第13回
筒香嘉智とはどれほどのレベルの
打者だったのか〈西村健〉
2024.05.03更新
2016年の筒香のOPSは大洋・横浜歴代で1位
筒香嘉智が帰ってきた。
私が筒香について鮮烈な記憶として残っているのは、2016年7月に、プロ野球新記録の月間6度のマルチ本塁打(1試合2本塁打)を記録したことである。同月にはこれもプロ野球新記録である3試合連続1試合2本塁打も記録。3試合目は同年に最優秀防御率と最多奪三振を獲得した菅野からの一発だったから価値が高い。まさに鬼神が乗り移ったかの如く打ちまくったといえよう。
結局2016年は打率.322(セ・リーグ3位)、本塁打44本(両リーグ1位)、打点110(両リーグ1位)、OPS(長打率+出塁率、打者の総合指標)1.110(両リーグ1位)とキャリアハイの成績を残し、前年最下位だったチームがAクラス入り(3位)する原動力となった。
この年の筒香は、間違いなく12球団最強の打者だったといえよう。事実、翌年1月に召集されたWBCでは、四番を任されることになった。
歴史的に見ても、シーズンOPS1.110というのは史上33位の大記録である。大洋~横浜の選手の中では史上1位。46本打った年の村田修一(OPS1.062)よりも、.369 37本 153打点を記録した年のロバート・ローズ(OPS1.093)よりも上なのだ。この両者との差は主に四球数に起因するのではないか。ローズが63、村田が55に対して、筒香は87。この年のDeNAには34本打ったホセ・ロペスもいたから、決して筒香の長打だけを避ければ大丈夫、という打線ではなかった。その中で87四球を選んだのは、勝負を避けられまくったからではなく、優れた選球眼の賜物だろう。
なお、2000年以降のセ・リーグ選手で、筒香の1.110を上回るOPSを残したのは、2013年のウラディミール・バレンティン(1.234、60本塁打)と2022年の村上宗隆(1.168、三冠王)、2002年の松井秀喜(1.153、日本最終年、50本塁打)だけである。
他球団の主力打者と比較する
では、それ以外のシーズンはどうか。
筒香は2010年から2019年までベイスターズに所属し、打率.285 本塁打205本 613打点 通算OPS.910を記録している。
これを、同年代に活躍した他のセ・リーグの強打者と比較してみよう。
こうして比較してみて個人的に抱いた印象は、筒香、意外と悪くない......というものだった。
個人的には2016年の印象があまりに強いせいで、逆に通算成績はリーグの強打者の平均レベルなのではないかと勝手に推測していた。しかし、通算OPSは鈴木誠也、村上には及ばないが、バレンティンに肉薄しており、丸佳浩、山田哲人を上回っている。
「選手としての下り坂に入った時期の成績が入っていないから、成績がいいのは当たり前」と思われるかもしれないが、筒香がMLBに移籍したのは29歳のときであり、表の最終年である2023年時点で筒香は32歳。29-32歳は野球選手としては全盛期に当たるといっても過言ではない。むしろ入団からわずか10年、成長期に当たる19歳-22歳の成績を含めてOPSが9割を超えているのは大したものだといえよう。実働9年の岡本和真の通算OPSは.875である。
ただ、逆に鈴木と村上の凄さが際立つ表になっているかもしれない。鈴木がリーグOPS1位を3度マークしているのは、2000年以降ではセ・リーグ最多記録である(1998年も含めるなら松井も3シーズンでOPS1位になった)。実働9年で3度OPS1位をマークしているのだから、本塁打王も打点王も獲得していないが、鈴木は2000年以降のセ・リーグ最強打者といっても過言ではない。
かてて加えて、鈴木の恐るべき点は82盗塁をマークしていることである。さらにゴールデングラブ賞も5度受賞。筒香は通算5盗塁しかしておらず、ゴールデングラブ受賞経験はなし。鈴木との差は、残念ながらいかんともしがたいものがある。
ちなみにパ・リーグには鈴木をさらに上回る柳田悠岐という選手がいて、OPS1位は実に5度。通算OPSは.950。通算盗塁は159で、ゴールデングラブ賞も6度受賞している。では獲得した打撃3部門タイトルは何かというと、首位打者2回で、本塁打王・打点王はなし、鈴木と全く同じである。
2010年代のリーグ最強打者には、長打力はリーグ随一ではないけれど、確実性、長打力、走力、守備力の4拍子揃った外野手であるという共通点があった。ただし21年以降は村上、岡本、吉田正尚、近藤健介の台頭でやや揺り戻しが起こったと言える。近藤は意外なことに、首位打者獲得経験はなく、23年に初の打撃タイトルである本塁打王・打点王を獲得した。
筒香が鈴木誠也を上回っている点
話を戻すと、筒香は打者として鈴木の後塵を拝していると言わざるを得ない。本稿ではあえて触れないが、MLBの成績が段違いなのも周知のとおりである。
では、筒香が鈴木を上回っている要素はあるのだろうか。
一つある。それは「優勝への渇望」である。
鈴木は16年から18年のカープ3連覇を主力選手として経験している。しかし筒香はプロ入り後、一度も主力選手として優勝を経験していない。2020年、タンパベイ・レイズ所属時に、ワールドシリーズに出場したことはあるが、シーズン51試合出場、主力としての出場とはとてもいえず、ワールドシリーズでも3打数0安打に終わった。
セ・リーグでシーズンOPS1位になった選手で、NPB優勝を経験していないのは、2000年以降では筒香のほか、グレッグ・ラロッカ(広島→ヤクルト→オリックス)だけ。外国人選手に比べて実働年数が長く、その分優勝を経験する可能性が高くなる日本人選手に限定するなら、なんと1958年の田宮謙次郎(大阪→大毎)まで遡らなければならない。
パ・リーグでは、2000年以降、シーズンOPS1位になった選手で、NPB優勝を経験していないのは、2000年にOPS1位になったシャーマン・オバンドー(日本ハム)だけ。日本人選手に限定すると、1994年にOPS1位となった石井浩郎(近鉄→巨人→ロッテ→横浜)にまで遡る。そしてそれ以前となると、1952年にOPS1位となった飯島滋弥(セネタース・東映・急映→大映→南海、大杉勝男に「月に向かって打て」と言ったとされる)まで遡らなければならない。
以上のことから、リーグ最高のOPSを残す力のある日本人野手は、NPB人生で一度くらいは優勝の美酒を浴びるものであり、優勝を全く経験しないのは稀なことだといえよう。ベイスターズの先輩村田修一も優勝を経験している。FA移籍した巨人で......。
乗り掛かった舟なので(?)通算200本以上本塁打を打った選手で、一度もNPB優勝を経験していない選手、主力として経験していない選手のリストをつくってみた(主力選手=チーム全試合の半分以上試合に出場した選手と見なす。143試合なら72試合以上)。
表2・表3合わせて、計15人の強打者が、主力としてNPB優勝を経験していない。所属チームを見ると、大洋、ロッテに在籍した選手がそれぞれ4人いて、川崎球場の悲哀を感じてしまう。
そして筒香は、いまのところ史上唯一、「シーズンOPS1位・通算本塁打200本以上を両方マークした日本人選手」で、NPB優勝を経験していない選手なのである。
筒香はDeNAへの復帰の記者会見で、「毎日練習している中、考えているなか、ベイスターズで優勝したい、するという思いが僕の今の日本でプレーするモチベーションになりました」と述べたが、それもさもありなんといえよう。大洋-横浜で優勝を経験できなかった強打者たち――田代富雄やレオン・リー、さらには松原誠と村田修一(どちらも移籍先の巨人で優勝を経験)の思いも載せて、ベイスターズ26年ぶりの優勝に向けてチームを牽引していただきたいものである。個人的には、後者2人のように「結局、のちに移籍した巨人で優勝を初めて経験」というオチにはならないでほしいと願う......。