変な人にはついていけ

第12回

伊東さんの四次元ポケット

2026.06.27更新

「ほーん。やったらえんでないん」

が口癖のおじさんがいる。

 毎年製糖していた工場がこの春に倒産し、露頭に迷っている話は前回書きましたね。「頑張れ! 応援してる!」と言ってくれる人は大勢いても、実際はそれぞれの生活があるわけで、じゃあ新しい製糖所設立の中心メンバーになってくれますか? と言うと、それはちょっと、と苦笑いして立ち去るのだった。

 そこへきて伊東さんの出現である。伊東さんは、製糖所を作りたいと言ったとき、真っ先に、「ほーん。やってみたらえんでないん。やれる思うよ」と言った。

 そこには、「僕も手伝うし」が含まれていた。

 実際にすぐに測量に来てくれたし、その技術を惜しむ事なく提供してくれた。

 伊東さんはいつも
「やってみてダメだったら、また別の手を考えたらええ」
と言ってくれる。その言葉に何度も救われた。

 見切り発車な私を叱ったり呆れる大人が殆どの中で、彼だけは許してくれた。間違ってしょげていても、「ほんなら別の方法考えたらええよー」と言った。

 伊東さんは、隣町で伊東屋工業という機械類のメンテナンスや修理をする職人をしていて、元々は、私たちの農業バンドのボーカルなっちゃんのファンだった。この辺りもツッコミどころ満載だけど長くなるので端折ります!

 ある時、なっちゃんが、「伊東さんのところなら、草刈機が中古で安く買えます」と言うので行ってみた。伊東さんのこの工場がものすごい。米津玄師が今治造船でMVを撮ったらしいけど、「ここでMV撮りたいわー」が私の第一声だった。大正時代からあるというめっちゃでかい穴だらけの工場。奥に、うず高く使われていない機械類が積み上げられていて、その上にちょこんと車が乗っかっている。わけわからん縮尺。鉄屑のてっぺんに立って歌うスピッツのマサムネさんを想像してしまった。

「うわあ、かっこいい工場ですね。ハウルの城みたい!」

と私が目を丸くしたら、

「こんなガラクタをそう言うてくれるのは娘と高橋さんだけですねえ」

と笑った。

 歴史の積み上がった鉄屑の山はこの場所を譲り受ける前からだそうだ。土とか自然ではないものの山を私は初めて見て、初めて人の作り出してきた機械とか部品とかにロマンと美しさを感じたのだった。あってもこれまで私の視界に入らなかったものたちなんだなと思った。

 そんな広い工場の手前の方で伊東さんと友人が各々自分のスペースを確保して、ごちゃごちゃしたものたちに囲まれて仕事をしている。赤いイカした90年代の横長のCDラジカセがあって「これが欲しい」と言ったが、それだけは売ってもらえなかった。こいつでラジオを聴きながら仕事をしているようだ。

 小さな温蔵庫があって、ぎっしり午後の紅茶のミルクティーが詰まっている。

 初めて行った日、

「草刈機を買いに来ました」

「ほーん。そこにあるよ。どれでも動く思うよ」

 鉄で埋まった敷地の中に作られた細い道を歩いていくと、今度は草刈機の山よ。その数30はあるだろう。

「え、これ全部売り物ですか?」

 Makita、共立、kubota、Zenoah、新ダイワ、RYOBIなどなど、主要なメーカー何でもある。

「重さや振動も見たいので試させてもらえます?」

 混合油を少し入れてもらい、気になった数台を外に出して草を刈ってみる。私があまりに真剣なものだから、伊東さんは、驚いたようで「動いたらどれでもええと言うて買っていく人が殆どなのにどしてそんなに真面目なん?」と聞いてきた。

「いや、チームで畑をやってまして、みんなで作った黒糖を販売して得た資金で買うので真剣なんです」

と言った。その一言が琴線に触れたらしく、

「へー。珍しいなあ。ほんなら一回畑に行ってみるよ」

と言ってくれた。

 これも、多くの人が言ってくれるが、実際に来た人はごくごく僅かだ。なっちゃんが目当てか? と最初は思ったけど、ほとんどの場合私しかいない。「あのう、今日はなっちゃんいませんけど」と喉元まで出かかって、来ないと困るので言わないことにした。

 いつも、ハウルの動く城みたいな軽トラに乗って畑に来てくれる。ごちゃごちゃしているけど、どこに何があるかはしっかりと把握された、仕事のできる人の荷台である。私は、こういう年季の入った物を見るのがとても好きだ。ドラえもんの四次元ポケットのように何でも出てくる。

 軽トラになければ、工場(でっかい四次元ポケット)に帰れば本当に機械の類は何でもあって、何屋さんなんだろう? と思うほどに、溶接とか、セメントを練って左官仕事も、もちろん農機具全般のメンテナンスも、大工仕事も、全てやってのける。

 伊東さんが畑に来た第一声は、

「なんで手でやりよん!!!!」

だった。

 そして、しんどいのは嫌じゃし、今は明治時代じゃないし、効率よくせないかんだろ、と。言った。

 これまでにも確かにそう言う人はたくさんいた。言うだけ言って去っていくのだ。

 でも、このおじさんは少し違った。

 買った草刈機とは別に、2台を持ってきてくれて、これはレンタルにしてあげると言った。買うか買わまいか悩んでいた耕運機も「これもレンタルしてあげる」と。スコップや小さい鎌や軍手、余っているからといろんな物をサポートしてくれた。

「なんでそんなにしてくれるんですか?」

と聞くと、

「この機械がどのくらい耕せるか実験したかったんよ。機械はあるけど試せる場所はないから、農地で実験して、それをお客さんに話せるからうちとしてもいいんよ」

と真面目に話すのだった。

 と言うのは口実で、きっと、いや絶対、ヨレヨレの私を見るに見かねて手伝ってくれているのだと思う。そのうちでっかいトラックにハンマーカッター(手押しの草刈機)を乗せてきてくれ、伸びすぎた草刈りも手伝ってくれるようになった。

 そして、「甘いもんでも飲むでー」と、デカビタやファンタや、午後の紅茶ミルクティー、アンバサなど、懐かしの甘甘のジュースを持ってきてくれるのだった。

 お礼に野菜とか黒糖をたんまり渡して、数週間後に「食べました? 美味しかった?」と聞いても「うーん。食べたんかなあ。多分食べたと思う」とか言うのだ。去年あげた大量の黒糖も「娘の友達が黒糖好きらしくてあげたら喜んだらしいよー」とな。伊東さんは野菜や黒糖なんてどうでもええのだ。わしの提供した機械が活躍している姿が全てという凛々しい美学があった。メカにしか興味を示さない偏愛っぷり。このバランスの悪さが、私としてはとても信頼できるのだった。

 伊東さんは私と同じで頑固なところがあって(そりゃあ職人なので当然だ)、時々、言い合いレベルにまで意見がぶつかることもある。でも最後はチームの目標を実現することに力を貸してくれる。

 これまでで助けてもらったことは数知れないけれど、一番、これはこの先もついていきます!!! と思ったのは昨年の12月、旧製糖場でサトウキビの製糖をする予定だった日の出来事が大きかった。

 サトウキビを絞る機械が前年の冬から壊れていた。その年、チガヤ倶楽部がトップバッターで製糖する予定になっていたので、工場の管理者たちもそこまでには直しておきますねと言ってくれていた。とはいえ(製糖代は払っているものの)共同運営の工場だったので、本当に直してくれるのかな? と不安で、機械を持ち帰って修理してくれる予定の方にも月一で電話をしていたのだった。その度に、

「大丈夫大丈夫。必ず直すよ」と言ってくれていたので信じることにした。

 そして12月・・・前日に2釜分のサトウキビ(軽トラ4杯分)を収穫し、いよいよ製糖の日。早朝、工場を訪れると、機械をもってきた方がうーんうーんと頭を捻っている。

「徹夜で直したけど直らなかった」

と。

「ええ! 昨夜は直ったと言ったじゃないですか。じゃあこのサトウキビはどうしたら?」

 その日は大阪や東京、岡山など県外から参加してくれている人がたくさんいて、みんなシーンとしてしまっていた。

 別の管理者からは、

「サトウキビはもう捨ててください」と言われて、ちょっともう悔しいやら情けないやらで、私の両目から雫が流れた。

 ドラエモーん!!

 私は、日曜の朝の8時半に一か八かで伊東さんに電話をかけてみた。

 朝は弱いと前に聞いていたので、多分寝てるだろうなあ。

 と思ったら、すぐに出てくれた。

「はあ? 直ってない? 無責任にも程がある。今からいきます」

 1時間後には必要な機械を載せて、ハウル号で来てくれた。伊東さんは黙って直し始めた。そして、待つこと2時間。

 動いた!

 拍手が起こった。

「言うんだったらやらんといかん。やらんのだったら黙っておかないかん」

 これが伊東さんの哲学だった。

 昨日は新しく製糖所を立ち上げる納屋の2階部分を解体するため伊東さんと、もう一人有言実行の人、伊予農業高校のM先生がやってきてくれた。
 2階の床と壁を解体後、2階部を支えていた鉄骨を切ることになった。

 ちょっと取りに帰ってくるわーと、一旦大きな方の四次元ポケットに帰って、1時間半後、なんか凄そうな機械を持ってきた。そして火花を飛び散らせながら切断し始めた。あんなぶっとい鉄まで切れるのかと衝撃を受けたのだった。

 伊東さんのあの工場は宝の山だったんだなあ。

 今度の製糖所予定地はかなり小さいので、配置をどうするかでも悩んでまた伊東さんとの言い合いがはじまる。

「シンクをここに置いたらそのまま排水ができるけんここがええよ」

「いや、動線が悪くなるから、シンクは外でいいです」

「いやいや、ここをこうしてああしてこうしたらできる」

「いやいや、できませんて。外でええですって」

 M先生は呆れて二人を眺めているのだった。

 伊東さんはもはやチガヤ倶楽部の正式メンバーだと私は思っているけど、本人は「いやいや困るし」と言うだろう。デスクワークが得意な子がメンバーの大半な中で、伊東さんのメカ力は大きすぎるほど大きく、私は「チガヤの産業革命じゃ」とよく言っている。

 伊東さんを頼りすぎず、機械の苦手意識を少しずつ克服して、簡単な修理くらいはできるようにならなきゃなあ。

 ミュージシャンの指先も惚れぼれするけど、職人さんたちの油の染みついた手先は私には神様のように思える。そして、あの鉄屑の山の地層が今の日本の礎なのだと思うのだ。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』『わたしの農継ぎ』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『いい音がする文章』(ダイヤモンド社)、『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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