身体を捉えている自分が、マシンを使って「身体をつくる」ような「筋トレ」・・・うーん。うーーん。うーーーん。

 ただ、こうも考えた。
 もうすぐ50を迎えるわたしの身体は、この5年ほどでもあきらかに衰えている。このままパソコンの前に座っただけの生活が継続すれば、行動制限のまだ続くだろう状況で、特に下半身の筋力低下はますます加速するだろう。呑気にじっとしている場合じゃないんじゃない?
 そういえば、だ。トレーニングに通っている友人たちは、誰も「ムキムキ」になってはいない。ちょっとやそっとでは、そもそもマッチョな身体にはなれないのだ(ごく初歩的なことです・・・)。
 もしかすると、わたしの持つ「筋肉をつける」というイメージに根本的な誤りがあるのかもしれない。
 小耳に挟んだパーソナルトレーニングは、身体の大きな悩みにガツンと力尽くで対処するというより、もっとこう、小声の小悩み相談のように身体の声に耳を傾けるような進め方のようだった。
 こんなふうにイメージした。
 使われるべきなのに休眠しているサイレント筋肉を呼び起こし、全身を無駄なく使えるように「姿勢」を正す。それは「筋トレ」というより「筋肉の見直し」ではないか。
 そっか、わたしという資源の有効活用。
 それならいいかもしんない。

 マッチョな人がマシンと格闘する昭和でオールドなイメージしか頭になかったわたしは(いつの時代)、ジムという言葉がまず怖かったので、ネットで目にする画像を食い入るようにチェックした。雰囲気も、肉食系のワイルドなジャングルではない、草食系の動物が集まるオアシスのようなジムはないかと。
 いくつかのジムのトライアル(体験)を経て辿りついたのが、ユースケせんせが一人で営む小さなトレーニングスタジオだった。
 わたしよりぐっと年下、アラサーのユースケせんせは、色白でクリッとした目のどちらかといえばカワイイ系のメンズ。中肉中背で身体にも態度にもまったく「圧」がない。テンションは高すぎず低すぎず、ゆったり落ち着いた声が安心できて感じがいい。
 スタジオは女性専用になっていて、大きな窓で開放感があり、明るい乳白色を基調にしたやわらかな空間。運動が苦手で、メカニックな雰囲気が苦手という人にも、トレーニングを気軽にできる環境を整えたかったとユースケせんせは言う。

 その人がやって参りました! 心の中で叫んだ。

 トライアルの日にしたことは、ユースケせんせによる、いわばわたしの身体の見立てだった。もし、必要ならこんなことをしてはどうですかというプレゼンみたいな。
 サイトに多数掲載されていた、トレーナーとしての経歴や資格名称の意味するものさえわからないわたしにあわせて、専門用語を駆使することなくわたしの身体を表現する言葉が、すーっと身体に入ってきた。

 骨盤前傾で反り腰なのは、骨盤の傾きを戻すための腹筋(インナーマッスル)を意識するだけで、全身のバランスがかなり変わりますね。もし腰痛があればましになるかもしれません。
 首が前に飛び出しぎみなので、背中の強張りをほぐしつつ、肩甲骨周りを柔らかにして、背中と二の腕の背面を動かしていけば、肩こりが楽になって頭痛にも効きそうです。
 膝を伸ばしきって立つクセがあるので、太ももの前面が頑張って多めに筋肉がついています。逆に、太ももの背面を意識して動かしていけば、普段歩くときにも足が軽く感じるようになりますよ。

 ただ立つ姿だけで、一日中パソコンに向かって猫背で作業をしているわたしの日常が見えているかのようなユースケせんせの言葉から、「身体のことをめちゃ勉強してきた人」であることがわかった。
 それ以上に印象に残ったのは、わたしの身体に触れるときのやり方のようなものだった。「触るだけでその人がわかる」という身体コンタクトの感触は、合気道の稽古で少し持っていた。ユースケせんせが、身体をとても丁寧に扱う人であることが、指先の接触面から伝わってくる。
 わたしの身体が納得した。この人なら安心して身体を預けてみたい。
 ゆっくり考えてみてくださいねとアドバイスを受けたけれど、即、入会を決めた。
 残っている資源を有効活用して、余分な脂肪も取りたいし、これを機会に生活のもろもろをやり替えたい。
 大げさにいえば、自分を変えたい、そんな気持ちもあったのかもしれない。毎日が同じような景色で繰り返される、コロナの鬱々とした生活の中で。
 相談して、2カ月に区切った週2回トレーニングのプログラムに申し込んだ。

 いざ、トレーニングが始まってみると、ゆるい決意は汗だくで覆された。
 ストレッチも含めて1回45分。やさしげなユースケせんせの笑顔にリラックスして、肩の力を抜いて軽く挑んだが、計算され尽くしてブレンドされた5種混合のプログラムは、どれも全力で挑まないとこなせないきつさだった・・・。
 けれども楽しかった。
 ひとつのメニューごとに、現在のわたしの筋力で可能な動きの、そのちょっとだけ限界を超えるように見極めて、ユースケせんせが的確に誘導してくれる。
 例えば、最初は20回しましょうと告げられても、脈拍が上がりすぎて難しそうなら15回で切り上げたり、逆にあと5回増やしてみましょう、というふうにわたしの息づかいを見て判断しつつ。
 最初は楽勝なのに後半はめっちゃきつい。けど無理がない。だからどのメニューも、自分が前回よりちょっと頑張ってゴールしたような快感が必ず味わえる。
「何かにチャレンジして達成する」という喜びが、こんな小さなことでも気分を大きく変えるのか。トレーニング時間は、何事も「頑張らない」「達成しない」で過ごしてきた自分には、新鮮で嬉しい驚きの連続だった。

 身体を動かすってやっぱり気持ちいいなあ。ユースケせんせに紐解かれる自分の身体の状態や、それにアプローチする理論も面白い。
 身体も頭もテンションが上がって、45分のトレーニングは、いつも一瞬で終わった。
 そして翌朝はきまって、生まれたての子鹿のように脚がぷるぷる震えた。それが腕であったり、腹筋であったり。身体がダイレクトに反応することも嬉しかった。
 自分が変わっている。そんな実感がして。

 開始からすぐに体重が2キロ減った。体脂肪率は0.7パーセント減。たぶん余計な水分、身体のむくみが取れたのだと思う。それだけでちょっとすっきりした。
 それから約7週間、わたしは想像を超えて急激に変わった。それが良かったのか、どうなのか、今も考えてしまうのだけれど。
 ともあれ、わたしは変わったのだ。身体的な数値も大きかったが、人生を変える勢いで様変わりしたのが食生活だった。

(「健康的ってむずかしい 中編」に続く)

青山 ゆみこ

青山 ゆみこ
(あおやま・ゆみこ)

文筆・編集。神戸在住。猫が好き。「読む・書く」講座やオープンダイアローグをはじめ、さまざまな対話の手法を実践中。著書に、ホスピスの「食のケア」を取材した『人生最後のご馳走』(幻冬舎文庫)、エッセイ『ほんのちょっと当事者』(ミシマ社)。共著に『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)、震災後の神戸の聞き書き集『BE KOBE』(ポプラ社)などがある。

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