第12回
節分・方違・家相などの考え方と黄帝蝦蟇経 〜方位について〜
2026.02.13更新
節分の日。
「かあちゃん、南南東ってどっち?」
と恵方巻きを鷲掴みにして言うので、(へー、やるのか・・・。)
「あっちだな」
と指を指して。娘はうなずいて椅子を食卓と逆方向に向けて座り、
道教では、固定的にどこかに鎮座している神以外に、その時々で「
1. 太歳神(たいさいしん)
六十干支に対応し、毎年所在方位が移動する神。太歳に向かう・
2. 歳徳神(さいとくしん)
その年の徳の気が集まる吉神で、年干により方位が変化。
3. 月建神(げっけんしん)
十二支に応じて毎月移動する月令の主宰神。建(
4. 日遊神(にちゆうしん)
日ごとに巡行し、特定の方位・行為を忌避させる神。家屋修造・
5. 司命・司禄神
年・月・日単位で人間の寿命を監視する神様です。
道教のこれらの神は暦に従って移動していくと考えられています。
この暦の動きと、体内での気の動きを一致させて、
これ、
一番最初に「日蝕の時」の治療について書かれており、
原文
日闘者。色赤而無光。陽氣大乱。右日不可灸刺傷人諸経。
終令人発狂也。 書き下し
日闘なる者は。色赤くして光無し。陽気大いに乱る。
右の日には灸刺して人の諸経を傷つくべからず。 終に人をして発狂せしむるなり。
さて、非常に剣呑な話が書かれているのがわかりますね。
こんなふうに、
満月にはウサギとヒキガエル、桂の木が見えます。
原文
月生十五日。兎生右股尻身形盡具,
人氣在巨虛上下廉皆不可灸刺傷之使人足脛痺不仁。 大小腸不化水穀又不可合陰陽女子中風病。大禁非小。不同神。 彼在胃管右手陽明。一云人氣在胃。 書き下し
月生十五日。兎、右の股尻に生じ、身形ことごとく具わる。
人の気、巨虚の上下廉に在り。皆、 灸刺してこれを傷つくべからず。 人をして足脛痺れて仁ならざらしむ。大小腸、水穀を化せず。又、 陰陽を合するべからず。女子、中風の病あり。 大禁にして小に非ず。神同じにあらず。彼は胃管・ 右手陽明に在り。一に云う、人の気、胃に在りと。
この日は、神が巨虚上下廉と胃管、
このように、
んでまあ・・・この文献、私の大学の卒論のテーマだったんですよ。
「現在、鍼灸専門学校で採用されている『経絡経穴概論』
という教科書にも、禁鍼・禁灸穴は表記されている。実際の臨床では禁鍼・ 禁灸穴であっても治療は行うし、それを行ったからといって特に何か不具合が起こることもない。 また、専門学校で行われている鍼灸師養成教育の場でも、禁鍼・ 禁灸穴に関しては、「特に意味はない」と教師が教えている。しかし、禁鍼・ 禁灸穴が設定されていると言うことは、何らかの理由があってのことだと私は思うのだ。 治療を行ってみるとわかることなのだが、禁鍼・
禁灸穴への施術は意外に効果が高いのだ。だからこそ、 取り扱いを戒めるためにこのような禁忌を設定したとは考えられないだろうか。『黄帝蝦蟇経』についても、 これと同じ事が言えるのではないかと私は考えているのだ。 古代の治療家がこれだけ大量の禁忌を設定し、それを連綿と伝え続けてきたということに、 何らかの意味が含まれていると考えることはそれほど無理のあることではないと私は思う。 何の意味もない事を長く伝え続けていくことは大変難しいし、 実効性のないものを医家という技術職の人間たちが、長きに渡って伝え続けてきたと考えることは、 私には考えられないことである。 前田繁樹氏は、これは古代人の経験であり、
十二ヶ月それぞれに配当される経脈を刺してはならないことを指摘している。 こうした鍼治療の観点が正しいかどうか、鍼灸家は検証を一歩進める必要がある。 殊に現代科学の方法を用いて探求を押し進めて行かねばならない。と記している。私も全く同感である。 経験の集積で形成されてきたのが中国医学である。 確かに古典医学書における鍼灸禁忌は非常に呪術的な感があり、 迷信とするべき所も多々あるかも知れない。しかし、鍼灸・ 湯液の科学的な証明は未だ進んでいるとは言えず、何故鍼灸・ 湯液が人体に対して有効なのかは解明されていない部分が多い。ほとんどの場合、 理由はわからないが実効性があるという事実に頼って治療を行っているのである。 そのような治療体系である鍼灸・湯液が、迷信のように見えるからといって鍼灸禁忌を全て否定するのは問題 があると私は考えるのだ。この分野に関しての科学的なデータを集積する事を、 私の臨床における今後の課題としたい」
さて、この時記した今後の課題は・・・全く検証が進んでいません(
【超有料級】科学で気を測定できるのか? 気のプロ【若林理砂】の知識が止まらない
システマ東京チャンネルで『気のはなし』を紹介しつつ、
だけど、論文書いてから20年。私の立場も変わったんですよね。




