相変わらず ほんのちょっと当事者

第6回

これって気のせいですか?(中編)

2022.07.27更新

(「これって気のせいですか?前編」はこちら)

 循環器科の診察室でのことだった。
 心臓にも特に異常はない。ありがたい。心から安堵していい状況なのに、「やっぱりね・・・」となで下ろす胸の奥はやっぱりモヤモヤする。結局のところ、このふわふわめまい(浮動性めまい)の原因は、もうわからないんだなあ。
 明らかにテンションを下げてがっくり肩を落とす患者を、先生は慰めようとしてくれたのかもしれない。

 こういっては何ですが、青山さんは何か重病が隠れているようには見えないんですよね。なんていうか、「めまいそのものに困ってる」ような。ただ、心因性でもないんですよねぇ。あとはめまいの専門病院かなあ。

 とぽつり。

 め、め、めまいの専門病院??
 最初からそこに行けばよかったのではないか。これまでの病院行脚が徒労に帰すような気がして、やりきれない・・・。

 さらにテンションをズンドコ下げるわたしを励ますように、先生が言った。

 専門の病院でも、おそらく年齢的に更年期のホルモン数値も含めて、脳のMRIなど全身一通りの検査をすることになったと思います。めまいの原因はやっぱり重病の可能性だってあるから。
 僕も診断書を書きますし、これまでの検査も含めてすべてのデータはむしろ重要な資料になりますよ。

 そうか。必要な検査を先に済ませていたってことか。気になったら病院に行ってみるって、やっぱりアリだよな。うん。

 先生と話をしながら、頭の片隅にひっかかっていたワードを思い出していた。めまいに関連するある本の著者プロフィール欄で目にした、「日本めまい平衡医学会」という名称だ。
 帰宅して、パソコンの検索窓に打ちこむとトップに出てきた学会HPには、「めまい相談医」(2022年7月現在、全国に758名)のリストがずらずらっと並んでいる。
 彼らは、「めまいの専門知識と診療技術」を備えていると認定された医師。いわばめまいのプロフェッショナルだ。
 中でも「専門会員」が、とりわけめまいスペシャルな人らしい。おそらくはめまいの特捜最前線。わたしもぜひ捜査していただきたいっ。
 少々遠方でも・・・とリストをスクロールし始めて驚いた。最前線の先生のクリニックの一つが、うちのめちゃくちゃ近所にあったからだ。いつもの散歩コースに・・・。

 クリニックHPによると、院長先生の専門は耳鼻咽喉科。ちょうど1年程前に、別の専門病院から独立。「めまい・耳鳴り・難聴にお悩みの方にオーダーメイドの診療を」というコピーが、プレタポルテの診療に限界を感じたわたしの胸に響く。
「めまい・耳鳴り・難聴」の並びも、直球で耳に届いてくる。
 以前にも書いたが、わたしは遺伝性の軽度高音域難聴で生まれつき聞こえない音がある。もともと耳が弱い上に、じーじーざあざあの耳鳴りとはかれこれ15年来のお付き合い。さらにこの度めまいが加わった。「めまい・耳鳴り・難聴」ってわたしの耳のお悩みスリーカードではないか。
 たとえめまいにヒントがなかったとしても、今後の耳人生のために、行ってみて悪いことはないんじゃね。
 事前記入が推奨されている質問紙をダウンロードしてみると、「めまい」「耳鳴り」「共通」項目でA4なんと計9枚。めまい、ふらつき感、自覚的な不自由度、苦痛、ストレスなど質問設定もめちゃくちゃ細かい。びしびし伝わってくるぞ本気度が。

 みっちり書き込んだ9枚の質問紙と、各診療科の検査データを一つのファイルにばしっとまとめて、めまいクリニックの自動ドアを開けたのは2022年4月中旬のことだった。
 明るく清潔なクリニック(以下、めまい病院)は、ひと言で表現するならとにかく穏やかで丁寧。
 床は音を吸収する素材で、ばたばたという足音も聞こえないし、検査の案内や名前を呼ぶ声も大きすぎず小さすぎず、声色がやわらか。
 めまいや耳鳴りは、外からは見えにくい身体的な不調であり、繊細な感覚ですよね。わかっていますよ。そんな声が聞こえてくるような気配りに満ちていた。

 診察室で待っていたのは、年の頃はアラカン、小柄だがよくしなる枝のような細身で、山や海での日焼けを思わせるこんがり小麦色の堺正章似の院長先生だ。
「おつらいなか、ここに来てくださり、ありがとうございます」
 わざわざイスから立ち上がり、丁寧に頭を下げる先生のリアクションに驚いた。そんなの病院で初めてだ。マチャアキ先生が耳の困りごとを抱えた人と接してきたことは、表情豊かで、ゆっくりと滑舌のいい発声からもやさしく伝わってくる。出会って2秒で先生を全面的に信頼してしまった。

 マチャアキ先生は診察の仕方も印象的だった。
 問診票やデータを見ることと、患者の話を聞くことをわけて、「ながら診察」をしない。わたしの話を遮ることもなく、質問は話が終わってから一つずつしてくれる。ここまで丁寧に「話を聞く」人にはなかなか会ったことがない。ましてや保険適応の病院の診察室で。
 そうなると診察時間が長くなる。待ち時間も必然と延びるのだが(予約時間から2時間半待ちとか)、みんなが同じように話を聞いてもらっているせいか、患者さんは納得しているようで誰も文句を言わない(先生の身体が心配にはなる)。

 問診と、簡単な眼振(眼球が一方に片寄ったあとで戻るときの動き)の検査をした後、少し専門的な話になるのですがと前置きをしてから、マチャアキ先生が、めまいと耳の関係を説明してくれた。
 耳は「外耳」「中耳」「内耳」から構成され、大きく2つの重要な役割がある。外からの音の情報を集めて脳に伝える聴覚の役割。そしてもう一つは身体のバランスを保つ平衡機能の役割だ。
 日常生活で、寝たり起きたり、歩いたり、後ろを振り向いたり、ものを拾うのにかがんだり、お辞儀で頭を下げたり。わたしたちが意識するまでもない動作や姿勢をする際に、ふらついたり転んだりしないようにバランスを保つ働きをつかさどるのが、内耳にある三半規管と耳石器(じせきき)。
 マチャアキ先生は内耳の模型を手に、続ける。
 原因のわからないめまいでは、内耳の三半規管と耳石器の不具合が疑われます。この二つに絞って精密検査をしたいと思うのだけれど、いかがでしょうか。
 ぜひ、受けたいです!!

 2日にわけて数種の精密検査の予約を取ったのが、ゴールデンウィークの飛び石のあたり。
 子どもの頃から聴力検査の類いには慣れているいわばベテランのわたしも初めての体験が多かった。
 三半規管の働きを詳細に調べる、赤外線ビデオを用いた検査もその一つだ。
 カタツムリのような形をした三半規管は、その名の通り3つの半規管(前・後・外側)からできていて、半規管の一つずつに「回転」「速さ」を感知する役割がある。
 両耳にあるこの計6つのセンサー(半規管)が集めた情報から、脳が「回転の方向」や「スピード感」を感知して、頭を左右に振っても目が回らないように調整してくれる。
 だから回転性のめまいには、三半規管の不具合が多い(メニエール病も)そうだ。

 検査方法はシンプルで、被験者(わたし)はパイロットみたいなごつめのゴーグルを装着してイスに座っているだけなのだが、これがまあまあ驚かされる。
 真後ろに立った検査者が、ゴーグルを着けたわたしの頭部を両手で掴み、勢いよく振る。差し込み型のドアの鍵でも回すように、くいっと素早く回す。
「できるだけ目線はまっすぐに意識してみてくださいね。はい、じゃあびっくりするかもしれないけど、ごめんなさいね〜」
 視覚情報なしに、頭だけをぶんっと振られると、一瞬、目が泳ぐ。頭部を動かした後の眼球の動きを観察する検査なので、目は泳いで正解なんだけれど。
 パンチをくらったボクサーのように、顔がそっぽを向くこと、上下、左右、斜めと全方位。これで三半規管(×2)のデータが取れた。

 目の動きをコントロールする、脳や内耳の働きを調べるENG電気眼振図検査は、わたし史上もっとも目が回る体験だった。
 これも検査方法はいたってシンプル。目のまわりに電極を貼って頭部を固定し、ほぼ完全な暗室で光の指標を両眼で追いかけたり、左右に流れる線を目で追ったりするというもの(この検査機は通常、大学病院などの大きな病院にしか設置されていないそう)。
 瞬きをするとデータが取れないため、できるだけ目を見開いてガン見すること1時間半。結構なスピードで動く光に自分のどこにあったのかと驚くような集中力が引き出される。めまいを起こすような光の動きを目で追うのだから、脳と内耳が働けば働くほど目が回る。終了後は、眼球がかっぴかぴで目がしばしば、脳みそはつるつる。
 光を目で追う眼振図検査は眼科でもしたことがあったが、一般的なものが3000歩ウォーキングなら、精密検査は10キロマラソンのようなボリューム感。

 頭がくらくらしつつすべての検査を走り終えたおかげで、いくつものことがわかった。
 三半規管の6本中、わたしは1本の半規管だけ少し数値が低いそうだ。
 わたしは大昔に左膝の前十字靱帯を切っている。膝関節には4本の靱帯があるので、両足で8本の靱帯のうち、1本切ったからといって、スポーツ選手でもない限り、日常にさほど困ることはない。
 それと同じですか?
「そのとおりです」。マチャアキ先生は、きっぱり力強く頷いた。
 5つの半規管がカバーしてくれているので、特に気にすることはないそうだ。身体って、知らないところでいつも助け合っている。
 というわけで、回転性のめまいの原因となる三半規管の疑いは晴れた。

 では、耳石器になにか・・・。マチャアキ先生は、一呼吸置いてから話し始めた。
「耳石器は重力方向の感知に関係します。そのデータの一つで、ほんの少し。角度に例えるなら、上下に5度ほどの小さな揺れがグラフに表れていました。推察できるのは、耳石器の働きが衰えて、重力のバランスがうまく取れないことから、揺れているように感じるということです」
 先生が指さしたモニターのグラフの一つが、小さなギザギザを描いている。ふわっと一瞬無重力になるような浮遊感は、まさにこんな微妙な揺れだ!

 1年半ほどの間、ずっとうまく言葉にできずにいた感覚が、ENG電気眼振図検査データから、線として可視化されたことに心から感動してしまった。科学ってすごい。
 マチャアキ先生がさらに丁寧に説明を続けた。
 検査の中でも、目を閉じた時。つまり、視覚情報のない「見えない」状態に限定して、わたしの頭部の揺れが計測される。
 逆に言えば、視覚情報がある時は、揺れが表れない。
 つまり、「見えている」状態だと、目からの情報を脳が受け取って、頭部が揺れないように身体がバランスをとっているのだと。

 わたしは、目で見てバランスを取るのが当たり前だと思いこんでいた。それもある。でも実は、内耳の耳石器もバランスを取るチームの主要なメンバーなのだ。現状は、メンバーの一人が不調でチームがうまく稼働していない。そんな感じだろうか。
 そして、今回の検査で明らかになったのは、メンバー耳石器の不調を受け、わたしの「目」と「脳」がめちゃ守備範囲を広げて、身体のバランスを調整しているってこと。

 めまい病院では、聴力についても改めて知ることがあった。
 一般的な聴力検査(聴力純音検査)では、ぴぴぴプププなどの検査音で「音」を聞く力を調べる。それとは異なる、「カ」「バ」「シ」などの一文字の「言葉」の聞きやすさを調べる「語音聴力検査」がある。この度、初めて受けた。
 結果から、わたしの場合、大きいほど「音」を聞きやすい傾向のある純音聴力の数値と、「言葉」の聞きやすさが比例しないことがわかった。
 思いきりざっくりいうと、本来の聴力レベルなら聞こえない「音」も、それが「言葉」であればわたしには「聞こえる」のだという。

 これまでも、人の話を聞き逃しても、文脈や、話す気配や表情から「聞く」を視覚的にカバーしているのではないかと推察していた。それは確かにそうで、その上に、文脈のない一文字でも、「言葉」なら、わたしの脳は「音」と区別して聞きとる。
 だから聴力検査では測れない力で、「聞こえている」のだ。
 超能力ではない。脳力だ。
 子どもの頃から聴力の弱い人に、こうした脳の発達傾向があるそうだ。「言葉を聞く」という長年のトレーニングのたまものみたいな感じで。
「青山さんの耳も目も、そして脳も、とても頑張っていらっしゃいます」
 50年も・・・身体の助け合い精神にちょっと泣きそう。
 そして、「言葉」ってすごくないですか。「音」から「言葉」を生みだした人、ありがとう。うぅ。

 さて、めまいである。
 重力センサーである耳石器の衰え。ようやく原因がわかった。はたしてそれは改善することができるのだろうか。
 わたしの弱気な目をのぞきこむように、マチャアキ先生はパシっと即答。
「できます。やりましょう」
 なんだか目標を決めた大会前のコーチと選手みたいになってきた。コーチの提案は、内耳の働きをよくする投薬と運動療法だった。

(これって気のせいですか? 後編に続く)

青山 ゆみこ

青山 ゆみこ
(あおやま・ゆみこ)

文筆・編集。神戸在住。猫が好き。「読む・書く」講座やオープンダイアローグをはじめ、さまざまな対話の手法を実践中。著書に、ホスピスの「食のケア」を取材した『人生最後のご馳走』(幻冬舎文庫)、エッセイ『ほんのちょっと当事者』(ミシマ社)。共著に『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)、震災後の神戸の聞き書き集『BE KOBE』(ポプラ社)などがある。

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