相変わらず ほんのちょっと当事者

第1回

お久しぶりですのご挨拶

2022.04.18更新

 お元気でしたでしょうか。
 なんだかもう、ほんとにいろいろありますね。
 わたしはこの1年ほど、わりと途方に暮れていました。
 「いました」と言いつつ完全に過去形というわけでもなく、相変わらずワタワタおろおろの進行形です。

 2019年12月に『ほんのちょっと当事者』という書籍になったミシマガジン連載を書き終えてから、約2年半が経ちました。
 その間の2年は、皆さんに言うまでもなく・・・いえ、簡単にスパッと言えないような時期でした。
 わたしが途方に暮れていた理由も、そんな社会状況の変化と関係しないはずがありません。がっつり影響を受けて、こころが揺れて、昨年1年はこころを閉じそうになっていました。こころと連動して身体も思うように動かなくなりました。

 そういう状態はとても苦しい。こんなに苦しいのか・・・。社会状況がわたし個人にここまで影響するのか。驚きました。そのことを頭のなかでぐるぐる考えれば考えるほど、身体はがちごちに動かなくなりました。「社会」を恨みそうにもなったんです。ひどいよ、しゃかい・・・。

 「社会を変える」という大文字の言葉を前に、わたしはあまりに非力です。無力感すら抱きます。ただ、できることもある。小さなことだけれど。ミシマガジンの前連載で自分の話をしたときのことを思い出したんです。

 自分の困りごとの話をすると、なぜか誰かが声をかけてくれます。「わたしも実は・・・」「わかる気がします」なんて声を。

 それはほんのひと言なのに、その場でなにも解決しないのに、とても心強い気持ちになることをわたしは知っています。

 そうはわかっていても、話をする(書く)のもしんどい(しんどいときに書くのは大変だと、身にしみました)。書くことはいったん保留にしました。
 「保留」ってあんがい有効に思います。決められないときは無理しない。「ひとまず保留」。決めないことも選択肢として悪くないのかもしれません。

 進行中の人生のほとんどを「ひとまず保留」にして、寝ること食べることにも苦戦するなかで、やっぱり、話がしたくなったんです。雑談のようなどうでもいい話を。

 最近は意図して「対話の場」をつくって、いろんな人と話をしています。同時に、誰かの話を聞いています。公園のベンチに腰かけておしゃべりでもするように。
 自分ではない誰かの話を聞いていると、強ばっていた肩が不思議と少し軽くなったり、わたしだけじゃないんだなあと背中をそっと撫でられたような気持ちになることがあります。
 少しずつわたしの身体とこころが緩んでいるのを感じます。だから話をしようと思います。

 わたしの話がそうなるかはわかりませんが、もしあなたの気が向いたら(とても大切です)話を聞いてください。
 でも、「相変わらず」の話です。雑談のような。どうぞのんびりお付き合いください。

 最近、シャーの話ができるようになった。2020年6月にお骨になってしまった猫のことだ。

 わたしの家にはいま、シャーとは別の、もうすぐ2歳になる2匹の姉妹猫がいる。とある家の床下で生まれた保護猫を、生後2ヶ月ごろに里親さんとして引き取ったのは2020年8月のことだった。
 人懐っこい彼女たちはマイペースで寝て食べて鳴いて、わたしは時折、SNSで写真を投稿する。
 あなたのタイムラインにもいませんか。猫とか犬とか小鳥の画像をアップする人が。とくにかわいくもなかったり(ごめんなさい)、ものすごくかわいかったり、面白かったり。
 他愛もない投稿がわたしのスマホにも浮かんで、流れていく。「他愛もない」ものに目が止まる。わざわざこうして書いてさえいる。
 こんなご時世に猫の写真なんて呑気にアップしてどうなのかな。
 でもそんなの迷うようなことなのかな。なんだかうまく言葉にできない戸惑いがある。
 だって単なる猫の写真だよ。ただの元気なかわいい猫の画像を投稿するのに、逡巡するなんてどうなんだ。
 わかっています。どうでもいいものだからこそ、躊躇うということを。

 いまわたしが生きる世界にはどうでもよくないことが起きている。言葉を失うような過酷な現実がある。感染症もそうだし、戦争まで始まって、切実な大きな出来事なのに、その先に希望ある見通しが立っているとは言い難い。そういう渦中をわたしは生きている。

 思いきり勝手な希望的観測を立ててみれば、呑気で平和にじゃれあう姉妹猫の写真は誰かを一瞬だけ元気にするかもしれない。
 ただ、たったいま大変な困難に遭遇している人には、「そんなのどうでもいいんだよ」と神経を逆撫でするかもしれない。わからない。

 元気でもない、もうこの世にいない猫の話はどうだろう。誰かを一瞬でも元気にできるとは思えない。ただでさえ気楽ではいられない世界なんだから、そうではない話をした方がいいよなあ。
 自分のなかで幾度も自問自答を繰り返すうちに、誰かに思い出話なんてするのもよくない、シャーはそんな存在になっていった気がする。

 

 今から15年ほど前のことだ。
 凍てつく冷気がほほを刺すような真冬のある日、厚手のコートを着込んで近所のスーパーへと坂道を下っていると、お米屋さん、精肉店といった商店の並びにある動物病院が閉院していることに気がついた。
 今っぽさの欠片もない、昭和の診療所のような木造一軒家の動物病院の軒先には、いつも保護猫の譲渡先を募る紙が貼られていたのだが、その跡形もなく猫の写真がプリントされた貼り紙はすっかりはがされて、廃業する旨を素っ気なく書いた紙がペラ一枚、冷たい風にさらされている。
 あの保護猫たちはどこに行ったのだろう。
 ふと、わたしは足を止めた。

  南北に平野部が狭い神戸は、山と海の距離が近い。少し山手に上っただけで、高層マンションや家屋がひしめく市街地を眼下に見下ろすことができる。
 わたしが暮らすマンションもすぐ裏が山で、建物は山裾を走るバス道に面している。
 こう書くとハイソサイエティな神戸山手の風景が思い浮かぶかもしれないが、実際はそうでもない。
 駅までの坂道沿いには、スーパーをはじめ、魚屋やクリーニング店などの個人商店がいまも点在し、横道に入れば迷路のような路地が広がっていて、どこか下町めいた雰囲気が漂っている。
 戦中戦後をこの界隈で暮らした西東三鬼(さいとうさんき)が、『神戸・続神戸』という私小説を描いている。舞台ともなった三鬼館も、わたしの家からほど近い場所にあったらしい。作品で描かれるように、港町らしくさまざまな宗教と異なる肌の色をした人たちが暮らす、雑然とした港町の山手。
 古い動物病院は、そんな一角にひっそり佇んでいた。

 廃業した病院前でぼんやり立ちすくんでいると、背後から男性に声を掛けられた。
 「どないしたん?」
 振り返ると、同じ坂道沿いにある、顔なじみのお好み焼き屋さんの大将が立っていた。
 「いや・・・ここに猫の貼り紙があったから、みんなどこに行ったのかなと思って・・・」
 「なんや、猫、欲しいん? ついておいで」
 なんの返事もしていないのに、大将はわたしに背中を向けて、動物病院に隣接したお米屋さんにすたすたと入って行った。
 店先では、米屋の女店主(還暦は軽く超えていると思う)が自然食品なんかの食材の仕分けをしている。
 「この子、猫、欲しいねんて」
 (ひ、ひと言もそんなこと言ってない・・・)
 大将の言葉を耳にすると、下を向いて作業をしていた女店主は手を止めて、わたしの顔をちらっと見上げた。
 「そうなんか。ほな、こっちついておいで」
 「え、あ、いえ・・・」

 彼女もまたわたしが着いてきているか振り返って確認もせず歩きだし、坂道脇の路地をひょいと曲がる。慌ててその後を着いていく。1分も歩かないうちに庭の広い大きな一軒家に辿りつくや、彼女はピンポンと鳴らし、返事も待たずに勝手知ったる様子で門戸を開けて中に入った(どうして誰も返事を待たないのだろう・・・)。
 すると、『不思議の国のアリス』のチェシャ猫のような顔をした小柄の可愛らしいおばあさんが、まあまあどうしたの、と目尻に笑みを浮かべながら姿を現した。足下には2匹の猫がまとわりついている。玄関横の広い庭に目を向けると、他にもいろんな色と柄をした5、6匹の猫が見慣れぬ侵入者の様子を遠目にうかがっている。

 「この子、猫、欲しいねんて」
(だから、本当に言ってない!)

 「まあ、そうなの? 猫は飼ったことがあるの?」
 「え、いえ、ありません・・・」
 「じゃあ、女の子がいいわね。明後日、猫を入れるカゴを持って10時に来てちょうだい。じゃあ、待ってますね」

 繰り返すが、わたしはひと言だって猫が欲しいなんて口にしていない。
 なのに、3日後には猫を引き取ることが決まってしまった。しかも連れて帰ることになっているその猫の顔さえ一目も見ていない。わかっているのはメスというだけ・・・。

 その夜、帰宅した夫に、かくかくしかじかで猫をもらうことになったけど、どうしようと、恐る恐る。あまりに急なことで、わたしも猫を引き取るのを断る理由をどこかで期待していたかもしれない。
 にもかかわらず、夫は即答した。

 「ええんちゃうか」(関西弁では「良いのではないでしょうか」の意)

 実は、その3カ月ほど前、結婚してすぐの頃だったと思う。猫を飼いたいのだけれど・・・と夫に軽く持ちかけたことがあった。

 子どもの頃から実家には犬がいたが、ほんとは近所で見かける猫に惹かれていた。ど昭和の時代なので、我が家もそうだが飼い犬は屋内ではなく玄関先につながれたり、せいぜい狭い庭をうろうろする中型犬が多かった。なんだか窮屈そう。
 対して、飼われているのかいないのか、その家の屋内外を好き勝手に行き来する猫が、自由で楽しそうに見えたからかもしれない。

 猫っていいなあ。
 ただ、わたしの育った家には犬だけでなく、インコが30羽近くいたので、鳥を狙う猫なんてとんでもないという雰囲気があった。母は、野良猫が隣家との隙間におしっこをするので臭いと眉間にしわをよせながらいつも水をまいていた。
 実家を離れたら、いつか、いつか猫と暮らせたらなあと、わたしはぼんやりと夢を描いていたのだ。

 そんな訳で結婚した当初、なにかの機会に猫と暮らすことを話題にしたものの、夫はまるで気乗りしない様子を見せた。二人で暮らすのも慣れないしいっぱいいっぱいなんだから、そりゃそうだよなあと、わたしのなかでも自然と流れていた。

 夫はなぜかそのことをすっかり忘れたように、猫を引き取ることにふと賛同してくれたのだ。2007年2月のことだった。
 いまもって、なぜだかわからない。そういえば理由を聞いてもいない。

 わたしは結婚指輪はもとより、夫からなにか贈りもののようなものをそれまで一度ももらったことがなかった。
 そのせいかもしれない。2月生まれのわたしは、誕生日に近いある日、猫が自分の家にやってきたことを、夫からもらった初めてのプレゼントのようにも感じた。
 保護された母猫から生まれたというその三毛猫は、人からごはんはもらっても屋内で飼われたわけでもなく育った半野良猫のようで、その前の晩秋に生まれた月齢4カ月の子猫だった。

 キャリーに入れられた猫はみゃあみゃあと不安そうな声をあげ、我が家に着くと一目散に部屋の隅へと逃げた。見知らぬ人間二人が近づくと、「シャー」「シャー」と威嚇しまくって逃げ回り、押入の奥や棚の後ろに隠れてしまって出てこない。
 ひとまず放っておいて、猫が好みそうな籐のかごや、布を敷いた箱などを部屋の隅に置いておいた。すると、音もたてずに子猫はかごに入り、きょとんと目を丸くして人間を観察しているようだった
 名前どうしよう。
 シャーシャー叫ぶから、シャーや。
 夫がそう名付けた。

 それから14年以上もの時間をシャーと過ごすことになった。
 毎日家に猫がいる。いつか一緒に暮らしたかった猫が。人間ではないその生きものが、同じ空間をうろうろしていることが不思議でたまらなかった。
 その生きものはかわいらしく、寝ていても怒っていても食べたものを戻してもうんこをしても、なぜだか愛おしくてたまらない。来る日も来る日も、気が遠くなりそうなほど幸せでたまらなかった。

 あの日、たまたまうちに来てくれることになって、ほんとうにありがとう。
 わたしの特別な猫のシャー。

「家の犬」と「わたしの猫」1 続く

青山 ゆみこ

青山 ゆみこ
(あおやま・ゆみこ)

文筆・編集。神戸在住。猫が好き。「読む・書く」講座やオープンダイアローグをはじめ、さまざまな対話の手法を実践中。著書に、ホスピスの「食のケア」を取材した『人生最後のご馳走』(幻冬舎文庫)、エッセイ『ほんのちょっと当事者』(ミシマ社)。共著に『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)、震災後の神戸の聞き書き集『BE KOBE』(ポプラ社)などがある。

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