昭和生まれ、アナウンサー西靖の育休日記

第5回

そして始まる母不在の日々

2021.07.11更新

 6月8日、妻が予定日より1週間早く三男を出産しました。思えば長男たすくのときも5日早かったし、次男さとるのときも1週間早かったのです。予定日についてはちょっと懐疑的なニシ家です。

 長男から三男までお世話になっている産院では、自然分娩で第2子以降では出産日を含めて5日の入院が標準です。実はそもそも今回、育休を取ろうと思ったきっかけは「あれ? その5日間、誰が子ども達の面倒をみるんだ?」という疑問からでした。
 次男は5月から幼稚園に通い始めたばかりで、ようやく通園のリズムが定着しかけたところだし、ちょっと内弁慶な長男も幼稚園の友だちの話をうれしそうに話してくれるようになってきていて、2人ともできるだけ幼稚園を休ませたくないというのは夫婦の一致した気持ちでした。幼稚園を休ませ、実家に2人を預けるという方法はできればとりたくない。加えてこの厄介なコロナ禍。簡単にばぁばに来てもらうわけにもいきません。そうか、なるほど。
 ということで、実は今回、私が最初に考えたのは、「1週間くらい休もうかな」ということでした。そうなんです。「育休を取ろう」という感じではなく、まさに「思い付き」のレベルで。今思えば、1週間休んだところで長い育児のなかでできることは限られているのですが、数か月前の私は、この5日は極めて現実的に、子どもたちにご飯を食べさせ、お風呂に入れて寝かせ、幼稚園に送り出す大人が我が家にいないことに、はたと気づき、そうだちょっと仕事を休もう、と軽く思いついたのです。いや、そんな軽いノリでどうにかなるもんでもないし、もっと早くに気づけよ、という話なんですけど、ともかくそれが今回の育児休業取得の出発点でした。それが数か月の育休取得に変わっていったいきさつについては、回を改めて書きたいと思います。

 さて、出産当日。前回も書いたように、すでにご飯もお風呂も終えていて、あとは寝るだけの状態の子ども達。とはいえ、親も戸惑う世にも不思議な「オンライン立ち会い出産」という経験の直後であることと、我が家に妻(と生まれたばかりの三男)がいないという、どデカい違和感をどう受け止めているのか計りかねて、もうええわとさりげないふりをして「さ、ほな寝よか」と声を掛けてみたら、長男はなんとなく状況を飲み込んでいるようですが、まだ2歳の次男は案の定「ママは?」という返事。うんとね、あのね、と説明しようとしたら、生真面目な長男が次男に対して、4歳児としてはべらぼうに明確に「ママは赤ちゃんを産んだから、お腹痛い痛いやから、ねんねしたまんまやから、今日は帰ってこないねん。」と説明。そんなにくっきりはっきり言わんでも、と思いつつ見守っていたら、キョトンとした表情だった次男の顔がジワジワと崩れ、「ママに会いたい!」と号泣スタート。うん、まあ、そうだよね。
 結果としては、オンライン立ち会い出産と同じビデオ通話を使ってママの顔を画面越しに見て、優しく話してもらって、次男の噴火は嘘のように鎮まり、疲れもあってか、兄弟そろって、コテンと眠りにつきました。出産の直後で身体もしんどい妻の対応には頭が下がります。ありがとう。あなたは本当にすごいです。

 実は、育休を取ると決めてから、妻にお願いして子どもたちの1週間のスケジュールや持ち物、非常時の連絡先などを、手帳にまとめて書いてもらっていました。生活を共にしているわけでだし、朝、幼稚園に送り届けるのは私の役目なので、持ち物やタイムスケジュールはなんとなくわかっているつもりだったのですが、事ここに及んで手帳を開いてみると、「なんとなく」わかっているのと「ちゃんと」わかっているのでは全然違いました。子どもの通園バッグの中身が何なのか、毎日持たせるものは、曜日指定で持っていくものは、長男と次男はどう違うのか、幼稚園からの連絡は電話なのかメールなのかLINEなのか、お迎えの時間は何時なのか、なにひとつ知らないのです。
 とまあ、育休初日の夜は、幼稚園に一緒に登園するだけでそこそこ「やってる」つもりだったのが実は驚くほどごく一部だったことを思い知り、猛烈に恥ずかしくなり、打ちのめされ、繰り返し繰り返し妻が書いてくれた虎の巻を読み返して、浅い眠りについたのでした。

 次男にとっては初めての、母のいない夜についてもう少し。いつもは妻が大きなベッドで次男と一緒に寝ているので、私が妻のポジションに入れ替わって次男と一緒に寝ようかとも思いましたが、お母ちゃんの代わりはそう簡単にできるものでもないし、なんか、拒絶されて大泣きされそうな気もします。ええい、ひょっとしたら都合よくなにかしらの成長のきっかけになるかもしれないと、寝かしつけたあとは私はいつもどおり別の部屋で寝ました。寝室に子どもたちだけを寝かせるというのは、大げさかもしれませんが、私なりの小さな、とても小さな決意のようなものでもありました。夜中に2度ほど、次男がむくりと起き上がって、半ば寝ぼけたまま「ママ!」と呼びましたが、背中をトントンとさすると、疲れが勝ったのか、ぱたりと寝ました。恐れていたほどの大騒ぎはなく、ママのいない最初の夜は過ぎていきました。

 朝。目覚めたら次は朝ごはんです。実は、次男が乳児のころに、授乳や夜泣きの対応で妻が極度の睡眠不足状態になることがしばしばあったので、そのころから時々ではありますが、朝ごはんを私が作るようになりました。
 思えば私が初めて朝ごはんを作ったのは、妻が起こすのも申し訳ないほどに疲れ切って深く眠っていた朝でした。大根を切るだけで肩がバリバリに凝るキッチン初心者ですが、妻を起こすまいと、見よう見まねでばたばたとご飯を炊き、みそ汁を作ってみたのでした。
 フラフラと起き上がってきた妻は食卓を見て、ものすごく悔しそうに「私がやりたいのに!」とぽろぽろ涙を流しました。結婚当初からキッチンは自分の居場所とがんばっていた妻は、悔しさと情けなさと自己嫌悪が沸き上がってきて泣いてしまった、と後で言っていました。「増えるワカメ」がどれくらい増えるのかも知らず、ワカメだらけの味噌汁を作った私と、それを泣きながら食べる妻。家庭生活のなかで忘れられないシーンの1つです。
 その後はキッチンに私が入ることを妻もなんとなく受け入れてくれたので、ある程度の経験も積み、私も朝ごはんを作ること自体はなんとかできます。この日の朝は少し早めに起きて、妻と携帯電話でいくつかやりとり。次男が「ママー!」と号泣しながら起床。テレビ電話で鎮火。そして朝ごはんの用意。和食党の我が家では、朝は必ず、ご飯、みそ汁。そしてオムレツか目玉焼きか焼き魚。納豆や梅干しも常連です。冷蔵庫を覗いて作れそうなものをバタバタと作って食卓に並べ、子どもたちはどっちが先にオムレツにケチャップをかけるかジャンケンをする儀式(次男はジャンケンの意味がまだわかっていないので、必ず長男が勝つんですが)を経て、食べ終えて、ビデオ通話でもう一度、妻とお話しして、着替え、歯磨き。カバンの中身は妻の書いてくれた手帳を穴が開くほど見つめてチェック。ん? こらこら、歯磨きというのは甘い子ども用の歯磨き粉をチュウチュウ吸うことじゃないぞ。こら、たすく、なんでパンツのまま前転してんの? 服を着なさい! おい、さとる! 名札をつけるあいだくらいじっとできないか?
 朝を親ひとりで切り盛りするって、こんなに目が回るの? という気持ちと、思いの外、子どもたちが元気に登園準備をしている様子にホッとする気持ちがないまぜになって、でも感慨に浸る暇はない朝でした。よし、手をつないで幼稚園にGOだ!
 その日は幼稚園の行事の関係で給食なしの午前保育。11時半にはお迎え。え、9時に登園したのに? 主婦ってこんなに時間ないの? 主婦は三食昼寝つきとか言ったおバカはだれ?
 お迎えに行って、帰ってきてお昼ご飯に何を食べたのかは覚えていません。夕食は妻の助言で素麺。錦糸卵と千切りキュウリを用意したら麺類が好きな子どもたちはツルツルと食べてくれました。また妻と動画通話で「ママ不足」を解消して就寝。
 翌日も同じように朝はバタバタ、夜は魚好きの長男のリクエストと妻のアドバイスでマグロの切り身をご飯にのせたどんぶり。パクパクと食べてくれてひと安心。寝る前に妻との動画通話。ふう。

 さて、子どもが寝てから(というか正直に言うとその前からソワソワしていたのですが)、妻が書いた手帳を開きました。
 そうです。明日は幼稚園のお弁当の日なのです。大根を切ったら肩の凝る私が、生まれてこのかた弁当なんて作ったことのない私が、2人の息子の弁当を作らなければならないのです。マジで??

西 靖

西 靖
(にし・やすし)

1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。『ちちんぷいぷい』(2011年~2021年)、報道番組『VOICE』(2014年~2019年)、『ミント!』(2019~2021年)といった人気番組の司会やキャスターを務める。現在、『よんチャンTV』に出演中(というか育休につき休演中)。2021年6月から9月まで、3ヵ月間の育児休業期間に入る。著書に『西靖の60日間世界一周旅の軌跡』(ぴあ)、『辺境ラジオ』(内田樹・名越康文との共著、140B)、『地球を一周! せかいのこども』(朝日新聞出版)、『聞き手・西靖、 道なき道をおもしろく。』(140B)。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 『くらしのアナキズム』(松村圭一郎 著)「はじめに」を公開!

    『くらしのアナキズム』(松村圭一郎 著)「はじめに」を公開!

    ミシマガ編集部

    今月、文化人類学者の松村圭一郎さんによる、著書『くらしのアナキズム』を刊行します。ミシマ社からは、『うしろめたさの人類学』以来、4年ぶりとなる松村さんの新刊です。本日は、9月24日(金)のリアル書店先行発売に先立ち、『くらしのアナキズム』より「はじめに」を公開いたします。刊行記念イベントも予定しておりますので、ぜひご注目ください。

  • 特集『三流のすすめ』発刊記念 安田登×平川克美 対談(前編)特集『三流のすすめ』発刊記念 安田登×平川克美 対談(前編)

    特集『三流のすすめ』発刊記念 安田登×平川克美 対談(前編)

    ミシマガ編集部

     7月22日、平川克美さんが店主をされている隣町珈琲のブックレビュー対談に、『三流のすすめ』著者の安田登さんがゲストとして登壇されました。リアルイベントにお客としてうかがったミシマ社のホシノとイケハタが、そのあまりの面白さに、これはもっとたくさんの方に届けたい! と切望し、その一部を公開させていただくこととなりました。 中国の古典から現代の政治まで、止まることなく転がり続けた、“落ち着きがない”お二人の対話、2日間にわたってお届けします。

  • 本のこぼれ話

    作者・デザイナー・編集者による、もっと知りたい人への深掘り絵本トーク

    ミシマガ編集部

    網代幸介さんによる絵本『てがみがきたな きしししし』の刊行から2カ月が経ちました。昨日(9/4)より、広島のREADEN DEATにて原画展を開催中です。本日のミシマガジンでは、この作品をより深く知ってもらうべく、『てがみがきたな きしししし』が生まれるまでのきっかけや、ブックデザインの制作秘話についてお伝えいたします。

ページトップへ