島の底、風のしるし――戦争を聞き継ぐ人類学

第12回

キジムナーの火

2026.01.20更新

 冬の寒いとき、歩いて、こっちからね、いまの車の通る道じゃないよ。松の木も、〔風で〕びゅーんびゅーんしてね。〔...〕
 昔はすぐユーレイも出る、お墓も古墓がある、あれだったはずよ、大変な。

 幼い日に船越から港川へ歩いて行った道のりのことを、泉スミ子さんはそんな風に語っていた。
 松林を吹き抜けていく風。海から吹いてくる南風ハエ。島を揺さぶり、大水をもたらす台風。海と島をめぐる風は、人と自然、人と人ならざるものの間を結び、折々のリズムでめぐりながれる空の息だ。それはまた、目にはみえない不可思議なものたちの存在と、その来訪を告げるしるしでもある。
 島に棲息する不可思議なものたち。そのひとつは、キジムナーと呼ばれる精霊のような、妖怪のような存在だ(1)。いまから三十年ほど前のこと、スミ子さんはこのキジムナーに襲われたことがあるという(2)

 うちはね、キジムナーによくこんなしてされよった、押さえられて。〔...〕アイエーナー、どんな大変だから。〔...〕もう、蚊帳かや吊ってもこんなして入ってきますよ、このキジムナーは。〔...〕カラジン、アカガンターグヮーして〔髪の毛が赤く伸びて〕。歩いてはこない、跳んでくるんだよ。足ぐゎーも(ティー)ぐゎーもよ、ウスッテングヮージ〔ほっそりしていて〕。〔...〕小ちゃくて、(チラー)、真っ赤らぐゎーして。〔...〕

 夜半、座敷で寝ているときに蚊帳の中に入ってきて、スミ子さんの身体を押さえつけたというキジムナーは体長五十センチばかりで、髪も体も真っ赤。小さな女の子のような面相だが、恐ろしく力が強い。

スミ子さん 押されたら、もう動けなくて〔...〕いっぺー跳ね除けようとね、足も手もバンナイするけど、寝ていてよ、自分、押さえられながら、足も手もバタバタするけどね、逃げない。〔...〕

――顔はわかるんですか。

スミ子さん (チラー)は、(ミー)ぐゎーもマッテングヮーして〔まん丸で〕。〔...〕なー、変な顔だね。〔...〕カラジはチュルチュルグヮーで〔髪の毛はくるくるしていて〕、赤毛ぐゎーで、手ぐゎん、小さいんですよ、こんなに。

 沖縄諸島の各地に伝わる民話によれば、キジムナーは木の洞に棲み、川で魚を(すなど)り、松明を手に海辺や山の端を歩きまわるという。大里村(現・南城市大里地区)の言い伝えを集めた本の中で、たとえば一九一三(大正二)年生まれの知念キヨさんは、この妖怪についてこんな風に語りだしている(3)

 んかせー キジムナーぬ まんどーたしが あれー きーしーるどー ぬーにんよーしーんでぃしがあるばーてー たましーんでぃしがあるばーてー 木ぬ魂やたのーあらに。
(昔はキジムナーがたくさんいたんだが、あれは木の精なんだよ。何にでも精というものがある、魂というものがあるんだ。だから(キジムナーは)木の魂〈精〉だったんだろうな。)

 方や、キジムナーの棲息地について、スミ子さんはこんな風に語っている。

スミ子さん やかましい土地があるんですよね。こんなところにこの、潜んでいるわけ。木だけじゃないですよ。土地が、カミサマが何か住んでいたとかいうような土地なんかにいるんですよ。

――やかましい土地。

スミ子さん うん。うちなんか、なー、デージ〔大変〕だった。〔...〕

――どんな土地がやかましいんですか。

スミ子さん これは、どんな土地っていうのはない。〔...〕〔幽霊とは違って〕自然界〔のもの〕じゃない? こんなの。自然界だはずよ。

――妖精みたいな感じですかね。

スミ子さん 妖精みたいに。

 スミ子さんの語るキジムナーの話を聞いて、私の頭に浮かんだのはアフリカの小人たちのことだ。
 ガーナの村で調査をしていた頃、私が居候をしていた精霊のやしろの司祭は、現地語でモアティア(mmoatia)と呼ばれる小人たちを祀っていた。祀るというより、小人たちはそれぞれに個性的でパワフルな存在で、司祭の大切な相棒であり、師匠でもあった。彼らはたまに社に現れて、煙草だの蒸留酒だのを人びとに要求したり、昔話を語り聞かせたりさえしていたのだ。だみ声の長老ボアフォにシアラ、鳥のさえずるような声で話す、その他大勢の小人たち(4)
 彼らもまた、風のような存在だった。人里離れた原野に棲み、人間たちに知恵を授けるかと思うといたずらを仕掛け、現れたかと思うと立ち消える、つむじ風のような。

 昔、キジムナーに出会ったことがあるという人が、この近くにもう一人いた。大道うふどーと呼ばれる前川の屋取ヤードゥイ集落に住む、一九三〇年生まれのらん長吉さんだ。スミ子さんがキジムナーに襲われたのは戦後の話だけれど、長吉さんがこの妖怪にいたずらをされたのは、戦前、彼が少年だった頃のことだ(5)

長吉さん これね、これは本当の話よ。キジムナー、火を盗むさーね。自分たちも盗られたよ。親戚のとこに行くさーね。昔は電燈もないさーね。〔...〕松明(ティービー)持ちて明るくする。急にもう、〔火が〕消えたよ、ボボボボボ。

――松明を持って歩いていたら?

長吉さん 持っているさーね。そしたら、ボボボボボボっていってから、カジブーガー〔風が吹いてきて〕。

――消えたんですか、火が。

長吉さん 消えたよ。自然に消えてから。フッフと火はおきない、熾せない。だから、キジムナーがもらっているはず。

――火を。

長吉さん 〔そのことは〕近くではわからん。遠くからはわかるわ。(とう)(やま)辺りはね、キジムナーや、ティーチナヤーイ、ターチナヤーイ、ミーチナヤーイ〔ひとつの火になったり、二つの火になったり、三つの火になったり〕するよ。

――ティーチナ......?

長吉さん 火が分かれるということ。もうこれが、いまはない。電気の世の中になってわからないけど、昔は電気もないさ。街灯もないさーね、(びん)(しゅう)だから。松明で行くさーね、親戚のおうちに。行ったら、なくなるよ。

――行く途中でですか。

長吉さん うん。〔(ヒー)(ダマ)は〕近くからは見えない、遠いところから見える(6)。だから、火玉はターチナヤーイ、ミーチナヤーイ〔二つの火になったり、三つの火になったり〕ってする。〔...〕

――自分が持っていた火が消えて、遠くの方で二つになったり三つになったり。

長吉さん 二つになったり三つになったり。いまは、これはない。

――面白い。

長吉さん ユーリー、マジムン〔幽霊、魔物〕。ムカシンチョーアッテンヤー〔昔の人にとってはあったんだよ〕。わからんよ。これは〔自分が〕体験ある、キジムナー。〔...〕
 こっちはマージャービーというさーね(7)山原やんばるではブナガヤーというさ。名前が違う。〔...〕クマン〔ここにも〕いたよ。具志頭のアマン〔あっちにも〕。キジムナーがおるところは、場所がわかる。木の魂でいーんどう〔だという〕。いまはないよ。

――大きな木があるところにいる?

長吉さん 大きい木にスドーンミセンテ〔住んでおられる〕。山原辺りはブナガヤーという。〔あちらの人は〕いまも信じているよ、ブナガヤーね。これは本当に珍しいね。ユーリー、マジムン。昔これはあった。〔...〕

――長吉さんがキジムナーに火を盗られたというのは、何歳ぐらいのときに?

長吉さん 親戚のおうちに行くときは、もう十二、三ぐらいだね。

――一人で行かれたんですか。

長吉さん いや、お母さんと。親戚のうちにね、行くときはボボボボボって、カジマーヤーシ〔風が入ってきて〕。ボボボボボって。ヤシガウレミーランデ〔だからこれは見えないが〕、目には見えないが、風が。

――目には見えないけど、風がボーボーと。

長吉さん うん、よく盗られたよ。自分たちが憶えている。

――何回も同じようなことがあったんですか。親戚の家に行くたびに?

長吉さん 何回もある。ユーリーとかマジムンは、わんねーわからん。火を盗られる、これは憶えている。〔道中には〕もうハブがいるさーね。見えないとできないさ〔暗くて見えないと困る〕。親戚のおうちにね。何時頃か、時計もないよ。暦もない、この時代は。

 キジムナーの気配と息、力としての風。上空から吹き下ろして少年の掲げる松明の火をさっと盗み、山の端まで飛びすさって、いくつにも分かれた火の玉を操って笑っている。燃えるような髪と光る目をした、そんなキジムナーの姿が目に浮かぶ。
 それはまるで、子どもの頃に絵本でみた、滝平二郎の描く切り絵の世界のような情景だ。突風に火を消され、真っ暗な道端に立ちすくんで途方に暮れているのは、少年の日の長吉さんだ。彼と母親はその後、無事に目的地に行って帰ってこられたのだろうか。

 それについてはもう少し後で書くつもりだけれど、長吉さんに戦前と戦中の話を聞く中で、彼の母親だったハナさんの姿は、私に強い印象を残した。
 気丈で、思いやり深く、頼りになる人柄だったハナさん。キジムナーに火を盗られたとしても、彼女ならきっと、息子の手を引っぱって夜道をぐんぐん歩いていったのではないか。そして、夜更けにようやく我が家の庭先に帰り着くと、豚小屋ウヮーフールで眠っている豚を叩き起こしてまじないを唱え、息子と自分のマブイをその身にしっかりと結び直したにちがいない。

 マブイ、マブイ、ワーマブヤークミティキミソーレ。




(1)キジムナーの伝承は沖縄諸島の各地にみられるが、この妖怪は本島北部ではセーマやブナガヤとも呼ばれている。詳しくは渡嘉敷(一九八三:八三三)、喜納(一九八三:八三三−八三四)、伊芸・南城市教育委員会文化課市史編さん係(二〇二二:四六〇)参照。玉城村におけるキジムナーやマジムン(魔物)の伝承については遠藤編(二〇〇二:二九八−三一六)参照。
(2)以下に引用した泉スミ子さんの語りは、二〇二四年三月八日、南城市玉城船越にて湧上洋さんと堀川輝之さんとともに行った聞き取りに基づいている。
(3)伊芸・南城市教育委員会文化課市史編さん係(二〇二二:二六七)。
(4)ガーナにおける精霊祭祀と小人たちについて、詳しくは石井(二〇〇七)参照。
(5)以下に引用した瑞慶覧長吉さんの語りは、二〇二四年十月二十日、南城市玉城前川にて行ったインタビューに基づいている。
(6)火玉は一般に人魂や怪火を意味するが、ここではキジムナービー(キジムナーの火)を指すと思われる。高橋(一九九八:六〇)参照。
(7)キジムナーが灯す火のこと。伊芸・南城市教育委員会文化課市史編さん係編(二〇二二:四二九)参照。

参照文献
 石井美保 二〇〇七『精霊たちのフロンティア』世界思想社。
 伊芸弘子・南城市教育委員会文化課市史編さん係編 二〇二二『大里のちてーばなし』南城市教育委員会。
 遠藤庄治編 二〇〇二『たまぐすくの民話』玉城村教育委員会。
 喜納弘子 一九八三「キジムナーの話」沖繩大百科事典刊行事務局編『沖繩大百科事典 上』沖縄タイムス社。
 高橋恵子 一九九八『沖縄の御願ことば辞典』ボーダーインク。
 渡嘉敷守 一九八三「キジムナー」沖繩大百科事典刊行事務局編『沖繩大百科事典 上』沖縄タイムス社。

石井美保

石井美保
(いしい・みほ)

京都大学人文科学研究所教授。文化人類学者。これまでタンザニア、ガーナ、インドで精霊祭祀や環境運動についての調査を行ってきた。2020年の夏、アジア・太平洋戦争で戦死した大叔父の遺した手紙を手にしたことから、戦争と家族史について調べ始める。主な著書に『裏庭のまぼろし──家族と戦争をめぐる旅』『環世界の人類学』『めぐりながれるものの人類学』『たまふりの人類学』『遠い声をさがして』など。ミシマ社の雑誌『ちゃぶ台Vol.5「宗教×政治」号』にエッセイ「花をたむける」を寄稿。

石井美保研究室

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