我が家には2名、子供がおります。片方は高校生男子、片方は小学校高学年女子になりました。長男の際は初めてのことの連続で、さまざまなことを調べ上げ、妊娠出産にまつわるさまざまなことが「単なる迷信」であることを知って呆れたりしたものでした。「東洋医学的にこうすると妊娠しやすい」「安産になる」と言われていることがほとんどそうだったのには呆れるのを通り越して一体いつからこうなったのかを知りたくなり、その言説の源を突き詰めるところまで時間をかけて調査したりしました。
結論から言うと、体を物理的に暖かくすること、絶対に冷やさないように夏でも三首を温めること、いわゆる「温める食べ物を食べる」ことなど、一般に言われている「東洋医学的に妊娠しやすくなる」「東洋医学的に妊婦が安産になる」と言われていることは、今まで調べた古典の中には出て来なかったのです。なので、これは東洋医学の本体ではなくてまるっきり「パンの耳の部分」だったのです。イヤんなっちゃいました。
古典に出てくる妊娠出産周りならまず、男女産み分けですね。現代でも色々言われていたりしますけども(一般に流布している方法は全部迷信です。唯一、受精卵の選別にて可能。日本国内ではできません)、中国の古典にはたくさん出てくる話なのです。道教の影響で、結婚して奥さんに直系男子を産んでもらい、息子に祖先祭祀を行なってもらわないと自分たちが死後に彷徨って祟り神になると信じられていたのです。だからなんとしても男子を! と願うのです。このため、おなかに子供がいるときに「男子に変更できる方法」が流行します。
古代中国の胎児の成長、妊婦の養生法について書かれている、馬王堆帛書『胎産書』にもその方法が見られます。そして、妊娠前にさまざまな呪術をして男子を産めるようにする方法もたくさん書かれています。
<原文>
三月始脂、果隋育效、賞是之時、未有定義、見物而化。是故君公大人,毋使朱儒、不観木候、不食????薑、不食兔羹。◯欲產男、置弧矢、◯雄雉、乘牡馬、觀牡虎 。欲產女、佩駕蠶耳、呻朱子。是謂內象成子。
<現代語訳>
三月目は、脂を含みはじめ、果実の胎が育つ。この頃はまだ形が定まらず、外界の事物に触れて変化を受けやすい。
だからこそ、身分ある者は、身体の不完全な者(朱儒=小人・奇形の人のこと)を見たり使ったりしてはならず、木々の芽吹きをじっと観てはならず、薑(しょうが。はじかみ。)や兎の羹(うさぎの肉の濃厚なスープ)を食べてはならない。
もし男児を望むなら、弓矢を置き、雄の雉を飾り、牡馬に乗り、牡虎を見るがよい。
もし女児を望むなら、蚕の眉形を模した飾り(蠶耳)を身につけ、綺麗な玉を連ねて身につける。
これを「内象成子(ないしょうせいし)=内なる象をもって子を成す」と言う。
妊娠3ヶ月目なら、体内の子供は形が定まっていないので呪術で性別を決定することができると考えられていたのです。馬王堆帛書『胎産書』は、母体内での胎児の生育を10ヶ月目まで描写しているのですが、その内容は驚くほど実際の胎児の生育に合致しているのです。そのような書物に男女の性別変更の技術が書かれているのですから、医術と呪術は近接していたのだよなあ、詳細な観察結果と呪術が同等だったのだよなあと思うわけです。
『胎産書』には妊娠出産に関しての妊婦の養生について書かれているのですが、妊活養生界隈ではよく言われる「冷やさない」については、妊娠5ヶ月目と7ヶ月目だけに現れます。妊娠5ヶ月目は五行における火、7ヶ月目は五行における木の影響下にあり、それらの力が十分に胎児に行き渡るようにするための呪術的意味合いが強いもので、冷えると体に悪いので・・・という意味合いではありません。
この「冷やすな」は、現代日本でも妊娠出産に関わらず、女性の養生周りに何かの呪いのように流布していますが、東洋医学は「熱ければ冷ます」「冷えていれば温める」が基本であり、なんでもかんでも温めておけばOK! という考え方ではありません。「冷え」については、私が10年以上配信を続けている「鍼灸師が教える一人でできる養生法」で徹底的に調べ上げたことがあります。
手始めに、身近なところでアイヌ民族と琉球民族、この二つの民族のお産周りの伝承に「冷え」「冷え性」って何かないのか? と、まずそこから調べたのです。
『アイヌお産ばあちゃんの ウパシクマ』青木愛子・述、長井博・記録
アイヌに関しては、最後のアイヌの産婆と言われた青木愛子さんの口述を記録した上記の書籍を参照しました。青木愛子さんは、アイヌの集落に代々続いた産婆の家に生まれており、母親から伝承された産婆術や薬草の使い方、呪術医としての姿を10年にわたって取材し記録して作られた書籍です。
アイヌの住む北海道はご存じのとおりとても寒い地域です。ですが、本州と同じく「綿」が入ってきたのはずっと後世のこと。それまでは樹皮をはいで線維として使ったり、毛皮を利用したりしており、家も密閉度の高いものではありません。
「冷え」がこの書籍に出てきたかどうかというと・・・一切出て来ませんでした。唯一出てきたのがP112。強烈な難産で、母子ともに死にかかったのを必死で助け、逆子を娩出させたのですが、4日目に男児死亡。赤ん坊、低温で凍えて死ぬのですよ。青木さんはあんなに必死に救ったのにも関わらず、全く保温に努めなかった母親の様子を見てがっかりするのと腹立たしいのとがないまぜになった気分だったとお話しされていました。寒さの害について書かれていたのは本当にここだけでした。寒冷な気候の北海道に生きた民族の中に「冷え」「冷え性」が存在していないのは面白いことだと思います。
では、暑い場所・・・琉球民族の地、沖縄ではどうだったのでしょう。
『産婆さん』福地嚝明
こちらは、琉球におけるお産の伝承や、戦前戦後のお産婆さんたちが取り扱ったお産にまつわる話をまとめた書籍です。産婆さんたちが沖縄戦のさなかにどうやってお産を取り扱っていたかなど、本当に大変な時代だったんだなあと思うような話が満載です。
やはり、いわゆる「冷え」に関する話は全然出てきません。たった一か所に、「ピグルドゥ」という言葉が出てきました。どうやら、「ぴぐる」+「どぅ」で、「(からだが)冷たい人」という意味のようです。この場合、子犬の肉を食べさせて元気気をつけさせたそうです。
そして、もう一つ。各地の妊娠・出産・産後の生活などに関する習俗を地域別に聞き書きで記した書籍。これは貴重な研究だと思います。平成5年から平成13年にかけての調査時に20〜49歳の低年齢層と、50〜93歳に分けて調査を行なっています。
『妊娠・分娩・産褥期 今と昔の生活』
この中には全国各地、出産前に気を付けたことを高齢世代と若い世代に分けて統計を取っているデータが出てきますが、面白いことに全国各地共通で「妊婦は食べたらダメ」という食材があったのですよ。それが、柿。柿を食べてはいけないと全国で伝承があるのです。
妊婦の禁忌で「体を冷やさない」「クーラーに当たらない」など、冷えを気にする言説は低年齢層に多く、高年齢層ではほぼいないのが興味深い話です。高年齢層の方が妊婦だった頃の方が住環境は寒かったはずなのですが。
柿に関してはなぜそこまで妊婦に食わさない伝承があるのかよくわかりません。食べると胎児が腐るだの、柿の木の下を通ってもいけないなどとされる地域もあります。こちらの本には、『妊娠・分娩・産褥期 今と昔の生活』には、「迷信の多くは、古代から中国の陰陽道に基づいてできたものである」との記述が頻繁に出てきています。ここで私の調査は行き詰まりました。あたれる書籍がほぼなかったのです。ですので、陰陽道と柿については現在も謎のままになっています。
この原稿を執筆するに際してもう一回検索かけてみたら、いくつかの論文がヒットしてきました。
・田中新次郎 / 柿の民俗(「民間伝承」15(1)p.17-18 1951/01)※所蔵有
・田中久夫 / 柿の俗信覚書:幸不幸の両面を持つ柿(「久里」(31)p.1-31 2013/01)
・藤原喜美子 / 秋の実りと柿(「久里」(31)p.65-68 2013/01)
国会図書館の複写サービスを頼んだので、読み終えたらまた別の機会に内容がどうだったのかを発表いたしましょう。
わたし、下の子の妊娠中、柿は食べましたね。上の子の時は時期が違うので食べてないですねえ。下の子のお産の際に特に問題がなかったのだからして、呪術的な意味合いしかないものだと思われます。冷えが万病の元という話も、実は1970年代以降の話である可能性が高いというところまで調べきってるんですが・・・これはこの連載から外れるからメルマガのバックナンバーでも読んでくださいな。