相変わらず ほんのちょっと当事者

第15回

ただ今、絶賛リハビリ中!(前編)

2023.06.22更新

【お知らせ】この連載から本が生まれました

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『元気じゃないけど、悪くない』
青山ゆみこ(著)

本連載を再構成し、大幅に加筆を加えた一冊です。
「わたしの心と身体」の変化をめぐる、
物語のようなノンフィクションであり、ケアの実践書。
お手にとっていただけたら嬉しいです。(2024年3月20日刊行)

 ひょんなことからキックボクシングのジムに通い始めた。そろそろ2カ月になる。
 選手が登録しているような本格的なジムではなく、あくまでフィットネスクラブなので、『あしたのジョー』のようないかつさは皆無だ。
 最近できた施設とあり内装は真新しく、インテリアはカフェっぽいお洒落な雰囲気で、リラクゼーションサロンのようにアロマの香りが漂っていて、汗臭さもゼロ。闘魂をメラメラ燃やしたい人には物足りないだろうけど、気合いとか根性から縁遠いわたしには居心地が良くて、いそいそと通っている。

 初心者のわたしが参加しているのは、音楽に合わせてキックとパンチを打ちこむ、蹴りこむといったシンプルなグループレッスンのクラスだ。
 対人で打ち合うようなトレーニングではなく、トレーナーさんの動きの見本を受けて、1本ずつ与えられたサンドバッグを相手に、それぞれのペースで動くといった流れ。
 やってみるとわかるのだが、パンチでもキックでも、対象(サンドバッグ)に視線を集中する必要があり、他の人に目を向ける余裕なんてこれっぽっちもない。つまり、他の人もわたしなんて見ていない。
「うまくやらなきゃ」「間違えたら恥ずかしい」などと、常に人の目を気にしがちなわたしにとっては、「できる」とか「できてない」とかまったく気にしなくてもいいのが、とてつもなく楽だ。

 最初の頃は翌日の筋肉痛やら、足裏にマメができたりで、のんびり通っていたが、3週間目くらいからは身体がなじんできて動くことがどんどん気持ちよくなり、ずっぽりハマって、なんと週5ペースで汗を流している(めちゃ近所なんです)。
 友人に話すと、「格闘技!?」とまず驚かれる。
 確かに、フィットネスとはいえ曲がりなりにも格闘技にハマるなんて、自分でもいまだに信じられない。ただ、このジムではなんせ試合もないし、勝敗を競うトレーニングがない。実際のところ格闘はしていないのだ。
 そして、自分でも確かに元気だなあと思う。50を過ぎてキックボクシングを始めるなんて、やるなあって。
 いや、でも、というかだ。わたしは「元気になってきた」のだ。さらにいうと、「元気になっている」まだ途中なのだ。

 皆さんは、もうお忘れかもしれないが、ちょうど1年前、この連載の「これって気のせいですか?(前編)」で、わたしは冒頭にこう宣言した。

「青山、絶賛リハビリ中です」

 今思い出しても、その頃はまあまあ必死のリハビリ真っ最中だった。
 さらに遡るが、発端は2年半ほど前。50の誕生日を迎える直前のことだった。
 コロナが始まった2020年の12月。その年は個人的にも人生のさまざまが押し寄せて、ぐっらぐらに揺れていた心が、真冬のある日ポキンと折れた。同時に身体がまったく動かなくなり、寝込んでしまった。
 ただでさえ、40代から50代への切り替わり期で、加齢やら更年期やらで身体の変化も感じていたし、疲れやすくなっていた。不調を頻繁に小出しにしてくる自分を眺めていたが、その時は閉店セールの大放出のように不調が押し寄せて、身体が石臼のように重くなり、全く動かなくなった。頭は逆に空回りし続けて、あきらかにヤバかった。そこまで心身がコントロールできなくなったのは生まれて初めての体験だった。
 その予兆のように頻出していたパニック発作、寝込んだあとは謎のめまいが始まって、不眠で通っていた精神科クリニックに駆けこむと、不安障害という診断を受けた。
 その後については、過去の連載で書いているとおりだ。
 思えばこの連載は、わたしのリハビリ記録ともなっている。
 今回は、主に「運動」の面からその経過を整理してみたい。
 こうして振り返れるようになったのは、不調のどん底だった自分が、少しずつ「過去」となりつつあるからかもしれない。

 さて、2年半前に戻ろう。
 真冬のある日、布団から起き上がれなくなり、どんより寝込んだのはほんの数日だった。
 よくピアニストが一日練習をしないだけで指が動かなくなると聞くが、わたしの身体も一度寝ついた後、たった数日なのに、明らかに体感が変わって動きが鈍くなった感触があった。
 そこに追い被さってきた、地面がふわふわ揺れるように感じるめまい(浮動性めまい)が怖くて、できるだけ足を床から離さないように、歩くようになった。
「怖い」という感覚は、感情に近い。勝手にあふれ出る。どうすれば「怖さ」から解き放たれるのか、いくら考えてもわからなかった。
 そのときの自分に、今のわたしならどんな声をかけるだろうか。正直なところ今もよくわからない。むしろ、黙ってそばにいて、見守るしかできないと思う。

 揺れが怖くて布団にくるまっていても、わたしの場合は、眠れるわけでも、疲れが取れて身体が軽くなるわけでもなかった。気持ちが鬱々とするし、なんだよ、これ! 悔しさで腹が立ってきて、寝ることを諦めた。どうやら身体は寝たがっているわけではないらしい、と感じたのもあった。
 わたしたちには心と身体がある。そして、身体のほうが頭がいい。
 今はお休みしているが、師事している合気道の師から、このことをわたしは学んでいた。
 確かに頭は大混乱中で、うまく声が聞こえてこない。師の言葉を反芻しながら、身体の声のほうに耳を傾けてみると、どうやらわたしの身体は動きたがっている。
 でも、真っ直ぐに立つこともできないこの身体で、できることはなんだろうか。模索するようにわたしのリハビリは始まった。

 歩く、椅子から立ち上がる、階段を下りる・・・。ただの日常生活だが、「行動」を「運動」としてカウントすることが、リハビリの最初の一歩となった。
 例えば、自宅から100歩ほどの近所のコンビニに好きなお菓子を買いに行ったり、自転車で海の近くの公園に行って青空の写真を撮る。楽しみを目的にした「行動」をリハビリと考えて、好きなことを少しずつ増やしていくと、自然と「運動」の機会が増えた。
 徒歩で10分ほどの距離にある知人の営む鍼灸院への通院は、心身の治療に加えて「歩く」という「運動」までついてきた。
 自宅から自転車で10分ほどの場所に仕事場を借りた理由にも、「通勤」を「運動」にしようという目論みがあった。エレベーターのない建物の4階の部屋に「通う」だけで結構なトレーニングになったからだ。
 わかりやすい運動では、勧められてラジオ体操を始めた。あまちょろく見ていたラジオ体操第2だが、1曲通して本気でやってみると息切れがして、目を回している自分にがく然としつつ、自分の身体の定点観測にも役に立った。
 そんな、ほんとに小さな小さな「身体を動かす仕掛け」を日常のあちこちにトラップのように作っていきながら、日々を暮らす生活を丸ごとリハビリと考えて動き、1年が経った。
 そういえば、ごく基本の生活がそれなりにできるようになっていた。

 人間というのは欲が出る。めまいによる怖さはまだ手放せず、もう1年以上、行動が制御されている。わたしはもっと動きたいのに。悔しかった。
 なんとかしたい一心でアンテナを立てまくって、たまたま辿りついたのがマチャアキ先生のいるめまい専門病院だった。2022年5月のことだ。
 マチャアキ先生のアドバイスをきっかけに、どうやら衰えてしまった平衡感覚をアップするために、週に1度くらいのペースで通い始めたのが、跳んだり跳ねたりするダンスみたいな運動のできるスタジオだ。これがリハビリのセカンドステップとなったように思う。
 常連さんのほとんどが人生の先輩方という年齢層なので、運動強度が「かなり緩め」だったのも良かった。
 当初は、それでもわたしにはハードに感じて、毎回ふらふらになっていたが、半年を過ぎた頃から身体が慣れてきて、少し強度の高いプログラムにも参加するようになった。それがボクササイズのレッスンだった。
 音楽に合わせて、手足を強く、早く動かす(動いてないけど)ことで、これまで使われていなかった筋肉が眠りから起こされるように反応するのがわかった。これまでの人生でやったことのない「打つ」「蹴る」なんて動きをすることが、単純におもしろくもあった。
 それから半年、とにかく少しでも運動量を減らさない生活を意識していたら、いつの間にか、がっつり寝込んでから2年が過ぎていた。
 あれ、そういえばめまいを気にすることがずいぶんと減ってきたじゃないか。えー、う、嬉しい(涙)。
 この頃から、わたしの人生からごっそり削除されていた「やる気」がめらめらと戻ってきたような気がする。

「ただ今、絶賛リハビリ中!」後編につづく

青山 ゆみこ

青山 ゆみこ
(あおやま・ゆみこ)

文筆・編集。神戸在住。猫が好き。「読む・書く」講座やオープンダイアローグをはじめ、さまざまな対話の手法を実践中。著書に、ホスピスの「食のケア」を取材した『人生最後のご馳走』(幻冬舎文庫)、エッセイ『ほんのちょっと当事者』(ミシマ社)。共著に『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)、震災後の神戸の聞き書き集『BE KOBE』(ポプラ社)などがある。

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