昭和生まれ、アナウンサー西靖の育休日記

第6回

「お弁当戦記」episode1

2021.07.17更新

 産んだばかりの妻と生まれたばかりの第三子が入院しているあいだ、4歳、2歳、49歳の男3人で生活しているニシ家です。49歳はあっぷあっぷ、2歳はときどき「ママー!」とめそめそ、4歳は「僕、平気だもん」という顔をしていますが、ちょっと無理してがんばってるんじゃないかと少し心配してる日々です。

 さて、妻が書き置いてくれたメモを凝視しながら、幼稚園の持ち物、お迎えの時間など、なんとか大きな粗相なく過ごしてきましたが、ついにこの日がやってきました。

 お弁当。

 そうなのです。うちの子どもたちが通う幼稚園では、火曜と金曜は給食がなく、お弁当を持たせて登園することになっています。家事についてはできる範囲で参加してきたつもりではありますが、そもそも料理の経験とスキルがほぼゼロなので、お弁当については妻に任せてきました。なんなら「2つも3つも一緒やから」と私のお弁当まで作ってもらっていたのでした。
 火曜日に妻が出産してそのまま入院。水曜、木曜と必死のパッチでなんとか過ごし、そして、決戦の金曜日です。木曜日の夜、子どもたちを寝かせてから、弁当箱を取り出して脳内シミュレーション。お弁当についてわかっていることを挙げると、

 1 長男たすくは阪急電車の、次男さとるはドクターイエローのお弁当箱。
 2 長男はご飯にふりかけ、次男は小さなおにぎり。
 3 ふたりともニンジンを花形に切って出汁で煮たものが大好き。
 4 長男は出汁巻きが好きだが、次男は最近、卵焼きがあまり好きでない。
  (卵焼きが好きじゃないなんて、私には信じられないんですけど)
 5 ウインナーは必ず入れる。
 などなど。

 長男のお弁当が始まったあと、思いついたように「料理が全くできないのもちょっと恥ずかしいし、多少は役に立ちたいから、出汁巻きくらいは焼いてみたい! 教えて!」などと言ってキッチンに立って練習をしていたので(という遊び半分なノリが、今思えば妻に対して失礼なんですが)出汁巻きは大丈夫。ただ、次男が最近は上記のように食べ残していて妻も悩んでいました。これは検討課題。飾り切りのニンジンは少し前に妻が作り置きしてくれていたので大丈夫。ウインナーは冷蔵庫にあるので湯がくか焼くかすればなんとかなりそう。でも、それでは弁当箱は全部は埋まらないし、埋まるとしても詰め方がまるっきりわからない。次男のおにぎりってどんな大きさだっけ? 海苔はどこにあるの? 焼き海苔? 味付け海苔? 長男はお箸だっけ? 次男も最近、マネをして箸を使いたがるけど、お弁当にはスプーンとフォーク? ランチョンマットは幼稚園に置いてるんだっけ? 新しいのを持たせるんだっけ? わからない。わからない。わからない。本当にわからないことが次から次に浮かんできて、不安と焦りで足の裏に汗をかくような、へんな感覚に包まれて、妻とビデオ通話。
「なんか、できる気がしないんだけど、大丈夫かな」
「花形ニンジンは冷蔵庫にあるし、ウインナーは焼くだけだし、出汁巻きも巻けるんだから大丈夫だって」
「おかずが足りない気がするんだけど」
「じゃあ、冷蔵庫にミンチ肉があるから、ハンバーグ作ってあげたら? あの子たち好きやからさ」

 と、最初は普通のやり取りをしていたのですが、

「お、いいね。玉ねぎを炒めたらええんやろ?」
「そうやけど、この時間から炒めるのも面倒やろ?レンジでチンしたら?」
「うん、、、、、なるほど、そうやな」
「なに? なんかいきなりめんどくさそうな声になって」
「めんどくさいとか、そんなことないよ」
「いや、明らかに声の感じ変わったやん。何が嫌なん?」
「嫌とかそういうことじゃないよ。でも、あえて言わせてもらうとさ、レンジでチンは主婦にとっては当たり前なんかも知らんけど、俺にとっては全てが初めてやねん。簡単ちゃうねん、初めてやねんから。レンジって言えば牛乳かご飯をチンして温めるくらいしかやったことないねんから。玉ねぎの切り方も、容器も、何分やったらいいかもわかれへんねん。」
「は? おかずが足りないっていうから提案したのに、そんな言い方ないんちゃう? というか、『あえて言わせてもらうと』みたいな言い方、めっちゃ嫌やわ」
「あのさ、言い方がどうとかは別の問題やし、作るのがイヤなわけじゃないんよ。でも玉ねぎやミンチの扱いも、味付けのタイミングも、弁当に入るサイズにどう整形するのかも、全然わかれへんねん。キョウさんにとって『こうすれば簡単』は俺には簡単じゃないねん」
「それならもうハンバーグ作るのやめたら? ウインナーがあったらお肉系は大丈夫やもん。無理しなくていいよ」
「う、それはそうやろけど、ハンバーグがないとなんか不安になってきたし、でもパッと言われてすぐその通りにできるわけじゃないねん! うううう、もうどうしたらええんかわからんようになったわ! わからん! わからん!」

 と、ハンバーグをめぐって、というか、もはやハンバーグを離れてどうでもいい喧嘩がオンラインで始まってしまいました。ほんとうに、ほんとうにどうでもいい言い争いに時間とギガを無駄に使ってしまいました。いま思えば産後間もない妻に対してすまなかったと思います。ごめんなさい、ほんとに。夫婦の喧嘩、諍い、言い争いというのは、後から考えると本当にどうでもいいことがきっかけになるということは、これまでの生活でも嫌というほど経験しています。今回だって、まあ煎じ詰めれば、「言い方」ですから。じゃあ、学習しろよ、って話なんですけど、まだまだ修行が足りないようで、どうでもいいことで時折やりあってしまいますし、どうでもいいことがきっかけだからといってすぐに仲直りできるかといえばそうでもないのです。ふぅ。でも、申し訳ないけれど、このときは、私は私で必死だったのです。
 我が家では夫婦喧嘩はその日のうちにどうにかして収めることを暗黙のルールにしていますから(じゃないと寝つきも目覚めも悪いので)、妻に「とりあえずこのまましゃべっててもいい感じにはならんから、20分ほど冷却時間をおこう」と、オンライン喧嘩ならではの提案をして通話を切り、その間に玉ねぎを切り(ネットでみじん切りのやり方を検索しましたよ)、妻に言われたとおりレンジでチンしたらそれは見事に甘そうな玉ねぎのみじん切りの出来上がり。素直に「やり方を教えて」と言えば済んだ話なのです。でもまあ、何度も言いますが、喧嘩ってそういうものですよね。再びビデオ通話でお互いに言葉足らずをごめんねと謝って、ハンバーグのタネのこね方、おにぎりに巻く海苔のしまってある場所など諸々を伝授してもらって、お弁当に入れるぶんだけハンバーグを焼いて、残りは焼かずに冷凍。妻にありがとうと言って通話を切り、もう一度、幼稚園にいくカバンの中身をチェックして、お弁当のことばかり考えながら、本当にそれだけを考えながら就寝。会社の仕事でもここまで頭の中がひとつのことでいっぱいになることはめったにありません。夜中に何度も目が覚めて、お弁当の中身を想像して、大丈夫と思ったり、不安になったりしながら、気づいたらもう朝。

 さあ、次はいよいよお弁当作りの当日! 次号を待て!(というくらいのことだったのよ、ホントに)

西 靖

西 靖
(にし・やすし)

1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。『ちちんぷいぷい』(2011年~2021年)、報道番組『VOICE』(2014年~2019年)、『ミント!』(2019~2021年)といった人気番組の司会やキャスターを務める。現在、『よんチャンTV』に出演中(というか育休につき休演中)。2021年6月から9月まで、3ヵ月間の育児休業期間に入る。著書に『西靖の60日間世界一周旅の軌跡』(ぴあ)、『辺境ラジオ』(内田樹・名越康文との共著、140B)、『地球を一周! せかいのこども』(朝日新聞出版)、『聞き手・西靖、 道なき道をおもしろく。』(140B)。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 『くらしのアナキズム』(松村圭一郎 著)「はじめに」を公開!

    『くらしのアナキズム』(松村圭一郎 著)「はじめに」を公開!

    ミシマガ編集部

    今月、文化人類学者の松村圭一郎さんによる、著書『くらしのアナキズム』を刊行します。ミシマ社からは、『うしろめたさの人類学』以来、4年ぶりとなる松村さんの新刊です。本日は、9月24日(金)のリアル書店先行発売に先立ち、『くらしのアナキズム』より「はじめに」を公開いたします。刊行記念イベントも予定しておりますので、ぜひご注目ください。

  • 特集『三流のすすめ』発刊記念 安田登×平川克美 対談(前編)特集『三流のすすめ』発刊記念 安田登×平川克美 対談(前編)

    特集『三流のすすめ』発刊記念 安田登×平川克美 対談(前編)

    ミシマガ編集部

     7月22日、平川克美さんが店主をされている隣町珈琲のブックレビュー対談に、『三流のすすめ』著者の安田登さんがゲストとして登壇されました。リアルイベントにお客としてうかがったミシマ社のホシノとイケハタが、そのあまりの面白さに、これはもっとたくさんの方に届けたい! と切望し、その一部を公開させていただくこととなりました。 中国の古典から現代の政治まで、止まることなく転がり続けた、“落ち着きがない”お二人の対話、2日間にわたってお届けします。

  • 本のこぼれ話

    作者・デザイナー・編集者による、もっと知りたい人への深掘り絵本トーク

    ミシマガ編集部

    網代幸介さんによる絵本『てがみがきたな きしししし』の刊行から2カ月が経ちました。昨日(9/4)より、広島のREADEN DEATにて原画展を開催中です。本日のミシマガジンでは、この作品をより深く知ってもらうべく、『てがみがきたな きしししし』が生まれるまでのきっかけや、ブックデザインの制作秘話についてお伝えいたします。

ページトップへ