人生に効く!医学古典の知恵

第14回

ペットや家畜と東洋医学

2026.04.04更新

 ウチは猫を1匹飼っています。名前はターニャ、雑種。お隣の家との境界線あたりに死にかけで落ちていましてね。春のある日に一晩中鳴いていたのですが、私はてっきり発情中の猫が鳴き続けてるのだと勘違いしていて。ですが、朝起きてもまだ鳴いていて・・・夫が見に行ったら子猫だったのです。しかも、どこかの猫に頭半分をガバッと噛まれた状態で、耳に少し穴があいていました。死んでから拾うか生きてるうちに拾うか。結局、生きているうちに拾いました。

 見た目が微妙にロシアンブルーに似ており、まだ飼うと決めていない状態なのに、病院に連れていく途中で夫が「ターニャでどうかな?」と言い始めて、そのまま名付けられました。

 本当は里子に出すつもりだったのですが、「拾ったんだよね?タダだったんだよね、うちでもらうんだよね!?」と長男が言い張ってですね・・・。その頃うちには白柴犬の飛龍もいて、猫・犬・成人男女・3歳児ついでにルームシェア男子1名という何が何だかの状態になったんですな。その一年後に新生児が来るとは思わなかったので、猫1匹どうにかなるだろと、えいやっと飼ってしまいました。おかげで、しばらくすごい大所帯になりましたねえ・・・。

 ターニャを拾う前から白柴の飛龍を飼っていました。その頃、「うっかり切り過ぎたり、割れたりした爪にはお灸を据えるといいんですよ、止血と痛み止め。」と、よくドッグランで顔を合わせるラブラドールの飼い主さんが教えてくれたことがありました。その方は獣医師の補助ができる人材を育てる専門学校で学んでいたそうなのです。施灸が血液凝固因子に作用するのはわかっているのですが、犬にも使われているのかと驚いた思い出です。

 ですが、大昔、政治・経済的にもっと大切な生き物に対して鍼灸治療が使われていました。愛玩動物への鍼灸治療よりずっと昔、軍馬に鍼灸治療が行われていた歴史があります。馬医といわれる馬専門の医師が存在しており、その地位はかなり高かったそうです。軍馬はその数が戦の勝敗を分けるもので、何よりも大切な兵器だったのでとても大切にされたのです。また、農耕馬や牛、鶏や鴨といった家畜類も財産として大切にされていたため、それぞれ古い医学文献が残されています。

 こちらは『元亨療馬集』です。16世紀に著されました。リンク先ページのものは馬の飼育や馬術を重んじた徳川吉宗が輸入したものだそうです。

 全文がこちらにあります。

 牛の経穴図です。『養耕集』という18世紀に著された書物です。

 私が鍼灸学生だった30年前は、日本でもまだ競馬に使う競走馬に対して鍼を行うことがあったそうで、ものすごく太い「笹針」という針を馬に刺すのだと授業中に教えてくださった先生がおられました。現在では禁止された治療方法になっています。(『永遠の17歳』が施す笹針...現実での効果は実は疑問4月から笹針、焼烙、ブリスターが禁止いずれも【獣医師記者コラム・競馬は科学だ】:中日スポーツ・東京中日スポーツ )

 JRAのfacebook記事では、人間に行うのと同じ針を使用してパルス通電を行っている様子が投稿されています。これなら間違いなく効きますね。人間のアスリートにやるのと同じ技法ですからね。

 古代中国、ペットはいたのか。中国といえばペキニーズが有名でしょう。知ってます?ちょっとぺしゃっとした顔の犬。2000年ほど前の漢王朝から宮廷で門外不出の皇帝の愛玩犬として飼育されていたそうです。猫は、なんでももっと古くから中国で飼育されていた形跡があるそうで、5300年前のベンガルヤマネコの骨が見つかっているとのこと。このベンガルヤマネコは穀物を主に食べていた形跡がある骨も見つかっていて、人間が餌をやって飼っていた証拠と考えられます。そしていわゆるイエネコの飼育は1200年前ほど前の唐代からであるとのこと。

 そのころのペキニーズやイエネコへの鍼灸が行われていた形跡は見つかっていませんが、現在では、ペット向けの鍼灸も存在しています。動物への鍼灸施術は獣医師が行うことになっており、私たち人間用の鍼灸師には許可されていません。犬や猫の経絡図も売られています。これは以前、Studio Libraの会員さんがくれた手ぬぐいです。猫の経穴図ですね。

 さて、そもそもペキニーズは愛玩動物として飼われていたのか。どうやらそういうものではなく、皇帝だけが飼育できる「獅子の化身」としての宗教的役割を担った動物であったようなのです。仏教の聖獣だったライオンを体現した生き物を作り出そうとブリーディングにより生み出された犬種なのだと。また、小さなペキニーズは袖の中に入れて持ち運ばれ、皇帝に対する暗殺への最終防衛ラインを担う兵士としての側面もあったとされています。もちろん現代でいうところの「ペット」「愛玩動物」という側面もあったでしょうが、それよりももっと宗教的・実用的な存在だったのです。

 この辺りの話は、猫でも同様でして・・・私も知らなかったのですが、エジプトでの猫の扱いはヘビや蠍、ネズミを退治する実用的な動物として飼育された側面と、バステト神への捧げ物としての側面があったそうで。捧げ物として使用される子猫は、首をへし折られてミイラにされて捧げられたのだとのこと。バステト神は猫かの動物の形をした神なのですが、「猫」そのものではないし、猫を神と同一視して崇めたわけではなく、「似た姿」なのでこれを生贄として捧げることで神とつながることができると考えたのだそうです・・・全世界中に存在する「類感呪術」のたぐいですね。これは文化人類学者のジェームス・フレイザーが定義した「共感呪術」の2形態のうちの一つで、もう一つは「一度接触したものは離れても影響し合い続ける」というものです。

 生贄・・・神とつながるためのハブとしての仔猫。家では実用的でかわいい動物として飼っているものを生贄とする感覚。これは現代人には理解し難いですが、実用品でありかわいい存在であるという感覚は昭和一桁代の人々には確かに息づいていました。うちの祖母が語った「メエ」の話。かわいい白い綿羊を飼っていたそうで、朝に裏山に放牧して夕方に「メエーーー!」と裏山に向かって呼ぶと走って帰ってきたそうです。それはそれは可愛かったというのですが、「最後つぶして食ったんだ」と言うのですよ。耳を疑いましたが、その頃の人たちにとってそういうものなのですよ、飼っている動物というのは。なので、うちの祖父は私の妹が「友達の犬が事故で死んじゃったんだ」と悲しんでいたら、「なんだそれなら新しいの飼えばいいべ?」と言い放ったのです。なんの疑問もなく。

 我々現代人が持っている「ペットは家族」という感覚は本当に最近のことであり、「動物を飼って純粋に癒される」というのはごく短期間で起こったことなのですよ。なので、医学古典に「アニマルセラピー」はありません。動物咬傷に対応する処方は山ほどあるけどもね・・・!

若林 理砂

若林 理砂
(わかばやし・りさ)

臨床家・鍼灸師。1976年生まれ。高校卒業後に鍼灸免許を取得。早稲田大学第二文学部卒(思想宗教系専修)。2004年にアシル治療室を開院。予約のとれない人気治療室となる。古武術を学び、現在の趣味はカポエイラとブラジリアン柔術。著書に『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』 『気のはなし』 『謎の症状』(ミシマ社)、『安心のペットボトル温灸』(夜間飛行)、『決定版 からだの教養12ヵ月――食とからだの養生訓』(晶文社)など多数。

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