第13回
KKコンビを襲う妖怪たちの呪詛
2026.10.09更新
承前。
K林によると、E﨑社長はカルチャースクールなどの文化的な事業も展開されており、E﨑家は東海道の宿場町だった藤枝で、新聞販売業だけでなく、古くは劇場や映画館なども運営されていた家筋であるとのことだった。
大正時代の石の蔵の保存とスタジオ建設の夢が、何らかの悪夢と呼ぶべき妖怪大戦争によって頓挫しようとしていた折、最後の砦としてK林が考えたのが、地元でも格段に文化への理解があるというE﨑社長への相談だった。
当時、K林とK谷支店長によるKKコンビから聞かされる妖怪大戦争の醜聞によって、俺は藤枝という街がとても恐ろしい場所なのではないかと感じ始めていた。事ある毎にK林が説教されたり、K谷支店長が役員会に呼び出されて絞り上げられたり、支援者が酷いことを言われて追い払われたり、そのような話を聞かされ続けて気が滅入っていた。昔話で言うならば、KKコンビが読み聞かせてくれる物語の登場人物が全員、大きい葛篭を選ぶような欲深い爺さんたちで、なるほど、そういう人物ばかりだと村は滅ぶのかと、何らか学校用の教材にしても良いくらいだと思っていた。
そうした物語を頻繁に聞かせてくれるKKコンビも、妖怪たちの呪詛によって顔色が悪くなり、気絶寸前まで働いた後に記憶がなくなるまで酒を煽るような暮らしぶりで、次第に物怪のような雰囲気を纏って、家族からも徐々に疎まれているような感じがあった。早めに撤退しないと嫌なことが起こるのではないかと言う予感が日増しになっていった。
だもんで、藤枝の人っちって意地悪な人ばっかりじゃないだかしん、と内心に偏見のようなものが濃い静岡弁で芽生えつつあった。なんとかなるらーとは最早言えなかった。
自身の無念が爆発して妖怪化することを防ぐため、何より石の蔵のスタジオ化計画の夢をつなぐために、KKコンビがE﨑社長との面談を企画してくれたのだった。俺は藤枝駅前でE﨑社長が運営するというコワーキングスペースへ向かった。とても不安だった。
待ち合わせの場所まで先導するKKコンビは妖怪化が進んでおり、背中が妙に丸まって、頭頂部から毛が抜け落ちて頭部は河童のようになり、2本だけになった前歯が剥き出しになっていた。未だふたりは四十代であるはずだが、仙人のような髭が口元と顎から生え下がって、三十歳くらい余計に老け込んで見え、眼鏡の有無(眼鏡をしているのがK支店長)以外にふたりの区別がつかなかった。何より恐ろしいのは声帯を握りつぶしたようなその声で、この地域一体の水田に生息する雨蛙の鳴き声のようでもあった。
恐ろしいことだと思った。
珍妙な二体の何かと一緒に、入り口で受付を済ませた。とても綺麗に改装された居心地の良い場所で気が楽になったが、緊張は解れないままだった。予定の時間より少し早く訪ねたので、椅子に腰掛けて約束の時間まで待たせてもらった。連れの二体は目の挙動がおかしくなり、地べたに座って何か蜜のようなものをペロペロと舐めていた。ほぼ妖怪化が完了したようだった。時折、彼らはグゴゴ、あるいはグギギというような奇妙な音を発した。絶望的な気分がぶり返した。
しばらくするとコワーキングスペースの奥のオフィスのあたりがにわかに光った。本棚やオフィス家具の間から、こちらに向かって光が差し込んできた。それは暁の雲間から太陽がゆっくりと顔を出すような感じで、その光は我々に考える時間も与えない速度で、どんどん強くなっていった。
ま、眩しい。そう思ったときには全身が光に包まれていた。ギャーという断末魔のような響きと共に妖怪化したKKコンビが光のなかで焼け尽きるように灰になり、光の放射で吹き飛ばされるように後方へ飛び散っていった。それは一瞬の出来事だった。閉じた目を開くと、強い光が網膜に焼き付いて、残像が視界を遮ったが、段々と見えるようになり、すると元通りの姿になったKKコンビが立っていた。
目の前にはE﨑社長の姿があった。
E﨑社長は、これまでに藤枝では会ったことのない穏やかな空気をはっきりと放っていて、どう表したらいいか分からないが、時代が時代なら殿と読んで差し支えのない高貴なオーラに包まれており、それでいて威圧感がまったくなかった。人間に会えるだけで嬉しいと思うくらいには精神的に参っていたので、ほとんど救世主のようにも見えた。
石の蔵は最早解体が決まったような状況であったが、E﨑社長とならば活路が見出せるのではないか、というのがチーム億千万の最後の望みだった。と言うのも、妖怪大戦争側の言い分を要約すると「余所者には売らぬ、地元優先じゃ。グギギ」ということだったからだ。由緒ある石の蔵をどうにか残したい、という願望を聞いたうえで我々は支援者を探して見つけたが、解体して宅地化する購入希望者が選ばれ続けるという事態になっていた。まったく合点が行かず、それならばと地元のE﨑社長に協力をお願いしたのだった。
我々の熱意が伝わり、E﨑社長が石の蔵の取得を応援してくださることになった。
しかしながら、前回に書いたように石の蔵の価格は当初の3倍程度まで引き上げられ、我々は追い払われるようなかたちで撤退することになってしまった。正直に言って、妖怪たちを攻め滅ぼしたいような気持ちも湧き上がり、借金してでも買うたろか的な野心を抱いたりもしたが、E﨑社長の当然と呼ぶべき判断と助言もあって、捨て鉢で借金を背負う羽目にはならなかった。
しかし、ただただ、悲しいことだと思った。
ひたすら怒られ続けたKKコンビは無念や怨念を積み上げて地縛の妖怪か何かになり、いよいよ藤枝の宿場町は荒れ果て、ふたりは真っ当な勢力に討伐されて塚に祀られ、新しい観光名所にでもなるのだろうと考えていたのだけれど、そうはならなかった。地道に別の場所やプランを提案してくれた。しかし、どの場所も帯には短く襷には長いといった塩梅で、これといった場所を見つけることができなかった。
もう駄目かもしれないと思っていた矢先、E﨑社長が所有する土蔵を見学させてもらえることになった。
東海道に面したE﨑新聞店のビルの裏手に、その土蔵はあった。二階建ての茶室と並ぶようにして建つ姿はどこかシンボリックで美しく、ひと目で良いなと思った。土蔵は長らく倉庫として利用されていたが、片付けたばかりということで残地物はほとんどなかった。大きな扉から中に入ると、天井の低い一階の右手前側に急な階段があり、茶室と同じように二階建てになっていた。階段を登ると、天井には立派な梁があった。「明治二拾九年一月拾三日建築」と立派な字で書かれていた。
二階の床を抜いて吹き抜けにすれば、天井が5mくらいあるスタジオが実現するかもしれないと俺は思った。




