人生に効く!医学古典の知恵

第9回

子育て

2026.01.15更新

 妊娠・出産を経たら、今度は子育てです。もちろん、産科があれば小児科も存在しています。宗の時代に錢乙により『小兒藥證直訣』、羅謙甫により『保嬰撮要』が記されます。この2冊が中国における小児科の始まりだとされています。

 子育てが始まってすぐに直面する、赤ん坊の不調があります。それが、疳の虫。理由なく延々泣き続けたり、抱っこしてもそっくり返ってさらにギャンギャン泣いたり、飲んだお乳を吐いてしまったり。これらは赤ん坊の体内にいる「疳の虫」のせいだとして、さまざまな対処をしていました。この、体内に病気の原因となる虫がいるという考え方は、道教に由来すると考えられます。

 道教では三尸(さんし。上尸・中尸・下尸の3匹が人体の上中下に住んでいる)と呼ばれる虫が体内にいるとしており、庚申の日に人間の体から抜け出して、天帝に宿主の悪行を告げて寿命を縮めると考えられていました。この虫に似た存在が、臓腑それぞれに棲みつくと考えられるようになり、実際の寄生虫の姿と相まって「疳の虫」にたどり着くわけです。古典では「疳蟲」と書かれます。

 九州国立博物館に所蔵されている『針聞書』には、六十三種類の蟲が描かれていて、それぞれに鍼灸や漢方で治す方法(というより蟲を殺す方法なのかな?)が書かれています。

 ・・・なんというか、可愛らしいですよね。目鼻がついてたりして。形はやはり寄生虫に似ており、実際に吐いたり下したりしたものから見つかる寄生虫をモデルに描かれているのだと思います。

 現在17歳になる息子は蟯虫検査を保育園時代に実施したことがありますが、現在11歳の娘の時代にはもう実施されていませんでした。肛門にぺったんと貼り付けて剥がす、蟯虫検査シート、知ってますか? 私はこのシートの謎の天使さんが好きです。 

 このように近年になるまで検査が実施されており、つい最近まで日本人の寄生虫の保有率がいかに高かったかを物語っています。いわんや大昔をや、です。ほとんどみんなおなかに飼っていたのでしょうね。

 さて、私が小さい頃によく飲まされた薬に、宇津救命丸があります。銀色の小さな粒で、毎晩毎晩母親がグリコの「ヨールグルト健康」に乗せて口に入れてきたような覚えが。ヨーグルトでも隠しきれない、なんとも言えない香りがしていました。この薬は、夜泣き・疳の虫の薬です。・・・ということは、私は夜泣きや疳の虫が強かったということなんですよねえ。覚えてないんだけども。

 同様の効果の薬として、関西では樋屋奇応丸が有名だそうです。私は栃木県出身なので全く知らない薬でした。逆に、関西人に聞いたら「宇津救命丸?知らんわ」とのこと。ですが、使用されている生薬の骨格が似通ったものになっています。

宇津救命丸

ジャコウ(麝香)

1.0mg

ゴオウ(牛黄)

9.0mg

レイヨウカク(羚羊角)

30.0mg

ギュウタン(牛胆)

12.0mg

ニンジン(人参)

110.0mg

オウレン(黄蓮)

60.0mg

カンゾウ(甘草)

60.0mg

チョウジ(丁子)

9.0mg

樋屋奇応丸

ジンコウ

18.3375mg

ジャコウ

3.9375mg

ゴオウ

0.7875mg

ニンジン

52.425mg

ユウタン

1.350mg

 どちらもジャコウ・ニンジン・ゴオウが使われています。樋屋奇応丸はユウタン(熊の胆嚢)、宇津救命丸ではギュウタン(牛の胆嚢)が使用されており、これは宇津救命丸の方が熊胆の代用として使用してきている経緯があるようです。これがこの二つの薬の骨格でしょう。熱を冷まして鎮め、気を発散させる力を期待している処方だと思われます。

 うちの長男が生まれてから「なるほど疳の虫ね」と思えることが多々あり。まあまず本当に小さい刺激で起きる・夕方に黄昏泣きをして全く泣き止まない・抱っこやおんぶをしていないと泣く・夜中に何がどうしたんだと思うような大はしゃぎして寝ないのを数回・・・などなど。ああこれ私からの遺伝かあ、だから宇津救命丸をあんなに飲まされたんだな・・・と理解しました。我が母、大変だっただろな。私、1枚しかないヨダレシミだらけの「かいまき」がないと泣き叫んで寝なかったしねえ。絶対洗わせないから超汚いの。無理やり洗いに出されたことがあったのですが、毎晩寝られないと大騒ぎしていたのを覚えています。

 そんなわけで、長男、しばらくの間宇津救命丸を使用していたのですが、「抑肝散」の存在を知りました。これは、『保嬰撮要(ほえいさつよう)』『保嬰金鏡録』が出典の、夜泣き・疳の虫の薬なのです。

 抑肝散の構成生薬は、釣藤鈎(ちょうとうこう)、柴胡(さいこ)、当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、甘草(かんぞう)です。宇津救命丸と甘草が共通している以外は全く同じ成分がありません。処方のコンセプトが基礎から違っている感じですね。釣藤鈎で肝の熱を冷まして上行する気を抑え、柴胡で横隔膜付近の詰まりを疎通させて気を下げやすくし、当帰と川芎で血を補って気の巡りを改善、白朮と茯苓で水分の滞りを解消。甘草で脾胃を補って気を増やすというコンセプトでしょう。

<原文>

「保嬰金鏡錄」

目內色青,主肝經風熱發驚。若直視叫哭,屬肝經實熱,用抑肝散

愚按:前方足厥陰經解散肌邪,疏通內熱之藥也。若大便秘結,煩渴飲冷,飲食如常者,屬形病俱實,宜用此以瀉之。若大便調和,煩渴飲冷,屬病氣實而形氣虛,宜用抑肝散平之。

抑肝散 治肝經虛熱,發搐、或發熱咬牙、或驚悸寒熱、或木乘土,而嘔吐痰涎,腹膨少食,睡臥不安。(愚制)

軟柴胡 甘草(各五分)川芎(八分)當歸 白朮(炒)茯苓 釣藤鉤(各二錢)

上水煎,子母同服。

「保嬰撮要」

抑肝散 治肝經虛熱發搐,或痰熱咬牙,或驚悸寒熱,或木乘土而嘔吐痰涎,腹脹少食,睡臥不安。

軟柴胡 甘草(各五分) 川芎(八分) 當歸 白朮(炒) 茯苓 鉤藤鉤(各一錢)

上水煎,子母同服。如蜜丸,名抑青丸。

若小兒多因驚駭停食,或乳母六淫七情,飲食起居失宜所致,更當審之,兼治其母。大要因驚目直呵欠,項強頓悶,屬肝經實熱,用抑肝散。

<書き下し文>

『保嬰金鏡錄』

目内色青なるは、肝経の風熱、驚を発するを主る。

もし直視して叫哭するは、肝経実熱に属す。抑肝散を用う。

もし大便調和し、煩渇して冷を飲む者は、病気実して形気虚に属す。宜しく抑肝散を用いてこれを平らぐべし。

抑肝散

肝経虚熱を治し、搐を発するを主る。あるいは発熱して歯を咬み、あるいは驚悸寒熱あり、あるいは木、土を乗じて、痰涎を嘔吐し、腹膨れて少食し、睡臥安からざるを治す。(愚制)

軟柴胡

甘草(各五分)

川芎(八分)

当帰

白朮(炒)

茯苓

釣藤鉤(各二銭)

上、水にて煎じ、子母ともに服す。

『保嬰撮要』

抑肝散

肝経虚熱、搐を発するを治す。あるいは痰熱して歯を咬み、あるいは驚悸寒熱あり、

あるいは木、土を乗じて痰涎を嘔吐し、腹脹して少食し、睡臥安からざるを治す。

軟柴胡

甘草(各五分)

川芎(八分)

当帰

白朮(炒)

茯苓

鉤藤鉤(各一銭)

上、水にて煎じ、子母ともに服す。もし蜜丸と為すときは、名づけて抑青丸という。

もし小児、多くは驚駭に因りて停食しあるいは乳母の六淫七情、飲食起居の宜しからざるに因りて致すところなれば、さらに当にこれを審らかにし、兼ねてその母を治すべし。

大要、驚に因りて目直し呵欠し、項強く頓悶するは、肝経実熱に属す。

抑肝散を用う。

 ここには、疳蟲という文字は現れてきませんが、間違いなく「疳の虫」の症状ですね。この薬を知って、私は宇津救命丸の代わりに抑肝散を使ってみることにしたのです。ちなみに、この薬。母子同服と言われる薬でして。本来なら、お母さんの方も同時服用するものです。

『若小兒多因驚駭停食,或乳母六淫七情,飲食起居失宜所致,更當審之,兼治其母。大要因驚目直呵欠,項強頓悶,屬肝經實熱,用抑肝散。』

『もし小児、多くは驚駭に因りて停食しあるいは乳母の六淫七情、飲食起居の宜しからざるに因りて致すところなれば、さらに当にこれを審らかにし、兼ねてその母を治すべし。』

 この部分、ですね。お母さんのメンタルや生活習慣がよくないことに起因する子供の疳の虫なら、母の状態も詳細に診察して、母親も同時に治しましょう・・・と書かれています。私はこの時、同服はしませんでしたが、夜泣きにてほとほと困っているお母さんの場合は一緒に飲んだ方が効果的だそうです。

 結果は・・・抑肝散に軍配が上がりました。まあよく効くこと効くこと! 我が息子、言葉が喋れるようになってもこの薬を飲み続け、最終的には自分で薬箱から持ってくるようになったのです。そして途中から、もう一つ酸棗仁湯を加えるようになります。この方がよく眠れるというのです。プラスするようになったことの経緯は忘れてしまいましたけれども。なんでだったかなあ。

 6年後、娘が生まれます。私は最初から抑肝散と酸棗仁湯を使用しました。娘の方が疳の虫が元々ひどくなかったのでしょうが、大変楽に寝かしつけをすることができました。そしてやはり、娘も最終的には自力で薬箱から持ってくるようになったのでした。その上、酸棗仁湯を必ず足すように言うのですよ。「こっちのがないと、変な夢見るのよー」とのこと。

 私の専門領域である鍼灸では「身柱」への施灸や接触鍼が疳の虫対策としては有名なのですが、効果は抑肝散+酸棗仁湯の方が上でした。体の中の臓腑に住んでいる蟲なら、服用して直接作用!の方が効くんですかねえ、やっぱり。

若林 理砂

若林 理砂
(わかばやし・りさ)

臨床家・鍼灸師。1976年生まれ。高校卒業後に鍼灸免許を取得。早稲田大学第二文学部卒(思想宗教系専修)。2004年にアシル治療室を開院。予約のとれない人気治療室となる。古武術を学び、現在の趣味はカポエイラとブラジリアン柔術。著書に『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』 『気のはなし』 『謎の症状』(ミシマ社)、『安心のペットボトル温灸』(夜間飛行)、『決定版 からだの教養12ヵ月――食とからだの養生訓』(晶文社)など多数。

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