人生に効く!医学古典の知恵

第12回

節分・方違・家相などの考え方と黄帝蝦蟇経 〜方位について〜

2026.02.13更新

 節分の日。近所の神社で福豆撒きで豆だのお菓子だのをキャッチして帰ってきた娘が、

「かあちゃん、南南東ってどっち?」

 と恵方巻きを鷲掴みにして言うので、(へー、やるのか・・・。)と思いつつ、息子と私がiPhoneをおもむろに取り出してコンパスアプリを起動。2人して

「あっちだな」

 と指を指して。娘はうなずいて椅子を食卓と逆方向に向けて座り、黙って一気に食べ切りました。この時、娘が向いた方向に「歳徳神」がいるわけなのですが、これと、引っ越す際の方角であったり、家の玄関の方角の良し悪しなどが同じ思想から発生しています。これらは道教由来の陰陽道の考え方から来たものなのですよ。

 道教では、固定的にどこかに鎮座している神以外に、その時々で「動く神」がいて、このうちの一つが節分の歳徳神なのです。いくつかおられますのでご紹介しましょうね。

1. 太歳神(たいさいしん)

六十干支に対応し、毎年所在方位が移動する神。太歳に向かう・犯すことは凶とされ、「犯太歳」は道教における暦の核になる考え方です。なので、この方角に移動することを避けるようにします。これが平安時代の方違(かたたがえ)の元になった概念だそうです。私が鍼灸学校に通っていた頃聞いた話では、大昔いた先生で授業に出てくるのに方違をしている先生がいたとか

2. 歳徳神(さいとくしん)

その年の徳の気が集まる吉神で、年干により方位が変化。太歳と対をなす存在でいわゆる吉報位にあたり、こちらはは節分で恵方巻きを食べる時に向く方角にいらっしゃいます。

3. 月建神(げっけんしん)

十二支に応じて毎月移動する月令の主宰神。建(月の気が立ち上がる日)・破(月の気が減衰し始める日)・満(月の気が満ちて最大になる日)など月の運びを決める神様です。

4. 日遊神(にちゆうしん)

日ごとに巡行し、特定の方位・行為を忌避させる神。家屋修造・行き来の禁忌と関係があります。これは日々の吉凶を決めている神様です。これが日本では引越しや家を建てることの吉凶を占う方法につながっていきます。

5. 司命・司禄神

年・月・日単位で人間の寿命を監視する神様です。日々の夜に三尸が報告し、月毎に悪行を記載した帳簿を点検して締めて、年末ごとに総点検しているとのこと。三尸の虫とは違って体外にいて、日々見張っているという・・・そんなに見張ってるんじゃ誤魔化しは効かないですな。

 道教のこれらの神は暦に従って移動していくと考えられています。太歳神と歳徳神は年単位、月建神はひと月単位、日遊神は1日ごとに移動します。なんというか、中国の思想ってこうやって全部規則正しくかっちりと動いていくと定めていくんですよね。天体の運行や季節の動きを正確に予測することは、皇帝の権威を示す大切な仕事でした。なにせ、天帝の命を受けて皇帝やってるわけですから、天帝の定めた天の動きを民衆に示せないとなると、天帝からの信任が去ったのではないのかと疑われるわけです。

 この暦の動きと、体内での気の動きを一致させて、治療を行うこと自体を禁止する日や、鍼や灸をしてはいけない経穴を日毎に定めたり、服薬禁止の日を定めたりしたのです。そんな文献が現代にも伝わっています。それが、『黄帝蝦蟇経』です。

 これ、3世紀後半くらいには成立していた文献だと考えられています。他の医学書と比べて特徴的なのが、豊富な図版です。

 一番最初に「日蝕の時」の治療について書かれており、ただ単に太陽の図が描かれるだけではなくて八咫烏が書かれている点です。もうこれだけで「中国神話じゃん・・・。」ってなります。

原文

日闘者。色赤而無光。陽氣大乱。右日不可灸刺傷人諸経。終令人発狂也。

書き下し

日闘なる者は。色赤くして光無し。陽気大いに乱る。右の日には灸刺して人の諸経を傷つくべからず。終に人をして発狂せしむるなり。

 さて、非常に剣呑な話が書かれているのがわかりますね。日闘とは日蝕です。この日に鍼灸をすると、どの部位であっても発狂するとのこと。ちなみに私、日蝕の日に鍼灸臨床をしたことがありますが、特に何も起こっていませんので参考まで。

 こんなふうに、禁止されている場所に鍼灸をするとえらい目に遭うよと書かれているのです。

 満月にはウサギとヒキガエル、桂の木が見えますこれも中国神話に描かれているものです。では満月の日に鍼灸をするとどうなるか。

原文

月生十五日。兎生右股尻身形盡具,人氣在巨虛上下廉皆不可灸刺傷之使人足脛痺不仁。大小腸不化水穀又不可合陰陽女子中風病。大禁非小。不同神。彼在胃管右手陽明。一云人氣在胃。

書き下し

月生十五日。兎、右の股尻に生じ、身形ことごとく具わる。人の気、巨虚の上下廉に在り。皆、灸刺してこれを傷つくべからず。人をして足脛痺れて仁ならざらしむ。大小腸、水穀を化せず。又、陰陽を合するべからず。女子、中風の病あり。大禁にして小に非ず。神同じにあらず。彼は胃管・右手陽明に在り。一に云う、人の気、胃に在りと。

 この日は、神が巨虚上下廉と胃管、右手陽明大腸経にあるそうです。ここに鍼灸をすると足が萎えて、腸が消化不良を起こすとのこと。また、この日は「陰陽和合」・・・セックスする事を禁じており、禁を破ると女子は中風になると。

 このように、30日かけて日々神が人体の部位を移動していくのです。ですので、その日によって鍼灸してはいけない部位が決まっていて、そこに治療をするととにかくえらい目に遭うと書かれています。ですので、そこ以外の部位で治療を行わないとならないわけです。もしくは、どうしてもその経穴を使いたいなら、「明日来て」ということになるのですな・・・ほぼ方違ですよね。

 んでまあ・・・この文献、私の大学の卒論のテーマだったんですよ。卒論の結びに何を書いたかって? 引用してみましょうね。

「現在、鍼灸専門学校で採用されている『経絡経穴概論』という教科書にも、禁鍼・禁灸穴は表記されている。実際の臨床では禁鍼・禁灸穴であっても治療は行うし、それを行ったからといって特に何か不具合が起こることもない。また、専門学校で行われている鍼灸師養成教育の場でも、禁鍼・禁灸穴に関しては、「特に意味はない」と教師が教えている。しかし、禁鍼・禁灸穴が設定されていると言うことは、何らかの理由があってのことだと私は思うのだ。

治療を行ってみるとわかることなのだが、禁鍼・禁灸穴への施術は意外に効果が高いのだ。だからこそ、取り扱いを戒めるためにこのような禁忌を設定したとは考えられないだろうか。『黄帝蝦蟇経』についても、これと同じ事が言えるのではないかと私は考えているのだ。古代の治療家がこれだけ大量の禁忌を設定し、それを連綿と伝え続けてきたということに、何らかの意味が含まれていると考えることはそれほど無理のあることではないと私は思う。何の意味もない事を長く伝え続けていくことは大変難しいし、実効性のないものを医家という技術職の人間たちが、長きに渡って伝え続けてきたと考えることは、私には考えられないことである。

前田繁樹氏は、これは古代人の経験であり、十二ヶ月それぞれに配当される経脈を刺してはならないことを指摘している。こうした鍼治療の観点が正しいかどうか、鍼灸家は検証を一歩進める必要がある。殊に現代科学の方法を用いて探求を押し進めて行かねばならない。と記している。私も全く同感である。経験の集積で形成されてきたのが中国医学である。確かに古典医学書における鍼灸禁忌は非常に呪術的な感があり、迷信とするべき所も多々あるかも知れない。しかし、鍼灸・湯液の科学的な証明は未だ進んでいるとは言えず、何故鍼灸・湯液が人体に対して有効なのかは解明されていない部分が多い。ほとんどの場合、理由はわからないが実効性があるという事実に頼って治療を行っているのである。そのような治療体系である鍼灸・湯液が、迷信のように見えるからといって鍼灸禁忌を全て否定するのは問題があると私は考えるのだ。この分野に関しての科学的なデータを集積する事を、私の臨床における今後の課題としたい」

 さて、この時記した今後の課題は・・・全く検証が進んでいません(苦笑。電気的に調べたら何か出てくるんではないかなと思いつつそのままになってしまっているのですけども。この論文を書いたのが20年前くらいで、その時は皮膚の電流を調べるテスターがバカ高くて買えなかったのですよ。でも、今は違います。すごい安いのがあるのよ)。

【超有料級】科学で気を測定できるのか? 気のプロ【若林理砂】の知識が止まらない

 システマ東京チャンネルで『気のはなし』を紹介しつつ、経絡テスターで経穴を説明した回です。今、この機械が手元にあるのだから、毎日患者さんの体をテストすればいいのよね。そしたら検証が可能だと思います。

 だけど、論文書いてから20年。私の立場も変わったんですよね。中国医学は経験集積だけではなくて、「道教の考え方や陰陽五行理論に合わせる」形で整備されたものがたくさんあるという立場になりました。なので、これも検証してみても全然結果が出ないかもしれません。とはいえ、手間がかかるもんでもなし。明日からやってみよかな・・・。

若林 理砂

若林 理砂
(わかばやし・りさ)

臨床家・鍼灸師。1976年生まれ。高校卒業後に鍼灸免許を取得。早稲田大学第二文学部卒(思想宗教系専修)。2004年にアシル治療室を開院。予約のとれない人気治療室となる。古武術を学び、現在の趣味はカポエイラとブラジリアン柔術。著書に『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』 『気のはなし』 『謎の症状』(ミシマ社)、『安心のペットボトル温灸』(夜間飛行)、『決定版 からだの教養12ヵ月――食とからだの養生訓』(晶文社)など多数。

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