人生に効く!医学古典の知恵

第15回

中国の職業とその1日

2026.05.19更新

 私が子供の頃は、「9時5時の仕事」で「お役所」「銀行」が安定した職業の代表格でした。多分、「9時5時」なんて言葉はもう死語ですよね・・・9時から5時までの勤務時間、という意味です。土曜日は「半ドン」と言って、午前中だけ仕事。週休二日制ではなかったのです。そして、デパートやスーパーマーケットには定休日が存在していました。あ、そもそもデパート・スーパーは夜7時で閉まってましたね。信じられないでしょう? セブンイレブンも朝7時から夜11時の営業で夜は閉まってたしね!

 お酒を出すレストラン・居酒屋でも、9時までやってるくらいが普通でした。10時までならかなり遅くまで開いている店舗ですね。これ以降は「スナック」「パブ」「クラブ」という、女性が接客につくようなお店しか開いてなかったのです。昭和よ昭和。

 養生の考え方からしたら、こういった昭和な設定は大変理にかなっていると考えられます。遅くまで起きているのは体の気を損ねるので、不調の原因になる行為ですからね。それと、労働しすぎるのは体を壊す原因になるとこの当時から考えられていました。

黄帝内経 素問「◆宣明五氣篇第二十三」

<原文>

五勞所傷.

久視傷血.久臥傷氣.久坐傷肉.久立傷骨.久行傷筋.是謂五勞所傷.

<現代語訳>

長時間ものを見続ければ、血を消耗する。

長く横になり続ければ、気の働きが衰える。

長時間座り続ければ、筋肉が弱る。

長く立ち続ければ、骨に負担がかかる。

長距離を歩き続ければ、筋や腱を痛める。

これを「五労による損傷」という。

 動きすぎと動かなさすぎが体に与える悪影響・・・一定の動きや姿勢を保ち続けすぎると壊すという考え方です。現代の労働環境から考えるとオフィスワークや小売店のレジ打ち・販売員はまさにこれですよね。こんなに昔からきちんと認識されているというのに、現代人でも克服できていないのですよねえ。

 とはいえ。古代人の働き方がホワイトだったわけでもないようです。

『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』柿沼陽平著(中公新書)

 こちらの書籍は、秦漢時代の日常生活が出土史料に基づいて描かれています。高級官吏は朝、夜明け(平旦と呼びます)とともに仕事を始めるのですよ。この時間に黄帝の勅が下るのです。皇帝はやたらに朝早起きします。これはなぜかというと、1日の行動が天における皇帝=太陽の動きと等しくないといけないのでこのような働き方になっているのです。これに先んじて高級官吏は動かないとならないのでもっと早く起床するわけです。大変ですよね。

 そして官吏は日が暮れても働くことが多いため、自宅に帰らず宮殿の敷地内に住み込みで働いていたりするのです。大体5日に1度自宅に帰っていたそうですが、ひどいと1年くらい休みを取らず宮殿の官舎に住んでいたそうです。ブラック企業の社畜みたいになってますよね・・・。

 一方、平民は割とゆるい生活を行っていて、朝起きるのもそこまで早くなかったりします。時刻を鐘や太鼓で知らされ目を覚まします。この鐘や太鼓に合わせて閉じられていた関所の門が開かれ、都市自体が目を覚まします。

 田舎の農民はそのような時刻を知らせる仕組みがないので、鶏のなく頃から夜明けに目を覚ますのが通例だそうです。ということは季節によって寝起きの時間が変動していたということですね。農業を行うにはこの方が都合がいいかもしれません。

 寝る時間は大体夜7時ごろ。あかりを灯せる余裕がある家は灯火のもとで夜なべ仕事をできますが、貧乏な家ではそうもいかないので後は寝るだけ、とのこと。

 現代人の暮らしと比べると平民の暮らしは明らかに稼働している時間が短いですね。現代の平民である私たちの中には、高級官吏並みに働いている人がかなりいると思います。子育て中のお母さんは朝5時ごろ起床・夜12時就寝という方も多いので、皇帝以上に働いているということです。

 『黄帝内経』が対象としているのは平民ではなくやんごとなき人たちなので、高級官吏や王侯貴族です。この場合の、「五労」って・・・さて、どのくらいの労働強度だったと考えられるのでしょうね。飛び抜けて仕事をし続ける人や、科挙を受けるための過酷な勉強をする受験生は確かに過労でしょうけど、王侯貴族の全員が全員そうではなかったでしょうし。現代人の場合、五労は日常生活がそのまま適応しそうですものね。

 文明が進んで、体を使わないで済むように済むように技術が進歩した結果、座りっぱなし・目を使いっぱなしの環境が一般市民にも発生して常態化したということです。私もスマホやタブレットを使う時間が長くなってしまっているので、自分で自分にスクリーンタイムを設定して、一定の使用時間で制限がかかるようにしています。それでも「あ、延長しよう・・・」ってやってますから。ほんと、しょうがないですねえ。

若林 理砂

若林 理砂
(わかばやし・りさ)

臨床家・鍼灸師。1976年生まれ。高校卒業後に鍼灸免許を取得。早稲田大学第二文学部卒(思想宗教系専修)。2004年にアシル治療室を開院。予約のとれない人気治療室となる。古武術を学び、現在の趣味はカポエイラとブラジリアン柔術。著書に『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』 『気のはなし』 『謎の症状』(ミシマ社)、『安心のペットボトル温灸』(夜間飛行)、『決定版 からだの教養12ヵ月――食とからだの養生訓』(晶文社)など多数。

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