昭和生まれ、アナウンサー西靖の育休日記

第20回

育休(後)日記3「がけっぷちの日々」

2022.02.17更新

その1「車、壊れる」

 前回も書いたように、我が家の車が壊れました。形あるもの、いつかは壊れるわけで、文句を言っても始まらないんですが、走ってるときに壊れるのは勘弁してほしかったなぁ。めっちゃくちゃ怖かったです。
 とりあえずレッカーでディーラーに運び込んだ数日後、修理代70万と言われ、夫婦そろって白目で天を仰ぎました。それから二人で相談して、12年乗ったこと、おおよそ10万キロ乗ったこと、家族が増えて少し手狭に感じていたことも併せて考えて、修理して乗り続けることはあきらめ、新しい車を探すことにしました。しかし、壊れたから乗り換えというのは当たり前と言えば当たり前なんですけど、傷ついた相棒を見捨てたようでちょっと居心地が悪いです。ありがとう、さよなら、ごめんね。なんかそんな歌があったような。
 
 ちなみに新しい車をディーラーで見せてもらったとき、車内を見回して「あのぅ、CDはどこに入れるんですか?」と尋ねると、販売員の方が微笑んで、「少し前からもうCDのスロットはないんです。スマホをBluetoothで接続して、スマホ内にある音楽を再生するか、サブスク契約しているアプリで聴くか、ですね」と当たり前のように言われ、ちょっとした衝撃を受けました。そうですか、そういう時代ですか。私が5歳くらいのときの我が家の車はダイハツの軽自動車。360ccの2気筒2サイクルエンジン、エアコンはついておらず、坂道を上るときはもうもうと白煙を吐き出していました。車のカーオーディオは、つまみを回してチューニングするAMラジオと8トラカセットだったように記憶しています。それがいまはスマホをBluetoothでサブスクですよ、みなさん。あ、そういえばその車にはAMラジオもついていませんでした。ひゃー。

 車が壊れて、新しい車の購入を決めても、納車までの間は当然ながら車のない生活です。
 どちらかといえば都市部住まいなんだし、歩けないの? とお思いの方。そうですよね。確かに歩けます。駅までは大人の足なら10分もかかりません。そうなんです。「大人の足なら」です。大人が、スムーズに、トラブルなく歩けば、です。でも、現実は違うのです。横断歩道は右も左も見ないで渡ろうとする3歳と、形だけブンブン右と左に首を振って、じつはまるで安全確認していない5歳を連れて、0歳を抱っこ(もしくはおんぶ)して駅前のスーパーに買い物に行くというのは、ちょっとした修行です。声が枯れるほど「走らない! 止まりなさい!」と叫び、ふいーん! と泣き始めた0歳のオムツをスーパーのトイレで交換し、お菓子は一つだけだからね! と手綱を引き、重い牛乳をぶら下げて帰ったら、妻はそりゃもう疲労困憊です。しかも前提として常に寝不足なんですから。長男がもう少し大きくなれば、留守番もできるでしょうし、私の育休中なら、大人のどちらかが買い物に行けばいいんですけどね。子どもが3人となると電動アシスト自転車で爆走、というわけにもいきません。(あれは坂の多いところに住む我が家にとってはノーベル賞モノの存在ですが。)

 車がない間、月単位のレンタカーの情報などを検索していた私と違って、妻は「体操教室はさくまくんのママに送ってもらうわ」「水泳教室はこっちゃんのママが迎えに来てくれるって!」と逞しくママ友に頼らせてもらっていて、頭が下がります。幼稚園の登園のときにさくまくんのママ(こちらも男の子3人のママなのです)に会ったので「体操教室、妻がお願いしたみたいで。ありがとうございます」とお礼を言ったら「いえいえ、私も先輩お母さんにいっぱい助けられたんで」とおっしゃいました。なんて素敵なんでしょう。前にも書いたと思いますが、お世話になった人へのお礼も大切ですが、自分がやってもらったことを、違う誰かに還元するって、すごく広がりがあっていいなぁと思います。いつか妻も、誰かのピンチを救う日がくるんでしょう。
 ちなみに新しい車は「注文する」というより「在庫から選ぶ」というスピード購入でおよそ1カ月後に納車。カーナビがフリーズするとか、スピーカーから音が出ないとか、新車らしからぬ小さなトラブルを起こし続ける愉快な相棒として活躍中です。

その2「三男、風邪をひく」

 この冬は寒いですね。だからというわけでもないのですが、生後7か月を過ぎた三男のぞむが風邪をひきました。風邪をひくと鼻が詰まります。親になってみて、「ちっちゃい子どもは鼻をかめない」という当たり前のことを知りました。だって、鼻をかめないころの自分なんて覚えてないんですもの。5歳長男と3歳次男はもうチーンと鼻をかめるようになっていますが、0歳三男は当然まだ。
 鼻が詰まると赤ちゃんは不機嫌になります。不機嫌になると抱っこを要求して泣きます。妻は「泣き声が背骨に響く」と表現しますが、言い得て妙で(と感心している場合でもありませんが)、泣き声は親を揺さぶってきます。ソワソワと落ち着かない気持ちになります。だっこしないといけない気分になるのです。長男次男はこないだまで泣いていた側だからなのか、三男がふんぎゃあーー! と泣いても我関せずと遊び倒します。なんでしょう、赤ちゃんの泣き声は親だけが反応する周波数だったりするのでしょうか。
 のぞむのオムツを替え、鼻を吸い取り(いろんなグッズがあるのですよ)、振り返ったら長男次男はまだ遊んでいたりします。さっさと幼稚園に行くお着替えをしてほしいのに! と親のソワソワはイライラに変わります。長男次男のおふざけレベルがいつもと同じでも、ついいつもよりきつく当たってしまうことが、正直あります。ザ・悪循環。
 親だってイライラしたくはないので、抱っこして機嫌をとる時間が長くなります。もう7か月ののぞむは順調に大きくなっていて、抱っこは腰や肩にズンときます。風邪をひいて鼻もかめないわけですから息苦しいでしょうし、離乳食も食べにくいのかあまりたくさん食べません。離乳食をあまり食べないと、すぐにお腹が空くのか夜中に目を覚ます間隔が短くなります。そのたびに目を覚まして授乳し、寝かしつける妻は疲弊します。
 というわけで、0歳児が風邪をひくと妻がげっそりするのです。いや、げっそりを身体が予感するのか、夜中にむくりと起き上がり「お腹が空いて寝られへん」とチョコクッキーを5枚も貪り食い、翌日「お腹が痛い」と唸るなんてこともありました。アホかとお思いでしょうが、アホにならないと乗り越えられないこともあるんだと思います。こっちの道も悪循環(涙)
 そんな日は、会社で仕事をしていると、そこそこの確率で私のスマホがぶるぶると連続して震えます。あ、これは、と、仕事が一段落したら席を離れて画面を見ます。妻からのメッセージです。

「もういややー!」
「何しても泣き止まへん」
「お兄ちゃんたちもぜんぜん言うこときかん」
「なんで私ばっかり!」

 妻はとても明るくて、朗らかな女性ですが、前向きで責任感が強い性格が、こういうときには自分で自分の逃げ道をふさいでしまうのかもしれません。一生懸命3人の子ども達の面倒を見ようとして、ある一点で感情が決壊してしまうことがあります。育休を経たことでよかったのは、こういうときの妻の置かれた状況が、曲がりなりにもわかることです。以前なら「抱え込み過ぎたらあかんで。力抜いて」なんて言っていたわけですが、今思えばどこのシロウト教育評論家やねんというアドバイスですね。力抜けるもんなら抜いてるわ! って話です。じゃあ、いまなら妻に的確な言葉をかけているのかといわれると、その自信はまるでありませんが、少なくとも「わかるわ、辛いな」とまず受け止めることくらいはできている、はずです。まあ、小さな進歩でしょうか。

その3「雪遊び」

 それは1月の成人の日の連休のことでした。たっぷり雪が降ったので、子どもに雪遊びをさせてやろうと、新しい車で、一家でゲレンデに繰り出しました。雪玉を作っては割ったり、雪だるまを作ったり、5歳も3歳も、確実に去年より上手に雪遊びをしていて、私たち親も、いやぁ、成長したね~、なんて悦に入っておりました。二人がそり遊びをしたいというので、500円で借りられるレンタルそりを借りてきて、押してやったり、受け止めてやったり。二人は大はしゃぎです。そのうち天気が荒れてきたので、ぼちぼち帰ろうと、子どもと手をつないだら、右手の小指が痛い。いや、すごく痛い。手袋を外したら、これは親指ですか?という太さと、ゾンビ映画のゾンビみたいな紫の肌の色。え、いつの間に?しかもどんどん痛くなる。まずいなぁ、やだなぁ、と季節外れの稲川淳二のように呟きながら、帰路に就いたのでした。
 連休明け、出勤前に近くの整形外科に行って、レントゲンを撮ってもらったら、、、

 ドクター「折れてますね」

 え。折れてる? 本当ですか? じゃあ、ギプスですか?

 ドクター「この骨折は外からの固定だけでは治りにくいんです。ピンを埋め込む手術をすることをお勧めします」

 し、手術ですか。

 ドクター「ええ、ワイヤーで骨を串刺しにして固定するんです。手術をしてもらえる病院の紹介状を書いておきますね」

 ちょっとひどい捻挫くらいに思っていたら、骨折でした。しかも、レントゲンで見るとわずかに「欠けた」くらいの骨折なのにというか、だからというか、ギプスで固定すればくっ付くものではないのだそうです。
 あとはもうお任せする以外ありません。近くの総合病院の整形外科を紹介され、日程が決まり、手術。局所麻酔でしっかり意識があるなかで、キュイーーンという音と振動とともに小指の骨にドリルで穴があけられる感覚はしっかり覚えています。(そういうの苦手な人、ごめんなさい)
 でも、手術が終わって、骨が固定されてよかったね、おしまい、というわけにはいかないんです。骨を固定したワイヤーはひと月ちょっとしたら抜き取るのが前提なので、先端がピョンと飛び出しているんです。小指に釘が2本刺さっている感じというか、小指でフランケンシュタインごっこをやっている感じというか。(そういうの苦手な人、本当にごめんなさい)そんなわけで手術してくれたチャーミングな女性ドクターからは、「ばい菌が入っちゃうと大ごとなので、絶対に濡らさないようにね。あと、最初のうちは一日おきくらいにかかりつけのお医者さんで消毒とガーゼの交換してもらってくださいね」との優しくも厳しいお言葉。ちょっとこれ、たいへんなんですけど。まあ、指に棒が刺さってるんだから当たり前か。
 何度も書いているように、育休が終わってからの日々は、アクシデントひとつで崩壊しかねない綱渡りです。仕事が早く終わって帰ってきたら長男次男と風呂に入り、のんびりお話をしたり、頭を洗ってやったりするのが役目でもあり楽しみでもあったのですが、これはいったいどうすればいいのでしょう。妻が三男を寝かしつけている間に洗い物をしたり、風呂掃除をしたり、できる範囲の家事をやっているわけですが、水仕事はどうすればいいんでしょう? こんなビッグアクシデント、乗り越えられる? いや、無理やろ。

 と、いまのローテーションが唯一の方法と思い込むのは男の、あるいは私個人の傾向なのかもしれません。妻はちょっと厄介そうにしつつも「洗い物はいいから、洗濯物を畳むのとか、手を濡らさないでできることをやって」と柔軟。そして右手をポリ袋で包んで入浴する父親を見て、長男たすくはさっさと自分でシャンプーを頭に塗りたくって、曲がりなりにも洗い始め、なんでも長男のマネをする次男さとるも、へたくそながら石鹸でごしごし身体を洗うようになりました。
 もちろん骨折生活は不便ですし、3人目が生まれ、私の育休も終わった我が家が常にいっぱいいっぱいなのも確かなのですが、子どもは何かの拍子に(親の骨折とか)ひょいとこれまでやらなかったことをやるようになったり、寝不足の日々に「もう無理」と泣いていた妻が、じゃあこっちやって、とサラリと言ってくれたり、私が思い込んでいるよりずっとしなやかな強さを見せてくれています。包帯にくるまれた小指で、逞しく変わっていく家族に置いていかれまいと必死な私なのでした。

 とまあ、ここまでトラブルが続けば、流石に神様も手加減してくれると思うでしょ?
 ところが、ついにアレが、我が家に上がり込んできます。

 そうです。コロナです(マジか!) 次号、大変やで!!!

西 靖

西 靖
(にし・やすし)

1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。『ちちんぷいぷい』(2011年~2021年)、報道番組『VOICE』(2014年~2019年)、『ミント!』(2019~2021年)といった人気番組の司会やキャスターを務める。現在はMBSアナウンスセンター長。相愛大学客員教授。2021年6月から9月までおよそ4ヵ月間の育児休業を取得。著書に『西靖の60日間世界一周旅の軌跡』(ぴあ)、『辺境ラジオ』(内田樹・名越康文との共著、140B)、『地球を一周! せかいのこども』(朝日新聞出版)、『聞き手・西靖、 道なき道をおもしろく。』(140B)。

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