人生に効く!医学古典の知恵

第4回

春は衣服をゆるめ。五石散とゆるふわ服

2025.06.11更新

「猫猫ちゃんがリサ先生そっくりだから、読んでみてください!」と言われて読み始めた『薬屋のひとりごと』。・・・あー、うん、確かにこれは私、性格がそっくりだわ、基本人体実験系なのもそっくりだわ。そして、宦官の壬氏の美しいこと。次のカポエイラ・ハロウィンは娘が猫猫、私が壬氏で決まりか。漢服でカポエイラするか。無理か。前回は呪術廻戦の虎杖だったから、動くのに支障なかったからなあ。

 ・・・んでもって、髪型がいつものアレだなあ、なんでこうかなあ、と。

 我々の知っている「古典中国の髪型」って、なんかこう、男性でも長髪でサラッとしてませんか。そういう表現、中国の時代劇系ドラマだったり、漫画やアニメではよく目にするでしょう。ですが、これは本当の古典的な髪型ではありません。

 『黄帝内経 素問』「四気調神大論」篇・・・東洋医学古典の中で、養生といえば『素問』のこの部分なのですが、その中にこんな一節があります。


<原文>
春三月、此謂発陳。天地倶生、万物以栄。夜臥早起、広歩於庭、被髮緩形、以使志生。
生而勿殺、予而勿奪、賞而勿罰。此春気之応、養生之道也。逆之則傷肝、夏為寒変、
奉長者少。

<現代語>
春の三か月は「発陳(はっちん)」と呼ばれます。これは、天地がともに生命を生み出し、万物が栄える時期です。夜は早めに寝て、朝は早く起き、庭を広々と歩き、髪をゆるやかに垂らし、身体を締めつけずに、心をのびのびとさせて過ごすべきです。
生きるものをむやみに殺してはいけません。人に物を与えたなら、それを取り上げてはいけません。人をほめたたえるなら、それを急に罰するようなことをしてはいけません。
これが春の気に応じた養生の方法です。これに逆らえば肝を傷つけ、夏には身体が冷えやすくなり、夏の成長するエネルギーを十分に受け取れなくなってしまいます。



 被髮緩形。最初見た時に、なんじゃこりゃ、と思ったものです。髪を緩くほどくってどういうこと? これは、その当時の人々の髪型を考えてみるとわかるのでした。
 中国では儒教の影響があり、体を傷つけることを避けたので髪も長ーく伸ばしておくのが基本、かつ、成人したら髷を結い上げて男性ならそこに冠や帽子を被せるし、女性ならかんざしなどを挿すものだったんですな。これらは乱れないようにきっちり結い上げてあるのが本来だそうです。だから、漫画やアニメで目にするあのサラリと長い髪をそのままにしておく髪型はありえないものなのだそうです。特に、位が高く宮仕なんかしている身分の人にはね。髪を結わない=世の中に与しない、世捨て人という意味合いもあるので、絵画に描かれる深山幽谷の仙人は髪を結わずにボサボサなのですって。

 大体こんな感じですよね、仙人って。服もボロボロでブッカブカです。

 なので、「被髮緩形」というのは、かなり特別なことなわけです。髪をほどいて服もゆるふわにして庭を歩くってことですからね。以前もお話ししたかと思いますが、『黄帝内経 素問』「四気調神大論」篇に書かれている養生の対象者は、基本かなり身分が高い人が想定されており、その行動自体が季節の巡りを左右する皇帝そのものが描かれていると思われます。ですから、王様自らが「ゆるふわ」で庭を歩くということになりますね。相当珍しい光景でしょう。

 髪をどう扱うか。旧約聖書では、サムソンは髪の毛を切らず長く伸ばしていることでその怪力を維持しており、デリラに騙されて髪を剃られると力を失ってしまいます。髪が魔力の源であると考える風習は古くから世界のあちこちに見られ、魔女の束ねていない髪には魔力が宿っていると考えられていました。おそらく、他の動物の体毛と違って、切らない限りは長く伸び続ける人間の頭髪は、命そのもののように思われていたのでしょうね。

 さて、衣服は通常は帯できっちりと体に留めるものなのですが、春にはあえて着崩して緩めて風通しをよくしてしまうわけです。最初、これを読んだ時は「ああ、暖かくなるから涼しくした方がいいよーってことか」と思ったんですな・・・ずいぶん後になってから、いやちょっと待て、そういう話か? これ・・・と思ったわけです。そんな現実的な話じゃなくない?? そんなのわざわざ書く?

 というのも、王羲之と五石散の話を知ったからなのです。王羲之といえば、中国東晋の偉大な書家で、蘭亭序を書いた人物です。
 王羲之の作品は、そのほとんどを唐の太宗皇帝が所有していて、死んだら自分の墓に入れろと言ったために現存していません。そんな王羲之は体が弱く、養生に努めていたそうなのですが、その彼が愛用していたのが五石散なのです。

 五石散は鍾乳石、硫黄、白石英、紫石英、赤石脂という5つの鉱物が配合されていた薬で、寒食散とも呼ばれます。身体を温め気を高めて不老不死に至るとされましたが、強い中毒性があり、服用者に精神異常や中毒死が多発しました。道教的な不老長寿や仙薬思想と結びつき、貴族層を中心に爆発的に広まりました。これを飲むと頭スッキリ、意識覚醒、長命長寿間違いなし! と。

 ですが、実際には様々な副作用がありました。五石散を服薬すると皮膚が過敏になってしまい、衣服を緩くしないと過ごせず、体が異様に温まるので絶えず歩き回って熱を発散させないとならなくなり、髪を結っておくと頭が熱くて死にそうになるので髪型も緩く解いたものにしないといられなかったそうなのです。ちなみに、体が温まるのを「散発」、絶えず歩き回る行為を「行散」と呼び、散歩の語源となったと考えられているのです。

 ね、素問「四気調神大論」篇で指示されている方法と似てますでしょう? なので、素問はそうした方が涼しいからゆるふわにせよ、と言ってるわけじゃないのだよな・・・と思ったわけなのです。

『黄帝内経 素問』「四気調神大論」篇 原文の続きをみてみましょう。


<原文>
夏三月.此謂蕃秀.天地氣交.萬物華實.夜臥早起.無厭於日.使志無怒.使華英成秀.使氣得
泄.若所愛在外.此夏氣之應.養長之道也.
逆之則傷心.秋爲痎瘧.奉收者少.冬至重病.
秋三月.此謂容平.天氣以急.地氣以明.早臥早起.與雞倶興.使志安寧.以緩秋刑.收斂神氣.
使秋氣平.無外其志.使肺氣清.此秋氣之應.養收之道也.
逆之則傷肺.冬爲飧泄.奉藏者少.
冬三月.此謂閉藏.水冰地坼.無擾乎陽.早臥晩起.必待日光.使志若伏若匿.若有私意.若已
有得.去寒就温.無泄皮膚.使氣亟奪.此冬氣之應.養藏之道也.
逆之則傷腎.春爲痿厥.奉生者少.

<現代語訳>
夏の三か月、これを「蕃秀(ばんしゅう)」といいます。天地の気が交わり、万物は花を咲かせ実を結びます。夜は寝て、朝は早く起き、日差しを嫌がらず、心には怒りを持たずに、花が美しく咲き誇り、気がよく発散されるようにしなさい。ちょうど愛するものが外にあるかのように(外の世界に心を向けて)過ごすべきです。これが夏の気に応じ、成長を養う道です。

これに逆らえば心を傷つけ、秋には痎瘧(かいぎゃく)を生じ、収斂を司る能力が減り、冬には重い病になります。
秋の三か月、これを「容平(ようへい)」といいます。天の気は急となり、地の気は明らかになります。早く寝て早く起き、鶏とともに起きるようにし、心を安らかに保ち、秋の厳しい変化を和らげ、精神と気を収め、秋の気が穏やかになるようにします。思いを外に向けず、肺の気が清らかに保たれるようにするのです。これが秋の気に応じ、収斂を養う道です。
これに逆らえば肺を傷つけ、冬には下痢や腹痛を起こし、蔵を守る力が減じます。
冬の三か月、これを「閉蔵(へいぞう)」といいます。水は凍り、大地は裂けます。陽気を乱してはならず、早く寝て遅く起き、必ず日の光が現れてから動き出します。心を隠し沈めるようにし、まるで秘密の思いを抱え、すでに何かを得ているように振る舞い、寒さを避けて温かさを求め、皮膚を開いて汗を出してはならず、気が急速に奪われることのないようにします。これが冬の気に応じ、蔵を養う道です。
これに逆らえば腎を傷つけ、春には手足が萎えて力を失い、生命を生み出す力が少なくなります。


 さて、冬の次が春になるわけですが、「閉蔵」した気は春になると追い出すべきものになり、「発陳」・・・陳(ふる)きを発する作業が必要になり、これをやらないと肝を傷つけて夏だというのに寒くて仕方がないという病気にかかる・・・と。あれー、五石散の副作用に似てます。『諸病源候論』に副作用の様子が描かれています。


<原文>
或飲酒不解,食不復下,乍寒乍熱,不洗便熱,洗復寒,甚者數十日,輕者數日,晝夜不得寐,愁憂恚怒,自驚跳悸恐,恍惚忘誤者,坐犯溫積久,寢處失節,食熱作癖內實,使熱與藥并行,寒熱交爭。雖以法救之,終不可解也。

<現代語訳>
ある者は、酒を飲んでも解毒されず、食べ物も胃にとどまって下らず、寒気と熱感が交互に現れ、体を洗わないうちは熱が続き、洗うとまた寒気が戻ってくる。ひどい者では何十日も続き、軽い者でも数日間、昼夜眠れず、憂鬱・怒り・恐怖・驚き・動悸・幻覚・物忘れなどに悩まされる。
これは、長く温熱性の食べ物や積熱の影響を受け、寝起きの不規則な生活、熱いものの飲食が癖となって内側に熱がこもり、その熱が薬とともに働き、寒熱が体内でぶつかり合うために起きるのである。たとえ正しい方法で救おうとしても、もはや解消できないこともある。



 なるほど・・・素問には春先にゆるふわ服を着ないと夏になると「寒変」を生じると書かれていましたが、おそらく五石散の副作用のもっとマイルドな病態のものが現れるようなイメージなのでしょう・・・食べても胃もたれする状況で、外気温が暑いのに寒気が発生してきて、メンタルに異常を来して睡眠の異常が発生するような。古くなった気は熱化し、熱化した気は体の上部へ昇るのがセオリーなので、確かにこのような状況になるだろうなと思います。

 五石散は別名「寒食散」と呼ばれていて、服薬後は冷たいものを食べ続けなければならないのです。ですが、お酒は熱燗を飲みます。『諸病源候論』に服薬方法が出てきます。


<原文>

服寒食散,二兩為劑,分作三帖。清旦溫醇酒服一帖,移日一丈,復服一帖,移日二丈,復服一帖,如此三帖盡。須臾,以寒水洗手足,藥氣兩行者,當小痺,便因脫衣,以冷水極浴,藥勢益行,周體涼了,心意開朗,所患即瘥。雖羸困著床,皆不終日而愈。人有強弱,有耐藥;若人羸弱者,可先小食,乃服;若人強者,不須食也。有至三劑,藥不行者,病人有宿癖者,不可便服也,當先服消石大丸下去,乃可服之。

服藥之後,宜煩勞。若羸著床不能行者,扶起行之。常當寒衣、寒飲、寒食、寒臥,極寒益善。

<現代語訳>

寒食散の服用は、二両(約6g前後)を一つの処方として、三つに分けて用います。朝に温めた醇酒で一包を服み、次の日には一丈(約3m)歩いた後に次を服み、さらにその次の日には二丈(約6m)歩いてから三包目を服みます。この三包をすべて服用した後は、すぐに冷たい水で手足を洗い、薬の作用が巡り始めます。その際に少し痺れることがあります。衣を脱ぎ、冷水で全身をよく浴びると、薬の作用がさらに全身を巡り、身体がすっかり涼しくなり、精神も晴れわたり、患っていた病はすぐに治まります。衰弱して寝たきりの人でも、その日中に治ってしまうほどです。

ただし人には強弱があり、薬への耐性も異なります。もし体が弱い人は、軽く食事をしてから服み、体が強い人は食べずに服んでも構いません。三度服んでも薬が効かない場合、それは体に旧来の病気や滞りがあるためで、そのような人はすぐにこの薬を服んではならず、まず消石大丸という下剤を服んで体を清めてから、改めて寒食散を服むべきです。

薬を服んだ後は、体を動かして疲れさせるのが良いとされます。寝たきりの人でも、起こして歩かせるのがよく、常に寒い衣服・寒い飲食・寒い寝具で過ごし、極限まで冷やすほどに薬効が増すとされます。

 東洋医学では、アルコールは湿気と熱が凝り固まった液体だと考えられており、生薬の力を助けて一気に体内に気を巡らせるためのブースターの役割を担います。現代でいうエナジードリンクみたいな役割なのですが、いわゆる「元気の前借り」になり、続けて使うと体力の借金まみれになります。薬をアルコールで飲み、歩かせ、裸にして冷水浴をさせると薬効が一気に巡って改善する・・・強烈な陽気の塊を湿気と熱の液体で飲ませて体を動かして循環させて効果を発現させ、その後はオーバーヒートして機能停止しないように常に冷却して過ごさせないとならないという、とんでもない薬だということです。

 ・・・春先にするべきゆるふわ服と、ほどいたロングヘアは「その方がおしゃれ!」とか「外暑いしその方が涼しいからね!」とかではなく、やらないと五石散の副作用とそっくりのとんでもない目に遭うからね! という恐ろしい理由からのようですね。勢いのある春の気は、古い気を発散させながら養わないと危険だと考えられていたのでしょう。

 それで。これって現代でも同じようなことが言えるのですよ。暑熱順化って知ってますか? 暑熱順化とは、暑い環境に身体が徐々に適応していく生理的な過程です。適度な運動や屋外活動を継続することで、発汗量の増加や心拍の安定、体温調節機能の向上などが見られます。これにより暑さが本格化した際の熱中症のリスクが軽減されます。順化には数日から1〜2週間はかかるので、冬が終わって春になり、暖かくなってきたら運動をして発汗できるように整えていくことが大切です。このところ季節の巡りがちょっとおかしくて、暑くなるのが早いので暑熱順化の重要性が増してきています。

 衣服についても、涼しくなる機能をプラスした製品がたくさん出てきていますよね。私は冬でも「某クロの涼しいほう」を着用しています。汗がきちんと乾いてくれるので、冬でもこちらの方が快適なのですよ。逆にあったかい方はあんまり・・・です。年間を通じて気温が上昇傾向にあるので、関東あたりに在住だとそんなに暖かくしすぎなくてもラクに過ごせてしまうのですよねえ。京都の友人は「あったかいほう」だと湿気がうまく逃げなくてムレるから、アウトドアブランドのウールの下着&靴下を使ってるとのこと。京都、寒いですからねえ。

若林 理砂

若林 理砂
(わかばやし・りさ)

臨床家・鍼灸師。1976年生まれ。高校卒業後に鍼灸免許を取得。早稲田大学第二文学部卒(思想宗教系専修)。2004年にアシル治療室を開院。予約のとれない人気治療室となる。古武術を学び、現在の趣味はカポエイラとブラジリアン柔術。著書に『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』 『気のはなし』 『謎の症状』(ミシマ社)、『安心のペットボトル温灸』(夜間飛行)、『決定版 からだの教養12ヵ月――食とからだの養生訓』(晶文社)など多数。

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